★阿修羅♪ > 国家破産50 > 339.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
□久多良木SCE会長の「ケンカ人生」さらばソニー [日刊ゲンダイ]
http://gendai.net/?m=view&g=syakai&c=020&no=31713
2007年5月1日 掲載
久多良木SCE会長の「ケンカ人生」さらばソニー
「気さくなオジサン」が歩んだゲーム開発までの道のり
●暴れん坊
「暴れん坊に話してもらいましょう」――。数年前の株主総会後に行われた懇親会で出井伸之会長(当時)は笑いながら、大勢の株主の前で久多良木健ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)社長(当時)を指名した。
久多良木氏はニヤッと「暴れん坊です」と応える。ヤル気満々だった。
今年6月19日付で久多良木氏は、SCEの会長兼CEOを辞任し、名誉会長に退く決断をした。
「(久多良木さんは)気さくなオジサンですよ。残念ですが、やりたいことがあるようですから」(ソニー中堅社員)
●ソニーを辞めても
昭和25年8月2日、東京都江東区生まれ。実家は印刷業を営んでいた。小さい時から父親や母親の働く姿を見て「経営」に興味を抱いていく。
エレクトロニクスが大好きで、秋葉原あたりに頻繁に通った。大学は電気通信大(電子工学部)。卒業後は、迷うことなくソニーを選んだ。
「ずっと技術系を歩んでいます。映像関連の研究が中心だったと思います」(ソニー関係者)
90年代前半、久多良木氏はゲームに夢中になり「自ら開発したい」との思いを強める。その頃、ゲームビジネスは任天堂とセガが2強対決を繰り広げていた。そこに割って入ろうというのだ。ソニー社内に反対の声は多い。久多良木氏は、当時社長だった大賀典雄氏に啖呵(たんか)を切る。「ソニーを辞めてもゲームをやります」。大賀氏は、久多良木氏の固い決意にゴーを出すしかなかった。
プレステは世界中で2億台を突破。プレステ3こそ任天堂「ウィー」に後れを取るが、ゲームがソニーのコアビジネスに成長したことに違いはない。
●「能力が足りない」
昨年秋、プレステ3がソニー本体の製造する半導体「セル」量産化の遅れで発売延期になった際、久多良木氏はソニー本体にケンカを吹っかける。「(ソニーに)何か能力が足りないということだろう」。
技術者としての苦言だったが、波紋は広がる。「生意気だ」。これでめげる暴れん坊ではないが、プレステ3の欧州販売を見届けSCEトップを退く。
ソニー本体のストリンガーCEOは久多良木氏に、シニア・テクノロジーアドバイザー就任を要請した。
「こうしたアドバイザー的な肩書は初めてです」(ソニー関係者)
今年8月に57歳。99年、日本経済新聞のインタビューで、こんな話をしている。
「ソニーの社長にはなりたいと思わないし、いやですね。自分のつくった会社ではないですから」
負けん気の強さは半端じゃない。「ケンカ人生」は続く。