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JMM [Japan Mail Media]  「サブプライム・ローン問題の表とウラ」  冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/07/bd51/msg/150.html
投稿者 愚民党 日時 2007 年 10 月 26 日 10:42:01: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2007年10月20日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.449 SaturdayEdition
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                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第325回
    「サブプライム・ローン問題の表とウラ」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』第325回
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「サブプライム・ローン問題の表とウラ」

 今年に入ってから問題化してきたアメリカの不動産ローンの焦げ付き問題は、今週
になって野村證券系列のアメリカ法人で1−9月の3四半期合計で総額1456億円
の欠損が出たことで、日本への影響も表に出てきています。問題は「サブプライム」
という種類のローンで、このローンを債券化したものが、世界中の金融機関や投資家
に行き渡っていました。そのローンに焦げ付きが大量に出たということで今日でも
「世界的な信用不安」が拡大するのではないかという憶測が消えません。

 ですが、実際にアメリカに住んで住宅ローンを借りたり、借り換えたりしている人
間の感覚からすると、今回の問題に関しては、アメリカ国内外で必要以上に不安心理
が拡大しているように見えます。勿論、この「サブプライム」の問題は、一旦債券化
されたローン債権が、「リスクの回避の受け皿として、逆にリスクを引き受けて高い
リターンを狙う」いわゆるヘッジファンドなどの投資対象となり、この部分でのリス
ク管理が破綻したという問題はあります。

 ですが、全体としてはもう少し冷静になった方が良いように思うのです。例えば、
90年代の日本に起きた、不動産価格の下落による信用収縮と全面的な景気後退とい
う事件と比較するならば、今回の問題は規模はともかく処理に時間はかからないので
はないかと思います。また、金融システムの不備が原因であったのは事実ですが、根
本的な制度の変更をしなくてはならないような問題、とまでは行かないように思うか
らです。

 議論の前提として、まずアメリカの住宅市場の特徴、とりわけ日本との違いをお話
しておこうと思います。まず不動産売買の頻度が非常に高いということがあります。
アメリカは、大都市圏を中心に人口の移動が比較的大きな国ですが、人々は移動に当
たって古い家を売り、新しい家を買うのが当たり前なのです。仮に新しい仕事の契約
期間が三年だとして、遠い街に赴任する場合には家族を連れて行き、そこで家を買
う、そして期間が終わって戻るところがあれば、その家を売却するというのは当然と
されています。

 理由は簡単で、中古住宅が値崩れがしないので買値に比べて売値が著しく下がる可
能性が低いからです。この中古住宅の価格について言うと、確かに日本のように同じ
地区の同じような物件の場合、新築の方が高めということはあります。台所回りの設
備や、カーテンやブラインド、照明のたぐい(これが結構値段が張るのです)など
は、新築の場合は全て自分で買い揃えなくてはなりませんが、中古の場合は最初から
住宅価格の中に入っているから「お得」ということはあります。ですが、家の値段そ
のものに関しては「陳腐化」はしないのです。むしろ、住人が少しずつ直していった
家は価値が出てくるのであり、例えば「築100年」などという物件になると、それ
が大きな価値になることもあります。

 こうした商習慣の結果として、土地だけの価値はあまりなく、上物を含めた中古住
宅が財産価値となるのです。過去10年の「住宅バブル」というのは、その中古物件
も含めてどんどん価格が上昇するという異常な状態でしたが、仮に住宅価格が落ち着
いている時期であっても、中古物件の価値はそれほど下落はしない、むしろ穏やかに
上昇するというのがアメリカでは人々の常識となっています。

 さて、家を買う人が多いとして、その資金はどうするのかというと住宅ローン(ホ
ーム・モーゲージ)を使う人がほぼ100%でしょう。家が買いやすいように、この
住宅ローン制度も借りやすいようにできています。まず、与信を決定するに当たって
は、本人のプライバシー情報ではなく、信用履歴(クレジット・ヒストリー)という
尺度が重視されます。全国に、一人一人の信用履歴を管理しているリサーチ会社がた
くさんあって、住宅ローンを申し込むと、その人間の社会保障番号を検索すると、瞬
時にその人間の信用度が612点とか400点というように点数化して出てくるよう
になっています。

