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2007年11月5日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.452 Monday Edition
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▼INDEX▼
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第452回】
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
□中島精也 :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
□杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
□山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□津田栄 :経済評論家
■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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Q:834への回答ありがとうございました。『現代の貧困』(岩田正美 ちくま
新書)という本には、貧困を考えるための正統なアプローチが書かれていると思いま
した。中国の国内移動の機内で読んでいるので、まだ読了していませんが、貧困の定
義、つまり貧困であるかどうかという「境界」の設定がどれほどやっかいか、よくわ
かりました。産業革命以降、経済構造が変化するたびに、貧困は「再発見」されてき
た、と著者は指摘しています。ただし、社会的な責務として貧困問題を積極的に引き
受けようとする成熟した社会ほど、貧困の再発見に積極的だというようなニュアンス
の指摘もありました。
やや大げさですが、貧困とは何かという定義は、人間的とは何か?という定義と同
程度にむずかしいものだと思いました。日本人にとって社会生活を営む上で最低限必
要なものは何かという国民的なコンセンサスがないと、貧困問題の解決はもちろん、
アプローチさえむずかしいままなのではないかと思います。
広州、昆明と経由して、上海に着きました、広州や昆明では何人かの友人たちが
「株で大損した」と口をそろえて言っていました。上海にはとても親しい友人がい
て、彼も株をやっていたので、心配になって「どうだった?」と聞くと、「共産党大
会が終わる前にいくつかの銘柄を売ったので、だいじょうぶだった」という答が返っ
てきました。彼は、多くの銘柄で割高感が出ていたが共産党大会が終わるまでは下が
ることはない、と読んでいたようです。中国に来て、友人たちと話したり取材をして
いて、都市部では誰もが普通に株式投資をやっていることに少なからず驚かされま
す。投資が本当にごく当たり前のこととして語られるのです。
世界の金融マーケットは大きく動いているような気がします。もちろん市場は、国
際政治の変化を反映し、また同時に国際政治に影響を与えながら常に動いているわけ
ですが、11月17日(日曜)のJMMナイトでは、山崎元さん、北野一さん、菊地
雅俊さんという豪華なゲストスピーカーのみなさんに、そのあたりの話を伺うのが今
からとても楽しみです。サブプライム問題以降の、世界の金融マーケットの動向につ
いて、また最新の日本市場を巡る状況について、ずばり聞いてみたいと思います。ク
ローズドなイベントなので、きっとなかなか聞けない興味深いトークになるはずで
す。
<http://ryumurakami.jmm.co.jp/event8/>
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第452回目】
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====質問:村上龍============================================================
Q:835
たとえば中国などと比べると、日本社会では、いまだに投資への一般的な関心が薄
