★阿修羅♪ > Ψ空耳の丘Ψ49 > 144.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
2007年5月12日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media] No.426 Saturday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
http://ryumurakami.jmm.co.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第302回
「不安定な大気」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 『from 911/USAレポート』第302回
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「不安定な大気」
5月4日の金曜日、アメリカ中部カンザス州のグリーンスバークという町を襲った
竜巻は、大地に巨大なツメ跡を残していきました。幅が約2マイル(3キロ強)長さ
が20マイル(32キロ)という「タッチダウン」の範囲内では地上の建造物はほと
んどが倒壊してしまったのです。観測データによると最大瞬間風速が205マイル時
(秒速91メートル)だというのですが、その数字を見ただけで身の凍る思いがしま
す。
TVの報道では、2トン以上はあると思われる大型のSUVが屋根に乗り上げてい
る映像もあり、これは車が吹き飛ばされたことを物語っています。何かが落ちてきて
車が潰れたのではありません。車が飛んで屋根の上に落ちたのです。カンザス州とい
うと大平原の中心に位置しており、特にこの春先の時期には多くの竜巻に襲われます。
そこで警報システムは完備していて、このときも実際には20分前に全町にサイレン
が鳴り響いて、住民の避難は進んでいたのだと言います。
ですが、やってきた竜巻は余りにも強力でした。故藤田哲也博士の提唱した「藤田
スケール」の改良版6段階(0から5)中では最大の「EF5」というパワーは、地
上の建造物の全てを吹き飛ばしただけでなく、倒壊のエネルギーは地下室の天井を打
ち破り、シェルター内の人々にも襲いかかったのです。結果的に800世帯ほどの町
では、その95%の住宅が倒壊という惨状となりました。死者も10名を数えていま
す。
とにかく今年の冬から春にかけての気候は異常でした。1月一杯は異常な暖冬で、
桜が狂い咲きしていたりしたのですが、2月に入ると極端な低温になり、それが4月
末まで続きました。例えば、4月上旬にクリーブランドなどで豪雪のために野球がで
きなかったり、低温のために野球選手の中に故障者が続出したほどです。こうした低
温は北極からの寒気団が居座ったためなのですが、その寒気は5月になっても上空に
残っています。そこへ5月の日差しが射しますと、大地はどんどん温まり、低層の大
気温は上昇します。
その結果として、下層が暖かく上空は冷たいという大気の「逆転層」が発生します。
地表の暖かい空気は上昇しようとし、冷たい上空の重い空気はこれを押さえつけるよ
うな形になるのです。そうした不安定な「逆転状態」に何らかのきっかけで動きが生
じると、そこに巨大なエネルギーが殺到します。非常に狭い渦を巻きながら、ものす
ごい上昇気流が発生するのです。
このグリーンスバークという町は、開拓時代にできた「人力で堀った巨大井戸」が
今でも観光地になっていたり、その記念館には同時に町に落下したという「巨大いん
石」も展示してあるというのですから、何とも典型的な「大平原の町」です。イメー
ジ的にはスーパーマンが地球にやってきた農場のあるような(あれはイリノイの南部
だということらしいのですが)とにかく平原の町だといえばお分かり頂けるのではな
いかと思います。その平原の町が吹っ飛んでしまったのです。
さて、カンザスの知事はキャサリン・シベリウス女史という民主党のやり手で、早
速現場に入って救援活動の指揮を執りました。そのシベリウス知事によると、ほとん
どの家屋が倒壊したので、瓦礫の撤去が急務なのだが、その進捗がはかばかしくない
のだそうです。その理由として知事は「州としては州兵だけでなく、州の機材である
トラクターやパワーショベルなどをイラクの戦争に徴用されていて本来任務が実行で
きない」のだと毅然として連邦政府に抗議を始めています。報道によれば決して政治
的な印象論ではなく、本当に機材がイラクに持って行かれてしまっていて、例えば非
常用のヘリコプターなどは二台しか残っていなかったのというのです。
このシベリウス知事の発言に対抗するかのように、ブッシュ大統領は9日の水曜日
に急遽現地入りしました。ですが、「私がここにやってきたのは、とにかく人々の心
を奮い立たせるためにできる限りのことをしたい、それだけだ。どんなに暗黒の日で
あっても、前を見れば光は必ずやって来る」という被災地でのスピーチは、現場の人
々の打ちひしがれた状況を踏まえ、ある意味で自分に出来ることは限られている、そ
んな印象のスピーチでした。
考えてみれば、ブッシュの支持率低下は、巨大ハリケーン「カトリーナ」の災害時
に、ルイジアナ州への対応が遅れたのがきっかけでした。911直後には78%を記
録し、その後も50%を越えていた支持率は、それ以来大きく落ち込み、今週の数字
