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2007年4月7日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.421 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第297回
「戦時の外交、平時の外交」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第297回
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「戦時の外交、平時の外交」
安倍首相の訪米を控えて、対北朝鮮外交の問題、従軍慰安婦問題、牛肉輸入拡大の
問題、イラク特措法の問題、集団自衛権の問題と日米関係には難問が山積しているよ
うに見えます。ワシントンからも東京からも遠い、ここニュージャージーから見てい
ますと、日本の首相官邸も、アメリカの議会もホワイトハウスも、そして両国のメ
ディアも日米の間に横たわる問題を前に右往左往しているようです。
例えば、安倍政権周辺としては「慰安婦」で低姿勢に出れば「拉致」への同調をし
てもらえるのだろうか、とか、それでは足りないから牛肉で妥協しようか、それでも
足りないのなら特措法を「手土産」にしたいが、慌てて通せば補選で負けるので、集
団自衛権の解釈改憲なら行けるだろう、という具合で、まるで点数のクーポンを集め
れば「おまけ」がもらえるかのような狼狽ぶりに見えます。
一方のアメリカでは、世論のレベルでの動揺は起きてはいません。ですが、メディ
アの間では安倍首相の就任前の言動などが明らかになるにつれて、「ここまで右だっ
たのか」という驚きを伴った報道が広がっています。更に外交ルートなどから入って
くる「河野談話は堅持」というメッセージと「狭義の強制はなかった」という発言の
「ダブルスタンダード性」が問題になってきています。
それは発言にホンネと建前の使い分けがあるから疑わしいだけではないのです。靖
国参拝の場合は合祀問題を除けば「戦没者の追悼行為」として国際的な常識に照せば
理解の範囲なのですが、慰安婦の「狭義の強制はなし」という発言が「国家の誇り」
を背負って出てくるというのは理解を越えているのです。それは自分たちが「絶対悪」
だと思っている「売春の強制」を安倍政権は「必要悪」だと思っているのではないか
という疑念、更には世界から消滅したはずの「旧枢軸国の歴史的正当性」の復権を
狙っているのではないかという驚きにつながってゆくから思います。
時代の流れの中で純然たる非武装中立論というのは非現実的になってしまいました
が、旧枢軸国の名誉が回復できるというのも同じぐらい現実離れしたファンタジーな
のです。理由は簡単で、人類は第二次大戦を「最後の世界戦争」にすると決意して国
連を作ってお互いの生存を保証しているのであり、その限りにおいては旧枢軸国の歴
史的正当性が認められることは政治的にはあり得ないからです。
勿論、まだまだ臨界点は先です。現時点での日米の二国間には全く何の心配もあり
ません。今週トヨタはNYの見本市でレクサスの大型SUVを発表して大きな話題に
なっていますし、松坂大輔投手の初先発初勝利を見たアメリカ球界全体は「ダイスケ
伝説の始まり」などと大変な盛り上がりを見せています。政治と民間は別ということ
もありますが、とにかく日米の民間ベースの交流は濃厚で健全なものであり、そこに
は何の動揺もないのです。
ですが、両国の政府がこのような形で「行き違い」を起こすというのは近年ではな
かったことです。相互不信が生ずる臨界点はまだ先だと申し上げましたが、今のうち
に何とかしなくてはならないのは明らかです。ではどうしてこうなってしまったので
しょう。たまたま中国系のロビイング活動が成功して「慰安婦問題謝罪決議」が上
がってしまったからいけないのでしょうか。あるいは安倍首相が決議の動きを無視す
る代わりに半端な対応をしてしまったからなのでしょうか。実は問題はそんなことで
はないのだと思います。
それはアメリカが「戦時の外交」から「平時の外交」に戻ろうともがいている、そ
の苦しみを日本政府が全く理解していないということに尽きると思います。2001
年から2006年まで「小泉=ブッシュ」の「蜜月」の時期が続きましたが、それは
「戦時」という異常事態の中で進行した関係でした。アフガン戦争、そしてイラク戦
争を戦ったアメリカは内政においても外交においても「戦時」の姿勢を貫いていたか
らです。その意味するところはハッキリしています。それは、戦時の内政が国民の団
結を要求する一方で、戦時の外交というのは敵味方を厳格に区分けする性格を持つと
いうことです。
どうしてかというと、戦時においては国家というのは必死になるからです。それは、
勝敗に必死になり、自国兵士の犠牲に慟哭し、相手側の兵員の犠牲を戦果だと喜ぶ、
