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2007年7月28日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.437 SaturdayEdition
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http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第313回
「ユーチューブ・ディベートの功罪」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第313回
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「ユーチューブ・ディベートの功罪」
今週の月曜日、7月23日にはCNNが共催する形で、史上初の「ユーチューブ」
による民主党の大統領候補討論会(ディベート)が行われるとあって、そのCNNを
はじめ各メディアではずいぶんと話題になっていました。このディベートですが、趣
向としてはそれほど複雑なものではなく、サウスカロライナ州のチャールストンにあ
るシタデル軍事大学の会場には、8人の候補者の演壇が並べられた横に巨大なスクリ
ーンが設置され、そこに上映された「ユーチューブ」の動画による市民からの質問に
各候補が答えるという形式です。
質問に関しては、何でも全米から2900本のビデオクリップが寄せられた中から
主催者が選んだのだそうで、映像も演出も「いかにもユーチューブ」というようなも
のが並びました。会場の聴衆も大学での開催とあって「ユーチューブ世代」に他なり
ません。面白い映像には、間髪を入れず笑いや拍手が起きていましたし、翌日の各メ
ディアはこぞってディベートの様子を取り上げていました。NPR(リベラル色の強
い公共放送)経由で放映されているBBCワールドニュースもかなり時間を割いて、
しかも好意的に取り上げていました。
そもそも「ユーチューブ」自体が普及したのが、昨年2006年です。ですから、
本格的にアメリカ政治の「道具」として登場して以来まだ日は浅いのですが、11月
の中間選挙では様々な形で世論に影響を与えています。そんな中、検索大手のグーグ
ル社がユーチューブ全体を買収して話題を呼びましたが、その後も存在感は増すばか
りと言って良いでしょう。今年に入って本格化した2008年へ向けての大統領候補
選びのプロセスでは、なくてはならないメディアという存在になっています。
その延長で今回の「ユーチューブ・ディベート」ということになったのですが、そ
れにしても良く練られた企画でした。会場のシタデルという大学は、半分州立の軍事
大学で卒業生のほとんどは士官候補生になるという学校です。過去には、南北戦争の
際に南軍の軍人を輩出した歴史があり、また長い間男子校であり訴訟沙汰を経て共学
に移行したのは20世紀末でした。というと、保守派の牙城のように聞こえますが、
現在では黒人の士官候補を大勢育てている一方で、女子学生の拡大にも取り組んでい
る、つまり「マイノリティとの融和」を象徴する存在になっている、そんな位置づけ
で見るのが正当でしょう。その一方で軍事外交に関しては当事者意識の強い教育機関
であるのは事実で、ある意味では時流に敏感な集団だとも言えるでしょう。
当日の司会の人選も良かったと思います。アンダーソン・クーパーというのは、C
NNの若手キャスターの中で抜きんでて人気があるのですが、イデオロギー的には
「限りなく中ど真ん中、ほんの少しリベラル寄り」というポジション、そして何より
も事件事故の現場に急行していち早くその土地の人情を把握して臨場感のあるレポー
トをするのが得意です。ハリケーン・カトリーナ被災の際には、被災の前に現地入り
してそのままニューオーリンズに止まってリアルな中継を続け、これで人気キャスタ
ーとしての地位を確立しています。
そのクーパーのスタイルは、事実に関する情報になると熱がこもって早口になる
が、インタビューの相手が一方的なイデオロギーを展開すると、「どうですかねえ」
というような調子で懐疑的、慎重な姿勢になる、そのあたりのリズム感が独特です。
今回のディベートの「仕切り」では、珍しい試みということで少しエキサイトした感
じもありましたが、持ち味は十分に発揮されていたと思います。そのクーパーの司会
も含めて、この「CNN=ユーチューブ」ディベートというのは第一回の試みとして
