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http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/OPINION/20070423/269190/
「日本のソフトウエア産業,衰退の真因」と題した松原友夫氏の論文を「経営とIT新潮流」というWebサイトに公開したところ,多くの読者に読んでもらうことができた。さらに,あちらこちらのWebサイトやブログから,松原氏の論文を巡る意見や感想が発信された。そこで改めて,松原氏に論文に込めた思いを伺うとともに,論文ではあえて記載を避けた「日本のソフトウエア産業復活策」についても語って頂いた。
(聞き手は谷島 宣之=「経営とIT」サイト編集長)
----- あの論文はもともと,2005年10月に発行された日経ビズテックNo.9に,「停滞産業復興計画」という特集の一部として掲載されました。原稿を松原さんにお願いした意図は,一般のビジネスパーソンにソフトウエア産業がどのような状態にあるかを伝えよう,というものでした。経営とIT新潮流というWebサイトも,経営者やビジネスリーダー向けなので,今回まったく同じ原稿を転載した次第です。一方,ITの専門家向けサイトであるITproにおいても,松原論文は反響を呼びました。連載の番外編をわざわざ書いて,あの論文に呼応する対策を発表された寄稿者もいます。そこで改めて松原さんに,日本のソフトウエア産業についてご意見を伺おうと思います。執筆されたほぼ2年前も今も,考えは変わっていないと仰っていましたが。
2年前どころか,もうずっと前から私は同じことを言い続けています。あの原稿を書いた時も,今も同じです。日本のソフトウエア産業は今の体制のままで本当にいいのですか,と問うているのです。この問いは,ソフトウエア産業というより,この産業のことを詳しくご存じない,他の産業の方々にぶつけなければいけません。
ソフト産業を変えるのはユーザー企業
というのは,ソフトウエア産業体制を変える最大のカギを,ソフトウエアを発注するいわゆるユーザー企業が握っているからです。ユーザー企業がソフトウエア会社に「技術者を人月単価で派遣するのではなく,成果に責任を持って請け負って欲しい」と言えば産業体制は変わります。もっとも,そうするにはユーザーに,開発に耐える要件をまとめる力がなければなりません。これはシステムを作るなら当然のことです。
-----「派遣から請負へ」と言うと,一部のITの専門家から誤解や反発をかうようです。「無理だ」とか「契約形態が問題の本質ではない」とか。
知的産業で派遣という契約形態は,技術者,それも優秀な技術者を駄目にします。派遣形態の場合,右向け左向けと命令されて仕事をすればよいので,人を受け身にするばかりか,時には悪い条件で働かされ,精神的にも,体力的にも,耐え難い状態になることがあります。といって技術者が学んで効率を上げると,ソフトウエア会社の儲けは減ってしまいます。大学でソフトウエア・エンジニアリングをしっかり教えようという動きがありますが,産業体制がこのままでは無駄に終わるでしょう。大学で習ったことを実践する場所も機会もないまま,若手は開発現場をたらい回しさせられるわけですから。
付け加えれば,ソフトウエア会社の幹部にとっても派遣ビジネスはよくありません。派遣中心の会社の仕事は,基本的には人の手配をして時間を売ることですから,普通の会社でいう経営は必要ありません。そのため,幹部は単なる手配師に堕落する傾向があります。創造的なビジネスを企画し,顧客を開拓する高度な経営判断が必要な仕事ができなくなるのです。彼らにとって改善はおろか品質さえ人ごとなのです。
派遣を一切止めろと言っているわけではありません。ある製品や技術に図抜けたスキルを持っている技術者が技術サポートをする場合,一定期間の派遣契約にしたほうがいい場合がある。また,技術者が様々な業種業態で経験を積めるといったプラスの面が派遣にはある。ただし,設計や開発を担当する技術者がずっと派遣で仕事をしていては疲弊してしまいます。ある程度現場が分かってからは,開発量を自力で見積もってきちんと仕上げていく仕事をしなければ,その技術者は成長できません。
