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JMM [Japan Mail Media]   「キャンパスの惨劇」  冷泉彰彦 
http://www.asyura2.com/07/bd48/msg/525.html
投稿者 愚民党 日時 2007 年 4 月 21 日 19:59:42: ogcGl0q1DMbpk
 

                            2007年4月21日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.423 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』第299回
    「キャンパスの惨劇」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』第299回
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「キャンパスの惨劇」

「今回のバージニア工科大学における乱射事件は、事件の規模から言えば911とは
比べることはできない。だが、逃げ惑う人々の姿、夕暮れにロウソクを灯して涙を流
すグループの光景を見ると、あの時の戦慄が甦るのを感じる」 事件から一夜明けた
時点で、そんな内容の「臨時号」をお届けしようと考えたこともありました。です
が、いつもと違って筆は進みませんでした。

 犯人像をめぐる情報がどんどんとメディアにあふれる中で、益々この事件が自分に
問いかけてくるものの重さに戦慄させられていったからです。在米のアジア系住民と
して、アジア系の在米青少年の親として、大学や高校の教師として、そしてこの時代
に、この社会に生きるものとして、この事件が私に問いかけてくるものは痛切でした。

 このコラムを読んで下さっている方ならお分かりと思いますが、私はこうして「で
す、ます」で語る文体を含めて、とにかく対象に対する適度な距離を置いた報道、論
評を心がけてきました。勿論、911の一周年などどうしても主観的にならざるを得
ないケースもあり、そうした際には例外的に「だ、である」調を使用したこともあり
ます。ですが、今回の事件に関しては、その意味を考えると、どうしてもいつもの冷
静さを取り戻さなくてはならないだろう、そう考えて臨時号をお届けするのは見送り
ました。

 さて、現時点でまずお伝えしなくてはならないのは二点です。まず、一部で懸念さ
れた韓国系を中心としたアジア系への偏見ですが、これはほとんど起きていません。
アジア系への反感を示す言動もなければ、犯人の動機や人物像を探ろうとする膨大な
報道の中にも「韓国系」とか「アジア系」だからという説明はほとんどありません。
もう一点は、銃規制の問題です。国外の報道では、この事件を契機に銃規制の問題が
再燃していると言われていますが、実際は不気味なほど抑えられています。銃規制を
めぐる論議は今週の時点ではほとんど動いていないのです。

 まず、人種偏見が起きていないのはどうしてかを考えてみることにします。理由と
しては色々ありますが、まず(1)犯人がバージニア工科大学(VT)という有名校
の学生であり、それが属性として理解されていること、(2)8歳の時に家族ととも
に移民してきており、永住権を取得しアメリカの公教育システムに従って育ってきて
いること、(3)1999年のコロンバイン高校での乱射事件との類似が明らかで、
アメリカ社会の自分たちの問題という認識があること、(4)アジア系のアメリカ人
がアメリカ社会の重要な構成要素の一つということが既成事実となっていること、と
いう要素が挙げられるでしょう。

 これに加えて、犯人を知る学生達の証言、異常な内容を綴った創作クラスでの作
品、教師からの警告、ストーカー歴や心療内科での受診歴、そして18日の水曜日に
発表されたNBC放送に届けられた「メッセージ」、そうした膨大な情報が既にある
ことから、アメリカの誰もが「何故?」という疑問への答えを探すディスカッション
に参加できる、これが一番大きいのだと思います。

 原因がどうしても理解できない、そもそも犯人の人物像が自分たちの理解を越えて
いるということになれば、犯人を「自分たちアメリカ社会の一員」だとはしないで、
外国人だから、異教徒だから、異文化だから、○○系だから、○○人だから、という
「ひとくくり」の中に位置づけて敵意なり恐怖の対象とするしかなくなります。です
が、今回の事例はそうではないわけで、とにかく「何故?」という疑問に対して何ら
かのことは言える、つまり病気であれ邪悪であれ「アメリカ社会の一員」として理解
が可能なケースだと言えます。

 考えてみれば、80年代の日本バッシング、911後のイスラムへの敵意などは、
問題が海の向こうからやってきたということ以上に、「得体がしれない」とか「理解
しようにも相手に関する情報がない」という中で、人種なり宗教という「ひとくく
り」を敵意の対象とする回路に入っていったのだと思います。ですが、今回は違うよ
うです。

 犯人を韓国人として見るような発言も出てはいます。例えば、18日のMSNBC
朝の番組(アイマスが解雇されたので臨時のニュース番組として編成されているも
の)では、デビッド・グレゴリーが「まあお姉さんが超優秀(プリンストン大学を卒
業して国務省関連の企業に勤務と伝えられています)で、弟はまあまあ(偏差値的発
想で言えば、VTはプリンストンほど入学に際して高成績は要求されません)だった
らいつも比べられていて、例えば国に帰ったら親戚に色々言われたってことはあるん
じゃないですか」ということを言っていました。

 この場合はほんの少し「教育熱心なアジア系は学歴で兄弟を比較しがち」というス
テレオタイプなニュアンスが入っていましたが、そのこと自体が悪いというニュアン
スではなく、むしろ「解説」としてはあり得る範囲の内容でした。また、19日にな
るとネットにあふれた情報として、犯人がNBCに送り付けてきた写真の中に、韓国
映画『オールド・ボーイ』の中の「斧を持ったシーン」や「拳銃を自分の頭に当てて
いるシーン」と同じポーズを取ったものがある、という話題が一斉に流れました。

 ですが、ここでも「韓国人だから韓国映画に影響された」という解説は全くなく、
「全米の学生たちの間でカルト的な人気のある映画」という言い方で紹介されていた
のです。その表現に関しても、韓国人の感情に配慮してというニュアンスはなく、全
く自然なものでした。また報道の流れとしてはコロンバインの犯人二人を神格化して
いるというエピソードと並列で、アメリカの「社会の中」での現象という文脈にブレ
はないのです。

 その一方で、肝心の銃規制に関する議論は20日の金曜日時点では完全に止まって
います。バージニアの現場でも、全国レベルでも「銃の野放しが問題」という議論は
真剣にはされていません。勿論、東北部を中心とした銃規制に賛成の地区では、今度
の事件を契機に「今度こそ本格的な銃規制を」という思いは多くの人が抱いていると
思います。私の子供の通っている高校(ニュージャージー州)でも、例えば18日の
水曜日に野球部の試合観戦にきた親たちは皆、相当感情的に「誰でも銃が買えるとい
うのはクレージー」と怒っていました。

 では、どうして銃規制の議論が起こらないのでしょう。まず「今度という今度は銃
規制反対派(銃保持賛成派)は危機感を抱いている」ということがあると思います。
例えば事件の翌日のFOXニュースでは、カンザス州の「銃規制反対派の大学教授」
を呼んで「とにかくバージニア大学がキャンパスでの銃規制をしたのが問題なんで
す。学生が武装していれば32人も殺される前に犯人を射殺できた」という、アメリ
カの外では絶対に通用することのないような意見が堂々と繰り広げられていました。

 実はこの番組のホストは、ゴリゴリの右派キャスターのビル・オライリーだったの
ですが、彼自身は表情や仕草などからすると「ホンネは銃規制」のようなのですが、
ただひたすら「学生が武装していれば・・・」という暴論を聞くだけだったのです。
これに対しては、民主党を中心とした銃規制派はほとんど沈黙したままです。僅かな
例として18日の水曜日には、芸能コメンテーター的な位置づけになってきている女
優のロジー・オドネルが「銃を野放しにしたブッシュが悪い」という発言をしている
のですが、同じFOXニュースの番組では「悲劇の政治利用」だとして、袋だたきに
あっています。

 ロジーを批判したのは、オライリー同様に有名な右派のキャスター、ショーン・ハ
ニティでしたが、その論理がメチャクチャなのです。「銃を規制したって変な奴がど
こかからか銃を調達してくるのは防げないんです。だって、世界一銃規制の進んでい
る日本でも同じ日に長崎市長が狙撃されたじゃないですか・・・」何とも強引なレト
リックで、日本社会の安全を維持する努力をバカにしたとしか言いようがありませ
ん。安倍首相は来週の訪米時にFOXへの抗議をすべきだと思いますが、それはとも
かく、保守的なFOXでは「銃規制論議への反対」が言いたい放題な一方で、中道よ
りの各局では規制論は抑えられたままなのです。