 この信用履歴は非常に綿密なもので、加点法と減点法の双方からできています。例
えば、どうすると点数が増えるのかというと、お金を借りてそれをキチンと返すとい
うことを繰り返すのが基本です。いつも銀行口座には潤沢に資金があって、何でも現
金で払うような人は、一見すると信用度抜群のように見えますが、アメリカの信用履
歴では零点とされます。そうではなくて、大きな住宅ローンを組んで、それを延滞無
く返しているとか、相当の消費行動の結果、クレジットカードの支払いが大きな額に
なるが、それを毎月一括でちゃんと払っているというような人が点数を稼げるのです。

 反面、小さなものでも自動車ローンやリース料などに延滞が出ると、相当なダメー
ジになりますし、クレジットカードも残高が膨らんで与信枠を使い切っているという
ような状態だと、点数が下がります。最悪の場合、ローンの債務不履行や個人破産
(チャプター13)などを引き起こすと、この点数は思い切り減点になるというわけ
です。

 どうして、こうした点数を使っているのかというと、まず人種差別の問題がありま
す。長い間アメリカでは、表に見えない形での人種による住宅ローン差別が問題に
なっていました。その差別を解消するために、そして「大企業の管理職だから」とか
「時給制の工場労働者だから」というような肩書きによる偏見も排除して「客観的
な」支払い能力を点数化する、それも推測に基づく点数ではなく「過去にどれだけ借
りて返したか」という過去の履歴を中心に判断するというシステムを作り上げたので
す。

 では、今回問題になっているサブプライムというのは何かというと、この信用履歴
の点数の低い人向けのローンのことに他なりません。収入がそれほど多くなく、従っ
て過去にお金を借りたり返した額が小さい、あるいは延滞や破産などを経験したとい
うような人は、通常のローンとは別枠の「ハイリスク顧客向け」ローンの対象とされ
ます。これがサブプライムです。何が違うのかというと、借り手にとっては金利が高
い設定、貸し手にとっては要するに「ハイリスク・ハイリターン」ということになり
ます。

 もう一つ背景にあるのは、仮に住宅ローンが債務不履行になった場合の対応です。
多くの州で州法で定めたルールを適用しているのですが、平均的なものは「月々の返
済額が一ドルでも足りなければ債務不履行とみなす」そして「債務不履行が2ヶ月
(または3ヶ月)続いた場合、即座に全額弁済かまたは不動産の差し押さえ措置とな
る」という条件です。その一方で、仮に不動産価格が下落していて差し押さえられた
物件を競売にかけても、ローンの残高に満たない場合は差額は免除される(ノン・リ
コース)のが普通です。利用者の生存権を守るために、多くの州では州法で、住宅ロ
ーンはこの「ノン・リコース」でなくてはならない、という条件が定められています。
全体としてシステムは簡素なのです。

 さて、今回の問題はこうした条件の中で、多くのハイリスクな借り手が高額の住宅
を購入していった中で、不動産価格が加熱してピークを迎え、一気に下落に転じた中
で起こりました。というのも、ローンの借り手も貸し手も、ピークに至る過程では不
動産価格の上昇を前提として行動していたからです。例えば次のような例があります。

 2004年の6月にNYタイムスに載った記事(アーカイブによる)によると、大
ケガをしてその治療費とリハビリ代が高額になったために個人破産しなくてはならな
かった夫婦のケースが紹介されていました。もう一歩で家を差し押さえられるところ
だったのが、このサブプライムローンに借り換えることで家に住み続けることができ
たという「美談?」が載っています。まだ住宅バブルが進行中だった時期の何とも楽
天的な記事なのですが、この夫婦の場合は「サブプライム」が普及していたことと、
住宅価格が上昇して与信枠が取れたことが良かったとされています。

 また最近になって大きく報道されるようになったのは、サブプライムと人種の問題
です。サブプライムの利用者は圧倒的に黒人とヒスパニック系が多いのです。これ
は、昔あった住宅ローンにおける人種差別の反動として、低所得層にも「あなたの家
が持てますよ」というマーケティングが積極的に行われた結果だとも言えるのでしょ
う。

 従来は「破産経験者」とか「低所得者」向けの住宅ローンとか、クレジットカード
というようなものは電話帳や電信柱の広告などが主流で、マイナーなイメージがあっ
たのですが、昨今は立派にオフィスを構えた「住宅ローン紹介会社」が数多く活動し
て積極的にセールスをしているのです。ちなみに、そうしたセールス会社の多くは独
立系で、成約した途端に債権を大手に売却するか、元来が仲介手数料を稼ぐだけのビ
ジネスだったりするのです。

