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(世界が一つになるとは)
富士の巻 第23帖 (103)
世界は一つになったぞ、一つになって神の国に攻め寄せて来ると申してあることが出て来たぞ。臣民にはまだ分るまいなれど、今に分りて来るぞ、くどう気つけて置いたことのいよいよが来たぞ。覚悟はよいか、臣民一人一人の心も同じになりて居ろがな、学と神の力との大戦ぞ、神国(かみぐに)の神の力あらはす時が近うなりたぞ。今あらはすと、助かる臣民 殆んどないから、神は待てるだけ待ちてゐるのぞ、臣民もかあいいが、元をつぶすことならんから、いよいよとなりたら、何んなことありても、ここまでしらしてあるのざから、神に手落ちあるまいがな。いよいよとなれば、分っていることなれば、なぜ知らさぬのぞと申すが、今では何馬鹿なと申して取り上げぬことよく分ってゐるぞ。因縁のみたまにはよく分るぞ、この神示読めばみたまの因縁よく分るのぞ、神の御用する身魂は選(よ)りぬいて引張りて居るぞ、おそし早しはあるなれど、いづれは何うしても、逃げてもイヤでも御用さすようになりて居るのぞ。北に気つけよ、東も西も南も何うする積りか、神だけの力では臣民に気の毒出来るのぞ、神と人との和のはたらきこそ神喜ぶのぞ、早う身魂みがけと申すことも、悪い心 洗濯せよと申すことも分かるであろう。八月三十日、 の一二か三。
富士の巻 第03帖 (083)
メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて神の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。神界ではその戦の最中ぞ。学と神力との戦と申しておろがな、どこから何んなこと出来るか、臣民には分かるまいがな、一寸先も見えぬほど曇りて居りて、それで神の臣民と思うてゐるのか、畜生にも劣りてゐるぞ。まだまだわるくなって来るから、まだまだ落ち沈まねば本当の改心出来ん臣民 沢山あるぞ。玉とは御魂(おんたま)ぞ、鏡とは内に動く御力ぞ、剣とは外に動く御力ぞ、これを三種(みくさ)の神宝(かむたから)と申すぞ。今は玉がなくなってゐるのぞ、鏡と剣だけぞ、それで世が治まると思うてゐるが、肝腎の真中ないぞ、それでちりちりばらばらぞ。アとヤとワの詞(四)の元要るぞと申してあろがな、この道理分らんか、剣と鏡だけでは戦勝てんぞ、それで早う身魂みがいて呉れと申してあるのぞ。上下ないぞ、上下に引繰り返すぞ、もう神待たれんところまで来てゐるぞ、身魂みがけたら、何んな所で何んなことしてゐても心配ないぞ、神界の都にはあくが攻めて来てゐるのざぞ。八月の十二日、 のひつくの 。
「・・・今度は上中下三段にわけてあるミタマの因縁によって、それぞれに目鼻つけて、悪も改心さして、善も改心さしての岩戸開きざから、根本からつくりかえるよりは何だけ六つかしいか、大層な骨折りざぞよ。・・・・・・」(原典日月神示磐十六巻 第十帖)
「・・神示読み聞かせてやれよ、嫌な顔をする臣民後回しじゃ、飛びつく人民あるのじゃ、早う読み聞かす神示より分けておいてくだされよ。間に合わんぞ。・・・」
(原典日月神示ウメの巻 第十二帖)
(天使の魂はいまいずこ?)
「世界中が霊かかりとなるともうしてあるのは今のことであるぞ。かかりている世界自身わからなくなっているぞ。サニワせねばならん、・・・・目に見えぬところからの通信は高度のものほど肉体的には感応が弱くなり、暗示的となるものであるぞ。・・・高度のものは、その人民のミタマの如何によって、それと同一波長の神霊に伝達され、その神霊の感応によって、表現されるぞ。特別な使命をもつ天使は、最下級の霊界まで降って来て、人民に特別な通信をなし、指示することもあるぞ。また天使の霊が母体に宿り人民として生まれてくる事もあるぞ、末世にはこの種の降誕人がたくさんあるぞ。」
(天使の魂の皆さん、早く出て来てください。神の生き方を手本にしないとドエリャーことになります。)
この世の終末が近づきましたので、天使の魂で母体に宿って生まれて来た皆さん、いつまでもこの世の獣と一緒に遊んでいる場合じゃないですよ。そろそろ自覚してください。神の国へ、ミロクの世へ帰る準備をしてください。キリスト教カトリック教会でも聖母マリア様が声をかけておられますが、神に祈願する人がいないとなげいておられます。
イスラエルの末裔のフリーメイソンもイルミナリテイも同じように頑張っているようです。
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