 この流れを作った一つのきっかけは、17日午後のVTにおける追悼式前後の知事
発言でしょう。バージニア州のティム・ケイン知事は、事件当日は東京に出張してい
たのですが、即座に取って返して追悼式に出席するだけでなく、積極的な陣頭指揮を
行っています。ちなみに追悼式における知事のスピーチは見事なものでした。ショッ
クに打ち沈む学生たちへの激励という一点に絞った効果的な内容で、その後のブッシ
ュ大統領のスピーチを完全に吹き飛ばしてしまっていました。

「私はアジアの旅先で深夜に電話で叩き起こされてTVを見て以来、空港へ向かう途
中でも、空港でもずっとTVニュースを追いかけ続けていました。思ったことはただ
一つ、ああこんな暗黒の日にあってもVTの若い諸君は頑張っているな、頑張ってい
るな、頑張っているな、ただそれだけの思いを抱いて、この地へひたすら舞い戻って
きたのです」

 という調子です。犠牲者の友人や家族を含む一万人以上の前で「とにかくあなた達
のために私は帰ってきた」と両手を広げ胸を張って呼びかけるのですから、これは利
きました。スピーチの中では旧約聖書をキリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖典だ
とした上で、その中には悲劇に際しては人間が怒ることも許されると書かれていると
し、「この悲劇をあなた方が受け入れるプロセスで、怒りの感情が湧いてくるのも私
は自然だと思います」と述べています。

 とにかくケイン知事は、激しく揺れるバージニア州の世論を「オレがまとめるん
だ」という大変な意気込みなのですが、「まとめる」ということは同時に「世論の分
裂は許さない」ということにもなるわけで、民主党の知事(州の官僚からの叩き上げ
ですが)であるにも関わらず銃規制論議を封印すべきだと言っているのです。「犠牲
者の家族が衝撃から立ち直っていない現時点で、事件を政治的に利用することは避け
るべき」というのが理由なのですが、このケイン発言が大きな影響を与えているとい
うのは否定できません。

 銃賛成派の心理を考えると、911にしてもそうですが、今回の事件にしても「周
囲に危険がある」という状況で銃規制の議論を進めることには大変な困難が伴うのだ
という事情も否定できません。私は、銃は犯罪の手段として犯罪の凶悪化を招くだけ
ではなく、自己肯定感を失った人間に全能感を与えて犯罪へと駆り立てるものだ、今
回の事件からはそうした教訓を読み取るべきだと考えていますが、状況はなかなか難
しいのです。

 例えば、ここニュージャージーなど銃規制の厳しい州の人間からみれば「18歳の
合法的居住者ならIDを見せただけで銃が買える」というのは信じがたいし、まして
「犯歴やメンタルな病歴のある人間」でも合法的に買えるというのは想像を絶するの
です。ですが、銃賛成派の発想は違います。彼等は良く言われるように「全米ライフ
ル協会の影響下」にあるから銃に賛成しているのではないのです。銃がないと怖い、
ただその一点なのです。ですから「多少の犯歴や精神病歴があるぐらいで、護身の権
利が侵されては大変」という発想が出てくるのです。イデオロギー以前の、身体に染
みついた感覚という点で賛否両派は完全に引き裂かれていると言って良いでしょう。

 ただ私は来週ぐらいからは、銃規制論議が色々な形で動き始めると思います。その
場合はもしかすると、民主党の中では「内輪もめ」が起きるかもしれません。例えば、
昨年の中間選挙では性的なスキャンダルに揺れた共和党を見放した中西部の保守票を
「少なくとも棄権させ、共和党に票を戻さない」戦術の一つとして、民主党は「銃規
制」をほとんど一言も言いませんでした。911以降の「殺気」がゼロに戻っていな
い以上、世論の心理を考えると得策ではないと考えたからです。

 もしかすると、この点でオバマ候補あたりがヒラリー・クリントン候補へのバッシ
ングを始めるかもしれません。「銃規制を棚上げにした」責任は「右傾化しすぎたヒ
ラリー」にあり、という論法は可能だからです。一方で、共和党の中にあって銃規制
派と思われているジュリアーニ候補は今回の事件を契機に勢いが出る可能性がありま
す。そのジュリアーニ候補は、バージニアでの事件を横目に、オクラホマシティーで
の極右白人青年による連邦政府ビル爆破事件12周年の追悼祭に出席しており「国内
の極右を許さない」という姿勢を銃規制にそっと重ねて見せることで、自分の中道ポ
ジションをアピールしようという深謀遠慮が見えます。