 では、どうして高金利のサブプライムが低所得層に普及したのかというと、ARM
(変動金利ローン)の存在があります。このARMの多くは、金利情勢に応じて利率
が変動するのですが、その前に「契約時の金利固定期間」というのがあって、最初の
2年は低金利というようなものが多いのです。アメリカの場合、不動産ローンの主流
は30年固定金利の元利均等払いですが、ARMの場合は、これに比べてはるかに優
遇した金利を提示したり、中には最初の2年は金利分だけでOKだとか、いや月額返
済が金利分よりも少なくても結構(マイナスになる差額の分だけ元本の増加に組入ら
れる)というようなものまであるのです。

 そんな仕掛けですから、月額の返済額は2年後には跳ね上がるのが普通なのです。
にもかかわらず、多くの借り手がARMに走ったのは、不動産価格が上昇していると
いう前提があってのことでした。家の値段が上がると、担保能力が上がるので、その
分を「エクイティローン」という形で借り増しして家計のキャッシュフローを保つこ
とができる、あるいは家の価格が上がった分ローン全体を借り換えてより有利なもの
に変える、そんな目論見があったのです。

 ちなみに住宅価格のが上昇した際に「エクイティローン」を追加で借りるというの
はアメリカでは良くあることです。例えば映画『イン・グッド・カンパニー』(日本
ではDVDで出ているそうです)で、スカーレット・ヨハンソン演ずる娘が大学の成
績が良いのでNYU(私立ニューヨーク大学)に転入することになったので、デニス
・クエイド演ずる父親がローンを組む、そんなシーンがあるのですが、このように全
く普通のこととされています。

 ですが、そうした楽観的なストーリーは2005年の後半から徐々に不動産市況が
崩れることで、はかなくも消えてしまいました。そうなると2年後の金利見直しに際
して例えば月々の返済額が1500ドルだったのが一気に2400ドルに跳ね上がる
というようなケースが続出したのです。その結果として今年の前半から「ローンの延
滞」そして「債務不履行」「家屋の差し押さえ」という事象が目立つようになりまし
た。2006年に大量にサブプライムのARMが組まれたことから、2008年には
もっと多くの破綻が出るのでは、そんな憶測もあります。

 そう聞くと、これは大変だという印象になるのですが、では、実際に破綻というの
はどの程度の頻度で起きているのでしょう。例えば、私の住んでいるニュージャージ
ー州のマーサー郡でも今年の8月までの一年間に、928件の「差し押さえ」が発生
しています。これは前年比で27.5%の増加だそうです。この「差し押さえ」は当
局(例えば保安官事務所など)による競売を伴うために、厳格に管理され公示される
ので件数も信憑性があるのですが、郡全体として世帯数が約13万ですから0.7%
というところでしょう。

 さて、この数字をどう見るかですが、まず郡の中でも偏りが目立ちます。例えば、
低所得者の流入しがちな州都トレントンでは比率はぐっと高くなりますし、新規の宅
地開発がここ数年進んだ街では開発業者がサブプライムのローン販売業者と手を組ん
で物件をさばいたようで、その街だけ数が多かったりします。別のデータとして、こ
の一年間に新しく組まれたローンの中に占める「サブ」の割合を示す統計もあるので
すが、こちらでも大都市と、新しく開発された地区では25%以上がサブプライムを
借りていたりします。

 これを全米に拡大しても「まだら」模様という傾向は変わりません。大勢としては
30年ローンを借りて堅実に返済している人が圧倒的に多く、サブプライムの率が高
かったり、差し押さえ事例が多く発生している地区は限られているのです。また実際
に「差し押さえ」を食らった人も、ノンリコース条件の結果、債務からは解放される
わけですし、何も破産したわけではないし、失職したわけでもないので、どこかへ
引っ越して消費生活を続けているケースがほとんどだと思います。

 勿論、家を失うことは悲しいのですが、それで絶望するということはあまりありま
せん。これも映画の話で恐縮ですが『スパイダーマン2』で夫が死んでローンが払え
なかった主人公の伯母(ローズマリー・ハリスが良い演技をしています)は、銀行か
ら「フォークロージャー(差し押さえ)」の通告書を送られてしまいます。メイとい
う名の伯母はそれを恥じて、甥である主人公のパーカー青年には通告書をそっと隠す
というシーンがありました。結局、伯母は家を失ってアパートに引っ越すのですが、
それでも頑張って生きてゆく姿は多くのアメリカ人の共感を呼んでいます。逆に言え
ば、これも生活の中で良くあるシーンなのです。

