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第102回「年収100万円台の非正社員」を放置していいのか
(SAFETY JAPAN [森永卓郎氏]日経BP社)
経済アナリスト 森永 卓郎氏 2007年10月5日
景気拡大が続いている。拡大のペースは非常に緩やかではあるが、その間に雇用関係の指標も大きく改善した。
2002年1月に0.5倍と最低を記録した有効求人倍率は、2007年7月には1.05倍に上昇。有効求人倍率が1倍を超えるということは、数字の上では、すべての求職者に求人が行き渡っていることを示している。
直近で有効求人倍率が1倍を超えていたのは、バブル期の1988年から1992年までのことだから、現在の求人の盛り上がりは、数字を見る限りバブル期並みということになる。
こうした状況を指して、構造改革路線は正しかったという学者が少なくない。「改革が成功したからこそ雇用情勢が改善した」と彼らは主張する。だが、それは本当だろうか。
有効求人倍率が改善したからといって、素直に喜べないのにはわけがある。通常の有効求人倍率には、パートタイマーの求人が含まれているからだ。
正社員のみの求人倍率は、厚生労働省が毎月、参考指標として発表している「正社員の有効求人倍率」にある。これは、正社員の月間有効求人数を、パートタイムを除く常用の月間有効求職者数で除して算出したもので、2007年7月の値は0.59倍。つまり、求職者10人に対して、正社員の求人は6人以下であった(※)。
以上のことから、「パートでよければ誰でも職は見つかるが、正社員として就職するのは難しい」ということがお分かりになるだろう。しかも、この正社員の有効求人倍率は、前年の数字を0.01ポイント下回っている。正社員の職を得ようとする人にとって、雇用情勢は改善しているどころか悪化しているだ。
※ 第2表 雇用形態別常用職業紹介状況(新規学卒者を除く) の項目13。ちなみに、8月の数字も出ており、0.61に改善しているが、前年比ではやはり0.01ポイント下回っている
このままでは将来に大きな問題を残す
企業が非正社員を増やしている理由は、当コラムの「第98回:節約した人件費の向かった先」でも指摘したように、正社員を非正社員に置き換えることで人件費が節約できるからだ。厚生労働省が発表した2006年の「賃金構造基本統計調査」によると、正社員の平均年収が523万円であるのに対して、正社員以外の平均年収はちょうど半分の267万円に過ぎない。これだけでも、置き換えによってかなりの節約になることが分かる。
だが、この267万円という数字も曲者である。厚生労働省の別の統計である「就業形態の多様化に関する実態調査」に中央値を与えて年収を推計すると、120万円程度しかないことが分かるのだ。
これはどういうことかというと、非正社員の統計には、特殊技能を持った派遣社員や定年を過ぎた嘱託社員のような一部の高給取りも含まれていて、彼らが平均値を押し上げているのである。それを除いた一般のパートやアルバイトは、100万円ちょっとの年収で暮らしている人が大半なのだ。
わたしは繰り返し、「非正社員の増加は、今後の日本にとって大きな問題となる」とさまざまなメディアで主張してきた。その理由は、こうした年収100万円台の非正社員を放置した場合、将来何が起きるかを考えてみれば分かるだろう。
年収100万円台の人たちの大半は年金を払っていない。このまま放置して、年金制度が崩壊したらどうなるか。彼らの生活保証はすべて生活保護が受け持つことになり、莫大な税金が必要となってしまう。
こうした懸念に対して、政府は「年金支払の国庫負担割合を、2009年度より3分の1から2分の1に引き上げることで、『国民は安心して年金に加入できる』」と言う。誰もが安心して年金に入るから年金制度も崩壊せず、低所得者の将来も明るいというわけだ。
しかし、それは見当違いというものである。非正社員は、年金の将来がどうのこうのと考えて未納になっているのではない。単に金がないから年金を納められないだけなのだ。
「労働8割で年収8割」の選択肢がない日本
非正社員が増加したことについて、企業側に立った擁護論がある。それは、「バブル崩壊という未曾有の危機を乗り切るために、緊急避難的な措置として、正社員を減らして人件費を圧縮した」というものだ。
なるほど、そういう考えもあるだろう。だが、それならば、もう緊急避難は解除してもいいころだ。これだけ景気拡大が続いているならば、正社員が増えても不思議ではないが、その比率は増えるどころか減る一方なのである。
