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JMM [Japan Mail Media]  「崩れ落ちた橋」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 8 月 05 日 10:50:34: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2007年8月4日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.438 SaturdayEdition
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                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』第314回
    「崩れ落ちた橋」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第314回
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「崩れ落ちた橋」

 ミネソタ州での橋梁崩落事故には驚きました。ミネソタの中心都市、ツインシティ
というのはミネアポリスとセントポールという二つの都市が合わさって都市圏を作っ
ている「双子の都市」という意味で、この街に本拠を構えるMLBの球団名が「ツイ
ンズ」というのも、ここに由来しています。その両都市を結ぶ州間高速85W線の橋
といえば、この地区の大動脈です。その橋が崩落したというのは、この地域の人々に
とって計り知れない衝撃を与えているのは当然過ぎるほど当然でしょう。

 問題としてはこの夏のNYにおける「蒸気管爆発」と同じインフラの老朽化の表れ
と見るべき事件だと思います。2005年のハリケーン・カトリーナ被災、そして今
回の橋梁崩落と天災と言うよりも人災に見舞われたアメリカは、外部の敵との戦いよ
りも、国内に向けた反省を優先しなくてはならなくなりました。このインフラの老朽
化という問題もこれと同じです。ある意味でイデオロギー的な「改革」を叫ぶ足元か
ら年金問題で崩れていった日本の政権と、直面している問題の構造は似ているように
思います。成熟した社会において、官僚制と三権分立システムが機能低下に陥ってい
るという問題は共通だからです。

 それにしても、この橋は連邦運輸局の発表によれば、着工が65年、供用開始が6
7年ですから完成してから40年という新しさです。92年までの25年間は2年ご
と、完成してから25年を経過した93年以降は毎年検査を行い、その結果として2
005年から06年にかけて問題が見つかると共に構造上の欠陥も指摘されていると
言います。一部には「全面的な架け替え」を推すような報告もあったらしく、にもか
かわらず経費や工事による交通渋滞の経済効果波及を恐れて問題を先送りしてきてい
た、そんな批判も既に出ています。

 野球好きの私には何とも心の痛む話なのは、丁度事故の翌日8月2日にはミネソタ
・ツインズの試合に際して、新球場着工のセレモニーが行われる予定だったのだそう
です。そのセレモニーは、当日の試合もろともキャンセルとなりました。というのは、
街としてのショックからとても野球どころではないということ、更に85W線が通れ
ない現状では野球観戦客の輸送が困難なことが理由です。それ以上に「危険な橋を放
置しておいて、新球場に公的資金を投入」しようとした判断そのものへの反省があり
ます。

 現時点では正式には分かりませんが、どうやら新球場は白紙という雲行きです。た
だ、事故から二日目の3日の金曜日からは、現行のツインドームでの試合は再開され
ることになっています。私には時期尚早にも思えるのですが、再開する以上は、今年
は例年の勢いに欠けるツインズが、ここから快進撃を開始して人々に勇気を与えるこ
とを期待するしかありません。

 さて、現場の方ですが、とにかく行方不明者の捜索作業が難航しています。不幸中
の幸いで、工事のため「一車線規制」がされていたこと、そのためもあってノロノロ
運転の渋滞中であり、橋の崩落に際してクルマが自分の走るスピードのために衝突し
たり飛び出したりということは少なくて済んでいます。ですが、数十台といわれる車
両が橋の下敷き、もしくはミシシッピ川の底に沈んでいると見られるのです。

 そこで潜水チームを動員しているのですが、事故の起きた1日の晩の状態では破壊
された橋の破片で水中の視界は悪い一方で、巨大なコンクリート片や折れた鉄骨がそ
の視界の悪い水中にあるという厳しい状態なのだそうです。そのために、ミネアポリ
スの警察は1日の深夜の時点で「無念だが、潜水チームの安全を考えると救出(レスキュー)モードから捜索(リカバリー)モードに切り替えざるを得ない」と発表して
夜間の活動は打ち切られました。