 とにかく、ローンの借り手側について言えば、そんなわけで一旦トラブルになれ
ば、それほど引きずられることなく「差し押さえ」となり、ある意味で問題は解決す
るのです。また、昨今のご時世では、競売物件の販売業者がずいぶん動いているよう
で、差し押さえになった家が空き家となって晒されるという光景はそんなにないので
す。ですから、この不動産価格の下落と、サブプライム破綻の増加ということが「直
接的にアメリカの消費を停滞させる」ようなことは部分的だと思います。

 勿論、住宅着工の数は相変わらず低迷していますし、住宅関連の家具や調度、その
延長で例えば薄型TVのようなビジネスは苦戦するのは仕方ありません。ですが、そ
の他の物品まで買い控えの動きが広がるような問題ではないと思います。例えば、今
年の場合は年末のバーゲンセールがかなり前倒しになるようですが、小売業界として
は超弱気というのではなく、ややスローダウンした景気の中で、ガッポリ商売をしよ
うというムードだと思います。この早期バーゲンへのお客の反応は良いようです。

 今回の問題は、そうしたローン破綻者の問題というよりも、金融業界への影響の方
が大きいのですが、それは日本の90年代に起きたような簿外の不良債権ということ
ではありません。問題の質は全く別で、この住宅ローン債権が証券化される、それ以
降の話がトラブルになっているのです。証券化されたローンの持つリスクをヘッジし
ようとする動きと、そのリスクを逆に引き取って「ハイリスク・ハイリターン」の金
融商品に仕立てる、いわゆるヘッジファンドのビジネスの中に、技術的に未熟な部分
があったということだと思います。

 いや、未熟というよりも情報の流通不足ということでしょう。サブプライムを含む
住宅ローンを貸す側には、表面的な金利の裏側に様々なリスクがあります。(1)期
限前に弁済されてその後の金利が取れないリスク、(2)借り手の返済が遅延して元
利が取れないリスク、(3)最終的に借り手が債務不履行となって物件を差し押さえ
た場合に、安くしか売れずに欠損が出るリスク、主としてこの三つが複合しているの
です。

 通常のローンに比べて、サブプライムの金利が高いのは(2)のリスクを織り込ん
でいるからなのですが、そこに(3)の要素が混じることで、全体としてローン貸し
出しのビジネス全体が赤字になった、今回の問題はこれがまず第一です。これに加え
て、ローンが証券化される中で(2)や(3)のリスクをヘッジする。例えば延滞や
債務不履行、あるいは競売による不良債権のロス確定といったリスクを「一定の率に
確定する」ことが行われます。

 どうしてリスクを確定できるのかというと、為替予約と仕掛けが似ています。非常
に単純化して言えば、貸し手としてローンに出資した額を100,ローンの借り手の
全員が契約通りに元利を払ってくれる場合の配当+元本を150とすると、(2)や
(3)の事情で戻ってくるカネが減る可能性があります。勿論、(2)はある程度織
り込み済みで140ぐらいなら御の字なのですが、更に返済の全体状況が悪い場合を
考えて110でヘッジするということをするのです。

 どうしてそんなことが可能なのかというと、リスクを買う人間がいるのです。この
ローン証券の価値が110より下がったら自分がリスクを引き受ける、その代わり1
10を上回る部分は全部もらう、まあ単純化するとそういうことです。その買ったリ
スクを転売する、その中で最終的には元本も、金利も、不履行率も、はたまた競売価
格というような「当初のローンの持っていたプラスとマイナスの要素」は影も形もな
くなるのです。つまり投資家のカネは、不動産ローンの元本という形の資産にはなら
ず、リスクの部分が100%という形で運用されるような形にリスクが濃縮され、当
初の債権とは離れた金融商品になっていきます。その組み合わさったものがヘッジ
ファンドに他なりません。

 また多くの場合、切り売りされたリスクの部分について言うと、中身はリスクが1
00%だが、そのリスクは投資金額に限定されていて、どんなに悪くてもゼロにしか
ならない、マイナスにはならないという形に加工されることがあるのです。今回ヨー
ロッパで起きた金融機関の信用危機や、野村が確定させた欠損というのはこのババ抜
きのババをつかんだところでタイムオーバーになってしまい、その債権の価値が「ゼ
ロになってしまった」というケースのようです。

