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http://it.nikkei.co.jp/business/column/sou_tanto.aspx?n=MMITzv000021042007
1980年代末のバブル時代に痛い目に遭ったためか、日本では不動産バブルはもう二度と起こらないだろうと考える人が多いようです。しかし、いまの東京の不動産は既にミニバブルになっています。
何をもってバブルだと定義するかは難しいですが、デフレや人口減と言われているにもかかわらず、東京のオフィスの賃貸料は3倍にもなったところが出てきました。東京に近い新浦安についに億ションまで出現しました。2、3年前に売り残りが心配された都心の新築マンションに、仲介業者の営業マンがしきりに営業をかけます。「高く転売しませんか」と。
80年代のバブル期は何もかも高くなりました。その中にあった不動産の高騰でした。正確にいえば、不動産バブルではなく経済バブルでした。
しかし、今の日本経済そのものはバブルになっていません。株価は2年前と比較して2倍になりましたが、最安値と比較して上がったものの、PERは20倍前後です。物価についてはまだデフレの克服が課題です。経済のグローバル化が進んだ結果、安い輸入品がどんどん入ってきます。
唯一、不自然に上がり過ぎたのが、他でもない東京の不動産です。ここには80年代にはなかった理由が隠れています。ご存じの方も多いと思いますが、不動産の証券化です。
ビルを丸ごと売るには、相手はなかなか見付かりません。しかし、そのビルを証券に換算しておけば、一般投資家が資金力に応じて好きなだけを買うことができます。これを不動産の証券化といいます。
さらにマンションやビルや駐車場などの不動産をまとめて証券化する仕組みもあります。これが不動産投信(REIT)です。分かりやすくいえば不動産証券のファンドのようなものです。
日本の不動産業には面白い現象があります。土地が下がっても家賃が下がりません。これを金融の視点からみれば、地価が下がるほど土地の運用効率がよくなるということになります。そこで安いうちに不動産を取得し、運用益を配当に回せば間違いなく投資家に喜ばれます。
不動産証券や不動産投信はこのような背景の下でスタートを切りました。不動産の簿価が低いときに非常によい運用効率だったため、その株価自体が上がっていきました。最初は運用を目的に考えていた不動産の証券化は、今となっては値上がりそのものが期待されるようになりました。
このため5―6%を想定していた利回りは最近3%を切るようになりました。1%台になるものも出てきたそうです。不動産の高騰で取得簿価が高くなれば、家賃収入は高いままでも運用効率は落ちます。
自分でお金を出して直接不動産を買うならば、「高騰した」と実感して自然に80年代の不動産バブルを思い出すでしょう。しかし、今の問題点は物件を買うのがオーナー自身(投資家)ではなく、投資会社やREITの運用会社になっていることです。
分かりやすく言えば「自分のお金ではない」ので、資金が集まる以上は買い続けるのが仕事です。高いか安いかという判断は二の次です。買わないと商売が止まってしまうのです。
投資家は上がる株価をみて安心してしまいます。利回りが1%台になっても「貯金より良い」と解釈して不動産の高騰に気付かないのです。不幸にも超低金利の副作用はこんなところにも出てしまいます。
しかし、高すぎるものはいずれ調整されます。今回の景気回復はそれなりの期間続いています。どう考えてもオフィスビルやマンションの賃貸料がこれ以上上がるとは思えません。誰かが「高すぎる」と大きな声で言ってしまうと皆が株を売り始めます。そうなると逆回転の始まりです。
今回の不動産ミニバブルは80年代とかなり異なる環境と仕組みの下で起きているため、なかなか気付かれません。しかし、そのバブルは確実に成長してきました。バブルとは成長するか、弾けるかという挙動をするものですから、このまま放置するといずれ弾けます。
アメリカでは既にサブプライム・モーゲージの問題が表面化され、下院では不動産ファンドを規制する議論が進んでいます。金余り現象が起こした投資がファンドを通じて不動産に入った場合、投資家は不動産のリスクが見えにくくなります。仲介業者はそのリスクが見えても手数料を稼ぐために目をつぶっているところは日本も米国も同じです。
ただし、米国と違って日本は依然として超低金利が続いています。「貯金より得」という安易なセールストークにひかれていると自ら、ババをひいてしまう危険性があります。
-筆者紹介-
宋 文洲(そう ぶんしゅう)
ソフトブレーン マネージメントアドバイザー
略歴
1963年中国山東省生まれ。85年に北海道大学大学院に国費留学。天安門事件で帰国を断念し、札幌の会社に就職するが、すぐに倒産。学生時代に開発した土木解析ソフトの販売を始め、92年28歳の時にソフトブレーンを創業。98年に営業など非製造部門の効率改善のためのソフト開発とコンサルティング事業を始めた。00年12月に東証マザーズに上場。成人後に来日した外国人が創業した企業が上場するのは、初のケースとなった。05年6月東証1部上場。06年9月会長を退任し現職に。著書には「やっぱり変だよ日本の営業」「ここが変だよ日本の管理職」などがある。