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一本の葱 ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」より
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投稿者 ピノキ 日時 2007 年 9 月 18 日 02:38:52: /cgEbzQ/iEx0c
 

(回答先: 蜘蛛の糸 芥川龍之介【青空文庫】 投稿者 そのまんま西 日時 2007 年 9 月 15 日 21:05:59)

これはただの寓話なの。でもとてもいい寓話よ。まだ子供のころにあたし、今うちで料理女をしているマトリョーナからきいたの。あのね、こういう話。
『昔むかし、一人の根性曲りの女がいて、死んだのね。そして死んだあと、一つの善行も残らなかったので、悪魔たちはその女をつかまえて、火の池に放りこんだですって。その女の守護天使はじっと立って、何か神さまに報告できるような善行を思いだそうと考えているうちに、やっと思いだして、神さまにこう言ったのね。あの女は野菜畑で葱を一本ぬいて、乞食にやったことがありますって。すると神さまはこう答えたんだわ。それなら、その葱をとってきて、火の池にいる女にさしのべてやるがよい。それにつかまらせて、ひっぱるのだ。もし池から女を引きだせたら、天国に入れてやるがいいし、もし葱がちぎれたら、女は今いる場所にそのまま留まらせるのだ。天使は女のところに走って、葱をさしのべてやったのね。さ、女よ、これにつかまって、ぬけでるがいい。そして天使はそろそろとひっぱりはじめたの。ところがすっかり引きあげそうになったとき、池にいたほかの罪びとたちが、女が引き上げられているのを見て、いっしょに引きだしてもらおうと、みんなして女にしがみついたんですって。ところがその女は根性曲りなんで、足で蹴落としにかかったんだわ。『わたしが引き上げてもらってるんだよ、あんたたちじゃないんだ。これはわたしの葱だ、あんたたちのじゃないよ」女がこう言い終ったとたん、葱はぷつんとちぎれてしまったの。そして女は火の池に落ちて、いまだに燃えつづけているのよ。天使は泣きだして、立ち去ったんですって。』
これがその寓話よ、・・・。

ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟(中)」原卓也訳 新潮文庫

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