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2007年9月29日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.446 SaturdayEdition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第322回
「独裁のメカニズム」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第322回
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●編集部より
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「独裁のメカニズム」
24日の月曜日、イランのアフマデネジャド大統領は予定通り、コロンビア大学での
セミナーに登場しました。このセミナーの実施に当たっては、賛否両論が渦巻く中で
反対のデモが起きたり、TVのニュース番組では保守系のコメンテーターが「独裁者
の一方的なプロパガンダの場所を提供のは、言論の自由の濫用だ」などと言って、コ
ロンビアの学部長を罵倒していたり騒然としたムードがありました。
そのセミナーでは、質疑応答のセッションが設けられ、コロンビアの側からは、こ
れまでの大統領の言動を確かめるように、「ホロコーストは無かったという発言の真
意」や「イスラエルの存在を認めないというのは本当か」といった質問が浴びせられ
ました。これに対する、アフマデネジャド大統領の回答は「ホロコーストが人類に
とっての大事件であるのなら、もっと客観的な調査がされるべき」であるとか「イス
ラエル国家の存在が認められるかどうかは、パレスチナ人の住民投票で決めるべき」
などという発言で、従来の主張を繰り返した格好になりました。
その中で最も話題になったのは、「イランには同性愛者はいない」と大統領が発言
し、場内からは失笑といいますか、爆笑が巻き起こったというエピソードです。この
一件だけが一人歩きし、いかにもアフマデネジャド大統領は頑迷で狂信的な人物とい
うイメージが、改めて作られたのでした。この一件が象徴するように、大騒ぎとなっ
た割には、大統領との「対話」は実に表面的なものでした。コロンビアという大学
は、ニューヨークにおけるリベラリズムの牙城を自負する存在ですが、今回のセッ
ションは失敗だったと言わざるを得ません。
激しい反対運動に驚きながら、セッションを予定通り開催するのに精一杯で、内容
はお粗末きわまりないものだったからです。イランの独裁や、核兵器開発疑惑という
のは、要はアフマデネジャド政権が、内政の問題から国民の目をそらすために政治的
な「大言壮語」をしているだけであって、やれイスラエルを消滅させるだとか、ホロ
コーストはなかったというのは、内容のない言葉に過ぎないのです。その空疎な言葉
のケンカを、こともあろうに「相手」となるユダヤ系(と、それにに同情的な)アメ
リカ人を中心としたグループが「真に受けて」怒ってみせるというのは、相手の思う
壺だと言わざるを得ません。
今回のセッションを強行した「理由」として、コロンビア大学側は「独裁者に対す
る批判の論戦を、イラン国民にも映像で見せることで、イランの民主化を支援する」
効果があるなどと、言っていましたが、冗談ではありません。イランの人々は「周囲
を敵に囲まれる中」で「堂々と威張って見せた」大統領に対して「なかなかやるじゃ
ないか」とか「痛快な見せ物」とは思っても「なるほど、アメリカの言うとおりだ、
自分の国も民主化しなくては」などとは思わないでしょう。
では、どうしてイランは独裁が続くのでしょうか。それは急速な産業の拡大と、都
市への人口流入、更には都市人口のライフスタイルの欧米化という問題を抱え、更に
は近い将来の石油の枯渇という不安も否定できない中で、「とりあえず宗教保守主義
を求心力にするしかない」という事情があるのだと思います。では、どうして宗教保
守主義なのかというと、それがイランの国是であるだけでなく、革命によって追われ
る以前のパーレビ国王(皇帝)の時代に欧米の後押しで行われた政治、つまり非宗教
化+過酷な宗教弾圧+支配層の腐敗、という悪夢の記憶がある、その反動という要素
も無視できないと思います。
