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2004/07/30, 日本経済新聞 朝刊, 8ページ, 有, 1461文字
有権者反発覚悟の政権
「自分は恵まれているが、今後はそうはいかないかもしれない」。オランダのハーグ在住のルーシー・ウエントホルトさん(63)は昨年、公務員を早期退職した。年金の支給が始まる六十五歳まで退職時賃金と同額の手当をもらい、残り三年の年金積み立ては勤務先と折半する。個人年金の給付額も一万ユーロ(約百三十三万円)上乗せされる。「在職時より年金積み立てが減り、手取りは増えた」ほどだ。
ところが、こんな「ハッピー・リタイアメント(幸せな引退)」はもう望めなくなりそうだ。政府が年金改革案を打ち出したからだ。二〇〇六年から早期退職手当への税制優遇をやめ、年金支給額も「退職時」でなく「生涯平均賃金」の七割に実質的に切り下げる。
独教育学者シュタイナーの思想による介護付き老人ホーム。若者に職を譲る早期退職制。安定的な税財源による基礎年金――。オランダ・モデルは豊かな福祉社会の先行例だった。しかし、ベビーブーム世代の大量引退で負担は限界にきた。
事情は西欧に共通する。五月の欧州連合(EU)拡大で新規加盟した中・東欧やアジア勢など、EU内外の競争激化にさらされる経済界は「持続可能な制度でなければ企業活動ができない」と、移転をちらつかせ政府を突き上げる。
とはいえ改革は容易ではない。ラファラン仏内閣は昨年、公務員の年金積立期間を三十七・五年から四十年に延ばした。これがたたり、仏与党は今年三月の地方議会選、六月の欧州議会選で連敗。現在は「通院ごとに毎回一ユーロ」の医療保険改革に取り組むが首相更迭論が絶えない。
ドイツでは今年初めから「三カ月ごとに十ユーロの通院料」の徴収を開始。公的健康保険の世論調査ではその後、月収千ユーロの人の二割近くが医者に行くのを手控えたと答えた。シュレーダー首相の社会民主党は欧州議会選や地方選で惨敗した。
それでも政府は改革の手綱を緩められない。経済協力開発機構(OECD)によると、年金や医療など高齢化に関連する国民支出の国内総生産(GDP)に対する比率は二〇〇〇年時点で日本の一三・七%に対し独仏は一七―一八%。二〇五〇年には二四―二五%に達する。負担が膨らめば競争力は衰える。後戻り政策では将来が見えない。
「弱者いじめ」と労組の批判を受けるオランダのザルム副首相兼財務相は「長い夏になるが、避けて通れない」と、九月からの国会審議を前に自らに言い聞かせるように語る。
負担増を迫る改革を突き付けられ、個人の意識も変わってきた。
ドイツでは、EU新規加盟国での通院にも自国の健康保険が使えるようになり、治療費の安い中欧への「歯科ツアー」が人気を呼んでいる。ドイツでは自己負担が数十万円の入れ歯治療が七割も安くできるという。ハンガリーにはホテルなどに歯科医が入居、コスト意識に目覚めたドイツ人の高齢者を待ち構える。
「母は六十二歳で引退できて幸せだった。年金改革で私は六十五歳まで働かなければいけない」とハーグ市立美術館で働くマリア・ヨゼ・ラーベンさん(35)。英国では日本の経団連に相当する英産業連盟(CBI)が年金負担を減らすために定年を五年延長する「七十歳定年制」の導入を提唱した。欧州の市民は改革の現実の厳しさを徐々に直視し始めている。
(パリ=奥村茂三郎)
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EU拡大で国際競争が一段と激化し、西欧諸国が豊かな暮らしの基盤だった制度の再設計を迫られている。第四部は各国が直面している変革の動きを追う。
【図・写真】先進的な介護ホームで体操する89歳の女性(オランダのハーグ市内)