いい表現ではありませんが,優秀な技術者ほど“塩漬けの悲劇”に遭遇する危険があります。あるソフトウエア会社が10人技術者を派遣したとしましょう。お客が「こいつとこいつができるから残せ」と言ってくる。残された人は優秀なのですが,ずっと同じ企業に常駐して,そこの指示だけを受けて仕事をしているうちに成長が止まってしまいます。
----- 現実には,ユーザー企業に何年も常駐している技術者が,その企業の情報システムを支えていることが多いようです。
それはそうです,優秀は優秀だから。ソフトウエア会社も優秀なベテランを常駐し続ける見返りに,若手をまとめてその顧客に送り込んだりしますから,なかなかベテランを異動させない。悪循環です。
ユーザー企業は,特定の技術者にそこまで居て欲しいなら社員として雇用すべきではないでしょうか。今もそうしているかどうか分かりませんが,かつて知り合いが開発プロセス改善の調査で米シティバンク(現シティグループ)を訪問した際,シティの責任者は「情報システムは企業戦略そのものだから一切外注しない方針です」と言ったそうです。ここまでやるのは無理としても,ユーザー企業が本業で使う重要なソフトウエアを内製するくらいの力を持つことが本来の姿と思います。経営とIT新潮流サイトに,NTTが交換機のソフトウエアを内製に切り替えた苦労話が公開されていましたが,同様の姿勢がユーザー企業に求められます。
インドや中国への安易な発注は危険
----- 日本の技術者を育てるために派遣を止めよ,と主張されているわけですが,一方,インドや中国の優秀な技術者を使えばいいじゃないか,という意見があります。
論文の中で少し触れましたが,極めて危険な考えです。いや,何も考えていないから,そんな危険なことができるのでしょう。ソフトウエアに関するノウハウはハードウエア以上に流出が速いです。日本の製造業はハードウエアの外注政策で懲り,戦略部分の内製化を進めています。そうした時期に,ソフトウエアの方で同じ失敗をまたするつもりでしょうか。
こう指摘すると,「インドや中国の技術者を使うなというのか」とおっしゃる人がいますが,そうではありません。日本のユーザー企業,ソフトウエア産業がお互いの分担範囲をしっかり決め,請負型でソフトウエアを開発できる産業体制がないまま,海外のソフトウエア会社や技術者を使ってみても,ノウハウが流出し,後で泣くことになるだけだと申し上げているのです。
杞憂であるといいのですが,今の産業体制を温存したまま,インドや中国の技術者をさらに使っていこうとすると国際問題を引き起こしかねません。日本の派遣技術者にやっているように「右向け」「左向け」といちいち命令し,劣悪な環境においたまま,休み無く働かせたら一体どう言われるでしょうか。
-----「衰退の真因」は身に染みて分かっている,それより打開策を書け,という指摘がありました。そういえば2年前,「ソフトウエア産業が停滞している理由に加え,復興計画も書いて欲しい」とお願いしたところ,「書けない」と仰っていましたが。
どうしたらいいかなんて,そんなことは書けません。いや,書こうと思えば書けますよ。しかし,もっともな指摘を1,2ページ書いて,それを読んだ人が「そうか」と膝を打つなんてことがあるのでしょうか。それほど,この問題は大きいのです。一人ひとりの技術者,ソフトウエア会社の幹部,そしてユーザー企業が,自分で考え,自分で改革していくしか道はありません。だから「自立して欲しい」と書くに留めたのです。
派遣と請負は二者択一ではない
----- その「自立」という表現が一部の人の気にさわったようで,「苛酷な状況にいるソフトウエア技術者に独立を強いるとは暴論」といった反応がありました。
自立ではなく,「自律」と書けばよかったかもしれません。確かに「ソフトウエア産業は自立せよ」と言うと,「100%請負なんてとても無理」と反応する人がいます。派遣か請負かの二者択一を迫っていると受け止められたわけですが,そんなことは言っていません。顧客や大手コンピュータ・メーカーの言いなりにならずに,自分たちである規模の開発を仕切る力を持つことが重要であり,これがすなわち自立・自律した姿です。契約とか金の話は最後でいいのです。
