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2007年10月13日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.448 SaturdayEdition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第324回
「二大政党と対立軸」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第324回
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「二大政党と対立軸」
2008年の大統領選は、現職の正副大統領が一切出馬しないことから、与野党の
双方が「白紙から候補者を決めてゆかねばならない」珍しい事態となっています。通
常ですと、政権与党の方は現職が再選を狙うか、あるいは二期を全うした場合は副大
統領を「後継」に指名することが多いのですが、今回はそれがなく「激しい候補者選
びのドラマ」が同時並行で二つ見られるというわけです。勿論、こうした構図になる
ことは最初から分かっていたのですが、イザ選挙戦本番ということになると、やはり
通常の選挙よりも興味深い展開になっていると感じさせられます。
というのは、単に「ニュース中毒患者(政治オタクのことをアメリカではそう言い
ます)」が政治ドラマを二つ楽しめるということだけではないのです。これは、選挙
戦そのものの構造が変わっているということなのです。つまり、現職ないし、現職の
指名した後継という「軸」がないことで、両党共に候補者にバラエティが生まれ、悪
く言えば「ドングリの背比べ」的なムードがある反面、政策面で右から左に至るまで
選択肢が広く呈示される格好となっています。これは悪いことではないと思います。
その中でも興味深いのは、民主党と共和党の「党内事情」が左右対称になっている
中、どちらも「その党内ではかなり中道寄りの候補」がリードをしているという点で
す。当面の展開としては、民主党はヒラリー・クリントンが世論調査で優位に立って
おり、そのまま逃げ切るかが焦点という構図ですし、共和党では先頭を走るジュリア
ーニは、全国的に見れば人気が高く「民主党に勝てる候補」だと言われています。
この二人の位置が「左右対称」というのは、ヒラリーは「民主党の中では最も保守」
だというイメージがある一方で、ジュリアーニは「共和党の候補とは思えないほどリ
ベラル」だと思われているという意味です。結果的に、それぞれの党のイデオロギー
の「平均」からすると、二人ともかなり中道に寄ったポジションにあり、そのために
「その他の候補」からは「偏っている」といって叩かれているという構図になってい
ます。
例えば、ヒラリーは政敵のオバマやエドワーズからは「軍事外交政策はブッシュの
コピーだ」という非難を浴びせられていますし、ジュリアーニは「銃規制や同性愛者
の結婚を支持するというのは、共和党の魂を欠いている」と、まあこちらも散々な言
われ方をしています。しかし、よく考えてみれば、忙しい生活の中にあって、熱心に
政治活動をしている党員というのは、元々イデオロギーが大好きな人間が多いのは当
然でしょう。そうした人々は、民主党ならば相当に左に寄っているし、共和党ならか
なり右に振れているのは当然です。
昔から民主党の大統領候補たちは「相当にリベラルでなくては予備選に勝てない、
だがリベラルに過ぎると本選挙には勝てない」というジレンマを抱えていると言われ
てきました。例えば、1972年のマクガバン、1988年のデュカキスなどは、そ
もそも本選に勝つには左に寄りすぎていたということがよく言われます。ですが、そ
れはある意味では「党員活動に積極的な人はそもそも左に寄りがち」ということから
見れば当然なのです。一方の共和党は、どちらかと言えば実務的な玄人を選ぶ傾向に
あったのですが、今回は民主党と同じ構図が見えてきました。
その共和党に関して言えば、ジュリアーニは支持層の中核にある宗教保守派には嫌
われています。その結果として、この欄でお話ししたように、この宗教保守票の受け
皿になるような候補を探す動きが続いており、その結果として、知名度の高い俳優で
元上院議員のフレッド・トンプソンが「ワスプ(白人のプロテスタント)」候補とし
て期待されていたのです。ですが、私の予想したように、トンプソンについては、色
々と発言を聞いてみると「隠れリベラルではないか」とか「宗教保守色など全くない
中道候補」だという印象が広がってきています。
そんな中、共和党としては現実主義の中道候補を3人(ジュリアーニ、ロムニー、
トンプソン)抱え込み、この3人の支持率を合わせると圧倒的ながら「それぞれ保守
性が十分でない」ということから、最近では泡沫候補と思われていたマイク・ハッカ
ビー元アーカンソー知事という「ゴリゴリの保守派」が浮上するなど混乱してきてい
ます。
例えば、ブッシュ政権の広報担当補佐官を最近辞任したダン・バートレットは、共
和党の有力候補たちについて「放言」しており、その中で「ジュリアーニは左過ぎる」
とか「ロムニーはモルモン教徒なので南部では勝てない」あるいは「トンプソンは今
回の候補者の中で最も失望させられた」と言いたい放題でしたが、その中で「ブッ