 そんなわけで、現時点では銃規制の問題を「犯人」にはできないムードがあり、そ
のために「メンタルな問題」を抱えた犯人の「病歴ファイル」と、授業の際に異常な
作文や脚本を提出したという「教育上の情報ファイル」、そして二度のストーカー行
為などの「犯歴ファイル」の三者をうまく結びつけて「危険性」を把握できなかった
大学当局への批判が出てきています。

 勿論、この問題については「プライバシー保護」という概念がカギとなっているの
ですが、VTの場合、大学が特にリベラルなので、あるいは教員や職員がリベラルな
ので政治的な理由で「プライバシー保護」に走って危険な兆候を見逃したのでしょう
か。勿論、そうした側面はあるのですが、大学としてはこの問題は安易に「すみませ
ん」とは言えないのです。

 というのは、この問題はVT、いや全米の大学にとって「自治」を守れるかどうか
の厳しい問題だからです。万が一、大学の自治体制が世論からの支持を失うようなこ
とがあり、その結果として例えば学生のプライバシー情報をFBIのファイルなどの
政府側の組織に渡さなくてはならないようなことになれば、アメリカの大学が200
年以上も守ってきた「大学の自治」が崩れる危険があるのです。

 アメリカの大学の自治というのは徹底していて、各大学には自治警察があって公権
力は要請がない限り入れない仕組みがあるのです。また学生の権利、教員の権利など
も強く守られています。経済的にも、連邦政府など公権力からの予算上の補助は一切
受け取っておらず(個別の共同プロジェクトは除く)、学費収入と寄付金だけで独立
採算を守っている、それも大学の誇りとなっています。

 ですから、今回の事件については、大学の自治権を信用してもらえる範囲で、再発
防止を含めた信頼回復をしていかなくてはならない、VTに取っては非常に厳しいプ
ロセスを踏んでいかなくてはならないということもあるのです。例えばケイン知事の
「銃規制論争の棚上げ」提案は、その見地から見れば「VTがキャンパスの銃規制を
行っていたこと」への批判も封じて大学の立場を側面から援護しようというという計
算もあるのかもしれません。

 いすれにしても、今は遺族たちからどんな声が出てくるのかを社会は待っていると
いうことが言えるでしょう。一旦公開された犯人の「声明ビデオ」が遺族からの強い
抗議でTVでの放映が自粛されたというのが良い例で、今後は遺族からのコメントが
大きく社会に影響力を与えると思います。州警察などは、水曜日の時点では、犯人の
「声明ビデオ」がNBCから捜査当局に提供されたことを「感謝する」と言っておき
ながら、遺族の反発に乗っかる形で翌日には「放映されたことは遺憾」などとコロコ
ロと発言を変える始末です。

 この点では州警察を責めるというよりも、関係者がそれだけ遺族の反応にナーバス
になっているという理解をすべきなのでしょう。20日の金曜日になると、TVでは
この事件に関する報道はめっきり減りましたが、それは時間が経過したせいというよ
りも、遺族のリアクションや世論の動向を恐れたからのように見えます。これから
は、さしあたって大学の体制と遺族が一枚岩を保てるか、その遺族たちから銃規制の
声が上がってゆくか、が注目点になります。犠牲者の中には東北部出身の学生も多い
ことから、その親たちの中から徹底した銃規制論が出てくる可能性は相当に強いと思
います。

 今回の事件をアメリカ社会がどう受け止めているかについては、今週はこのぐらい
にしておきますが、最後に犯人をここまでの凶行へと駆り立てたアメリカの教育制度
に関して申し上げておかないわけには行きません。何度かこの欄でもお話しています
が、大学入試の選考基準が象徴しているようにアメリカの中等高等教育の方針は能力
として「学問、スポーツ、コミュニケーション」の三点を全て要求するようにできて
います。