昔話になってしまいますが,「伍間(ごかん)を埋める」という言葉がありました。正しくは「隊伍間隙を埋める」と言いまして,軍隊の用語です。隊列に欠員が生じた時,兵士を補充して埋めることを意味します。ソフトウエア開発プロジェクトも同じで,プロジェクト内のチームごとに,足りない技術者を派遣で送り込んでいく。「伍間を埋めろ」と言われ,不愉快でした。
同じくらい嫌な言葉として,「(SEの)稼働率を上げろ」がありました。今でも多くのソフトウエア企業で使っているでしょう。ある企業への派遣が終わったら,なるべく早く別な所に放り込め,というわけです。SEは機械じゃない,ふざけるな,と腹を立てたものです。とはいえ,自立・自律する力がないのでは歯車に甘んじるしかない。私は100%派遣からスタートしたあるソフトウエア会社の創業時にかかわったことがありますが,まず,伍間を埋めるために,ばらばらに配置されていた技術者達をまとめるところから着手しました。一定人数をチームとしてまとめた上で,顧客にお願いして,あるサブシステムを切り出してもらい,そのチームでサブシステムを自主的に開発しました。契約は派遣のままで,「こちらが責任をもってプロジェクトをマネジメントし,成果物を納めるようにしたい」と提案したのです。これに対し「いやだ」と断るユーザー企業はいません。少しづつ力をつけ,できると思った段階で,契約を請負に切り替えてもらいました。
素人が社会的責任の重いシステムを作ってよいのか
----- 開発をしっかり請け負うには,松原さんの専門であるソフトウエア・エンジニアリング(ソフトウエア工学)の適用が求められると思います。ところが,ソフト工学というと「絵空事」「効果なし」と反発する方もおられます。
個人が趣味で使うものならいざ知らず,ビル,自動車,飛行機,原子炉など多くの人の財産や生命を預かるものを作る時の基礎は,長い間蓄積された技術的成果であるエンジニアリングです。エンジニアリングを知らない素人が日曜大工で作ったものを皆さんは使いますか。大勢の派遣プログラマを集めて人海戦術でシステムを開発するのは,これと同じことをやっているのです。プログラムが書けるということは,のこぎりや金槌が使えることに過ぎません。ソフトウエア・エンジニアリングとはソフトウエアを作る時でも,他のエンジニアリングのように,欠陥や不具合があった時に,なぜそうなるのか考え,調べ,実験し,グラフを作り,また考える,といった一連の活動を積み重ねることです。こうした積み上げによって進歩していくのです。言い換えれば,エンジニアリングを利用しなければ,いつまでも人海戦術から脱却できず失敗を繰り返すのです。
----- 上司から一方的に「CMMIのレベル×を達成せよ」とか「数字を集めろ」と命じられ,反発している人がいるのではないでしょうか。
たくさんいます。数字をいやいや集めて,しかもその数字の使い方が分からない,というのでは,やる気が無くなって当然です。CMMIでもプロジェクトマネジメントでも何でもいいのですが,プロセス改善手法を導入する大前提は,エンジニアリング・アプローチへの理解があることです。エンジニアリングの土壌がないところに,いきなり手法だけ導入しても管理過剰に陥って失敗します。現場の担当者が問題をきちんと定義し,自分で解決策を考えるという習慣を付けなければならない。それは派遣契約では育ちません。
----- 派遣とか請負を議論するより,ソフトウエア製品を開発・販売できる企業をどう育てるかを議論すべきという声もありました。
ソフトウエア製品を開発し販売するビジネスには,設計・開発サービスとはまったく別の活動が必要です。そこで成功するには,創造力,マーケティング力,販売・サポート体制,といった様々な要素が必要です。ソフトウエアの設計・開発力が強くなければならないのは事実ですが,それは要素のごく一部に過ぎません。技術力がある会社がいい製品を作ったとしても,なかなか事業として独り立ちできないのは,以上のことをやり抜けないからです。残念ながら,国際市場で流通している日本製ソフトウエア製品は,ゲームを除いて極めて少数で,圧倒的な輸入超過です。この状況を改善するには,技術だけではなく,国際的販売戦略など,総合的なアプローチとそれをやり抜く体力が必要です。こうしたハードルを跳び越え,国産ソフトウエアが自動車同様の国際競争力を持つ時代が来て欲しいものです。
(谷島 宣之=「経営とIT」サイト編集長) [2007/04/24]