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http://techon.nikkeibp.co.jp/article/TOPCOL/20070619/134454/
「A社の一体どこが明るいの? みんな元気がなくて暗いじゃない。あんなに頑張っているのに,社員の給料は全然上がらないって聞くよ」。ある工作機械メーカーの幹部が取材時にこう語った。A社はこの工作機械メーカーの顧客であり,工作機械が両者の擦り合わせを要する製品であることから,この工作機械メーカーはA社のことをよく知っている。おまけに,技術者同士の交流もあって,A社の技術者の「懐具合」もある程度把握しているようだ。
私はこの幹部の言葉に驚いた。A社は技術者に限らず,一般の人にもよく知られたブランド企業であり,日本を代表する高収益企業でもあるからだ。ここしばらく,何度最高益を更新したか分からない。それなのに,その社内には元気がなく,社員の給料が上がっていないというのである。経済誌などで絶賛されるその会社や,その会社を率いるトップの姿の裏に,元気をなくした社員の姿があるとはにわかには信じがたい。思わず,この幹部に「本当ですか?」と返してしまった。
考えてもみてほしい。製造業は実に競争が厳しい業界だ。その中で,A社は他社が羨む営業利益率を叩き出し,それを毎年のように引き上げている。周囲はその業績を讃え,世間はその製品を喜んで購入している。そうした優れた仕事を遂行している会社の社員は,当然,積極的で快活で,高いモチベーションにあふれている──とイメージする方が自然というものだろう。それなのに,どこか疲れた暗い表情をしている社員像を想像する方に無理がある。
だが,この幹部にその理由を尋ねてすぐ,「ああ,またか」という思いに駆られた。この幹部の回答が聞き飽きたものだったからだ。「成果主義の弊害ですよ」。続いて,明かされた内容はこうだ。
A社では,期初に具体的な数値目標を求められ,日々その目標を達成すべく神経をすり減らす。目標については上司から厳しくチェックされ,楽にクリアできないように高めの基準が設けられている。だから,その目標に到達するのは容易ではない。ところが,毎日の仕事には目標として掲げた以外の仕事がどんどんやってくる。どれも会社としては必要な仕事だが,成果とは無縁の「雑用」だ。やらなければ会社が回らないが,やっても評価にはつながらない。納得が行かない思いを後回しにしつつ,期末までに何とか目標をクリアし,成果なるものに結びつける。さぞ給料が上がるかと思いきや,頑張った割に上昇率は低い。それでも上がった人はまだいい。個人の目標は達成しても,所属する部署が目標を達成しなければ,結局は横ばい。いずれにせよ,給料の劇的な上昇は望めない──。
この幹部はA社との付き合いの中から,ありのままを語っていると言う。ただ,A社の関係者ではないから,限界はあるだろう。私はこう解釈した。「A社の社員は,自社の絶好調な業績からみて,給料がもっと上昇してもよいはずなのに,必ずしもそうはなっていないことに,大きなフラストレーションを抱えているのではないか」と。
日本メーカーに勤める多くの社員は,成果主義を受け入れる前提として「成果や業績に連動して賃金が上がる」ということを会社側から聞いたはずだ。ところが,どこまで連動するかを詳しく調べた人は少なかったのではないか。そのため,会社がこれほどの好業績を上げていることに対し,期待したほど自分の給料が上がっていない現実を知り,だまされたという思いを強めているのではないだろうか。実際,A社の社員からは「俺たちの賃金をカットして,利益に回しただけじゃないか」という声が上がっているという。
この問題は事実確認が非常に難しい。会社に確認しても通り一遍の回答しか得られないからだ。まず,成果主義を肯定し,「個人の評価はその人のパフォーマンス次第だから,中には不満を持つ人もいるでしょう」といった文言しか返ってこない。どうにもスッキリしないが,いくらつっこんでもこれ以上の回答は得られないのである。
個人的には,業績が良くない企業はともかく,A社のような高収益企業では,成果主義に満足する社員が多いのではないかと漠然と思っていた。いや,期待していたといった方が正確だ。そうでなければ,これほどまでに現場から評判の悪い成果主義を,日本の製造業がこぞって導入した「合理的な理由」が見つからないからだ。もちろん,人件費削減という理由以外に,である。
最近,取材している現場からしばしば「成果主義で得をしたのは役員だけ」という声が聞こえてくるようになった。「数字」に直結する評価を得られる人間のみが美味しい思いをすると言いたいようだ。この点について,経済アナリストの森永卓郎氏がこう述べていた。「日本では2002年1月から景気回復が始まり,名目GDPが14兆円増える一方,雇用者(注:社員のこと)報酬は5兆円減った。だが,大企業の役員報酬は1人当たり5年間で84%も増えている。また,株主への配当は2.6倍になっている。ということは,パイが増える中で,人件費を抑制して,株主と大企業の役員だけが手取りを増やしたのだ」(http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/o/67/03.html)。
同じ会社の中でも「格差」は広がっているということだ。それでも良い仕事をしているA社のような社員は,一体何をモチベーションにして頑張っているのだろう。
近岡 裕=日経ものづくり