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2007年3月24日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.419 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from ９１１/ＵＳＡレポート』第２９５回
「政局の乱気流」
■ 冷泉彰彦 ：作家（米国ニュージャージー州在住）
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■ 『from ９１１/ＵＳＡレポート』第２９５回
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「政局の乱気流」
２００１年の９１１直後には８７％という驚異的な支持率を示したブッシュ政権は、
その後じわじわと支持率を下げており、昨年の中間選挙結果を受けて上下両院ともに
民主党が多数を占める議会からは大きなプレッシャーを受けるようになっています。
そんな中、ブッシュ政権の中には大きな変化が表れてきています。
この欄でもお話したように軍事外交に変化が出てきている一方で、内政問題でも大
きな流れの変わり目、つまり９１１以降のブッシュの政治手法の行き詰まりが起きて
いるようです。その中で、今週話題になっているのは「連邦検事の一方的罷免問題」
です。昨年２００６年暮れから、今年のはじめにかけてブッシュ政権が８名の連邦検
事を罷免（正確には辞職を強要）したのですが、これが政治的で不純なものだとして
議会民主党（と一部共和党）が猛反発しているのです。
さて連邦判事というのは、日本で言えば地検の検事正のようなもので全米を９３地
区に分けて、それぞれの区域で連邦法に基づく検察官として活動するのが仕事です。
そのトップは司法省のトップである司法長官ですが、日本のように法務大臣は政治任
命、検事総長は独立というシステムではなく、この二人の役割を兼ねていると言って
も良いのでしょう。というと上から下まで検察は政権と一体という風に聞こえます。
ところがそうではないのです。日本の場合は法相と検事総長の間に「垣根」があっ
て、仮に法相が介入しようとしても「指揮権発動」という例外的な形を取る、つまり
法相の権力は中央のところで限定されています。その代わり、検事総長以下は「同一
体」といって検察という厳格な一枚岩の組織になっています。アメリカの場合は、法
相と検事総長が同一人物である代わりに、各地の連邦検事の独立性が高くなっていま
す。それは連邦検事の任命には議会の承認が必要だからです。
では、どうしてブッシュ政権は民主党が議会を押さえるのと同時に、慌ただしく８
名の連邦検事をクビにしたのでしょうか。そこには「愛国法」の問題があります。９
１１のテロ以降、テロリストの取り締まりとテロの防止のために人権を棚上げにして、
治安維持活動を強化する一連の措置が取られました。合衆国憲法の規定する基本的人
権とのコンフリクトといった懸念から反対の声も大きく、特に９１１後の第一次時限
立法の期限が切れた後の延長については議論がありました。ですが、弱体であった当
時の議会民主党は押し切られた形になっています。
この「愛国法」ですが、捜査令状なき盗聴の容認であるとか、国境警備、不審者・
不審物への捜査権限などの「テロ関連」の条文に加えて、連邦検事の任命に関する特
例措置が盛り込まれていたのです。それは、連邦検事が欠けたときは、大統領が暫定
検事を任命できるが、速やかに議会承認がされない場合は「その大統領の任期一杯」
暫定検事が職務を全うできるというものです。従来の法律では、暫定任命の日から１
２０日以内に議会承認を受けなくてはならないのですが、それを大幅に延長している
のです。
この条項が盛り込まれた背景には「テロリストを起訴することは緊急案件であって、
万が一にも連邦検事が欠けて訴追が遅れてはいけない」というロジックがあり、「テ
ロ対策」と結びつけて大統領の権限を強化したと言えるのでしょう。また９１１以降
の「テロへの警戒」が続いていた時点では、議会共和党を中心に、これは現実策だと
思われていたのです。
ところが、今回の疑惑は、この８名の解雇が政治的陰謀ではないか、というのです
から大変です。疑惑の中心人物は、カール・ローブ（大統領補佐官）、ハリー・マイ
ヤース（ブッシュ大統領の元法律顧問）で、このブッシュの側近中の側近が陰謀を巡
らせたというのです。その陰謀とは「全国の連邦検事についての勤務評定を行い、特
に共和党系議員の汚職を摘発したり、民主党系の議員に甘かったりしないかをポイン
トで評価した」というもので「その結果、一旦９３名の連邦検事を全員解雇して『優
秀な』人物だけを再任しよう」というようなアイディアが検討されていたのだと言い
ます。
