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2007年1月12日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.461 Saturday Edition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第337回
「ニューハンプシャーの示したもの」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第337回
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「ニューハンプシャーの示したもの」
オハイオで大差の惨敗を喫したヒラリーのニューハンプシャーでの逆転勝利を呼び
込んだのは「涙」だった、そう報道されているのですが、それは本当なのでしょう
か? 本当に6日の日曜日、投票の2日前にニューハンプシャー州内のカフェテリア
で女性支持者と懇談している際に感情的になって一瞬見せた「涙」が勝因だったので
しょうか。
何とも信じがたい話なのですが、どうも本当にそうなのです。この「涙」の一件以
降、オバマに先行を許していた支持率がジワジワと戻ってきて、投票日には僅差に
なっていた、そして投票日当日を通じて「やっぱりヒラリー」という態度を決定した
支持者が多かったのだというのです。
まあ、このことに関しては色々な人が色々なことを言っているのですが、大ざっぱ
にまとめるとこういうことです。まず、5日から6日午前中にかけて行われた各調査
機関の「予備選直前の世論調査」では、まだオバマが数%から約10%のリードをし
ていました。特に、この週末にニューハンプシャーにある名門のダートマス大学で、
オバマ支持の大規模な学生集会が行われてそれが報道されたり、5日の昼の時点では
ニューハンプシャーの民主党はオバマ一色というムードだったのです。
そこへ「ヒラリーの涙」という報道が流れました。それが全国的に大きく取り上げ
られる中で、ニューハンプシャーの票も動いてゆくのですが、それはどうしてなので
しょう。ところで、古い価値観の人々の間では「女の涙にはかなわない」とか「女は
泣くからやっぱりダメだ」とかいう言い方があります。こうした「決まり文句」の背
景には「女性は男性に比べて感情に訴える弱い存在」だという価値観があります。そ
して「強く理性的な男性が女性を蔑視する、あるいはイヤイヤながら女性に譲歩させ
られる」時に「女の涙」という言い方がされます。
ですが、今回の一件は全く違いました。勿論、アメリカの場合は女性の人権という
考え方が社会全体に完全に浸透しているので「弱い女の涙」というようなニュアンス
での常套句は「政治的に不適切」である以前に、そもそもそんな言い方が消滅してい
るということもあるでしょう。ですが、ある種のジェンダーの問題は今回の一件では
重要な要素だっというのは事実です。
結論から言うと「こんなことでは負けるわけにはいかないわ(意訳すると要するに
そういうことです)」と言って涙を見せたことで、女性票が雪崩を打って戻ってきた
のです。「うるさいヒラリーもやっぱり女だったのか、可愛いじゃないか」という男
性票の動きではなく「余りにも強く立派で、もう遠い存在だったヒラリーも自分と同
じ女性だったのね」という女性票の動きが「現象」になったのでした。
その証拠に女性に大変に人気のあるABCテレビの午前のワイドショー「ザ・ビュ
ー」では、バーバラ・ウォルターズやウーピー・ゴールドバーグなどが、この「ヒラ
リーの涙」を絶賛していたそうですし、例えばヒラリーの地盤であるニューヨークの
「タブロイド新聞」では「ニューヨーク・ポスト」も「デイリー・ニュース」もヒラ
リーの「涙?」の写真を大きく掲載して、しかも好意的なコメントをつけています。
NYタイムスの記事によれば、この「ヒラリーの涙」というのはどうしてインパク
トがあったのかというと、ヒラリーはこれまで決して涙を見せたことはないのだとい
うのです。夫が大統領になった初年度に、ファーストレディーとして健康保険制度の
改革を進めながら挫折に追い込まれたとき、数度にわたる夫の不倫問題、あるいはホ
ワイトウォーター疑惑など、これまでどんな修羅場でも涙を見せなかった「鉄の女」
が今回は人間味を見せた、そこに意味があったというがその解説でした。
面白いのは「涙」の報道が流れた直後に、ヒラリーの陣営からは少し戸惑うような
反応があったのだそうです。私も前号で申し上げたように、それが「弱みを見せた」
ことになれば勢いについて更にダメージとなる可能性がある、そんな戸惑いがあった
そうで、これに関しては陣営の一部から「男性候補が涙を見せても何も言われないの
に、女性候補が涙を見せると弱さを指摘されるのは逆差別ではないか」という言い方
で予防線を張ろうという動きもあったのです。
ですが、とにかく結果的にこの「涙」はヒラリーに取って圧倒的にプラスになりま
した。ニューハンプシャーの投票結果を分析した報道によりますと、アイオワの敗戦
の際と比較すると、まず「50歳以上の女性の投票率が非常に高かった」つまり、自
分たちのアイデンティティを投影する対象としてのヒラリーが危機に陥っている、し
かも初めて人間味を感じさせてくれたということで「大変だから行かなくちゃ」とい
う投票行動になったというのです。
更にアイオワではオバマ支持だった40歳代の女性票も「冷たいヒラリーよりは、
イケメンのオバマだけど、そのヒラリーが人間味を見せてくれたので、やっぱりヒラ
リー」というような心理からヒラリー支持に回ったのだと言います。そのヒラリーは
勝利集会では、再び「国母の威厳」「鉄の女」という風情で大演説をぶっています。
「涙」で勝ったとはいえ、復活した以上は「強い政治家」というイメージに戻してゆ
こうというわけです。
例えば負けたアイオワでの「敗北演説」では演説の中身こそ強気(「民主党の勝利