そんな殺気に満ちた状態になるからです。また相手の一般市民を殺傷したニュースは
否定したがりますし、何よりも国際世論から非難されないかを気にかける、そんな必
死さも見せることになります。国内の経済は戦費負担によって影響を受けますし、国
内の社会も戦争への賛否に分裂するなど動揺が起きます。
そのような必死さは、外交においては非常に単純な二分法となって現れます。自国
がこんなに大変な思いをしているのに、その戦争に反対する国があるとしたら、その
国の印象はまるで敵国のようになるのです。例えば、イラク開戦に反対したフランス
のことを当時のアメリカの保守層が憎んだのは記憶に新しいところです。それは「フ
レンチフライ(フライドポテト)」のことを「フリーダムフライ」などと言い換えた
り滑稽な形で現れましたが、激高した本人たちは真剣だったのです。当時のラムズ
フェルド国防長官が、ヨーロッパを歴訪して「古い欧州(独仏など)」はダメだと演
説したこともありました。
そんな中、小泉前首相は911の直後にNYに入って追悼よりも怒りを強調してみ
せ、対テロの特措法を通過させてアフガン空爆の後方支援をやり、更にはイラクでの
航空輸送とムサンナ県でのインフラ復興の支援のために自衛隊を派遣しました。ブッ
シュ政権には、これは非常に好意的なメッセージとして伝わったのは当然です。です
が、それは小泉政権の判断が果敢であったからではありません。あくまで「戦時」の
殺気にとらわれたアメリカであったからこそ、歓迎し、感謝をしたのです。
ですが、こうした「ブッシュ=小泉蜜月」はあくまで時間を限っての一時的なもの
であったと言わざるを得ません。アメリカは今、いや世界の各国は皆、必死になって
「戦時」から「平時」への転換を行っています。アメリカについて言えば、そのター
ニングポイントはもう通り越してしまったと言って良いでしょう。今は「これからの
新時代はどのような平時にするべきか」が議論されているのです。
例えば民主党の大統領候補のバラク・オバマが1月から3月の3ヶ月間に総額25
ミリオン(約30億円、ライバルのヒラリーは同時期に26ミリオン)という巨額の
政治献金を集めたのは、彼が最も「左」でブッシュの「アンチ」として格好が良いか
らではないのです。寛容、和解、多様なものの共存といったオバマの思想に新しい
「平時」への展望が感じられるからに他なりません。逆に、ブッシュ路線の継承を言
明しているジョン・マケイン候補などは共和党内での資金獲得レースで3位に後退し
てしまっています。
この欄で何度もお伝えしたようにテロ抑止の切り札だとされた「愛国法」が、濫用
されることによって権力の腐敗が起こる、こうした動きにもメスが入り続けています
が、これも同じことです。そう言うと、要するに振り子が右から左に戻っているだけ
で、政争の力関係が変わっただけではないか、そのような印象を生むかもしれません。
ですが、「戦時」と「平時」の差というのは、「右」と「左」の差ということとは少
し違うのです。
それは先ほどお話した殺気であるとか、必死さというムードが消えるという点です。
そして「平時」という時代には、冷静さと多様性が戻ってくるのです。その冷静な視
線は、様々な形で「戦時」に起きたことを反省し、検証するような政治的行動になっ
て現れます。愛国法の問題もそうですが、グアンタナモでの捕虜収容の問題、アグブ
レイブ刑務所での虐待問題、更には膨大な傷病帰還兵の問題など、これまでは「戦時」
ということで押さえつけていた問題が更に一層噴出して来るでしょう。とりわけ今回
は「負けいくさ」という性格が濃く、責任の追求というプロセスも避けられません。
戦時から平時への転換は、勿論、実際の戦闘を終わらせるような動きとしても現れ
ます。現在、上下両院はホワイトハウスに対して、イラク戦費のカットを突きつけて
強引に撤兵のスケジュールを引かせようとしています。ブッシュは従来通り「増派が
進行中の現時点で軍費をカットすれば、装備不足や弾薬不足を引き起こし、前線兵士
を危険に晒す」として強硬に反対しています。これに対して「では増派を止めて、撤
兵すれば良いではないか。そうすれば前線兵士を危険に晒すこともない」と押し返す
ことは、これまではできませんでした。ですが、今はもしかすると大統領が折れる可
能性もある、そんな雰囲気が漂っています。
今回の「戦費カット」論争で大統領が妥協すれば、その瞬間にイラクの撤兵という
スケジュールが現実味を帯びてきます。アメリカは本当の意味での平時へとどんどん
動いていくことになるでしょう。私はアメリカが撤兵することで、イラクの政治体制
は急速に安定へ向かうのではないかと見ています。アメリカの意を受けた政治勢力は
失脚するかもしれませんが、逆に「アメリカを追い出した」と称する勢力が政治的な
正当性を握ることで社会の混乱は魔法のように消えてなくなる、そんな見通しを持っ
ています。