一連の問題は、ゴンザレス司法長官の側近（既に辞任）のＥメールから明るみに出
ました。９３人の全員解雇というようなことは実行されませんでしたが、この「謀議」
が８名の唐突な解雇に結びついたとして、議会民主党は（一部共和党議員も含めて）
激怒しています。尚、この３月２０日には議会上院は圧倒的多数で「愛国法」のこの
部分を削除する案を可決しています。
さて怒った議会は、ローブ補佐官以下関係者の「宣誓証言」をホワイトハウスに対
して求めたのですが、これに対しては「証言には応じるが、秘密会で宣誓はなし、記
録もなし、議事進行はホワイトハウスが決定」という条件を出してきました。元来が
怪しいＥメールのコピーが流出しただけであり、そんな材料でホワイトハウス内部の
私的会話まで「真実を全て、真実だけを」証言させられてはかなわないというのです。
ですが、これでは議会の怒りは収まりません。上下両院ともに「召喚（subpoenas）
」へ向けて動いており、実際に上院では２２日の木曜日に召喚決議が通っています。
ということで、議会とホワイトハウスは正面衝突という雲行きになってきました。中
には「そんな政争はともかく、イラクについて徹底した議論をする方が重要」（例え
ばＮＢＣのティム・ラサート）というような意見もあるのですが、もうこうなっては
収まりようがありません。民主共和を問わず、有力議員が毎日交替でゴンザレス司法
長官に辞任を要求するという場面も続いていますが、長官は黙殺の構えを崩していま
せん。
では、どうしてブッシュ政権は、そんなウルトラＣを使ってまでリベラル派の検事
を排除したかったのでしょうか。そこには恐らく問題の「ＣＩＡ秘密工作員身元漏洩
事件」が大きく影響しているのだと思います。チェイニー副大統領のリビー元首席補
佐官を執拗に追求して、有罪判決に追いつめたパトリック・フィッツジェラルドとい
う人物は、ワシントンＤＣ地区の連邦検事です。その検事の厳しい追求と、ターゲッ
トをリビーに絞り込んで来た巧妙な手法に、ホワイトハウスが危機感を抱いた可能性
は濃厚です。
今回のトラブルのカギを握っていると言われている元大統領法律顧問のマイヤース
女史について言えば、ブッシュ大統領が一旦は「最高裁判事候補」に推したものの、
議会承認のメドが立たずに断念した経緯のある人物です。最高裁判事候補になった時
点では「判事としての経験がなさ過ぎる」という理由で、民主共和両党の議会筋から
強く反対されたものでしたが、今回の問題を重ね合わせて見ると、あの時点でも議会
側は「ブッシュに近過ぎる女性」として警戒していたのでしょう。
では、どうして与党のはずの共和党議員の中からも「ゴンザレス司法省」への追求
が始まっているのでしょうか。それは何よりも選挙を意識してのことだと思います。
以前にもこの欄でお話ししたように、２００８年の総選挙で改選となる上院議員は３
３人ですが、その中で２１人を占める共和党議員は２００２年の「９１１の風」に
乗って当選しています。この２１という数字が「勝ちすぎ」であるというのは明らか
で、つまり相当の現職が議席に対して危機感を持っているのです。
日本の政局もここへ来て参院選の「影」が永田町の様々な言動を縛りつつあるよう
ですが、アメリカの場合も全く同じで、各候補者は選挙区の世論に対してピリピリし
ているのです。ですから、与党と言えども「司法省疑惑」などで政権の肩を持っては
選挙で落ちるかもしれず、いつまでもブッシュにしがみつくわけにはいかないという
わけです。
民主党の側は現在は攻勢に出ているわけで、この攻勢を続ければ良いのでしょうが、
それだけではありません。今回の問題に熱心なのには別の理由があります。それは
「愛国法」がらみでのスキャンダルということになれば、ブッシュ政権は「国民のテ
ロへの警戒心に乗じて私的な権力を暴走させて、影で悪いことをしていた」というこ
とになります。そうなれば「テロと戦争」という時代の中で求心力を維持してきた
ブッシュのカリスマ性をたたき壊すことができるというわけです。
前回こうしたお話をした際には、チェイニー副大統領がターゲットになっていると
いう見方をしましたが、その後少しずつ副大統領は表舞台から消えて行っているよう
な気配があります。ハリバートン社への軍需発注問題など色々な疑惑のある副大統領
ですが、ある意味で「逃げおおせる」かもしれず、それはまた「副大統領はトカゲの
シッポにはならない」ということなのかもしれません。
そんな気配を受けて、今回の問題では議会側はターゲットをローブ、マイヤースと
いったブッシュの側近中の側近に狙いを定めてきています。ここが崩れればブッシュ
本人も無傷とはいかないでしょう。ホワイトハウスが「ムキ」になるのもある意味で
は当然というわけです。そんな中、共和党の大統領候補たちは静かに様子をうかがっ
ているようです。下手にブッシュを庇ってもダメ、ブッシュ叩きに乗るのが早過ぎて
もダメということなのでしょう。