では28%という「危険水域」に入っていたのです。勿論、日本の総理大臣と違って
大統領は簡単には辞められませんが、いわゆる「レイムダック化」はますます進んで
います。そんな中ですから、今回の被災地訪問は支持率挽回や、イラク戦争のために
復興が進まないというシベリウス知事に政治的に対抗するような「積極的な」もので
はなかったようです。ある意味で、最低限の任務を淡々とこなす、そんな「枯れた」
イメージも漂いはじめました。
そのブッシュは、カンザスへ行く直前に共和党の下院議員たちとホワイトハウスで
面会しましたが、そのミーティングも決して楽な内容ではありませんでした。会話の
中身は、ブッシュのカンザス入りの後、水曜から木曜にかけて明らかになったのです
が、共和党の議員たちからも「イラク情勢が好転の兆しを見せないと、いつまでも政
策を無条件で支持するわけにはいかない」と厳しい注文をつけられていたようです。
「9月までに好転しないと、選挙が厳しくなる」そんな生々しい会話もあったそうで、
CNNの報道によれば「相当に荒れた」のだそうです。
そんなわけで、共和党も議会を中心に「イラクからの撤兵」を模索しはじめている
のは事実のようです。また大統領候補たちも例えば先週の共和党の「大統領候補ディ
ベート」でも、イラクに対する増派論であるとか、民主党への批判というのはほとん
ど聞かれませんでした。また、他でもない英国のブレア首相が、エリザベス女王のア
メリカ訪問の成功を見届けるかのように10日の木曜日に辞任を表明しています。本
人はそう言っていませんが、イラクの戦局と、これに対する世論の動向がこの天才政
治家の最後の政治生命にとどめを刺したのは事実でしょう。
では、政局の「乱気流」は一気に「イラクからの撤兵」であるとか「テロとの戦い
の終わり」という「暖気」に包まれるのでしょうか。それは必ずしもそうではないの
です。依然として「テロとの戦い」というムードは残っていて、事件があるとそうし
た雰囲気が表に出てくる、そんな「冷たい空気」はまだ消えていません。
今週は私の住むニュージャージー州で、イスラム教徒のグループによる「テロ」計
画が露見し、6人が逮捕されたというニュースが全米を駆け巡りました。狙われたの
はフォート・ディックスという陸軍のキャンプで、州内最大の軍事基地であるアンド
リュー空軍基地に隣接している小規模の施設です。とにかくそこを襲って機関銃など
でできるだけ多くの陸軍兵士を殺そうと計画を練っていたというのです。
ですが、当初の報道では「ほとんど典型的なテロリスト」であるとか「ポコノ山
(ペンシルベニア州の有名な保養地)で射撃の訓練をしていた」というような「おど
ろおどろしい」イメージが描かれていたのですが、全国ニュースでの扱いが終わって、
ローカル扱いしかされていない続報によると「取り調べてみたら全くのアマチュアの
計画」だったということのようです。
6人中3人は旧ユーゴの出身とされています。またフォートディックスという場所
は、90年代のコソボ戦争の際にアルバニア系の難民を受け入れた際にキャンプ地と
なった場所でもあります。この3人が、その際の難民であったかは明らかにされてい
ませんが、彼らの周囲にはフォートディックスで難民生活を送り、その際に兵士たち
から受けた処遇に対して憎悪を抱いたという可能性はあると思います。
その3人は、ビザのないまま不法滞在を続け、屋根の修理左官の仕事をしていたの
だそうです。そんな中、トルコ系やレバノン系の仲間と知りあい、ネットに流れてい
る「反米ジハードへ決起せよ」というような映像に影響を受けて過激な計画を練りは
じめた、報道ではそういうことになっています。当初の発表では、FBIは「最新の
盗聴システムと、人間を使った内偵捜査の勝利」などと言っていましたが、実際のと
ころはDVDを複製しようと業者に頼んだところ、業者が作業中に内容を見たところ
「アメリカを攻撃せよ」というような「聖戦のメッセージ」が入っていたので驚いて
通報し、そこから足がついたというのですから「テロリスト」としては、お粗末な話
です。
ですが、とりあえず第一報の際には「臨時ニュース」的な大きな扱いで「衝撃」が
伝えられました。ある意味で「テロ戦争」を戦っているとか「本土の防衛」というよ
うなムードはまだまだ消えてないようです。その一方で、捜査が進んで「どうやらア
マチュアのグループ」ということが判明する頃には全国レベルの関心は消えている、
そんなムードもあるのです。いくらアマチュアでも、実際に陸軍の施設への銃撃を計
画したというのなら深刻な事件だという見方もできるのですが、「自分たちの危険は
去った」となるともう関心は薄れてしまうということなのかもしれません。
ただ、永住権を持つ韓国系の学生が銃撃で32人を殺しても「国内の不幸な殺人事
件」とされる一方で、「イスラム系の若者6人がピザ屋に集まって陸軍を襲ったら面
白いだろう」と相談していたというニュースは「恐ろしいテロ計画」になる、それが
2007年春のアメリカの判断基準のようです。
そのバージニアの事件に関しては、ここのところ全く何も報道されなくなりました。
私の予想していた、といいますか期待していた、北部出身の犠牲者の遺族たちが「銃
規制」を訴えるような動きも現時点ではありません。バージニアの事件後も、ミズー
リ州のショッピングモールでの銃撃事件、カリフォルニアでのTVゲームを巡っての
