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2007年8月11日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.439 SaturdayEdition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第315回
「成熟社会の都市と地方(日米の逆転現象)」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第315回
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「成熟社会の都市と地方(日米の逆転現象)」
今回の日本の参院選では、現在の日本社会に見られる一つの構図が浮かび上がった
ように思います。それは「都市は規制緩和を欲し、地方は保護を欲する」という構図
です。では、これを「都市は小さな政府を欲し、地方は大きな政府を欲する」と言っ
てしまうと、少し実態とは離れるようです。日本の場合、都市型の住民であっても老
後の備えや、子供の教育は「自腹=民間」でという意識は低く、公的年金への期待は
依然として高いですし、私学の予算の過半は公的資金の助成に依存しているなど「本
格的な小さな政府」を期待する人は少ないからです。
ですが「既得権益の打破」というスローガンに象徴されるように、規制や保護に
よって利益を得る層を突き崩したいという情念は、都市を中心に渦巻いています。こ
うした流れは、少し前からありました。春の都知事選での石原三選も同じ理由だと思
います。ですが、一方で地方における自民党の退潮というのは今回の選挙でよりハッ
キリしてきた傾向だと思います。商工業だけでなく、農業に関しても自民党の政策で
はなく、民主党に期待が寄せられた、それが一人区での党勢が一気に民主党に傾いた
理由でしょう。
今回の選挙の解説としては、別に変わったものでも何でもないのですが、このよう
な地方と都市の対比をアメリカから見ていると、興味深いものがあるのです。という
のも、大ざっぱな括り方をするならば、アメリカの政治風土とは反対だからです。ア
メリカの場合は、どちらかと言えば都市は大きな政府を志向し、地方は小さな政府を
志向するという傾向があります。日本とは全く正反対です。
まず都市の貧困層は、行政に大きな期待を持っています。生活保護(フードスタン
プ制度)やメディケイド(貧困層向けの公的医療保険)への依存という問題もさるこ
とながら、都市計画を通じた官民による雇用創出への期待、あるいは廉価な公的交通
機関による雇用確保(通勤手当制度がない社会では交通費も自腹だからです)など、
彼等の運命は行政に大きく委ねられているからです。
都市の富裕層はどうかというと、共和党支持も勿論います。共和党を支持する主要
な動機としては自身の手取りをアップさせる減税策であり、仕事を進める上での自由
貿易だったりします。ですが、富裕層の中でも民主党支持は決して少なくありません。
自分が勝者であっても格差に怒りを覚えて行政を通じた再分配を求める人、更には多
少コストがかかっても行政サービスを維持すべきだと考える人などがこれです。
更にアメリカの都市文化の中には、マイノリティの権利確保が都市というコミュニ
ティの活力になるという思想があります。同性愛者の権利が認められる、移民や女性
の雇用が保証されている、そうしたコミュニティとしての公正さが自分にとって、そ
のコミュニティへの愛着になる、それが都会に生きることだという一種の信仰がある
とも言えるのでしょう。そのリベラリズムは目的のためには大きな政府も必要だとい
う感覚と結びついています。
これに対して、地方には全く別の感覚があります。それは自分一人が自然と戦って
生きているのだ、という気風です。自分やその祖先は、混乱した都会(東海岸であっ
たり、ヨーロッパであったりしますが)を捨てて、可能性を求めて大自然の中での開
拓を選んだ、そんな気風が原点にはあるのです。そこにあるのは、起業家精神です。
起業といっても商工業だけではありません。農業や鉱業、林業も立派な独立事業です。
そこではまず自分自身だけが頼りであり、支援を得るとしても、せいぜいが家族と教
会を中心としたコミュニティだけです。とにかく信じられるのは自分と家族と「その
土地の人」だけ、という強烈な世界観がそこにはあります。
彼等の嫌うのは税金です。自分たちが自然と戦い汗水垂らして稼いだカネを、連邦
政府が収奪していくことには基本的に強い反発があるのです。これは歴史的にもそう
で、例えば英国の植民地であった独立十三州が反乱を起こしたのは「代表なくして課