アフマデネジャド大統領の言動は確かに奇矯ですが、そうした危なっかしい状況を
改善するには、少なくともイランでの産業化や農業の改革が上手くいって、民生が向
上し、とりわけ首都圏と地方の格差が是正されて落ち着いた社会が実現することが大
事なのであって、相手の挑発にひっかかるのは愚かとしか言いようがありません。そ
うした文脈を理解することなく、「独裁者の言い分も聞いてやるのが学問と言論の自
由」だとか、「イランに同性愛者なし」という発言に失笑していたりしていたので
は、「学生に対する教育の一環」という大学側の言い分も空しく聞こえます。
そんな状況なのですが、アメリカのイランに対する姿勢は、危なっかしいムードが
消えません。例えば、この奇妙な討論会の2日後、NYタイムスに掲載された大きな
意見広告が良い例です。掲載したのは「イランへの警告」という団体で「イランの核
武装に断固反対する」という内容なのですが、面白いのは民主党のヒラリー、オバ
マ、エドワーズ、共和党のジュリアーニ、ロムニー、トンプソンというような主要な
大統領候補達が名を連ねているのです。内容はなかなか強硬な言葉が並んでいて、全
文を意訳するとこのような内容です。
アフマデネジャド大統領殿、
貴職の国連への到着にあたり、どうか米国の決意を甘く見ないでいただきたい。貴職
は我が国と我が国の同盟国を脅迫し、世界中のテロリストを支援し、「アメリカに死
を」という横断幕を掲げたミサイルを並べて軍事行進を行った。以上の理由により、
我が国国民は以下の大統領候補共々と「イランは核兵器を持ってはならない」という
ブッシュ大統領発言を支持しているのだ。
では、ヒラリーやオバマはイラン敵視政策を強めており、アメリカは全体としてイ
ランとの戦争を覚悟しているのでしょうか。実はそうではないのです。オバマは上院
議員として「ペンタゴンに対してイラン攻撃を禁止する法案」を提唱しています。ま
たヒラリーは、今週の民主党のディベートで「仮にイスラエルがイランの核施設に空
爆を行ったらどうするか?」という質問に対して「仮の話に対しては一切何もお答え
できません」と突っぱねていました。その「何も言わない」ということの真意は「空
爆反対」だという意味に解釈できるのです。
また、先週から今週にかけて民主党の各候補が「ブッシュ政権の任期中にはイラク
からの全面撤退は要求しない」とい言い始めています。これも、漠然とした「世論の
少し右へのシフト」という空気を読んでのことという意味合いもありますが、万が一
ブッシュがホワイトハウスにいる間に、イラクでの「力の空白」を生じてしまって
は、ブッシュやペンタゴンが、あるいはそうでなくてもイスラエルがイラン攻撃の挙
に出るかもしれない、それを警戒してという要素もあると思います。
イランがペルシャ帝国以来の長い伝統と文化を持ち、工業生産でも世界の二十傑に
入る大国でありながら、宗教保守主義を求心力とした独裁体制から抜け出せない、そ
の構造的な理由を考えて、民主化の支援をするような発想は、民主党にもありませ
ん。あくまで「民主主義が正しくて独裁は悪」という原則論に凝り固まっているので
す。まるでイランが宗教を原理主義としてしまうことで、発想が硬直化し、異文化と
の協調どころか排外を内部の求心力に使っているのと、構図としては変わりません。
民主主義という原則論から、独裁を非難しているだけといって良いでしょう。
ということで、アメリカとイランの関係は何ともギクシャクしたものがあるのです
が、これに比べると今回のミャンマー情勢に関しては、アメリカの姿勢は非常に単純
です。ミャンマーの軍事政権の幹部14人に関して資産凍結を行うなど、制裁を強化
する一方で、ブッシュ大統領自身が「自分はデモ隊を支持する」というメッセージを
出しているわけで、何とも分かりやすいものとなっています。
TVニュースなどでの扱いは大きく、今回の日本人記者、長井健司氏の射殺事件も
大変な関心を呼んでいます。MSNBCの28日朝のニュースでは「同じジャーナリ
ストとして激しい怒りを感じる」というコメントがありましたし、同日付のNYタイ
ムスでは、ロイター経由で流れている狙撃直後の長井氏が横たわる右に、実行犯らし
き兵士が写っている写真が一面トップに大きくカラーで出ています。
ですが、ここでも原則論からの発言しかありません。「民主主義は善、独裁は悪」
それしか言っていない、要するに他人事なのです。安保理決議に中国が躊躇したのを