万歳」で押し通した)だったものの、壇上に夫のビル、娘のチェルシー、ブレーンの
オルブライト元国務長官、同じくブレーンのクラーク元NATO軍司令官などを「従
えて」グループでの「力の誇示」に走っていましたが、今回のニューハンプシャーで
は壇上には「主役の中の主役」ヒラリーが一人で両手を大きく広げて、まあある種た
とえて言えば、セリーヌ・ディオンが朗々とバラードを歌い上げるような豪快なポー
ズでの演説でした。
その内容がまた大変に緻密なレトリックで彩られたもので、例えば一番盛り上がっ
た部分では「ありがとう、ニューハンプシャーの皆さん。あなた方は本当に熱心に私
の話を聞いてくれました。おかげで私は私の本来の言葉(ボイス)を取り戻すことが
できたんです」というような調子です。とにかくヒラリーは「あなた方の声を聞いて、
その意見を取り入れて勝った」などとは絶対に言わないわけで、あくまで「良く聞い
てもらったので、本来の自分に戻った」というのです。アイオワでの敗北を認めつつ
も、本来の自分は「強い自分」だというのですから大したものです。
まあこれは、一歩間違えば扇動政治家の世論操作とも言える危険性があるのですが、
そこまで言うのは言い過ぎというもので、ここはこの類い希な政治の天才が見せた高
度なコミュニケーションのテクニックだという風に見ておくのが正当でしょう。更に
冷静に考えると、合衆国大統領というのはどんな逆境においても歯を食いしばって判
断を下し続けなくてはならない存在です。
例えば、日本では安倍前首相の突然の辞任が批判を受けましたが、あれは議院内閣
制だからまだ許される(許されないながらも、どこか仕方がない)ところがあるので
すが、直接選挙(形式的には選挙人が介在するので手続き論としては間接ですが、実
態は直接でしょう)によって選ばれる合衆国大統領はあのような形で政権を投げ出す
ことはできないのです。その合衆国大統領を目指す政治家として、多少目が潤むぐら
いの「悔しさ」を見せながらも必死に耐えることで「人格としてのダメージコントロ
ール能力」を見せてくれたというのは、玄人筋からも決して悪印象は持たれてはいな
いと思うのです。その点で言えば、オバマの方が頭の回転が速すぎてまだ人間的につ
かみ所がない、そんな見方もできるのかもしれません。
さて、共和党に目を転じますと、こちらは直前の世論調査が予測した通りにジョン
・マケイン候補が一位となり、近所のマサチューセッツで知事経験のあるミット・ロ
ムニーは二位になってしまいました。またフロリダなどに張り付いて、真剣に運動を
展開しなかったジュリアー二はここでもあまり票を取れていません。
その結果としてどうなるかというと、資金力のあるこの三候補に、中西部で絶大な
人気を誇るハッカビーの四者は、まだまだ誰もレースから降りることはないという見
方が一般的なようです。ですから、2月5日の「新」スーパー・チューズデーまで、
混沌とした状態が続くことになりそうです。心配なのは、共和党の党勢そのものに勢
いが見られないことです。今回のニューハンプシャーでも、この州は「オープン・プ
ライマリー」といって無党派にも投票権があるのですが、その中間層の多くがヒラリ
ーとオバマに流れた結果、共和党の総数は低いのです。
また折角勝ったマケイン候補ですが、その勝利演説は「原稿の棒読み」で覇気がな
く、このまま全国を勝ち抜いていくようなエネルギーは感じられませんでした。また、
苦手な州はどんどんスキップしてゆくジュリアー二は「とにかく全国ベースでの戦い
を続けている」と胸を張るのですが、アイオワなりニューハンプシャーの結果が出た
時点で、その自分が無視した州民に対して何のメッセージも出さない(まあ出せない
とも言えますが)冷たさというのは、50州をたばねる合衆国大統領候補として、ど
うも真剣味に欠ける印象が否定できません。
そんな中、前にもお話ししたように、アイオワではオバマが勝ち、ニューハンプ
シャーではヒラリーが「カムバック」を遂げるというような「筋書きのないドラマ」
を通じて、民主党の党勢はどんどん強まっています。とりわけ両陣営には個人からの
献金がどんどん来ているようです。その背景には、勿論、申し上げてきたようなジェ
ンダーや世代の問題があり、それぞれが分断されつつ「今回の選挙が自分の声を政治
に反映させるチャンス」だという確信は持っているということがあります。
その「声」というのは「イラク、アフガンの問題」と「環境、エネルギーの問題」
におけるブッシュ政権のほぼ全否定に他なりません。バラク・オバマ、ヒラリー・
ロッダム・クリントンという不世出の天才政治家が活躍することで、大きな政治的エ
ネルギーが集積されつつあります。そのエネルギーは、アメリカという国を大きく変
えてゆくのは間違いないでしょう。
そしてアフガンやパキスタンではアメリカの変化、イギリスの変化などに呼応する
ように対立していた勢力同士の間で必死に妥協が模索されています。そのような時代
の変化を全く無視するかのように、インド洋での給油問題を政治の力比べに「転用」
している日本の政治には、アフガン、パキスタンの人々に対する不誠実、いやそれだ
けでなく、必死に変化を模索しているアメリカ世論に対する不誠実なものすらを感じ
るのです。
不誠実というよりも、勘違いというべきかもしれません。アメリカが変化しようと
苦しんでいる時には、その変化の方向が正しいものとなるように、また変化後のアメ
リカをどうやって助けるかを考えるのが「同盟」というものではないでしょうか。に
も関わらず「過去となりつつある古いアメリカ」との関係にこだわって右往左往する
というのは、余程の計算がウラにあるのか、そうでなければ単に愚かなだけなのか、
いずれにしても政治のあり方として健全ではないと思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】 村上龍
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