 私はこの考え方は正しいと思います。有為な人材の輩出という点において、日本の
制度では質量ともにアメリカに全くかなわないとも思っています。ですが、この理想
とも言える制度にも欠陥があるのです。それは「学問、スポーツ、コミュニケーショ
ン」のどれにも自信が持てないようだと、その人間は絶望的に孤立するしかなく、そ
の結果として自己肯定感が叩きのめされてしまうのです。その点で、今回の事件はコ
ロンバインと全く同じ構図だと言えるでしょう。

 凶行の内容を考えると、犯人には同情の余地は全くありません。ですが、サイバー
ネットワークからも隔絶されていて、名前をグーグルで検索しても最初は何も出てこ
なかったとか「フェイスブック」などいわゆるSNS(ネット上の社交空間)にも全
く存在していなかった、というようなニュースを見ると胸が潰れる思いがします。

 またアジア系という偏見は出ていないということの裏返しになりますが、犯人自身
がアジア系のコミュニティーからも孤立していたことも伺えます。VTの韓国人学生
協会に参加していなかったというだけでなく、例えば、犯行声明のビデオの中でキリ
スト教への憎悪を口にしていますが、それは恐らくアメリカのキリスト教社会だけで
なく、キリスト教の影響力の強い在米韓国系の社会からも孤立していたことを示して
いるようにも思えるのです。

 その一方で、友人たちの証言による「決してアイコンタクトをしない」という行動
は伝統的な儒教圏の「人と目を合わせるのは失礼」という文化に影響を受けていると
思われますし、問題のビデオ声明での肉声も、子音が弱く母音の強いアクセントは、
アジア系の英語そのものです。浅薄な言い方はしたくありませんが、アジアとアメリ
カの文化の間で居場所を見つけられず、かといって孤立に耐えられる強靱さは持って
いなかったであろう犯人の姿は私にはどうしようもなく気になります。

 韓国の新聞社系のHPなどによりますと、犯人の一家は92年に移民してきたそう
で、両親はクリーニング店を営んでいたのだと言います。クリーニング店を経営する
韓国系の人というのは、全米で非常に多く、私もいつも大変にお世話になっていま
す。韓国系の店は約束を守ること、仕事が丁寧なことで信用があるのです。大変な思
いをして働きながら、子供には高い教育を受けさせる、中国系も日系も韓国系もみん
なそんな家族のドラマを生きてきている、その典型的な例だと言えるでしょう。

 そんなアジア系の家庭はどうして子供の教育に成功するのかというと、そこには一
種のハングリー精神があり「怠けたら豊かになれない」という、ともすればネガティ
ブなプレッシャーもかけながら「基礎訓練の反復」を子供に強制するからです。それ
はそれで親に取っては巨大な愛情なのですが、豊かさに取り囲まれて孤立したり、本
人に成功体験が乏しかったりすると、そのプレッシャーが子供の自己肯定感を損なう
危険も出てきます。在米コミュニティだけでなく、本国の教育も含めて今回の問題は
アジア的な教育のアプローチに難しい課題を突きつけたとも言えるのでしょう。

 一方で、教師の立場からすると、教え子を思う気持というのは、時に筆舌に尽くし
がたいものがあるのです。私の経験ですと、大学に出講すると、クラスに必ず一人か
二人軍籍のある学生がいるのは普通でした。そんな状況の中で、イラク戦争が始まっ
たときに、もしも教え子が命を落としたら、というようなことを想像して慄然とした
ことを覚えています。いつもはこんな「です、ます」調で戦争を醒めた目で論評して
いる私ですが、教え子が死んだりでもしたら理性を失うかもしれない、そんなことを
思ったのも事実です。VTで起きたことは、そうした悲劇、しかも押しつぶされそう
なぐらい大きな悲劇なのだと思います。犠牲者32人というのは途方もない数字です。

 そんな中、イラクでは毎日のように爆弾が仕掛けられて百人単位の犠牲者が出てい
ます。ですが、アメリカの世論はVTの事件で精一杯であって、イラクのことなど忘
れてしまっています。社会の中に重たい病を抱えながら、アメリカは自分の中に閉じ
こもっているのです。この「内向き」という指向性は最近のアメリカに特に強く見ら
れる傾向であり、今回の惨劇によってますますその傾向は強くなるでしょう。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media]                No.423 Saturday Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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