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JMM [Japan Mail Media]  「緊張緩和のメロディー」   冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 12 月 24 日 17:01:42: ogcGl0q1DMbpk
 

                            2007年12月22日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.458 Saturday Edition
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                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第334回
    「緊張緩和のメロディー」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第334回
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「緊張緩和のメロディー」

 北朝鮮を訪問するというニュースの発表に当たって、ニューヨーク・フィルハーモ
ニックは慎重でした。正式発表は12月11日でしたが、その前日に報道機関には
「リーク」がされて世論に対するアドバルーンを上げるという方法が取られていま
す。また、事前にオーケストラの実務部隊は何度も国務省と打ち合わせを重ねたばか
りか、実際に10月に国務省担当官と7名のチームで北朝鮮入りして調査と交渉も済
ませた上の発表でした。11日の当日の午後には、定期会員には一斉に告知のEメー
ルも流すという念の入れようです。その告知によれば、来年2月末に音楽監督のロリ
ン・マゼール率いる楽団は平壌を訪問し、公開練習に続いての公演、そして北朝鮮の
若手演奏家へのレッスンも行うというのです。

 発表によりますと、交渉の過程でアメリカ側(オーケストラと国務省)は平壌公演
に当たってアメリカ国歌「星条旗よ永遠なれ」の演奏を行うこと、演目の選定に当
たってはアメリカにちなんだ選曲とすることを条件としたそうです。クラッシック音
楽のコンサートに国歌というのは、日本では奇異に思われるかもしれませんが、アメ
リカのオーケストラでは、新シーズンの開幕公演の際には演奏されるのが通例なので
す。また、今回の発表では2002年NYフィルの日本公演に美智子皇后が列席した
際に国歌を演奏した先例に則っているとされています。

 また演目に関しては、アメリカにちなんだものということで、ドボルザークの交響
曲「新世界より」とガーシュインの「パリのアメリカ人」が選ばれたそうで、なかな
か興味深い選曲だと思います。というのは「アメリカにちなんだ曲をやらせろ」と交
渉の中で呑ませたとはいえ、この二曲は「アメリカ万歳」とか「アメリカが世界一」
というニュアンスは持っていないからです。まず「新世界から」はドボルザークがN
Y滞在中に作曲して、このNYフィルが初演、内容的にはアメリカの「黒人霊歌」の
メロディーを織り込んだものです。その「新世界」とは勿論アメリカのことですが、
アメリカ賛歌というよりもアメリカから故郷ボヘミアへの望郷の音楽というのが正当
でしょう。第一、作曲された1893年という時期には、アメリカはまだまだ世界の
片田舎だったのです。

 もう一つの「パリのアメリカ人」はオーケストラを使ったジャズに他なりません
が、内容的には「田舎者のアメリカ人が、パリという大都会の喧噪と繁栄に右往左往
する」という印象を音楽にしたもので、これまた「国威発揚」のかけらもないので
す。どうやら、国歌演奏うんぬんとか慎重な発表、そしてこの選曲というのは、北朝
鮮対策というよりも、アメリカ国内の強硬派を納得させるための芝居というのが正し
いのでしょう。つい昨日まで「悪の枢軸」として仮想敵国扱いしていた国に平和の使
節としてオーケストラが行くのですから、まあそのぐらい慎重になるのも分からない
ではありません。個人的にはショスタコービッチあたりの演目を引っさげて行って
「独裁に苦しむ良心」の秘められたメッセージを届けるというような趣向も面白いと
思いますが、金正日という人はバカではありませんから、それは通らないでしょう。

 さて、今回の発表に際しては、慎重な根回しの結果もあって、特に地元NYタイム
スの報道などは非常に好意的です。来年2月の楽旅について、1956年のボストン
交響楽団のソ連訪問、NYフィルの1959年の同じくソ連訪問、1973年のフィ
ラデルフィア管弦楽団の中国訪問などと比較して「雪解けをもたらす音楽使節」とし
て最大限の持ち上げ方をしていました。ちなみに、56年のボストン交響楽団は当時
のレニングラードでの最初の公演に際してソビエト国歌を演奏したのですが、その際
に総立ちになった観客は、引き続いて演奏されたアメリカ国歌の際にもずっと立った
ままだったそうです。