非難するのも、同じ原則論からですし、そのくせ言うことを聞く相手ではないと見る
と、中国政府に「影響力行使」を頼むという支離滅裂になっています。
その中国政府ですが、それほど頼みにはならないと思います。中国政府がミャンマ
ーの現政権を支えてきたのには、確かに雲南からベンガル湾に至るエリアを勢力圏と
したいという動機はあったかもしれません。ですが、今となってはそのような貪欲な
理由よりも「宗教勢力が親欧米派と結びついて独裁政権を倒す」という場面は見たく
ないから、というのがホンネでしょうし、「英国人のチベット支援者(故人)の妻
(アウン・サン・スー・チー女史)が、親欧米派に担がれてこの地域のリーダーにな
る」というのも愉快ではないのでしょう。
仮に中国の指導層に本当の眼力があれば、ミャンマーの現政権は既に統治能力を
失っているとして、サッサと政権崩壊に手を貸すのでしょうが、メンツを重んじる人
間が集まった巨大な政府組織では、そうした柔軟性を見せるようなことはできないの
だと思います。欧米も武力行使はしないだろうから、治安部隊があまり「ひどいこ
と」をしない間に「デモ隊が一旦は沈静化し」、前回同様に事態が先送りされる、そ
んな推移を願っているのが関の山ではないでしょうか。
けれども、事態の先送りは難しいと思います。というのは、ミャンマーの政府は昨
年に突如、遷都を発表し、ヤンゴンから600キロ離れたピンマナという町を「ネピ
ードー」と改称して、そこに首都機能を移転しつつあるのです。この一件を見ても、
現政権が最大都市ヤンゴンの民心を失っていたのは明らかです。また軍事評論家の神
浦元彰氏が指摘しているように、仏教に帰依していない少数民族の兵士を治安部隊に
投入しているとしたら、これも末期症状の表れと言うしかありません。僧侶を攻撃す
るために、異教徒の兵士を使えば、当面は力の行使はできるかもしれませんが、その
結果として「国内の分裂を促進するような行為」に手を染めることになる、だとした
ら、これは為政者としては禁じ手でしょう。
政権は末期症状、デモ隊と治安部隊の衝突は更に流血の可能性があり、しかも欧米
からは基本的には「他人事」、中国はスパッと現政権を切れない、となると、私は日
本の役割は大きいと思います。本件に関しては、日本は非常に重要なポジションに位
置しています。
(1)過去50年間に総額6000億円以上というODAを供与。
(2)現在60社という企業が進出し、家族ぐるみ駐在を含む650人が在留。
(3)長井記者射殺事件という悲劇を抱え、政治的には強く出る位置にいる。
(4)相互の国民に親近感がある。
というのは、非常に特殊な位置だと言わねばなりません。
何よりも、日本の場合は、良くも悪くもアジアの国が独裁から民主化へ移行するパ
ターンを自身も含めて「他人事」でなく理解している国です。ミャンマーの抱える構
造的な問題も、その痛みも良く分かるはずです。そして上記のような複雑な関与をし
ているわけですから、アメリカやG8のように口先だけの原則論ではない貢献ができ
るのではないでしょうか。
今回、福田内閣は藪中三十二外務参事官を「詰問使」として送り、長井記者射殺事
件の謝罪要求を行うようですが、同時に邦人や日系企業従業員の安全確保への道筋も
つけてゆくことになるのでしょう。その交渉の中で、果たして現政権がどう出てくる
のか、ここから先は、日本が独自に判断して動くしかないと思います。アメリカやG
8の尻馬に乗るような「非難」など何の役にも立たないでしょう。場合によっては
ミャンマーの政変や国内和解に、日本が前向きの大きな役割をしてゆく必要も出てく
るのだと思います。
アジアの経済成長には乗り遅れているとはいっても、最低限のインフラはできてい
るこの国で、国土を焼き払うような内戦という選択肢はあり得ません。日本人にはそ
うした確かな感覚があるのではないでしょうか。その内戦だけはダメだ、という感覚
もアメリカや中国では弱いのではと思います。それを思うと日本の役割は本当に重要
だと改めて思います。とにかく独裁のメカニズムを理解することなく、原則論ばかり
が横行するアメリカから見ていると、そんな期待感を持つのです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
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