いような印象があります。実状は、どうなのでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
現在でも、日本人の投資に対する意識は低いと思います。平成18年2月に内閣府
が発表した「金融商品、サービスに関する特別調査」によると、持ち株会や累積投資
などを含めた株式を保有していると答えた人の割合は全体の15.9%でした。平成
16年10月時点の調査では、その割合は13.5%でしたから、株式投資に対する
人々の関心は高まっている傾向は見て取れますが、依然として低水準だと思います。
(<http://www8.cao.go.jp/survey/tokubetu/h17/h17-kinyuu.pdf#search='>
金融商品・サービスに関する特別世論調査:内閣府)
その調査の中で注目されることは、「株式投資を行いたくない理由」についての設
問で、39.0%の人が「株式投資に対する十分な知識を持っていないから」を選択
していることです。しかも、その項目を選択した割合は、前回の調査時点の29.9
%から顕著に上昇していることが重要だと思います。次第に投資に対する意識が上
がって来てはいるのですが、具体的に何を、どうすればよいかが良く分からないとい
うのが実体と推測します。
自分の経験から考えても、学校などで経済学は勉強したことがありますが、実際の
金融市場の仕組みや動向については、教育の中で学んだという記憶はありません。偶
然、金融機関に就職して、マーケット関連の部署にいることが長かったため、実践の
中で勉強したというのが実感です。
わが国での投資意識が低い理由は、金融に関する知識以外にも、カルチャーの要因
などがあると考えられます。現在、私が担当しているゼミに、中国、ベトナムからの
留学生が何人かいます。彼らと話をしていると、中国からの留学生のリスクに対する
考え方はとても興味深いと感じます。彼等の「リスクがあるからこそ、その分野に
入っていく」というスタンスは、個人差はあるものの、一般的な日本人の学生とはか
なり異なっていると思います。そうした文化的な気質が、投資等の行動にも表れるこ
とは十分に理解できます。
私は、通常の教育の中で、金融や投資に関する基礎的な教育を行うことが必要だと
考えています。それは、私たちが生きていく上で、割り算や掛け算の知識と同じよう
に役に立つからです。最近、欧米などでは、義務教育の中でも、お金や市場の仕組み
などを教える機会があるのに、わが国ではそうした機会が殆どなく、遅れていると指
摘する人が増えています。その通りだと思います。
米国などでは、小学校のカリキュラムの中で、パーソナルファイナンスの基礎の教
育が取り入れられたりしています。また、大学やビジネススクールなどでは、どこで
も“インベストメントクラブ”と呼ばれるサークルがあり、学生が小額のお金を出し
て、実際に合議制で投資活動を行っています。そうした機会を通して、彼等は金融や
市場に関する知識を広げています。日本にも、こうした機会や環境が必要でしょう。
昔から、「日本人は金儲けが下手」といわれてきたように思います。80年代後半
のバブル期とそれに続く景気低迷期のことを考えると、日本人の多くは、人々の注目
が株や不動産に集まって、それらの価格が上昇傾向を取ってくると買いたくなり、逆
に価格が下がりだすと売りたくなるという行動様式を取りがちだと思います。これで
は、いつも、“高値買い、安値売り”を繰り返すことになるかもしれません。それで
は、投資効率は低く、あまり意味がある行動とは考えられません。
金融に関する知識の基本は、投資を行うことに関するリスクとリターンの関係を整
理して、自分が許容できる範囲内で、自分のポートフォオを作るノウハウだと思いま
す。出来るだけ早い時期から、そうした考え方を勉強して知識を身に付ける機会を作
るべきだと思います。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 中島精也 :伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト
質問は個人の株式等のリスク資産への投資についての日中比較かと思いますが、一
般に個人がリスク資産への投資に活発な局面とは経済がダイナミックに成長、発展し