 さて、オーケストラは平壌公演の後にソウルでも公演を行うそうで、その頃には李
民博次期大統領の政権が発足して対北朝鮮政策も動き出していると思いますから、あ
る意味で時代がどんどん動いてゆくことの象徴的な事件になるのではないでしょう
か。その平壌公演は2月26日、ソウル公演は2月28日という日程が組まれていま
す。

 このNYフィルの平壌公演、ニュースとしては唐突な感じが否めないのですが、肝
心のNYフィルの定期会員にとっては何となく自然に受け止められているように思い
ます。というのは、この12月初旬にオーケストラはもう一つの「敵国」との和解と
いって良いようなイベントを経験しているからです。その「敵国」とはベネズエラで
す。政治的危機を何度も乗り越えてきたウーゴ・チャベス大統領は、石油収入を使っ
て国力を増強する一方で、キューバに接近したり、反米的なラテンアメリカ諸国のナ
ショナリズムを煽って求心力を維持してきました。その反米姿勢は、ブッシュ大統領
に対して「悪魔呼ばわり」をしてみたり、ひいてはアメリカを怒らせるためとしか思
えない「核開発宣言」をしてみたり、相当なものです。そのチャベス大統領に関して
は、ブッシュが軍事介入するのではと言われたり、右派の宗教家パット・ロバートソ
ン師が「暗殺せよ」と発言して物議を醸したり、アメリカとの関係はかなり悪化して
いました。

 そのベネズエラから11月の末から12月にかけて「音楽大使」がNYにやってき
ていたのです。来米したオーケストラの名前は、シモン・ボリバル・ベネズエラ青少
年オーケストラで、音楽監督のグスターボ・ドュダメルが率いてきていました。この
オーケストラは、ベネズエラからコロンビア、エクアドルにかけての地域をスペイン
から独立させた英雄、シモン・ボリバルの名前を冠した国営のもので、全国組織の青
少年音楽教育プログラムの頂点に立つ存在です。といっても普通の音楽エリート教育
とは一味違って、犯罪者の子弟や自分も非行に走りそうになった貧困層の少年などの
更生プログラムと連動しているのです。つまり苦労した子供たちが自尊心を再建する
ツールとしての音楽、というコンセプトを抱えたなかなかどうして志の高い団体なの
です。

 この青少年オーケストラとドュダメルの公演はカーネギーホールで行われて盛況
だったそうですが、私は行く機会を逸してしまいました。その代わり、指揮者として
のドュダメルがNYフィルへのデビューを飾った公演には立ち会うことができまし
た。その演奏会は、このオーケストラの歴史に残ると思われる素晴らしいもので、若
い才能が成功への階段を駆け上ってゆくときだけに見せる、何とも言えない輝きに満
ちたコンサートでした。

 演目は、メキシコを代表する作曲家カルロス・チャベスの「インディオ交響曲(第
二番)」、そしてギル・シャハムをソロに迎えてドボルザークの「バイオリン協奏
曲」、休憩の後はプロコフィエフの交響曲第五番でした。何ともよく考えられたプロ
グラムです。まずチャベスの作品は、ラテンアメリカのクラシック音楽を代表する曲
であると同時に、作曲家は他でもないベネズエラの大統領と同姓です。またシャハム
は、イスラエル国籍で現代のユダヤ系を代表する音楽家であり、更にプロコフィエフ
の曲は、NYフィルにとって神格化された存在である故バーンスタインの十八番でし
た。またプロコという作曲家は、一旦は日本経由で亡命しながらもスターリンのロシ
アに自発的に帰国したいわば「穏健社会主義者」的な存在でもあり、政治的寓意を勘
ぐればいくらでも勝手なことが言える、ある意味では良くできたパズルのような選曲
とも言えます。

