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JMM [Japan Mail Media]  「幕が上がらない政治ドラマ」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2007 年 6 月 17 日 04:42:16: ogcGl0q1DMbpk
 

                             2007年6月16日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.431 SaturdayEdition
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                       http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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  ■ 『from 911/USAレポート』第307回
    「幕が上がらない政治ドラマ」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第307回
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「幕が上がらない政治ドラマ」

 大統領選を翌年に控えた夏というのは「熱い政治の季節」になるはずです。大学が
休みになる学生が各候補のボランティアを務める中、大都市から大都市へと各候補が
遊説して回る、その移動用のバスや飛行機には派手な塗装とスローガンが描かれて、
ニュース番組に彩りを添えるのです。そんな中、この時期の政治ドラマはいかにも夏
らしいものになる、少なくとも前回もその前もそうでした。その中で激しい論戦が戦
わされたり、世論調査の数字が激しく動いたりする、そうして、選挙の年の「1月、
2月」という予備選の天王山へ向けて各候補は一斉に走り出すのです。

 ですが、今回の場合はなかなかドラマが盛り上がりません。ここ数週間に関してみ
れば、ヒラリー・クリントン候補に関して伝記スタイルの「暴露本(といってもゴ
シップ的なだけの内容ではなく、本格的なもののようですが)」が2冊出版されたり、
前にこの欄でお話した元俳優のフレッド・トンプソン氏の出馬が依然として取りざた
されたり、というのが目立った動きで、それ以外は盛り上がりに欠ける「夏」となっ
ています。

 どうして選挙戦が盛り上がらないのでしょう。その第一は、戦いの初期段階で「人
格攻撃」が一巡してしまったということがあります。ヒラリーは「夫同様にスキャン
ダルまみれ」だ、オバマは「アメリカ黒人ではない」、ジュリアーニは「リベラル過
ぎる」、ロムニーは「信仰が主流派ではない」というような、各候補の「アキレス腱」
は十分に叩かれましたが、結果的に各候補ともそうした非難に耐えて強くなっていま
す。予備選本番、あるいは最後の本選となれば「新たなネタ」での人格攻撃も出るの
でしょうが、この時点では一休みということなのでしょう。

 第二は、政策面での対立エネルギーがここへ来て急速に消えてしまったということ
があります。アメリカが現時点で抱える最大の問題は、イラク情勢です。そして5月
中旬までは「予算をカットして撤兵をさせよう」という民主党と、「兵士を見殺しに
はできないから予算カットには反対」というホワイトハウスは「がっぷり四つ」の論
戦を戦っていました。議会での演説もヒートアップしており、民主党が「これ以上、
米兵を無駄死にさせるな」と絶叫する一方で、共和党も「イラクで負けて弱みを見せ
たら本土がテロリストにやられてしまう」と涙ながらに演説するという状況でした。
ですが、この問題に関しては、5月末に急転直下で決着を見たのです。

 最終的な妥協として議会で可決した法案は、秋までの戦費を承認する一方で、撤兵
期日に関しては明言を避けた玉虫色の内容でしたが、たちどころに大統領の署名を得
て成立しています。では、戦費調達に成功したホワイトハウスとペンタゴンは、攻勢
に出たのかというとそうではありません。法案成立と時を同じくして、他でもないゲ
イツ国防長官は、段階的な撤兵を示唆しています。また、何故だかこれと前後して、
武装勢力による米兵3人の拉致事件がアメリカのメディアで大きく取り上げられると
いうエピソードもありました。

 戦闘の拡大期であれば、3人の兵士の生命を優先して大規模な捜索が行われるとい
うことはあり得ないのですが、今回は捜索活動をする米軍の動向が逐一報道されまし
た。家族の「涙の訴え」や「生存を信じる」という声も何度も放送されました。そん
な風に報道をしておいて、結果的には人質は殺されてしまったのですが、それでも
「武装勢力への怒り」が爆発するということにはなりませんでした。拉致事件も、そ
の最悪の結果も多くのニュースの中に埋もれていったのです。こうなると、軍とメ
ディアが協調して「もういい加減にしよう」という厭戦ムードが膨らむのを野放しに
しているとしか言いようがありません。とにかく「何となく当面の戦費は承認したが、
なし崩し的に撤兵」という暗黙の合意が、ワシントン政界とペンタゴンの間で出来上
がっているようです。

 全国のムードも「厭戦気分」が確かなものになっています。例えば、全米の各州で
は州出身の兵士が戦死した場合に、州政府庁舎をはじめ官公庁や学校まで「半旗」を
掲げるということが増えているそうです。14日の「USAトゥディ」紙によれば全
米の過半数の州で、本来州法としてそうしている州に加えて、最近の情勢を踏まえた
知事の判断で「半旗」の対応をしているといいます。そう言えば、要人の訃報がある
わけでもないのに、学校で半旗が掲げられている、そんな光景が最近は目立っていま
した。

 アフガン戦争以来、とりわけイラク開戦以来(多くは貧しさゆえに)志願兵として
戦地に送られ、戦死した、あるいは傷病兵となった兵士への「同情」というのは、全
米を覆う情念となっていました。勿論、それは自国兵士の生命は気にしても、相手の
兵士や戦地における一般市民の犠牲などには目もくれない一方的なものですが、その
情念は非常に強いものとして社会を支配しているのです。ですが、当初は兵士の死に
対しては「復讐へ」、そして死をムダにしないためにも「勝利の日までコースを変え
るな」という流れへと誘導されて行っていました。それが今は「失政ゆえに死んだ兵
士に哀悼を捧げる」そして「もうこれ以上の死には耐えられない」という情念へとジ
ワジワと変質が起きているのだとも言えるのでしょう。