税なし」というスローガンにもあるように、英本国の課税権への反発がきっかけでし
た。ですが、実際に英国の力を駆逐した後に、多くの植民地では「新たな課税を招く
連邦政府の形成には反対」という勢力があったのです。現在アメリカが合衆国として
国家の体を成しているのは、それを説き伏せていった「フェデラリスト」という運動
に多くを負っていると言われています。
連邦政府の課税への反感は今でも地方に根強いのです。その結果として、地方には
「自分たちが稼いだカネが連邦によって吸い上げられて、怠惰な都市の貧困層の福祉
に回るのは許せない」という感覚があるのです。その怒りは実際に高額納税者である
富裕層だけでなく、貧困層にもあります。自分は自然と戦って必死に生きているのに、
その僅かな稼ぎの中から取られた税金が都市で何もせずにブラブラしている人間に行
くのはイヤだというのです。
貧困層の場合は、地方であっても行政の支援を期待するだろうし、所得水準を問わ
ず公共サービスへの期待はあるだろう、そんな疑問も湧くのですが、アメリカの地方、
とりわけ中西部では「大きな政府」論はどうしても主流にはなりません。まず、彼等
は全てを自分でコントロールすることをしたがります。そのコミュニティで困窮する
人が出ても、まずもって本人はギリギリまで我慢してしまいます。また援助の手は行
政だけでなく教会組織や、それぞれのローカルなコミュニティが差し伸べる、それも
自主的に、というのが気風としてあるのです。
そうはいっても、北アメリカ大陸の自然は荒々しいものがあります。凶作の年もあ
れば、豪雨や竜巻といった自然災害で家財を失うこともあります。そんな時でも、彼
等は決して連邦政府に頭を下げることはしません。カネをくれるというのなら受け取
るでしょうが、それが回り回って自分たちへの増税になるのだったら、それには反発
します。そして、とにかく「自分たちで何とかしよう」とするのです。それでも、ど
うしようもない悲惨、どうしようもない損失が残るようであれば「我慢して神に祈る」
だけなのです。
先週から今週にかけて起きたアメリカ国内の惨事、ミネソタ州での橋梁崩落事故、
ユタ州の炭坑での作業員の遭難事件、この二つの事故においては、こうしたアメリカ
の地方の発想法が色濃く表れています。まずミネソタの事故ですが、事故の原因とし
ては10年以上前から構造的欠陥が指摘されていながら「ギリギリまで我慢」してし
まったということが挙げられるでしょう。その背景としては、州の歳出をコントロー
ルしたい、抑制したいという強い政治的な志向があったと言えます。
さて、このミネソタの事故に関しては、この欄の第一報ではツインズ新球場の構想
は白紙に戻るのではというような見方をご紹介しましたが、その後の動きは決してそ
うはなっていません。「ツインヴィル球場」というこの新しい可動屋根の球場は、総
予算520ミリオン(約620億円)の巨大プロジェクトで、そのうち130ミリオ
ンをツインズ球団が、そして390ミリオンを公的資金でという計画です。その39
0ミリオンの財源としては、この新球場目的の消費税を充当することがすでに決まっ
ているのだそうです。
さて、ツインズの調達する130ミリオンはさておき、州財政の中から拠出の決
まっていた390ミリオンに関しては「ものごとの優先順位に照らして、橋の再建に
回すべき」(ミネソタ州議会のジョン・マーティ議員)という声が上がっています。
ですが、ポーレンティ知事は「橋と球場は全く別の議論、新球場は予定通り建設する」
という立場を崩していません。地域の経済振興のためには、新球場はどうしても必要
だというのです。また特定の目的のために設けた消費税を、目的外のために使用する
のは不適当だとも言っています。
そんな中、当初は8月2日(橋の崩落の翌日)に予定されていた新球場の起工セレ
モニーが、8月30日に行われるという発表がありました。ツインズの現役選手、引
退した過去のヒーロー達、そして大リーグのセリグ・コミッショナーも呼んで、改め
て起工式を行うのだそうです。
では、知事としては橋の再建を後回しにするのでしょうか。そうではないのです。
知事は「一年後の2008年までに再建する」と息巻いています。ではその財源はと
いうと、どうやらブッシュ大統領が先週現地入りした際に表明した「再建に必要な資
金の不足分は連邦が面倒を見る」という発言に期待しているようなのです。「もらう
ものはもらう」という訳なのですが、同時にポーレンティ知事は、ワシントンで浮上
している「インフラ老朽化対策の財源は燃料税の増税で」という議論を「醜悪なワシ
ントンの政争だ。ミネソタとしては断固として一線を画す」と切って捨てています。