は成功だったと思います。
ではどこが良かったのでしょうか。それは何といっても、各参加者から寄せられた
ビデオの質問が力を持ったという点です。例えば、メアリとジェンというNY州の同
性愛のカップルが登場して「あたなが大統領になったら私たちの結婚を認めてくれま
すか?」というコメントをしていました。これが例えば通常のディベートのように、
有名なジャーナリストの司会者が「では次の質問です」といって「同性愛者同士の結
婚についてどう思いますか?」と尋ねたとします。その場合の質疑というのはどうし
ても堅苦しいものになってしまいます。場合によっては候補者の方も、型どおりの回
答でその場をごまかしてしまうこともできるでしょう。失言さえしなければ、という
わけです。
例えば、司会者が質問をする代わりに「市民」との直接対話という形式も可能です。
例えば現実に「同性愛カップル」を連れてきて質問させ、候補者に答えさせるという
方式です。勿論、このような直接対話は各州の遊説の際に各候補者は場数を踏んでい
るので、可能は可能なのですが、全国中継のTV討論ということですと、どうしても
不自然になってしまいます。質問者が「場慣れ」しているようですと、どうしても
「ヤラセ」という匂いが出るか「一般の人の代表という感じがしない」という印象を
与えてしまうからです。更に言えば「素人」の質問者に対して、「百戦錬磨」の候補
者という組み合わせではどうしても対等性に欠けるという問題も出てくるでしょう。
その点で「出来上がってしまっているユーチューブのビデオ」の場合ですと、そう
した問題をクリアできるのです。一番の効果は、良くできたビデオの場合は、素人の
制作したものでも不思議な説得力を持ってしまう点です。この「メアリとジェン」の
場合は、ビデオの最後にカップル同士が見つめあう映像があり、それが強い印象を残
しました。その結果として、各候補者は普通の会話よりも真剣に答えなくてはならな
い、そんな雰囲気が濃くなったのです。
こうした「イエスとノー」を踏み絵するような質問については、メジャーな候補に
は振らないようなバランス感覚が主催者側にあったようで、指名されたのはこうした
件に関して賛否を既に表明している、クチニッチ、ドッド、アンダーソンの各候補だ
けでした。そうした作為があるにしても、特に「同性愛者同士の婚姻には反対、シビ
ルユニオンには賛成」という立場のドッド、アンダーソンは、同性愛者に対して語り
かけるような誠実な姿勢を取らざるを得ませんでした。
これは一つの例ですが、「市民の語りかけるビデオ」の説得力の前では、無意味な
やりとりや、その場を言い繕うようなレトリックは通用しないのです。その結果とし
て、各候補者達は通常のディべート以上に真剣な姿勢を見せていたと思います。ま
た、司会のアンダーソンが厳格に「持ち時間」のマネジメントを行っていたのです
が、各候補はそれに珍しく従っていました。仮に肝心な点の途中であっても、アンダ
ーソンに「時間ですよ」と言われると尻切れトンボでも発言を打ち切らざるを得ない
ムードだったのです。それも「素人のビデオ」が短時間で簡潔に問題提起をしてきた
以上は、プロの政治家がダラダラ時間オーバーはできないという心理的な拘束が働い
ていたのでしょう。それは悪いことではないと思います。結果的に、ディベートの全
体は緊張感のある、そして密度の濃い内容となったと思います。
この「ユーチューブ・ディベート」は実はまだ終わったわけではありません。ディ
ベートの全てはユーチューブで「各質疑ごとに」整理されてアップロードされたまま
ですし、CNNでは自社サイトで質疑の記録を公開しています。そしてユーチューブ
のサイトでは、「質問者」による「候補者の回答」へのコメントがビデオクリップと
して出ていたり、更にビデオによる議論の輪が広がっているのです。正に「ユーチュ
ーブ選挙」がフル回転というところです。
今回は民主党が先行しましたが、共和党の候補による同様の企画も9月に予定され
ています。ある意味では文化の異なる、そしてもしかしたらユーチューブの活用とい
うことでは、民主党にやや遅れを取っていると思われる共和党の各候補が、こうした
「新事態」にどう対処するか、大変に興味の持たれるところだと思います。
ではこの「ユーチューブ・ディベート」は良いことづくめなのでしょうか。とんで
もありません。それどころか、問題点はたくさんあると思います。一つには演出の問
題があります。ディベート全体として交わされた質疑の問答は密度が濃かったと思い
