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特集 あの日から【東京新聞】
(1995年9月23日 大和銀 損失 トレーダー米で逮捕 日本企業の隠ぺい体質に厳罰 2007年2月27日 紙面から)
元米連邦捜査局(FBI)特別捜査官、エドワード・ストローズ(49)。今は世界の金融の中心、ニューヨークのウォール街でコンピューター犯罪調査の会社を経営する彼は、十二年前の「あの日」を鮮明に覚えている。
一九九五年九月二十三日。秋風がさわやかに吹くよく晴れた土曜日の午後。部下と二人で瀟洒(しょうしゃ)な住宅が立ち並ぶニューヨーク郊外ニュージャージー州の一軒家のチャイムを鳴らした。寝ぼけ眼で出てきた男にFBIのバッジをみせ、告げた。
「あなたが頭取に出した手紙を読みました」
男は大和銀行(現りそな銀行)のすご腕トレーダーで知られた井口俊英=当時(44)。国債取引で出した十一億ドル(当時の為替相場で約一千百億円)もの損失を十一年にもわたり隠し続けていた事実は世界中を驚がくさせた。大和には「極刑」にもあたる米国からの全面撤退命令という厳罰が下り、日本の銀行に対する国際的な不信は一気に拡大していった。「大和銀行事件」は井口自身が同年七月に出した頭取への告白状で明るみに出た。
<私はニューヨーク支店の井口です。私は米国債取引で約十一億ドルの損失を出しております…>
米国の大学を卒業後、大和でトレーダーとして働いていた井口。告白状などによると、事実はこうだ。八三年に金融債取引で五万ドル損したのが始まり。怖くて上司に報告できず、損失を取り戻そうと本来はできない国債売買に手を出すが、損は拡大。焦れば焦るほど泥沼にはまり損失はいつのまにか当初の二万倍以上に膨張した。損失穴埋めのために客から預かっている国債まで売却。検査のたびに神経をすり減らして隠し通す生活に精神的限界を感じての告白だった。
井口を逮捕したストローズの真のターゲットは、井口の背後にある「銀行」という大きな組織だった。銀行の扱っているお金は銀行のものでなく、預金者のもの。井口の告白した事実は預金者、市場にまで大きな影響を与える。銀行の責任まで徹底解明する必要がある、と確信したストローズは話しかけた。「長い間つらかったでしょう。告白するにも勇気がいったでしょう」。まずは緊張を解きほぐし、続けた。
「あなたの態度一つで悪い事態はさらに悪くなる。包み隠さず話してくれれば事態は好転し、ダメージを受けた人々を助けることができるんですよ」
無言でうなずく井口。「互いの信頼関係は最初の日にできた」とストローズは言う。
ストローズは井口をマンハッタンのホテルに移し、二十四時間体制で捜査員二人を監視役でつけた。連日の事情聴取。この間最も恐れたのが、井口が自暴自棄に陥り、自殺などの行為に出ることだった。ストローズは井口の恋人が三日に一度、面会することを許した。
捜査から銀行の問題が次々と浮かび上がってきた。大和は本来別にすべき取引記録係も、井口に任せていた。このため、井口は取引相手から記録が送られてくるたびに徹夜で紙を切り張りし、損失を隠すことができた。米国では不正発見のため、すべての行員に年一回、二週間の休暇を義務づけているが、井口は十二年間一度も休暇をとっていなかった…。「銀行の内部管理は完全に崩壊していた」。ストローズは振り返る。
井口から告白を受けた大和銀行の当時の役員は「十一月の決算発表まで事件を表面化させるな」と井口に指示。損失穴埋めのために、顧客から預かっている証券の無断売却をさらに続けるよう指示した。八月八日には頭取の藤田彬が大蔵省(現・財務省)銀行局長、西村吉正に概要を報告。しかし、西村は明確な指示を避けた。
大蔵省も、長年先送りしてきた不良債権問題で金融不安が台頭、やむなく木津信用組合、兵庫銀行の破たん処理に着手しようとした矢先で、市場に混乱を与えることを恐れていた。「あうんの呼吸」で当局の空気を読み取った大和が米国の金融当局やFBIに不正を報告したのは、大蔵省が両金融機関の処理発表を終えた九月中旬だった。
「銀行の反応は理解できなくはない。最初の瞬間は内部で処理してしまおうという誘惑が頭をよぎるだろう。だが、重要なのは頭を冷やして二番目の判断ができるかだ。違法なことに対処するのに、違法なことをやってはいけないんだ」。ストローズは語気を強めた。
三年間の刑期を終え、井口が釈放された後も二人の親交は続いた。井口がNYに住んでいた時は自宅に招待。井口が南部に移り、作家を目指し本を書きだした時はFBIの事情を教えた。
「井口は礼儀正しく、勤勉で、冗談もよく言う、ごく普通にいる人間だ。会話はいつも面白かった」。等身大の井口を知れば知るほど、事件での銀行の責任の大きさを感じるようになった。
「もちろん井口のやったことは恐ろしいことだ。だが、個人の失敗による問題は、組織の欠陥や体質によって信じがたいほどに膨らんでいく。内部管理体制をきちんとすることは一見、退屈だが、企業にとってこれほど大切なものはない」
大和銀行事件であぶり出されたのは、不祥事をまず隠そうとしたり、意図的に公表を遅らせようとする日本企業の体質だ。さらにFRBへの報告の遅れは監督官庁の大蔵省と「あうんの呼吸」で仕組んだもので、不正を許す企業と行政のなれあいの構図も白日にさらした。
日本の経済界では今、大和事件は忘れられ、大企業による新たな不祥事隠しが連日のように明るみに出ている。(ニューヨーク支局・池尾伸一)=文中敬称略、肩書は当時
<プレーバック> 罰金356億円、国外退去処分に
1995年7月、ニューヨーク支店の井口俊英行員から巨額損失の存在について報告を受けた同行は発覚先送りを図り、大蔵省(当時)には報告しながらも、米連邦準備制度理事会(FRB)に報告したのは6週間後。監督当局のメンツをつぶされた格好のFRBは国外退去命令という厳罰を決めた。
検察当局は損失隠ぺい工作をしたとして、銀行や井口氏の元上司である津田昌宏元NY支店長らを共同謀議罪で起訴。銀行側は当初、責任を否定したが、司法取引に応じ、3億4000万ドル(約356億円)の巨額罰金を支払うことに同意した。株主代表訴訟も起こり、大阪地裁は安部川澄夫元会長や藤田彬元頭取ら旧経営陣11人に同行へ総額約829億円の返還を命令。被告らは総額2億5000万円を支払うことで和解した。
大和はその後、あさひ銀行と統合し、「りそな銀行」となるが、不良債権の重圧に押しつぶされ、2003年公的資金の注入により実質国有化された。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/anohi/CK2007061502124495.html