そのワシントンの政争ですが、燃料税財源論などという案より、インフラ老朽化対
策としては、一般予算から巨額の資金を投入すべきだ、そんな意見もあります。ヒラ
リー・クリントン大統領候補などは「インフラの老朽化は国際競争力を傷つける」と
して大統領選の争点にする構えです。逆に、連邦の支援がそれほど当てにできないケ
ースでは、新球場は予定通り建設する一方で、橋の再建費用を真剣に捻出することを
考えないでいると、州財政の体力から見て2015年まで橋の再建はできない、そん
な悲観的な見方も出ています。
このミネソタの橋梁崩落事故の犠牲者収容が進まない中(本稿の時点では、死者7
名、不明6名というのが公式発表です)ユタ州のハンティントンにある「クランダー
ル渓谷炭鉱」では今週月曜日、坑道で崩落事故があり、作業員6人が閉じこめられて
しまいました。炭鉱事故ということでは、2006年1月のウェストバージニア州セ
イゴウ炭鉱で、13人が生き埋めになり1人が奇跡的な生還をしたものの12名が死
亡するという痛ましい惨事が、まだまだ記憶に新しいところです。
今回のこの事故については、炭鉱会社のロバート・マーレイ会長が何度も会見に応
じているのですが、安全面のガイドラインを守っていなかったことを指摘されても
「私は長い間炭坑の経営をやってきたが、こんな事故は初めてだ」という答えになっ
ていないようなコメントばかり、そして作業員の安否に関しては「神のみぞ知る」の
一点張りでした。
実際にこの炭坑では、安全面の指導に従っていない点が多く、セイゴウ炭鉱事故の
際に作られた厳しい基準などはほとんど無視という状態だったと言います。崩落の原
因についても、坑道内の支柱の強度不足が指摘されているのですが、マーレイ会長は
「人災じゃない、地震のせいだ」と強弁していました。実際に地震波が観測されてい
るのは事実ですが、ユタ大学によれば「坑道崩落が起こした地震波」だというのです。
そんな中、閉じこめられた作業員の名前を書いた大きな横断幕を張って「無事帰還を」
と祈り続ける姿が連日放映されているのを見ると、何とも胸の潰れる思いがします。
この事故に関しても、大自然に向かって立ち向かい困難に遭っても「我慢してしま
う」傾向、徴税と同じように自分たちを束縛する連邦政府の規制に対して、不信とと
もに無視をしてしまう傾向、そしてイザとなったら神様を持ち出すというあたり、ア
メリカの地方に見られる「起業家精神」の実に典型的な構図があります。
アメリカの地方に残るこうした気風について、独立心に富むからと評価する向きも
あるでしょう。ですが、そこには明らかに異常なところがあります。歴史的経緯、自
然や風土の人への影響などが積み重なった結果として、常識では考えられない「連邦
政府への忌避感情」と「問題を抱えても我慢し、破綻しても神にすがるだけ」という
やせ我慢の思想が織りなす政治風土は、どうみても尋常ではありません。
勿論、そのような極端な気風の中から、魅力的な人物が現れたり、実に暖かい人情
が育まれたりすることはあります。何はともあれ、独立採算を守り、自主独立の気概
を態度にも示している、そのことは立派だと思います。更に言えば、自然との戦いに
敗れて人々が去ったあとの「アメリカの廃墟」が醸し出す無常感を美しいと感じるこ
ともあります。ちなみにそうした廃墟に美を見出すのは、「わびさび」の伝統を知る
私のような東洋人だけでなく、アメリカ人もまたそうなのであって、そのことに不思
議な興味を覚えることもあります。
ですが、やはりアメリカの地方は病んでいます。開拓時代の熱気は去りました。全
国の輸送網の完成した50年代後半からは様々な産業で潤った時代もありましたが、
今や国全体が生産拠点としては空洞化して往年の勢いはありません。先週もお話しし
ましたが、アメリカは完全な成熟社会を迎え、限りある成長率を国全体で分け合って
行かなくてはならないのです。地方が都市を敵視し、警戒しながらやせ我慢を続ける
というのではなく、都市と地方が良い形での再分配や役割分担をしてゆかなくてはな
らないのでしょう。
アメリカの地方に見られる「小さな政府」志向は、そのような意味で病んでいます。
連邦政府権力の忌避という感情には、病的な無政府主義の匂いすらするのです。起業
家精神といっても、複雑な現代社会のルールから逃げて、ビジネスという行為を自然
との単純な対決に終わらせていると言っても構わないでしょう。こうした文化は日本
のお手本としては不適当だと思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】 村上龍
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