ている時期であろうと思われます。この場合、各種資産価格の上昇が実現します。不
動産への需要増大から土地、住宅価格の値上がり、また企業の収益拡大から株価の値
上がりが予想され、投資資金が流入するからです。また、経済が高い成長を遂げる時
期は、個人の所得も高い伸びを見せますので、効率的な資産運用を考える余裕が生ま
れ、投資意欲が旺盛となります。現在の中国は正にこのような典型的な投資ブームの
局面にあると思いますが、これは20世紀初頭の米国、戦後の高度成長期の日本でも
見られたものです。
日本の現状ですが、バブル後遺症から脱出した2004年辺りから1〜2年は景気
回復と企業業績の好調をバックに外人投資家の日本株買いが盛んとなって株式ブーム
が起きて、個人もそれに便乗して投資意欲も高かったのですが、外人投資家の熱が冷
めると、やはり大人しくなっているような印象を受けます。経済成長率は2%程度で
すが、賃金の伸びが1%にも満たないほぼ横ばい推移では、リスク投資にまわす金銭
的余裕もないというのが実状ではないでしょうか。企業収益は過去最高を記録してい
ますが、個人レベルへの波及が実現しない限り、投資意欲は起きないと思います。
それから中国の株式ブームですが、そもそも資産運用の対象商品が限定されるとい
う制度要因も影響しているようです。現地で中国人エコノミストと意見交換しますと、
個人にとり運用対象は株式か、不動産か、貴金属など奢侈品の3つに限られると言い
ます。国内の金融資本市場が未発達であるため、先進国のような金融商品の品揃えが
無く、上記3つに投資するしかないとのことです。もちろん、対外証券投資は資本規
制があるためできませんので、国内で運用するしかないわけです。最近の株式ブーム
はそれまでの不動産ブームの後をつぐものですが、これは不動産投資規制を当局が強
めたため、比較的規制のゆるい株式市場にマネーが向かった結果だと思います。
あと、蛇足かもしれませんが、独断と偏見をためらわず私見を述べれば、投資に対
する中国人と日本人の国民性の違いも大きく影響しているかと思います。日本人はこ
つこつ地味に貯蓄する農耕型の投資行動を取る傾向にあるかと思いますが、中国人は、
と一口にこう言ってしまうと誤解が生じるかもしれませんので都市部の中国人として
おきましょう、ハイリスク選好、いわゆるギャンブル好きな人が多いと聞かされます。
それは両国の歴史の違い、日本は単一民族で戦乱の時代も比較的短く、困窮の度合
いも比較的小さかったのに対して、中国は国土が広いこともあり、群雄割拠で戦乱の
度合いも深く、また異民族の侵入にさらされるなど環境は厳しく、個人でリスクを取
らなければならない場面が日本人と比較して多かったのではないかと想像されます。
このような長い歴史の中で、あえて単純化して言えば、激動の歴史の中国と平安の歴
史の日本に生まれた2つの国民の投資行動が異なるのも、むべなるかなと思うのです。
現在、日本の市場でもっとリスクマネーが動くような改革をやろうと叫んでも、なか
なか前に進まないのもこのような文化的な背景があるのかもしれません。
伊藤忠商事金融部門チーフエコノミスト:中島精也
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□ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
中国で投資教育が発達しているという話は聞きませんから、中国人は生来ギャンブ
ル好きでリスクを持った投資に適性があるというのが一つの仮説です。それに比べる
と、日本人は金に淡白で、貯金は得意だけれど、それを株式投資などの投資まわすの
は不得手であるというわけです。
もう一つの仮説は、現在の中国の株式市場の活況は、どこの国でも、資本主義経済
の発展段階の一つにすぎず、現在の中国人が投資に積極的なのは、経済が好調なので
ただ楽観的であるだけに過ぎないというものです。もちろん、両方が同時にあてはま
る可能性もありますが、私は後者の可能性が強いのではないかと思います。
中国は経済の発展期にあり、生産力、生活水準の向上とともに、外貨が溜まり国富
が積みあがる段階にあります。株式市場も内外からの資金を集め、バブル的な高騰を
続けています。このように上がるから買う、買うから上がるという好循環が生まれる