口論から起きた銃撃事件など「銃さえなかったら」と思わせる惨事が続いているので
すが、銃規制は話題にもならないのです。
とにかく「不安な世の中」が続いています。その最中に「護身用の銃を取り上げる」
ようなことを言い出しては、政治的に孤立する、共和党はいざ知らず、民主党内の認
識もそんな姿勢で凝り固まっているようなのです。具体的には南部と中西部の票が気
になるからなのでしょう。民主党にしてみれば、共和党が不人気なために保守票は少
なくとも棄権に回ってくれそうだが、銃規制などを下手に持ち出せば危機感を抱いて
共和党候補へ入れるために投票所に行ってしまう、そんな計算をしているのだと思い
ます。
そんな中、前述したカンザス州のシベリウス知事などは、銃の厳格な規制は不可能
だとしながらも、部分的規制への取り組みを粘り強く続けています。例えばカンザス
州は、全米でも銃規制の緩い州で「拳銃を隠して携行」することが権利として認めら
れているのです。シベリウス知事は「自分は護身用の武装の権利は認める」としなが
らも「ショッピングモールや学校などの公共の場所で、万人に拳銃の携行を認めるよ
うな社会はまともな社会ではない」と主張して、何とか携行禁止を実現しようとして
います。ですが、今のところは州議会が「携行許可法」を期限切れになるたびに全会
一致に近い数字で通してくる、それを知事の拒否権で葬ろうとしても議会が「上書き」
してしまって対抗できない、というようなことの繰り返しになっています。
そんな中で、先週から公開されて記録的な興行収入を上げているという『スパイダ
ーマン3』は、日本でもご覧になった方も多いと思いますが、今回の第三作は前回ま
での「力には責任が伴う」というようなメッセージに加えて「復讐の否定と赦し」が
テーマになっているようです。確かに「復讐の否定と赦し」というニュアンスを大作
映画に加えるというようなことは、少なくとも911以降昨年ぐらいまでは難しかっ
たのではないかと思います。
今回の『スパイダーマン3』では、それがここまで堂々と描かれていて、しかも特に
異論もなく受け入れられているというのは、確かに時代の空気が入れ替わろうとして
いるのでしょう。ただ、映画の作りがややバランスを欠いており、肝心のクライマッ
クスの部分に観客がそれほど「のめり込むこと」ができないのは事実のようです。ま
たある悪役が善玉に替わってしまう脚本は、アメコミのオリジナルからの「スパイダー
マン」のコアのファンには不満という声も聞きました。
とにかく時代は入れ替わろうというエネルギーを溜め込んではいます。巨大な映画
ファンが代弁しているように「復讐の否定」の物語への抵抗感はなくなっている、こ
れ自体が大きな変化であると言うこともできるでしょう。ですが『スパイダーマン3』
のどこか真剣さを欠く演出にもあるように、一足飛びに「復讐の否定と赦し」が主流
の価値にはなるというほど、トレンドは強くはありません。
時代の空気は、例えば「イラク撤兵」については合意事項として固まりつつあるよ
うです。ですが、「テロへの警戒」という雰囲気は、少しでも何かあればぶり返して
くる、そんな中途半端な状況も残っています。ただ、不安定な大気が引き起こす気象
現象とは違って、今回の時代の転換は、それほど大きな渦巻きにはならないような、
私にはそんな気がしてなりません。
一つには、ここへ来て停滞が目立つアメリカ経済の動向があります。住宅販売数の
落ち込み、中古住宅の価格の下落、住宅ローン破綻の増加、更には消費の低迷など景
気動向を示す指標は、決して楽観を許しません。ですが、そのアメリカ経済は大きな
クラッシュには至らない、ある種の「ソフトランディング」ができている、今週現在
ではそんな見方が大勢を占めています。景気の「かじ取り」について、FRBのバー
ナンキ議長の言動が極めて慎重で的を射ているということもあるでしょう。
そんな経済の動向に支えられるように、政界にも「ソフトランディング」的なムー
ドが出てきています。表面的には、イラク戦費を巡る立法と拒否権発動の応酬が続い
ているようですが、水面下では、何となく合意が形成され、ブッシュがイラクから撤
退の道筋をつける、大統領選も何となく実務家同士の争いになってゆく、そんな「ソ
フトランディング」というシナリオも十分にあり得るのです。
また、そこには「内向き」というキーワードも見え隠れします。災害時に必要な機
材をイラクから国内へ戻せというのも正に「内向き」ですし、考えれば今週の大ニュ
ースである、フランスでのサルコジ政権の誕生なども、アメリカではほとんど話題に
なってはいないのです。そういえば、大仕掛けの映画のようでいて『スパイダーマン』
というのもマンハッタン島の狭い世界だけの物語でした。
----------------------------------------------------------------------------
冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media] No.426 Saturday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
----------------------------------------------------------------------------
▲このページのTOPへ HOME > Ψ空耳の丘Ψ49掲示板
フォローアップ: