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http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20070608/126917/?P=1
金融市場でFRB(米連邦準備理事会)による金融政策の引き締め継続が大きな材料になっている。予想以上に長引く物価の高止まりと、それに伴う金融政策の引き締め継続は米国に限ったことではない。ユーロ圏や英国でも、予想以上の追加利上げを織り込む動きが加速しているし、つい数カ月前まで利下げが予想されていた南アフリカ共和国、ハンガリーなどでも、追加利上げや利下げの遅れなどが観察されている。
物価高止まりの要因は色々考えられるが、中でも最も重要なのは、現在我々が暮らしているのが、史上かつてないほどの「過剰流動性の時代」であるという事実だろう。過剰流動性はどこからもたらされるのか、金融市場から我々の日常生活まで、その与える影響はどのような形で表れるのか、現代を読み解くカギとして、過剰流動性の実態について考えてみたい。
過剰流動性とは、端的に言ってしまえば「金余り」ということである。企業が通常の事業をしたり、個人が日常の消費をしたりするのに必要な金額以上の資金が世の中にあふれているということだ。
その主な供給源としては、3つの要素が考えられる。1つは原油価格の高騰を背景とした原油売り上げ収入、もう1つは自国通貨高を抑制するために主にアジアの各国中央銀行などが自国通貨売り介入を重ねた結果積み上がった外貨準備、そして日本の家計の投資姿勢の積極化によって市場に流出した資金だ。
下図はロシアと中国の外貨準備の推移である。ロシアは2004年以降、外貨準備の一部を「安定化基金」として別枠計上することにしている。この2カ国は、原油売り上げ収入と自国通貨売り介入で積み上がった外貨準備の最も端的な例として挙げた。
それぞれ、近年、急速な拡大を続けてきた経緯を確認することができる。原油取引の決済のほとんどや、国際貿易の決済の大部分がドル建てで行われることから、これらの資金の大半はドルで構成され、米経常赤字をファイナンスするための重要な資金となる。
米国の経常赤字は、単純に言えば、貿易やサービスなど経常取引に伴い、米国が(国全体として)受け取った資金よりも、米国が支払った資金の方が、その分だけ多額だということを表す。つまり、近年積みあがった巨額の米経常赤字は、米国が振り出した借用手形を、産油国や貿易黒字国が裏書して維持してきたことになる。その手形の往復から生まれた莫大な流動性が今、世界中に放出されているわけだ。このことは、世界で最も「あり余っている」通貨がドルである事実にも直結する。
次の図は、日本個人投資家の外貨資産投資動向を示している。特に2004年以降、外貨投信の爆発的な売れ行き拡大を背景とした外貨資産投資が急拡大したことが分かる。個人投資家の投資姿勢積極化で資金流入の恩恵を受けたのは外貨資産に限らない。株式市場や不動産市場など日本国内の他の市場にも巨額の資金流入をもたらしてきた。だが、ここでは、世界の過剰流動性を議論するうえで特に重要と思われる外貨資産投資に注目してみた。
上のグラフの右端、予想として示した部分は、2003年から2006年まで3年間の拡大ペースを、今後も維持した場合、四半期ごとに2兆円(160億ドル)を超える規模の資金が日本から流出し、これまた世界中の投資市場を潤す資金源となる可能性を示している。団塊の世代が次々と退職金を手にし、大量の資金の家計資産流入が予測される現状では、極めて控えめな試算と言えるのではないだろうか。
では、過剰流動性が金融市場や、我々の日常生活にもたらす現象としては、一体何が予想されるのだろうか。
まず、資金が潤沢に流通するということは、物品・サービスなどに対するお金の価値を相対的に低くする可能性が高い。すなわちインフレである。各国の中央銀行や金融市場が昨今のインフレ高止まりを読み切れなかったのは、この過剰流動性の存在を甘く見ていたことが最大の要因だったのではないかと考えられる。
また、物価の高止まりは引き締め気味の金融政策を必要とする。我々が現実に体験しているように、各国の中央銀行が高水準の政策金利を予想外に長期にわたり維持したり、予想以上の追加利上げを重ねようとしている背景にも、過剰流動性の影が見える。
過剰流動性がもたらすのは、インフレや高金利など、悪いことばかりでもない。インフレとは背中合わせの株価の高騰にも、この過剰流動性は寄与しているはずだ。近年では、昨年2月と5月、今年2月、そしてつい先月と、我々は時に世界の一部で、時に全世界的に、散発的な株式市場の急落を見てきた。
しかし、株価の下落は、今のところ、あくまでも長期的な上昇トレンドの「調整」の域にとどまっている。これは、少しでも株価が下がれば、有利な水準で買いに回ろうと、投資機会をうかがっている資金が、大量に市場に待ち構えている事実を物語ってはいないだろうか。
そしてもう1つ、過剰流動性は通貨市場のあり方も大きく変えようとしている。日本の家計資産の国外流出が、今後も長期的な円安のトレンドを維持する可能性が高いのは歴然としているだろう。それだけでなく、市場にあふれ出した資金は、リスクに対する感応度を鈍らせ、少しでも有利な投資先を求めて、新興市場高金利通貨など投資リスクの高い通貨にもなだれ込む。ドル余りが長期的なドル安をもたらすのは、言を待たない。
過剰流動性の本格的な収縮か、あるいは過剰流動性のもたらす膨大な投資意欲を打ち消して余りあるほどの投資意欲収縮を引き起こす別の材料が登場しない限り、行き場を求めて投資資金は世界を駆け巡り続ける。世界的な株価上昇基調、円安基調、ドル安基調、そして新興市場の高金利通貨の上昇基調は、今後も続く可能性が高い。
本多 秀俊(ほんだ・ひでとし)
みずほコーポレート銀行欧州資金室フォレックスグループ為替ストラテジスト