ますが、どう考えてもこれは「ガチンコ」ではないと思います。あれだけのインパク
トのあるビデオに対して、その説得力に負けないような回答をするというのは、いか
に大統領を目指す経験豊富な政治家といえどもそんなに簡単にはできるものではあり
ません。事前に内容が教えられて、台本的な打ち合わせもできていると考えるのが自
然だと思います。ただ、演出があるという前提で見れば、その演出自体が良くできて
いて、結果的に候補を選ぶための判断材料は得られたと思う人は多いかもしれません。
候補選びをするにあたって、判断材料の情報量が多かったのは事実です。ですが、
その中身はというと、どうしても物足りなさが残ります。ビデオの持つ力は、客観的
な事実や、ロジカルな政策的論議ではありません。ある種、庶民の情念であり、また
政権交代への期待であり、自分の所属する(あるいは思い入れをしている)権益グル
ープの代弁であり、いずれにしても党派的で感情的なものがほとんどです。結果的
に、候補のコメントもレトリックを駆使して感情に訴えかけるスタイルが中心で、数
字を踏まえたり、情勢を分析したりしての客観的な議論にはならないのです。
勿論、それがアメリカの大衆民主主義だといえばそれまでですが、今回の「ビデオ
質問」という趣向が、それを更に加速させているのならば、それは手放しでは喜べな
いものだと思います。特にビデオが醸し出す「その場の空気」がディベートを完全に
支配するというのが「お約束」であって、各候補はそこから逸脱できないという構図
は問題を残しました。それは客観的な政見を述べる場としては決して理想的ではあり
ません。
例えば、オバマ候補が「自分は大統領に選出されたらイランやシリア、北朝鮮の指
導者ともすぐに会う」と述べると、ヒラリー候補は「自分は外交は熱心にやるが、就
任一年目で直接会うことはしない。相手のプロパガンダに乗せられてはダメだ」とや
り返しています。更にヒラリー候補はディベートの後でも、オバマ候補に対して「ナ
イーブすぎる(青臭い、素人っぽい、という意味)」という批判を展開しています。
もしかすると、この二人の「場外乱闘」が今回のディベートの中で最も「オモテ」の
メディアに取り上げられた点かもしれません。
ですが、別にオバマ候補はイランやシリア、北朝鮮に対して妥協的だというわけで
はないのです。トータルなパッケージとしての外交政策は青写真が一応あるわけで、
「すぐに会う」かどうかというのはその手段に過ぎません。要は「ビデオの質問」で
「こうした国の指導者と一年以内に会うかどうか?」と聞かれたので、その点に関し
ては「イエス、何故なら懲罰的な意図で会わないとしている現政権の外交は破綻して
いるから」と答えたに過ぎません。元来、こうした点は大統領選のディベートではあ
りがちだったのですが、今回は「ビデオ質問」の説得力があるので、どうしてもオバ
マ候補は「イエス」と言いたくなったのでしょう。
結果的に(これも選挙のディベートでは昔からそうですが)体系化された政策論争
ではなく、瞬間的な話術に含まれる人間性、隠しようのない価値観や性癖というよう
なものが、どうしてもクローズアップされることになります。その行きすぎという点
に関しては、やはり冷静に見る必要があると思います。
ユーチューブには独自のしかけがあって、今回のディベートをめぐるビデオでの討
論が延々と今でも続いているように、元来は「プロから大衆へ」という一方通行であ
った動画というメディアが、人々にも発信の場が与えられ、同時にこれまでの動画を
リンクさせたり引用したりすることで、批評の場としても機能してきています。その
ことは画期的なのですが、政治というものが感情やイメージに大きく左右されること
への弊害は、まだ検証されていないのです。
いずれにしても、今回の大統領選におけるネット動画の活用というのは、壮大な実
験だと言えるでしょう。とかく「隠れたひそひそ話」になったり「匿名での中傷や流
言飛語」などが飛び交ったり、インターネットというものはどうしても負の側面を背
負いがちです。ですが、これだけ大きなメディアがここまで本気で企画し、候補者達
も真剣にそれに応じたという中には、ネットというものを恐れるのではなく、むしろ
メインストリームのメディアとして使いこなそうという意気を感じます。少なくとも
その点だけは真剣に受け止めたいと思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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