 しかしまあ、その演奏の素晴らしかったこと。チャベスではパンチの効いたリズム
にオーケストラは実に心地よさそうでしたし、ドボルザークでは巨匠の域に入りつつ
あるシャハムがいつもの「こぶしを回した演歌調」をグッと抑えてドュダメルの視線
とタクトに集中して丁寧なアンサンブルを展開していました。第一楽章の終了間際、
カデンツァ風のカンタービレの部分では、実に清潔で丁寧な「歌」の時間が流れてお
り、私はこの曲のイメージを再発見した思いでした。圧巻だったのはプロコです。
ドュダメルは、複雑なスコアを良く交通整理しており、各パートに何をやらせるか、
隅々まで指示の行き渡った演奏だったと思います。このオーケストラにありがちな音
量バランスの崩れも全くなく、よほど練習したのか、あるいは指揮者のカリスマ性に
感化されたのか、精度の高いアンサンブルを聴かせてくれたのです。

 このドュダメルという人の音楽で特徴的なのはテンポとリズムの感性でしょう。特
にスローな楽章では思い切ってテンポを遅く取るのですが、気分を沈潜させるのでは
なくそこに前向きの推進力と、小節の刻みの静かなリズムはしっかり与えるのです。
ですからちょっと聞くとダークな情念が渦巻いているような音の中に、芯のはっきり
した音楽の力を再現できるのだと思います。1981年生まれの弱冠26才というこ
の人、実はNY滞在中にロスフィルことロサンゼルス・フィルハーモニーの音楽監督
に就任が決定しています。NYのメディアからは「ロスに取られた」というような反
応もあり、NYフィルの時期音楽監督に決まっているアラン・ギルバートは、これか
らはドュダメルと常に比較されるプレッシャーを感じているだろう、そんな記事もあ
りました。

 コンサートは大成功でした。この日11月30日のエブリー・フィッシャー・ホー
ルには、一楽章が終わったところで拍手をするような素人はゼロで、ドュダメル見た
さに押しかけた「うるさい」聴衆で満杯でしたが、プロコフィエフの複雑な終曲がエ
ネルギッシュに鳴りきった瞬間に、全員総立ちのお祭り騒ぎになりました。そのドュ
ダメルのステージマナーが、これまた実に控えめで、指揮台でのお辞儀は数回だけ、
鳴りやまない観客の拍手に対しては常に一歩引いて楽員たちを立てるのです。その姿
勢が好感を呼んで更に拍手が大きくなる、NYの街とこのベネズエラの青年は、そん
な素晴らしい「出会い」をすることができたのです。後で知ったのですが、この公演
に際してNYフィルは、その金庫に大切にしまっている三本の故バーンスタインのタ
クトのうちの一本をこの若者に託したのだそうです。

 興味深かったのは、このドュダメル一行がNYで公演をしている最中に、本国ベネ
ズエラでは憲法改正の国民投票が行われたのです。大統領の再選の無期限化やメディ
アの統制など、チャベス大統領は独裁強化を可能にする修正案を投票にかけたのです
が、結果的に否決されています。その際にチャベス大統領は、政治的な敗北を認める
声明を出しているのです。指導者としてのチャベスを支持しながらも独裁的な大権は
与えなかった民意と、それを受け入れた指導者、そこには政治的な成熟が見られると
いっても良く、またこれでアメリカとの無用な軋轢は減るに違いありません。ドュダ
メルという「音楽大使」がそうした政治的なメッセージを持っていたかどうかはとも
かく、そのドュダメルがNYの街に受け入れられた、いや大喝采を浴びたというの
は、ベネズエラとの緊張緩和の象徴だということは言えるでしょう。

 気がつくと、緊張の緩和という流れはあらゆるところに感じられるようになってい
ます。それにしても、週刊誌『タイム』の恒例となった「今年の顔」にロシアのプー
チン大統領が選ばれたのには驚きました。同誌のリチャード・ステンゲル編集長は、
19日のNBC「トゥデイ」に出演して選定結果を説明していました。選定自体が
ニュースとして伝わる中では、同誌の姿勢はもう少しロシアに厳しい姿勢のように伝
わっていたのですが、編集長の発言ははるかにプーチンに好意的でした。「ロシアに
は言論の自由はありません。政治的自由もありません。国民が自由よりも安定を選ん
だのです。そしてロシアは安定しました。そういう選択もあるということです」とい
う発言を聞いていると、アメリカはロシアとの緊張緩和に本気なのかもしれない、そ
んな気配もするのです。事実、この「プーチンが今年の顔」という選択に反発はそれ
ほど起きていません。