非正社員増加には、もう一つの擁護論がある。それは、労働者自身が柔軟な働き方を選択しているというものだ。
確かに、過労死しかねないほどの長時間労働をするよりも、家族との触れ合いのできる人間らしい労働時間を望んでいる人が増えているのは事実だ。だが、残念ながら、そうした望みがかなえられる仕組みにはなっていない。
もし、労働時間を8割に抑えて、年収も8割にできるシステムがあればいいのだが、そうした選択肢は日本には存在しない。
正社員である限り、サービス残業は避けられない。もし「残業もしません、休日出勤もしません」というライフスタイルを取ろうとすると、非正社員になるしかない。ところが、非正社員の時給はあまりに低い。これでは、少なくとも一家の大黒柱が、非正社員を選ぶことなどできるだろうか。
間違えてほしくないのは、わたしは非正社員が増えること自体をいけないと言っているのではない。非正社員として、ゆとりを持ったワークスタイル/ライフスタイルの下、そこそこの給料が稼ぐことができれば、それは喜ばしいと思っている。
それには、何が必要か。
正社員と非正社員の均等待遇が必要
非正社員の収入を増やし、将来の日本に禍根を残さないために、わたしが重要だと考えているのは、正社員と非正社員の均等待遇である。
つまり、正社員とほぼ同じ仕事をしている非正社員は、福利厚生や社会保険などを含めて、正社員と同じ待遇を得られるようにすべきだという考えである。それが実現できれば、労働者は自分のライフスタイルを守るために非正社員となることが選択でき、一方で企業にとっても雇用の柔軟性を得ることができるだろう。
そんなうまい話があるかと言われそうだが、オランダでは四半世紀以上前から、正社員と非正社員の差別を禁じている。この制度の導入後、オランダでは急速にパートタイマーが増えたという。他のヨーロッパ各国でも似たような制度を導入しているが、それによって国際競争力を失ったという話は聞かない。
むしろ、ゆとりのある生活の下、創造性にあふれた高付加価値商品が生まれ、国際競争力が高まった。それが、最近のユーロ高にも結び付いているのだ。
日本でも、先日のパート労働法の改正において、正社員との同一処遇が求められたが不完全に終わった。罰則があるのは、パートタイマーと正社員とが、職務内容、雇用契約、人事異動など、すべてが同じ条件の場合に限るという。そんなスーパーなパートタイマーなど、いるわけがない。
しかし、同一労働同一賃金というのは労働者保護の根幹である。それが守られていない状態を政府はなぜ正そうとしないのか。そして、年金制度を守ろうというのなら、年収100万円台層をどうするかなぜ考えないのか。早く手を打たないと、彼らの年金加入期間は短くなる一方となり、生活保護に陥る可能性は増すばかりだ。
給料の再分配を ―― ここでも問題はデフレ
第98回のコラムでは、正社員と非正社員との格差是正のため、企業による労働者への分配率をもっと高めよとわたしは提案した。もちろん、それは実行するべきだが、それだけですべてを吸収しきれないことも知っている。
では、どうするか。
本当に痛みのある構造改革をする気があるのなら、正社員の給料を下げて、非正社員の給料を上げるという「再分配」が必要だとわたしは考える。正社員にとっては不満だろうが、何十年か先に生活保護世帯が激増して、税金からの持ち出しが増えればもっと事態は悪くなる。生活保護などせずに放っておけという暴論もあるだろうが、それでは社会不安を生むだけだ。
しかし、労働条件不利益変更禁止の法理によって、いったん採用した労働者の賃金を引き下げることは、よほどのことがない限りできない。となると、物価が上がっても給料を上げないことで調整するしかない。この方法をとると、物価が3%上がっている状態であれば10年かけて、ようやく3割の調整ができる。時間はかかるが、唯一可能な方法である。
ただ、いまのようなデフレ状態が続いていけば、物価が上がらないのだから、いつまでたっても格差は縮まらない。ここでも、デフレは難敵としてわたしたちの前に立ちふさがる。本当の意味での構造改革を、デフレは阻害してしまうのだ。
もちろんハイパーインフレは困るが、多くの先進国が実現している年2、3%程度のインフレは、ここでも必要不可欠なのである。そして、それができないような中央銀行や金融当局は、存在価値がないといっても過言ではない。
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