と、株で失敗した経験を持つ人がいない訳ですから、国民全般が株式投資に楽観的に
なります。中国人は日本人同様に、儲け話が好きなのには異なることなく、儲ける可
能性について楽観的で、損した経験がないという点が異なります。
経済のグローバル化の程度が違うという点はありますが、日本でも同じような時期
をさがすことができます。日本の証券市場は1960年ごろまでに制度的な整備が進
み、株式ブームが置き株式市場も高騰します。国民のなかに株式という投資対象が定
着し、投資信託も社会的な認知を受けます。しかし、1961年の金融引き締めを
きっかけに株価も崩落し、証券不況の時代を迎えます。
このような過程を経て、日本人のなかに、株価は儲かるかもしれないが大損するか
もしれないという、ある意味で健全な心性が生まれます。アメリカで株式市場の大衆
化に伴う高騰と崩壊の経験を探すと、1929年の大恐慌の経験に行き着くことにな
ります。中国の経験していることは、日本に50年、アメリカに80年遅れているだ
けかもしれません。
日本やアメリカは、その後も、ブラックマンデーやバブル相場とその崩壊という経
験をくりかえしてきましたが、中国は株式大衆化社会に突入したばかりで、これから
様々な経験を積んでいくことになります。
株式市場は中国ほど熱狂的ではありませんが、日本でも株式投資は着実に日常生活
の一部になりつつあるように思われます。相場が落ち着いているので、今はあまり話
題になりませんが、2003年ごろから3年ほど続いた一本調子の相場上昇期には、
ネットトレーダーという新たな投資家層を生み出し、証券投資はさらに大衆的なもの
になったように見えます。株式投資の特集が、連日のように週刊誌の表紙を飾りまし
た。
その時期を経て、解禁された銀行窓口での証券投資信託の販売は着実の残高を増や
し、この9月には残高60兆円を超えました。
昔話をすると、私が証券投資を職業としたころは、先に述べた証券不況の影はすで
に克服され、これからブラックマンデーを迎えようという時期でした。すでに一般的
なものであったとはいえ個人が株式投資をしようと口座を開きに証券会社にいくと、
株屋と呼ばれた時代の名残を残した営業店舗のなかでは、タバコをもうもうとふかし
た中高年男性が、競馬新聞ならぬ株式新聞を片手に、食い入るように株価ボードを眺
めていたことを思い出します。
そのころと比べても、日本の証券投資は、インターネットという手段も加わり、女
性や若者も参加者に巻き込んで、着実に国民の中に定着しています。ブームに沸き立
つ現在の中国市場との比較は、的外れな面もあるように思います。日本の証券市場は
経済の発展段階に相応しい、成熟したものを目指したら良いのだと思います。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
日本国民の平均的な傾向として、株式投資をはじめとする投資に対する関心があま
り高くない印象を受けます。
私は、昨年、あるテレビ局の夕方のニュース番組に何度かコメンテーターとして出
演しましたが、ある出演日に、王子製紙が北越製紙を買収する意向を表明して新聞各
紙の朝刊のトップ記事となったにもかかわらず、夕方のニュースではこの問題を一切
扱わなかったことに驚きました。番組スタッフの一人に理由を聞くと、主婦層の視聴
者が多い夕方のニュースでは、株式市場関係のニュースを一定時間以上流すと、直ぐ
にチャンネルを変えられてしまうのでダメなのだという話でした。それにしても、こ
れだけ大きな出来事でも経済や株式市場はニュースとして取り上げられないのかと、
複雑な思いで、その日の二日前に決まった「欽ちゃん球団存続」などのニュースにコ
メントしたことを思い出します。
他方、イギリス、アメリカなどアングロサクソン系の国では国民の全般的な傾向と
して投資に関心が高いように思いますし、編集長が話題にされた中国人も国全体の傾
向は分かりませんが、投資や投機に熱狂するタイプの人が一定数以上居て株式市場を
熱気のあるものにしているように思います。曖昧な印象論で恐縮ですが、彼らには狩
猟民族的な利益獲得チャンスへの熱意を感じますが、彼らと比較して、多くの日本人
は農耕民族的で、短期間での利益獲得のチャンスに対して懐疑的なように思えます。
こうした傾向の違いは、各国の文化や投資教育の情報量のちがいにも起因している