 緊張の緩和は、国内政治にも及んでいます。今週は、国連総会における加盟国での
死刑執行停止決議が可決されていますが、これと時を同じくして、アメリカでも執行
停止の動きが顕著になっています。CNNの報道によりますと、今年一年のアメリカ
での死刑執行数は42で、98名が処刑された99年と比較すると半数以下になって
いるのです。また、今週の月曜日17日には、私の住むニュージャージー州では死刑
執行停止の決議が議会での可決に続いて知事の署名によって発効しています。その結
果、8名の確定死刑囚が無期に減刑されたのですが、その中には有名な「メーガン
法」制定のきっかけになった少女殺人事件の犯人も含まれており、メディアでは賛否
両論という報道にはなっていましたが、とにかくアメリカでは42年ぶりに新たに死
刑執行停止州が出現したことになります。

 死刑執行停止のニュースと並んで、ここのところメディアが大きく扱っているの
は、様々なかたちの「美談」です。今週話題になっているのは、ニューハンプシャー
での腎臓病の少女のニュースです。同州のフランクリンという町で、重い腎臓病を
患っている13才のモーガン・コーリスという少女に対して、通っている中学の校長
先生が腎臓の提供を申し出たというのです。突然の美談にメディアが飛びついた格好
ですが、校長先生本人は「人の役に立て、という教育のメッセージを実践する、それ
だけですよ」と実にそっけないながらも、毅然とした態度でした。これは特別なケー
スだと言えますが、この種の美談がメディアに取り上げられるというのは、社会から
殺気や不安感が消えているという証拠でもあるでしょう。

 また19日の水曜日にはカリフォルニアの山地で、深い雪の中を3日間行方不明
だった父親と10代の子供三人が、山岳救助隊によって奇跡の救出をされたという
「美談」が大きく報じられました。クリスマスツリーにふさわしい天然の木を切りに
山に入ったまま遭難した4人は、雪と低温の中、あと一歩で全員が凍死するところを
助けられたのだといいます。見方によってはお騒がせの一家という見方も可能なのか
もしれませんが、やはり今の時期、「良かったね、奇跡だ」という報道がされ(それ
で良いとは思いますが)また世論もそれを自然に受け入れているのです。

 そのような落ち着きや、緊張の緩和がアメリカの内外に向ける視線なのですが、そ
んな中、日本でも報道されているMDの迎撃実験成功のニュースは、何とNYタイム
スによれば「日本艦船による迎撃成功・・・」とまるで日本主導のプロジェクトのよ
うな報じられ方をしているのです。MDに関していれば、当初想定していた仮想敵の
北朝鮮には、アメリカはニューヨーク・フィルハーモニックを送り込むのです。そん
な中、わざわざ殺気の応酬であるMD(相手の破壊活動を破壊する準備をしていると
いうのは、相手には殺気に見えるのが自然でしょう)を大々的に自分たちの成果だと
する気分は、今のアメリカにはないのでしょう。

 国内に目を戻しますと、議会が可決した自家用車の燃費基準を2020年までに4
0%改善させるという法案は、19日にブッシュ大統領が署名して成立しました。こ
の法案ですが、議会で可決されてホワイトハウスに送付される際に、民主党を中心と
する議員団は、わざわざ法案の書類を「トヨタ・プリウス」に乗せて運んだのです。
これに対してデトロイトのあるミシガン州選出の共和党議員からは「国産車の軽視
だ」という抗議があったのですが、「ハイブリッド技術の重要性を示すことが大切」
という声にかき消されています。緊張の緩和によって「軍事外交上の有志連合への支
援」という「日米同盟」は必要性が低下してゆくかもしれませんが、こうした環境技
術などでの関係はむしろ深まってゆく、その可能性も見逃せないと思います。そんな
中、今年も残り僅かとなりました。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media]                No.458 Saturday Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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