アメリカが撤退するということは、そのような意味を持つのであり、他ならぬアメ
リカ自体がそのことを理解しつつあるのではないでしょうか。世論の表層には現れて
はいませんが、他ならぬ「隠密外交」の巨匠、ヘンリー・キッシンジャー博士が暗躍
しているところを見ると、ベトナム撤退へ向けたパリ協定などと似たような工作が進
んでいると見るべきでしょう。
北朝鮮の問題も同じです。アメリカはイラクが大変で、とても二正面作戦は取れな
いから話し合いに転じたのではありません。既に「平時の外交」への転換という流れ
ができていて、核廃棄への直接対話にしても、金融制裁の慎重な解除にしても、その
帰結なのです。アメリカは拉致問題を軽視しているのではないし、北朝鮮の独裁体制
を認めたわけでもありません。ですが、全体として「平時の外交」を必死になって組
み立てているということは間違いないのです。
今週は、野党側の動きではありますが、ペロシ下院議長が様々な批判を受けながら
もシリアとイスラエルを訪問して、イラク周辺国の和平環境作りを模索しています。
またリチャードソン元国連大使(大統領候補でもあり、また現職のニューメキシコ知
事)は北朝鮮を訪問するのです。こうした動きは国境を越えた党利党略に見えるかも
しれませんが、そんな斜に構えた見方をするよりも、アメリカ全体としては役割を分
担しながら平時体制への模索を続けていると見るのが正当でしょう。
そんな中、日本の政府はまるでアメリカが戦時体制を続けているかのような思い込
みから抜けられずにいるように見えます。アメリカが今でも敵味方を単純に区分けし
ていてくれて、自分が味方のほうであれば自分の言い分を聞いてくれる、あるいはイ
ラクへの自衛隊派遣への謝意を持ってくれている、そう信じている、そんな印象だと
も言えます。
自衛隊といえば、雑誌に載っていた自衛隊幹部の発言の中に「今回のイラク派遣任
務は、もしも犠牲が出れば世論の反対が起きるので、99%の成功ではなく100%
の成功が必要だった」として、その結果を「完全試合」だと言うような表現がありま
した。私はこれは正直な感想だと思いますが、同時に違和感も感じざるを得ませんで
した。
同じ同盟国のアメリカが膨大な血を流し、更に膨大な殺戮の責任を負っているから、
一方でのこの発言がダメだというのではありません。ましてアメリカと同じように自
衛隊が危険を冒して血を流すべきだとも思いません。ですが、既に平和を模索し、そ
の模索の中で自国の戦争政策自体の反省に入っているアメリカは、自衛隊にはこれ以
上の感謝はしないだろうと思います。何よりもイラクで起きたことの全体像は、有志
連合トータルとして見れば負け試合なのです。それは仕方のないことであり、受け入
れなくてはならないものなのですが、どうやら日本政府にはそうした冷静な認識はな
いようです。完全試合という無邪気な表現がそれを物語っています。
小泉政治の手法の中には「アメリカが苦境にあるとき、世界から非難されている時
に支持すれば感謝されるだろう」という計算があったのは明らかでしょう。その時に
は成り立つ計算ではあっても、アメリカが敗北を認めてゆくプロセスでは、そうした
心理的効果はゼロになる、安倍政権はそれに気づくべきなのです。気づかないのであ
れば、日米の政府間のズレはどんどん広がるでしょう。
この齟齬は大きなものがあります。そのズレの空隙の間から、歴史認識や価値観の
問題が顔を見せてしまっている、それが現在の政府間関係の異常事態の本質だと思い
ます。戦時の外交に比べて、平時の外交は実に手間がかかります。個別の問題に関し
て落とし所を実務的に探さなくてはならないこと、トップ同士だけではなくお互いの
世論や野党も納得させる必要があること、そうした点は、戦時の外交から180度の
発想の転換を迫ってくるのです。味方だから、有志連合だから、同盟だからと無条件
に「好意」が得られる時代ではないのです。
それだけではありません。これからの「ポスト・ブッシュ」の時代をどう切り開い
てゆくのか、次の10年のビジョンも問われているのだと言えます。政権担当への意
欲をむき出しにして世論との対話を進めるアメリカの大統領候補たち、「調和」をキ
ーワードに内政外交の見直しを図ろうとしている中国の温家宝路線、イランのプロパ
ガンダに利用されたにしても人質兵士の帰還を喜ぶ中で次の時代を模索している英国、
それぞれが時代の変化を前に見せている一生懸命さは明らかです。
そのような一生懸命さと比べて、負けないような真剣さ、今回の安倍訪米の成否は、
そんな真剣さをアメリカの政府、与野党、世論に対して見せられるかが問われている
のだと思います。「ダブルスタンダード」が通用しないのは、それでは一生懸命さは
全く伝わらないからです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】 村上龍
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