のかも知れませんが、主として過去10年から20年程度の各国の株式のリターンの
違いに原因があるように思えます。1980年代後半のバブルの頃の様子、たとえば
NTT株公開に対する国民の熱狂などを振り返ると、日本でも、株価の好調な推移が
長期間続くと、株式投資への関心は割合簡単に高まるように思えます。
株式などのリスク資産のリスクに対してどの程度の追加的な期待リターンを求める
かという程度を表す専門的な概念に「リスク拒否度」というものがあります。このリ
スク拒否度は、市場に参加するメンバーが過去にどのような経験をしているかによっ
て変化するということを述べた論文を読んだことがあり、納得的な説明であるように
思いました。わが国の多くの投資家には1990年代から2003年にかけての株価
の下落基調の経験が強烈な印象を残しており、現時点では、この時期を経験し、その
印象を強く残している投資家の割合が大きいことから、株式のリスクに対する拒否度
合いは現在まだ高いレベルにあるのではないかと考えられます。
しかし、現在の日本人が農耕民族的であることや平均的なリスク拒否度が高いこと
などは、今後の株式市場について考えると、必ずしも悪いことであるようには思いま
せん。
先ず、短期間に大きな利益獲得を目指す狩猟民族的な気風は、市場の活性化にはつ
ながりますが、資本を提供して生産の果実を受け取るという株式投資本来のリターン
の獲得形式とは異なるものであって、投資の心構えとしては適当ではありません。ま
さに「株」という字を使っていることからも分かるように、時間を掛けて植物を育て
るようにリターンを獲得する農耕民族的アプローチの方が、株式投資には適している
ように思います。
アメリカでも日本でも、ネット証券のデータを使った男女の投資家のパフォーマン
ス比較の研究がありますが、どちらも「女性投資家の方がリターンが高く、売買回転
率が低い」という結果を報告しています。特に、アメリカでの研究は数万件に及ぶ口
座データを利用した大規模なものですが、男性投資家の平均はリスク調整済みのリタ
ーンで年率約1%女性投資家の平均に劣っており、この差は、ほぼ男性投資家の売買
が女性投資家よりも多いことに伴う売買手数料の差に相当するという結果が出ていま
す。
また、社会全体のリスク拒否度が時間と共に変化すると考えるなら、リスク拒否度
が高い状態から低い状態へ変化するケースでは、他の条件を一定とするとこの変化の
間にリターンが高まることになるので、今後にチャンスが残っていると解釈すること
ができます。
投資教育に関しては、目下、質量共に問題があります。特に、アメリカなどと比較
した場合に明らかな投資教育の量的な不足以上に深刻な問題が、投資教育の「質」に
あります。現在多くの人に提供されている投資教育には内容的にいくつか深刻な誤り
が含まれています。たとえば、将来運用成績が良い投資信託を「事前に」選ぶことは
不可能ですが、あたかもそれが可能であるかのような投資手順が説明されることがし
ばしばあり、これが投資信託の提供側の利害と一致していることもあって、なかなか
訂正されません。
また、実は、個人の資産運用自体が難しいテーマであり、そもそも個人の資産運用
に関する標準的な実行手順自体が学問的に十分に確立されていないと言っていいと思
いますが、このことに無自覚な人々が不正確な知識を多くの人に提供しているのが現
実です。現在は、投資への啓蒙活動拡大よりも、伝えるべき内容の見直しと新たな確
立こそが急務です。たとえば、ファイナンシャルプランナーの教科書の資産運用に関
する内容は、全面的な書き替えが必要でしょう。
最後に一点補足しておきますが、投資教育の相対的な先進国であるアメリカの投資
教育の内容にも明らかな間違い(非合理性)や商業的なバイアスがしばしば含まれて
います。「アメリカには正しい投資教育がある」という見方は誤りです。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
<http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/>
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■ 津田栄 :経済評論家
日本で投資への一般的な関心が薄いという印象は、確かだと思います。最近の株式