 そうした情念の変質を背景にして「前線兵士のために戦費予算は通す。撤兵期限は
切らない。だが、今回補正予算は秋までの戦費のみとする」という妥協ができたので
す。こうなるとロジカルな論戦の果ての決定ではなく、そのものズバリ「場の空気に
よる決定」という何だか日本社会のようなことになってきました。錯綜する利害、複
雑な情念といった相互に矛盾した概念をオブラートに包み込むようにして、半ば不可
視とし、表面に漂う「空気」の流れによって大きな決定をする、これではまるで日本
式の意思決定です。

 ちなみに、ヒラリー、オバマの両候補の対応はというと、その「妥協案」には黙っ
て反対票を投じています。また、現職の議員ではないエドワーズ候補は、この2人を
「言動が一貫せず、結果的に妥協案成立を見過ごした」と非難していました。ですが、
世論調査の反応はエドワーズが大きくポイントを下げるという結果になっています。
世論のニュアンスとしては「ヒラリーとオバマは、これまでの言動からは勿論、賛成
はできないだろう。だが、積極的に妥協案を潰さなかったのも分かる」ということな
のです。逆にそうした「対立エネルギーの消滅」という流れに対して、いつまでも吠
えているエドワーズは支持されなかったということなのでしょう。

 そんな「対立エネルギーの消滅」現象は社会のあちこちに見られます。例えば、今
週のワシントンは、ブッシュ大統領の「移民法案」をめぐって論争が続いています。
ブッシュの案というのは、以前にこの欄でもお話したように「ブッシュにしては珍し
い」中道的でユニークな提案です。非常に簡単に要約すると「現在アメリカで働いて
いる不法移民には永住権への道」を開く一方で、「国境の警備体制の強化は小規模」
というものです。農業を中心に不法移民の労働力に頼る生産現場の利害、ヒスパニッ
ク票の取り込みという思惑もあるにせよ、長い間「移民徳政令」を行っていなかった
結果、不法移民の人口が膨らんでいる中で何らかの解決策は必要だというのが動機で
しょう。政権担当者としてはある意味で当然のことです。

 ですが、このブッシュ案は現在のところ、共和党の「右からの反対」と民主党の
「左からの反対」ががっちり手を握って「反対という姿勢で結束」してしまっていま
す。共和党の姿勢としては「違法に入国し、違法に労働した人間を救済するのは不正
義」という観点であり、民主党の姿勢は「移民の人権救済には不十分」というリベラ
ルなものと「国境警備を厳格に(これは共和党の多数も同様)」という「ポスト91
1」的な発想が入り混じったものです。ですから、異なった立場からの反対であり、
それぞれに自分の案は持ってはいます。

 ですが、具体案を出して何とか不法移民問題を解決しようという積極的な姿勢は、
ホワイトハウスほどにはありません。何となく両党が手を組んで、問題を先送りしよ
うとしているのです。テクニカルには「選挙区の小さい下院」では「自分の選挙区に
不法移民が来るのはイヤ」という有権者のスケールの小さい観点を圧倒的に多数の議
員が背負っていて、強硬策以外は支持されないという事情があり、少なくともホワイ
トハウスと上院が結束しないと法案成立は難しいのですが、そうした「面倒な」こと
は避けたいというムードもあるようです。

 4月のバージニア工科大学の事件以来、不気味なぐらい静かだった銃規制の論議も
同様です。党の政策として銃規制に賛成の民主党も、また共和党内にあって規制論者
であるジュリアーニ候補もこの間、規制強化への言及は避けてきました。そんな中、
今週はバージニアの事件の際に問題になった犯歴や精神疾患の病歴などのデータベー
スを銃の購入に当たっての身元調査の体制とリンクさせる法案が下院を通っています。
ですが、メディアも含めて誰も「銃規制(ガン・コントロール)」という単語は使わ
ないのです。

 この法案に関しては問題になっている「穴(ホール)」をふさぐ法案であるという
言い方で一貫しており、メディアでも議会でもそのような言い方がされています。内
容的には勿論、4月の事件を念頭におけば当然の法的整備なのですが、中身はともか
く呼称として「規制(コントロール)」とは言わない中で、超党派の合意がされたと
いうのが実情です。これもまた、対立エネルギーの消滅の例だと言えるでしょう。

 対外姿勢にも似たようなところがあります。6月5日には、キューバのカストロ首
相の入院後初の会見映像が全世界に流れました。その同じ日にNBCは、メイン・
キャスターのマット・ラウアーをハバナに送り込んで、朝の『トゥディ』ショーで生
中継をしたのです。ブッシュ政権が一貫してキューバを敵視してきたことを考えると、
やはり時代の空気が緩んでいるのを感じます。キューバの場合は、アメリカからの観
光が認められれば、リゾート地として経済的に「離陸」する準備は整っている、そん
な報道の内容もこれまでにはなかったことでした。

 同じ日のNYタイムスは天安門事件の18周年ということで、追悼集会を行った香
港でのロウソク行列の写真が一面を飾っていました。ですが、記事としては扱いは小
さいものでした。アメリカは、人権外交を言わなくなってきている、そんな気配もあ
ります。サミットでの温暖化論議についても、受け身の対応が目立ちました。

 国論を二分するような対立を回避する、そんなムードの中「政治のドラマ」はなか
なか幕が上がりません。やはりイラクの「傷」は深いのでしょう。イラクを争点とし
て、国論を割る中でイラクへの対応が決まってゆくという流れは、もはや消えてし
まっています。対立を避けながら、なし崩し的にイラクの問題を処理する、そうして
「傷が癒え」たその先に、ようやく新しい時代が見えてくる、この夏はそのような過
渡期になりそうです。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
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