 一夜明けても、重苦しい状況は変わってはいません。というのは、水中視界はいっ
こうに改善せず、また川の水に破片や砂が混じっているだけでなく、ガソリンやエン
ジンオイルなどが浮いている危険な状態なのだと言います。ダイバーとして1日の夕
刻から、川に突っ込んだクルマを一台一台捜索していったシャナ・ハンセン消防士に
よれば、視界は1フット(30センチ)程度というのですから、状況は非常に悪いよ
うです。市警本部のコメントでは捜索活動が一巡するには4から5日かかるという厳
しい見通しです。犠牲者の数も、6名から7名に、そして一度数が減って4名、再び
増えて5名、ただ今後は増加が見込まれる、という二転三転ぶりですが、とにかく行
方不明者の家族は胸の潰れるような思いだと言います。

 ブッシュ政権としては、2日の段階では「基本的にこの問題は連邦よりも州主導の
マター」であるという声明を出していますが、勿論静観はできるような筋合いではあ
りません。3日の金曜日になると「橋の再建に必要な資金は連邦からも援助する」と
発言のトーンが変わっています。また、現時点ではファーストレディーのローラ夫人
を3日の金曜日に現地へ派遣し、大統領本人の視察は4日の土曜日になるという見通
しです。更に検査の報告を無視して「架け替え」を先送りしてきた事情に関しては、
州でも連邦でもない「第三者」の監査を入れることが既に決まっています。

 それにしても大統領がいきなり行っては党利党略的なパフォーマンスに見えるので
奥さんを先に行かせるとか、最初は関係ないと言っておいてすぐに「いやカネを出す」
と態度を変える、また三権分立の正規のチェック機能ではナアナアになるので真相解
明のためには「第三者委員会」が必要になるというあたりは、アメリカも日本もそっ
くりな状況があります。正に政権の足元が揺らいでいるのです。

 ちなみに、大統領がそんな面倒なことをしてでも、とにかく現地入りしようという
のには、もう一つ理由があるのです。というのは、このツインシティは、他でもない
2008年夏の共和党大会の開催地に内定しているのです。NBCの「イブニング
ニュース」の看板キャスター、ブライアン・ウィリアムスは2日に早速現地入りして
いますが、「事故のために共和党大会をキャンセルするというのは政治的ダメージが
大きいのでダメ、とにかく来夏までに都市内交通の立て直しをして大会を成功させる
ためにブッシュ政権は必死になるでしょう。その上で大会が開催できたとして、その
中では(新大統領候補や演説者たちによって)橋の崩落事故の政治的責任問題が議論
されるのは避けられません」と解説していました。

 惨事の直後に政治的なインパクトの話をするのは不謹慎かもしれませんが、ミネソ
タ州のティム・ポウレンティー知事は共和党で、均衡予算を公約に掲げて当選してい
ます。そして公約実現のために、タバコ税の大幅増税や州の歳出カットを徹底してい
るのです。一説によれば、2005年の検査レポートで「橋の設計上の欠陥」が指摘
されながら「架け替えの検討は2020年をメド」という政治判断となったのは知事
主導だというのです。更に言えば、このポウレンティー知事はジョン・マケイン候補
の有力な支持者だそうで、ある意味で「小さな政府論」という共和党の伝統的な価値
を代表する層に他なりません。

 知事本人としては「専門家の助言で、即時架け替えではなく毎年の検査を厳格化す
るという判断になった」と逃げていますが、このまま悪者にされて黙っている訳には
行かないでしょう。捜索活動が一段落したところで、連邦の責任という問題が浮上し
てくると思います。そこでブッシュ政権の閣僚の対応がまずいと、更に政権の求心力
が低下するという可能性もあると思います。実際に毎日会見をしている連邦運輸局の
責任者は、どうも飛行機事故の専門家らしく「破片を全て回収して、橋の形に並べて
原因を調査する」などという信じられないことを(飛行機は軽金属で出来ているので
可能ですが、橋の構造物を全部回収して並べるなど物理的に不可能でしょう)言って
みたり、それを撤回してみたり、何とも頼りない印象なのです。