市場の動きを見ていると、世界の株式市場はサブプライムローン問題で大きく下落し
ましたが、その後日本を除く各国市場は回復し、高値を超える市場もあるなかで、日
本の株式市場は回復が鈍く低迷したままです。その背景として、個人の株式などリス
ク資産への投資に対する姿勢の違いがあるのではないかと思います。
それはなぜなのかですが、3つほど理由が挙げられるかと思います。一つは、日本
の国民にリスク資産へ投資する余裕がないことです。その背景には、経済成長が低い
上に所得が伸びず、しかも将来においても経済成長や所得増加が期待できないかもし
れないという不安があることです。それは、派遣社員や契約社員などの非正規雇用の
増加や、企業の社員への賃金抑制などが大きく影響しているといえます。その点で、
高い経済成長と所得の増加が見られる中国やインドなどの新興国とは、条件が違うと
もいえます。
そして、そのことにより、貯蓄率の減少が見られ、特に現役世代に厳しいものがあ
ります。加えて、膨大な財政赤字を抱え、少子高齢化で社会保障費の増大が予想され
る中で、将来の増税や年金・健康保険税などの個人負担の増加が見込まれています。
これでは将来不安を感じて、個人は積極的にリスク資産を取りにいける経済的、精神
的余裕はないのではないかと思います。こうした点で、財政赤字をコントロールし、
個人負担増以上の所得増加が期待できる経済成長を目指す欧米諸国とも、状況が違う
といえるかもしれません。
二つ目は、政府の規制等による介入姿勢です。最近施行された金融商品取引法では、
過剰なまでの規制がなされたため、個人が株式投資や投資信託の買い付けなどの手続
きで複雑かつ煩雑なために諦める例が増加していると聞きます。一方で、投資ファン
ドの運用において厳しい規制がとられて、積極的にリスクテイクできる新興の投資組
合や投資顧問が姿を消しつつあるとも言われています。もちろん、ここ数年の証券不
祥事や、ライブドア事件、村上ファンド事件などが起き、個人投資家の利益を守るた
めに規制を要望する動きがあったかもしれません。
しかし、細かなことまで規制して、本来の株式市場への活発な投資を抑制してし
まっては、市場の発展という目的に対して本末転倒になり、目指すべき経済の活性化、
経済成長に逆行することになります。むしろ、政府は、小泉構造改革による規制緩和
という時計の針を逆戻りさせ、市場管理監督を強化する姿勢に帰ろうとしているのか
もしれません。この政府の姿勢は株式市場に限りません。例えば、耐震偽装を理由と
しての新規住宅建築確認に対する規制強化姿勢や、地方の活性化を目指して導入され
た経済特区への政府の消極姿勢などに見られるように、あらゆる方面に見受けられま
す。
また、政府は、自覚しているかどうか分かりませんが、税制を通じて投資を抑制し
ている面があります。最近では、証券税制の引き上げが有力になっています。また株
式市場とは趣が違いますが、起業において、優遇措置が厳しい条件でほとんど受けら
れないだけでなく、そうした新規事業への投資でも優遇措置には消極的です。起業す
るリスクを考えると、規制などでできるだけ介入せず、投資を促進させるために税制
を含めた優遇措置を容易に受けられるように政府の後押しが必要です。しかし、日本
では、それがないために、先進国で見られないような開業率が廃業率を下回る結果に
なっているともいえます。
三つ目は、個人のリスクに対する消極的な姿勢、あるいは考えです。一つ目の経済
的、精神的な余裕のなさが影響している面があるかもしれませんが、リスクを取るこ
とを嫌う姿勢が強く感じられることから、それだけでは説明できない面があります。
株式投資だけで見ても、周りでやりたいと思っても株価が下がることを恐れて実際行
なっている人は少ないですし、実際は限られた人たちで株式投資が行なわれている感
があります。
あるいは、新規事業への投資や起業さえも避けたがります。就職も一種の投資に近
いのですが、最近の若い人たちを見ていると、以前にもまして大企業志向が強く、新
興企業への就職には消極的な傾向が見られます。また就職しても、成功すれば大きな
リターンが得られるにもかかわらず、身の安全や出世においてリスクがある海外勤務
を嫌う傾向があるとも言われています。
また投資とは違いますが、民間でも官庁でも、事業における契約において、新興企