シュ政権の持っていた『思いやりに満ちた保守政治』を継承できるのはハッカビー」
だと言っています。
仮に共和党の党内事情でジュリアーニが追い落とされて、ハッカビーが浮上し、そ
れで本選でヒラリーに負けたりするようだと、これはマクガバンやデュカキスの裏返
しになってしまいます。さすがにこうしたシナリオは現時点では非現実的ですが、
「宗教保守派でなくては共和党の候補になれないが、宗教保守派では本選には勝てな
い」というまるで一時期の民主党の裏返しのような構図が生まれる可能性があるのも、
今回選挙の特徴の一つでしょう。
その意味で10月9日に行われた共和党のTV討論会には関心が集まりました。今
回は主催が経済専門局のCNBCで、進行役もこの局の看板キャスターのマリア・バ
ートロモ(とMSNBCのクリス・マシューズ)でした。経済専門局の行うディベー
トである以上、社会的価値観の論争で空回りするのではなく、内容のある政策論議が
期待されたからです。また、今回のディベートがフレッド・トンプソンの「本格デ
ビュー」になるわけで、そうした具体的な政策論の中でトンプソンがどのような対応
を見せるか、関心を呼んでいました。
ところが、この日のディベートに関しては、ジュリアーニ対ロムニーの舌戦が話題
を独占してしまいました。減税と均衡財政に関しての質疑を通じて、この二人は罵倒
合戦になってしまったのです。ジュリアーニは「私はNY市長として17%の減税を
したが、ロムニー氏はマサチューセッツの知事時代に一人当たり11%の増税をして
いる」とケンカを吹っかけると、ロムニーは「事実をよく調べてからモノを言って欲
しい。まず私も減税をしている。それに私の知事在任時代の歳出増加率は、ジュリア
ーニ市政下のNYの歳出伸び率より低い。第一、ジュリアーニ氏は退任に当たって、
膨大な負債を残しているではないか」とまあ、なかなか激しいやりとりでした。
まあこうした論争は「お互いに相手の失言を引き出すため」にやっている面が大き
いのであって、例えば地域の経済が好調で税収が伸びたのを一人当たりに換算したら
「増税」という言いがかりもつけられるのですし、税収増の中で均衡財政を維持して
も歳出だけ見れば増加しているということもあるわけで、まあ詭弁合戦という雰囲気
もあるのです。それはともかく火花を散らして罵り合っていることで「ヤル気満々」
という雰囲気は伝わってきました。
では「ディベートへの初参加」となったトンプソン候補はというと、発言は実に
「渋い」ものがありました。例えばこの減税問題に関しては「私は巨額の財政赤字を
抱える現在、安易な減税で歳入を減らすのは良いことだと思わない」と、ブッシュ政
権の方針とは全く違う「税制観」を持っていることを表明しています。またディベー
トの中で話題になった「軍事行動の際に大統領は議会承認を必要とするか」という問
題に関しても、多くの候補が「大統領に即応体制を取る権限を与えるべき」とする中
で、議会承認の必要性を打ち出すなど独自色を見せています。
さて、経済専門局MSNBCの主催するディベートという以上は、現在アメリカ発
の国際的な信用低下を招いている「サブプライム・ローンの焦げ付き」問題をどうす
るかが当然問題となりました。こちらの方は、各候補共に具体的な提案には乏しい印
象です。基本的にこうした個人の信用問題に関しては、アメリカの、とりわけ共和党
の伝統的な思想からすると「公的資金での救済」に類するような対策にはたいへんな
抵抗感がある一方で、問題が根深いことからどうしても慎重姿勢にならざるを得な
かったようです。
いずれにしても、共和党の場合は宗教保守派の攻撃をかわしながら、中道の三人の
候補の中から誰かに一本化することができるか、その場合の政策に関しては多くの争
点があるものの、特に税制と財政再建の問題が大きなテーマになっていくように思い
ます。とにかく、前回までの選挙の場合は「人格攻撃」を中心としたネガティブキャ
ンペーンが目を覆うばかりであったのですが、今回はそうした面は早期に出尽くした
ようで、政策論争が中心になっているのは良いことだと思います。
一方の民主党の方も一つの構図ができてきています。ヒラリーという中道候補が
「イラクからの即時撤退はしない」とか「核の使用不使用に関して大統領は軽々にモ
ノを言うべきではない」などと軍事外交に関しては「こわもて」の発言を続けており、
これを他の候補が叩くという流れは当面続くでしょう。ヒラリーは最近のディベート
では「テロに関する諜報を得るためなら、拷問に近い尋問も辞さず」と発言しており
「それでは、ご主人(ビル・クリントン)とは見解の不一致になるのでは」と突っ込
まれると「ビルには私から話してみますわ」と言って豪快に笑って見せるなど、全く
「ブレ」がありません。
その一方で、内政に関しては「国民皆保険」を中心にヒラリーを含めて全候補が、
ブッシュ政権の政治とは全く違う方針を打ち出しており、こちらの方は党としての団
結が見えてきています。特にヒラリーは今週から「ミドルクラス・エクスプレス」と
いう大型バスを使っての遊説ツアーに出ており、同時にアメリカの「ミドルクラス=
中産階級」を再生させるというテーマの下に、内政に関する公約を発表しています。
内容はまだまだ総花的ですが、民主党のカラーであるブルーに塗り上げた大型バスは