 対外的な問題で「威勢の良さ」が受けて高い支持率を得た政権が、内政上の問題で
一気に「レイムダック化」する、日米で全く同じような政治のドラマが起きているの
はどうしてなのでしょう。一つには、経験の浅いトップが「威勢の良さ」で突っ走る
際には実務能力よりも「理念上の同志(お友達)感覚」で人事を行ってしまうという
構図が正に日米共通ということが言えると思います。今回のミネソタの事件はさすが
にブッシュ政権の人事が生んだとまで言えませんが、カトリーナの際のFEMA(緊
急事態庁)の機能不全、連邦判事の恣意的な解任騒動などでは人事の問題がやはりあ
りました。

 では問題はそうした底の浅い「威勢の良さ」にあるのでしょうか。確かに現在の日
米の政権においてはそう言えるのかもしれません。ですが、今回のミネソタの事故が
示すものは、更に重く深いように思うのです。非常に単純化して言えば、限りある予
算の使途を決めるのに「懸念が指摘されているが、とりあえずは大丈夫そうに見える
橋の架け替え」よりも「ツインズ新球場」が優先されてしまう、そのような決定に至
る社会のシステムに問題があるのではないでしょうか。

 そういう言い方をすると、大衆はバカだとか、いや悪いのは大衆政治家だというこ
とになりがちですが、だからといって全能の賢人が社会を善導するなどということも
現在では不可能なのです。新球場よりも橋の架け替えだ、そんな「賢明な」判断ので
きる独裁政府に全てを任せる、というのは善し悪し以前の話として非現実的なのです。
理由は簡単で、例え独裁者であっても民意に反することになれば石を投げられて追わ
れるという運命からは逃げられないのですし、そもそも優秀な為政者であっても橋の
倒壊を予見して巨費を投じるような英断をするというのは、非常に難しいからです。

 例えば中国の歴代の為政者達は「この国は巨大だから民主主義では統治できない」
と言っていますし、例えば「言論統制のおかげで反日ナショナリズムの暴走を止めて
やっている」と言われると日本の財界人などは「中国の場合はそうかな」などと妙に
納得したりします。シンガポールのリー・クワンユー元首相などは「そもそもアジア
人に民主主義は合わない」などと放言する始末です。ですが、そうした「賢人政治」
が一見すると機能しているように見えるのは、社会が成長過程にあるからでしょう。
一部の反乱分子や犯罪者には厳罰で臨むとして、それ以外の人々は独裁体制に従わせ
ることができるのは、曲がりなりにも急速な経済成長によって「全員が幸福になれる
かもしれない」という神話が機能しているからだと思います。

 その意味で、日本やアメリカは成熟社会です。もはや高度成長は望めないのです。
限られた国富をどう生かすのか、富の再生産のために割く部分と、人々の最低限の福
祉のために割く部分のバランスをどうするのか、そうした細かく深い意志決定は既に
「全能の一党独裁」や「終身雇用の官僚エリート集団」などでは手に負えないのです。
細分化された利害関係、イデオロギー、世論のムードなどにも揺さぶられながら、三
権分立にジャーナリズムを加えたシステムを活性化して、最終的に大きな誤りを犯さ
ないよう、社会の構成員それぞれが持ち場からの発信を行い、全体が最適解に近い判
断ができるようにしなくてはなりません。それ以外に楽な道はないのでしょう。

 その意味で、今回の事故はカトリーナ以上に厳しい課題を突きつけてくるように思
います。カトリーナの場合はまだきっかけは天災でした。ですが、今回の橋の崩落と
いうのは100%人災です。政治は逃げも隠れもできないでしょう。頑迷な「小さな
政府論」は改めて叩かれることになるでしょう。その一方で民主党の候補達に関して
も、現実離れした言動は嫌われるのではないかと思います。こうしたインフラの老朽
化や国内問題としての危機管理ということになると、やはりヒラリーやジュリアーニ
のような人物に信頼が集まるのではないでしょうか。