 そう言うと、ヘッジファンドを作っている人間というのは妖怪か悪魔のような印象
を与えます。ですが、ここまでお話ししたように、家を買いたい人間の裾野を広げ、
ローンを貸し出した側も出資者の財産を守る、そんな自然な動機の中から、リスクを
限定する仕組みが生まれ、そのために巨額の資金がぐるぐる回って人々の生活を支え
る、この仕組みは無くすわけにはいかないと思います。

 ただ、今のような濃縮されたリスクという金融商品は何らかの見直しは必要でしょ
う。私は専門外なので詳しいことは分かりませんが、先に掲げたリスクの中で(3)
の不動産の価格下落リスクに関しては、ファンドの設計者の見通しが甘かった、ある
いは計算式に不備があったのではないかと思います。債務不履行者がいたとして、担
保を押さえて競売にかけた場合にどの程度の損失が確定するのか、恐らく2005年
下期以降に不動産の価格が、じわじわと下落する中で当初設定していたパラメータが
実情を追えなくなった、そんなことだと思います。

 だとすれば、このあたりに国際的なヘッジファンドの問題を考えるヒントがあるよ
うに思います。例えば、仮に不動産市況や延滞率などのデータから何らかの計算式で
元のローンの危険度の変動が理論的に追跡できるのであれば、リスクはリスクでは無
くなってしまうことになります。そうなれば、ホンモノのローンの貸し手は、わざわ
ざ手にする可能性のある利益を手放してまで、リスクを売ることはしないでしょう。
そのように情報流通が洗練されていけば、危険なヘッジファンドの存在意義は減るよ
うに思います。

 問題は、自由な市場経済といっても、取引の様々な部分にブラックボックスがあっ
て、その不可視の部分を嫌う人間からリスクを好む人間がリスクを買うというところ
にあります。むしろ情報流通が限られていることに目をつけて、不可視な部分がある
こと自体を自身の利益の源泉とする、その辺りの原理的な部分にある種のモラルハザ
ードがあり、また自分で自分の首を絞める脆弱性があるのではないでしょうか。そう
した観点から、金融工学そのものの文化を考え直すことが今回の一連の事態から得ら
れる教訓なのではないかと思います。

 私の近所に、プレインズボロという町があり、ここはメリル・リンチ証券や、ダウ
・ジョーンズ、ブルームバーグといった最先端の金融機関、金融情報産業の郊外型オ
フィスが集中しています。ヘッジファンドの設計や格付けを行っているこの町から、
実際に「差し押さえ」が頻発しているトレントン市や、サブプライムローンの割合が
25%を越えている(2006年の成約数を100%として)というイースト・ウィ
ンザー町はクルマで15分の圏内にあるのです。そうであっても、ファンドのパラメ
ータを設定したり、個々の債券の格付けを計算したりしている人間は、15分の距離
のところで起きている「差し押さえ物件」の張り紙が見えなかったのでしょう。現実
ではなく、コンピュータ画面に浮かぶ抽象的な数字に踊らされていたか、あるいは
「まだ大丈夫」だと言いながら数字のゲームとしてリスクの「飛ばし」に走っていた
のでしょう。

 私には、そうした悲劇は偵察衛星と現場の赤外線暗視スコープのもたらす情報か
ら、作戦司令室で自信満々に下したピンポイント攻撃の結果が、女性や子ども達ばか
りの殺害になってしまうという「ラムズフェルド流ハイテク軍事」の脆弱性と重なっ
て見えます。コンピュータの示す仮想現実を全ての現実だと取り違える危険性に加え
て、アメリカ文化の持つ個人主義や孤立主義が「現場に足を運ぶ」、「立場が違って
も相手を生身の人間だという感覚を持つ」、「数字や映像の示す意味と限界を考え、
現実に立ち戻る」という仕事の基本を忘れさせているように思うのです。

 繰り返しになりますが、今回のサブプライム問題がアメリカの実体経済に与える影
響は部分的だと思います。また、ローンを借りる人、貸す人の双方のリスクを下げる
という意味で、現在のローン制度、証券化という全体のシステムは変えることは難し
いと思います。問題は、様々なブラックボックスをガラス張りにしてゆくこと、数字
や格付けが現実と乖離しないよう情報の流通を見直すことではないでしょうか。それ
によって、個々人のプレーヤーはもっと合理的に振る舞うことができて、システム全
体のリスクは下がるからです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media]                No.449 Saturday Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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