業に新規的な製品・ソフトやサービスであっても、リスクが小さい無難な大手企業や
有名企業に発注する例があると聞きます。そして、新興企業は常に大手企業の下請け
に甘んじ、ほとんどの利益を大手企業に持っていかれ大きく発展するチャンスがなく、
その結果、日本では、アメリカのマイクロソフトやグーグル、あるいはインドや中国
などにみられる新興企業の大手企業化の出現が見られません。そこには、日本社会全
体に、リスクに対する過敏なまでの恐怖があるのではと思うくらいです。
その背景には、独断と偏見であえて言うと、リスクを取らなくても生きていけると
いう考えが日本国民にあるように感じます。それは、国民性とは言いたくないのです
が、周りが海に囲まれ、これといった他国からの大きな侵略や支配を受けたことがな
いまま生きてこれたという歴史的な考えがあるように感じます。そして、天気を気に
しながら米や野菜などを収穫し、その一部の種を蓄えて翌年蒔いてまた育てて生活す
る農耕民族的な、運を天に任せて自ら何かすることはしないという考えがあるように
思います。そして、それが日本人の貯蓄選好に表れ、同時に大きく儲けることもあれ
ば大きく損もするという株式投資などリスクテイク行為を胡散臭いとして好ましくな
いと見る姿勢にでているのではないでしょうか。
また、過去においては、被支配者は支配者と同じ民族であるがゆえにものを言えば
通じ、支配者はその意を汲んで対処することで支配することが容易であったという歴
史から、被支配者の支配者依存が強く、それが今日でも引き継がれ、国民の政府依存
が強く反映し、何かあれば助けてくれるはずだと思い、何もあえてリスクをとる必要
を感じていないのかもしれません。政府も、そうした国民の考えに気づいているから
こそ、あえて国民がリスクを取れるような政策を採っていないのかもしれません。
そうした点でみると、ヨーロッパやアメリカのほか、中国やインドをはじめとする
新興国などでは、大陸で陸続きであるがゆえに他国からの侵略と支配を繰り返し受け
るため、各個人は常に身の危険を感じ、政府は頼りにならないばかりか、邪魔をする
こともあることから、自ら積極的にリスクを取ってそれを乗り越えることを要求され
てきたという歴史があります。それが、今一緒に仕事をしているアジアの人たちを見
ても感じるのですが、大きな利益を得たいならばリスクを取ることが当然という考え
が定着していて、株式投資や起業などで積極的に動く姿になっているように思います。
したがって、日本社会は、株式投資や起業を見ても、投資にはそれに見合うリスク
があることを知っていても、それを取る余裕もないだけでなく、それを取るほどの必
要性も感じていないことから、関心が他国と比較して薄いといえるのではないかと思
います。そして、国民の政府依存がそれを助長しているような気がします。日本社会
がこうしたリスクテイクを容認するのは、戦後直後のように危機が起きて政府が何も
助けてくれないことがわかった時であり、それまでは投資にはあまり大きな関心を示
さないような気がします。
経済評論家:津田栄
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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:835への回答ありがとうございました。いよいよ今週末にバンボレオが来日
して、約10日間ほどキューバイベント中心の毎日になります。16日品川ステラボ
ールでの一般公演の他にいくつかのクローズドのコンサートがありますが、例によっ
て、チケットの売れ行きはこれまでのところあまり芳しくありません。
以下は、昨年日本経済新聞に書いたエッセイです。
*******************
……昨年のコンサートでは、バンボレオのドライブの効いた凄まじい演奏と、タニ
アの女神のような歌声に観衆は大満足だった。しかし、コンサート後の観客の満足度
とは裏腹に、券売やスポンサー探しなど、イベント製作には毎年非常に苦労する。最
近、やっとその理由がわかってきた。スポンサー探しに関して言うと、「作家のお遊
び」だと誤解されやすい。「ものすごい演奏力と歌唱力を誇るキューバのバンドのス
ポンサードにはこれだけのメリットがございます」みたいな企画書を代理店が書いて