それなりに壮観で、キャンペーンも更に勢いづいています。
そんな中、12日にはアル・ゴア前副大統領が地球温暖化に関する啓蒙活動に対し
て、ノーベル平和賞を受賞しています。これを契機に民主党内ではゴア待望論が出て
きています。そんな中、各大統領候補は揃ってゴアの受賞への賛辞を口にしています。
ヒラリーも自身のHPのトップにゴアの写真を掲げて「おめでとう」と大きく活字を
躍らせています。ライバル?であるゴアへの賛辞というのは、具体的にゴアが出馬す
る可能性が低い以上、彼の推薦をもらいたいということのようです。ゴアの人気を
「温暖化に取り組む民主党」というイメージにつなげたいということです。
というわけで、選挙戦は正に佳境に入っていています。今回の選挙は、正副大統領
が政局のカヤの外に置かれる中、白紙から大統領候補を選ぶ、そのことが二大政党制
の活力を高めているのは事実だと思います。現政権への信任投票という意味合いはほ
とんどなく、共和党と民主党がそれぞれに将来へ向けてどんな政策を打ち出してゆく
のかが問われているからです。
日本では、ここへ来て民主党がインド洋での給油活動への「対案」として、アフガ
ン派兵を強く打ち出して党議拘束をかける構えです。有志連合軍への給油には大義は
ないが、国連決議による治安維持活動には大義があるという主張なのでしょう。です
が、こうした論点がバラバラに存在することで、対立軸の根っこが見えなくなり、各
論での対決が全て「政争のためにする」議論になっては二大政党制は育ちません。勿
論、日本はアメリカではないので対立軸は全く違うものになると思いますが、何らか
の筋の通った対立軸がないと政治は前へ進まなくなるように思います。
今回の大統領選を見ていて思うのは、複雑な問題に対処するためには選択肢は二つ
ではないわけで、二大政党の中にも右から左まで大きな幅があってよく、そのために
社会全体としては三つも四つも選択肢があるのが当然だということです。両党ともに
いわゆる「泡沫候補」も含めて10人近い候補がずっとディベートを続けているとい
うのは、カネと権勢欲を持った人間がそれだけいるというよりも、政策の選択肢や、
その組み合わせがたくさんあって、それが世論参加型のガラス張りの党内論争を通じ
て二つの選択肢にまとまっていく、そのためだというのが正当でしょう。政治への信
頼性ということは、そのプロセスの透明性ということで、これはどこの国の政治にも
言えることだと思います。
勿論、アメリカの政治に問題点がないわけではありません。例えば、イラク駐留軍
のペトレイエス司令官を揶揄した新聞広告を出したNPOは依然として「非国民扱い」
となっており、今週はグーグルがその団体の広告を拒否して話題になりました。「軍
人の悪口を言う人間は非国民」というムードは、決してほめられた話ではありません。
また今週も依然としてイラン敵視のムードは消えていません。共和党のディベートに
おける「軍事行動の議会承認は必要か」という問いかけの背景には、イラン攻撃の可
能性というキナ臭い問題があるのです。
また今週は、イヤな銃撃事件が二件も起きています。一つは7日の日曜日に起きた
ウィスコンシン州での若い保安官による事件です。思いを寄せた女性に振り向いても
らえなかった恨みから、その女性を含む男女のパーティーに押し入って参加者を次々
に射殺して自分も死ぬというやり切れない事件でした。また水曜日の10日にはオハ
イオ州クリーブランドで、14才の高校生が停学処分に腹を立てて実際に学校で銃撃
事件を起こしています。こちらは未遂ですが、ペンシルベニアでも「コロンバイン事
件」並の惨事を起こそうと武器を集めた生徒が摘発されています。
こうした銃の問題に関しては、残念ながら争点にはならないのです。共和党内では、
ジュリアーニ候補が銃規制支持ですが、現時点でこの問題を党内での論争にしようと
いう動きはしていません。積極的に共和党の党員活動をする人間の中で銃規制を説い
てもムダだからです。ちなみに、その他の候補は、ディベートの司会者などから「銃
を使った惨事が多いが、どう思うか?」と聞かれると「それは銃の問題ではなく、全
米にアンガーマネジメント(怒りをコントロールするための心理療法)が普及してい
ないことが問題」というすり替えをするのが通常です。また民主党は、この問題で保
守層の憤激を買う(武装の権利を奪うというのは死ねということか……という類)の
は得策でないと見て、選挙戦の争点にする気配はありません。
そんなわけで、外から見ているとアメリカ政治には欠陥だらけでもあるのですが、
そうであっても曲がりなりにも二大政党制が今回の選挙では機能しているように思い
ます。少なくとも国内政治という観点からすると、2008年に最終的に選ばれた大
統領は、人格攻撃に耐えたという面やパフォーマンスに秀でたということだけでなく、
政策論争に勝ち抜いた人間としてホワイトハウスに入ることになるのだと思います。
つまり、何らかの具体的な期待と信任を得て就任することになるのでしょう。社会の
意志決定のプロセスとして、それは悪いことではありません。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】 村上龍
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