 ジャーナリズムの方では先ほどご紹介したNBCのウィリアムスの現地レポートは
「政治に対して呆れてみせる」という古くさいレトリックが中心でした。その一方で、
CNNのアンダーソン・クーパーはカトリーナの時同様に、現地に張りついて重心の
低い報道をしています。問題を安易に政治に結びつけるのではなく「どうして橋は倒
壊したのか?」「どうして犠牲者は死ななくてはならなかったのか?」「そして全国
にあるという欠陥構造の橋はどの程度危険なのか?」という問題を必死に問いかける
内容は秀逸だったと思います。

 悲惨な事故の中で、いくつかホッとさせるようなニュースもありました。倒壊の瞬
間に、橋の上を一台のスクールバスが走行していました。勿論、学校は夏休みなので、
恐らくは教育委員会などが主催しているのでしょう。「デイ・キャンプ」といって、
小学生を中心とした子供達がバスに乗って、プールへ行ったりする企画があり、その
交通手段として黄色いスクールバスが使われていたのです。

 バスは間一髪、傾いた橋の折れ曲がった箇所に軽く衝突して止まりました。ですが、
橋はまだまだ揺れています。そして隣には大きなトラックが橋の折れた部分に突っ込
んで煙を出しています。バスの車内は煙と砂埃で何も見えない中、子供達の泣き叫ぶ
声が充満したというのです。実際に子供の一人が携帯電話で親の留守電にメッセージ
を残しているものが公開されているのですが、文字通りのパニック状態でした。この
ツアーの引率は、ジェレミー・ヘルナンデスという20歳の若者でした。こうした
ディ・キャンプの場合は、このように若い人がキャンプリーダーをするのは当たり前
と考えられているのです。

 そのヘルナンデス青年は、とっさの判断でバスの最後尾にある非常ドアを開けて外
の安全を確かめると、一人一人パニックに陥った子供達を車外へ下ろしたのです。判
断が遅れていれば、隣のトラックの燃料タンクの爆発に巻き込まれていたかもしれな
かったのですが、奇跡的に全員が助かったのです。ヘルナンデス青年自身も軽いケガ
をしているのですが、翌日になって助かった子供達と親は見舞いを兼ねて青年のとこ
ろに集まって、彼に感謝をしていました。

 子供達の多くは恐怖心が抜けず、他の番組では「橋やバスよりも、高速道路の高架
のところが怖いです。二度と通りたくない」と言っている小学校高学年の子供が紹介
されていました。ですが、彼等の表情は明るいのです。ヘルナンデス青年がとっさに
自分たちを助けてくれた、そうした前向きのストーリー、人と人の関わりへの信頼と
いうものがPTSDに対する何よりの薬になっているのではないでしょうか。

 ところで、全米には「構造的な欠陥」のある橋がたくさんあることが、今回の事故
を契機に明らかとなりました。MSNBCの報道によると、その中でも最も危険な橋
は、私の住むニュージャージー州の「プラスキー・スカイウェイ」という橋だという
のです。地元の新聞「スターレジャー」によれば、安全度100点満点のうち、この
橋は西半分が2点、東半分が0点だというのです。ちなみに、この連邦の採点方法で
は、50点を切ったら「架け替えが必要というのがガイドラインなのだそうです。

 この「スカイウェイ」というのは、私には親しみのある橋で、何度も通ったことが
あり思わずヒヤリとさせられました。ニューアーク国際空港のすぐそばにある長い大
きな橋なので、この空港に北から進入する飛行機の左側の窓際に座ったことのある方
でしたら「ああ、あれか」と思われるのではないでしょうか。この橋の場合は、完成
が1932年というのですから大恐慌の真っ最中の75年前、しかもそれ以来大きな
補修もせずに供用し続けているのだそうです。

 2日の放送では、実際に土台のコンクリートの剥落している部分など生々しい映像
が続きました。少なくとも、私は二度と通る気はないですが、果たしてこの橋はどう
なるのでしょうか。今年の後半には大規模な改修を行うというのですが、全面架け替
えをするような予算はないと思います。また経済効果を考えると橋を長期間にわたっ
て通行止めにする判断はなかなかできないでしょう。この橋に関して、どのようなコ
ミュニケーションがされて、政治がどう動いていくか、他人事ではありません。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media]                No.438 Saturday Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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