も、「村上龍本人やJMMの協力対価ならともかく、『作家のお遊び』的なイベント
のスポンサードは勘弁してほしい」みたいな返事が返ってくることが多い。
また、ライブで観衆は興奮して満足したはずなのに、どういうわけか前売りが売れ
ない。あれだけ興奮し感動したのだったら去年の観客全員が今年も前売りを買ってく
れてもいいはずだが、売れない。バンボレオの演奏とタニアの歌声には、「翳り」と
か「澱み」とか「物語性」といったものが皆無なので、逆に記憶に残らないのではな
いか、最近はそう思うようになった。シンコペーションの効いた正確極まるビートと、
音色を大事にするアンサンブル、そしてタニアという稀代の女性歌手のメタリックで
滑らかな声、それはこの世のものとは思われないほどすごいもので、まるで「最高に
気持ちのいいシャワー&バブルバス&マッサージ&セックス」みたいに、そのときは
興奮し快楽の極致をさまようが、あとになって、日常に戻る過程できれいさっぱりと
忘れてしまうのではないだろうか。
キューバイベント「RYU's CUBAN NIGHT 」は「作家のお遊び」などではなくわたし
にとっては紛れもなく仕事だ。ただし、主催者としてコンサートを特権的に楽しめる
ので、「仕事です」と言い張っても意味はない。
*****************
というわけで、まったく同じ状況が今年も繰り返されています。ただし、会場がス
カスカになることを恐れてタダ券を撒くという下策は、今年も絶対にやりません。
六本木のスイートベイジルで行う「JMM writers talk & BAMBOLEO Live」ですが、
昨年は申し込みが押し寄せ、あっという間にsold outだったので、今年は11月18
日(日曜)に、昼と夜に分け2回公演にしました。するとどういうわけか、申し込み
ががくんと減ってしまいました。今のところ、昼の部で約100名、夜の部で70名
分の空き席があります。
昨年のトークセッションは、テーマを決めるわけでもなく、寄稿家のみなさんの紹
介が主でしたが、今年はテレビなどでもおなじみの山崎元さんとわたしの司会で、昼
の部が「今後の金融市場・サブプライムパニック後のマーケット」、夜の部が「雇用
と財政・国庫は格差と貧困問題に耐えうるのか」というまさに旬のテーマを設定しま
した。ゲストは、昼の部が北野一さん、菊地正俊さんという、日本を代表する証券ス
トラテジストのお二人、夜の部が、気鋭の財政学者土居丈朗さん、カリスマキャリア
プランナーの小島貴子さんという豪華な顔ぶれです。
急にシリアスな話題になりますが、日本社会を被う閉塞感は年々強まっているよう
な気がします。政治は、民主党までがぐしゃぐしゃになり、テロ特措法を巡る空転が
続いています。しかし、追い詰められた大統領が戒厳令を発した国の軍艦に給油する
のかしないのかといった問題と、たとえば年金と、どちらが国民にとって重要なのか、
考えればすぐわかると思うのですが、とにかく無意味な政治的空転が続いています。
滅多に聞けないJMM寄稿家のトークと、一糸乱れぬアンサンブルと圧倒的なドラ
イブ感のバンボレオの演奏、まさに神が与えたギフトの声の持ち主タニア・パントー
ハの歌を堪能していただいて、政治的空転の空しさを一夜だけでも忘れ、脳と下半身
直撃の快感を味わっていただければと思います。
人生は、短いといえば短いものです。楽しんだ人が勝ちです。
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Q:836
不二家や雪印に始まり、ミートホープを経て赤福と、食品の安全を巡る問題が噴出
しているような印象があります。食品への不信は、どのような、またどの程度の経済
的なダメージをもたらすのでしょうか。
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村上龍
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JMM [Japan Mail Media] No.452 Monday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
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