さて、攻勢に出ている民主党側ですが、肝心の大統領候補たちはブッシュに代わる
だけのカリスマを発揮しているのかというと、今週はそれほどでもありません。話題
になったのは、ネット上で出回った中傷ビデオ「ヒラリーはビッグブラザー（国民の
プライバシーを監視する権力者）」でしょう。ヒラリーの右派的色彩を揶揄した内容
で、最後にはヒラリーの写ったスクリーンが粉々になるという演出はセンセーショナ
ルなものでした。問題は、このビデオを制作した人間は、オバマ候補の公式ＨＰを
作っている団体の職員だったということで「すわ、オバマ対ヒラリーの泥仕合第二幕
か」ということで、メディアに妙な話題を提供した格好になっています。
一方で、２２日の木曜日に急に全米の注目を集めたのは、ジョン・エドワーズ候補
です。その日の朝から「奥さんの健康問題に関して２人で会見する」という情報が流
れていたのですが、メディアでは「エリザベス夫人の乳ガンが再発、エドワーズは大
統領選から撤退」という観測が何度も報道されていました。エリザベス夫人について
は、前回の２００４年の大統領選を副大統領候補として戦う中でガンを発症、その病
状を選挙後まで伏せたことが批判を浴びましたが、病状は治癒したとして闘病記の本
も出版しています。ですから今日の会見は大きな関心を呼びました。
正午過ぎにノース・カロライナ州チャペル・ヒルという２人の故郷の教会で会見に
臨んだ夫妻はお互い見つめあいながら「３０年前僕たちはここで結婚式を挙げたんだ
よね」という親密な会話と共に登場しました。ですが夫妻の口から語られた「病状」
は想像以上に深刻なものでした。「ガンは再発して肋骨に転移している」そして主治
医によれば「症状の抑制は可能だが、完治は不可能」だというのです。
何という残酷な運命でしょう。前回の選挙の際にお話したように、夫妻は長男の事
故死という悲劇を乗り越え、逆に高齢出産に挑戦して小さなお子さんを２人もうけ、
更に政界に進出して上院議員（一期）から副大統領候補、そして今回は大統領候補とし
て有力視されているところまで来ました。にも関わらず、奥さんのガンが再発、しか
も病状は楽観を許さないというのです。ただエドワーズ候補は「大統領選への挑戦に
は一切変更はない」と言い切り、エリザベス夫人も「これまでと全く同じように自分
も選挙運動を一緒に戦う」と言っています。
涙なくしては見られない会見でした。人生のドラマここに極まれり、そんな言い方
では失礼になる、そんな厳粛なムードがありました。では、この「勇気ある夫婦」は
一気に旋風を巻き起こすのでしょうか。残念ながら各メディアの反応は、冷ややかで
す。夫人の病状がここまで重いとなると、遅かれ早かれ選挙からの撤退に追い込まれ
るだろう、そう考えると選挙資金は集まらなくなり、意外に早い時点でエドワーズ陣
営の選挙マシーンは立ち往生するのではないか、そんな解説記事が目立ちます。ちな
みに、次回の資金集めの締め日は３月末ということです。
中にはＣＮＮのベテラン政治記者キャンディ・クロエのように「エドワーズ自身は
既に撤退を決断しており、奥さんの強い希望でとりあえず運動を続行する形を取って
いる」という見方もあるのです。何とも冷酷ですが、合衆国大統領を誰にするかとい
う問題が問題だけに「お涙頂戴」とは行かないのでしょう。２３日のＮＢＣでは医師
の解説として「５年後の生存率は２０％」という厳しい見方が出ていました。
ですが、このエドワーズ夫妻の会見は、選挙戦に様々な影響を与える可能性がある
のです。仮に奥さんの病状が劇的に好転するようなことがあれば、夫妻は一気に選挙
戦の中心に躍り出る、そんな可能性も残っています。ですが、仮にエドワーズ撤退と
いうことになると民主党としては「白人男性の有力候補」が不在になってしまいます。
中にはジョー・バイデン候補（上院議員）などの浮上を予測する記事もありますが、
彼ではどうしても「小粒」という印象が否めません。そうなると、どうしても出てく
る名前は「アル・ゴア」です。
ゴアはエドワーズと同じように家庭の悲劇を乗り越えて（彼の場合は家族のアディ
クションやうつ病の問題）いますし、ティッパー夫人はエリザベス夫人よりはやや大
人しいイメージですが、似たようなカリスマ性を持っています。そしてゴア本人は、
今や温暖化問題の「布教家」として世界中で話題にされており、今週も米国議会でそ
の問題に関する熱弁をふるったところです。ただ、現時点ではその家庭の問題から出
馬はしないという観測が強いので、どうなるかは分かりません。そんな中、今は待望
論だけが一人歩きしているというのが現状です。
共和党の候補者たちにも影響があります。例えば、これだけ「ガンと戦う勇気ある
夫婦愛」を見せつけられると、例えばジュリアーニ候補などには不利でしょう。「２
回の離婚歴、２度目の奥さんとはケンカ別れで、その前妻との子供たちも出馬を支持
していない」ということでは、どうしてもイメージが悪くなってしまうからです。ま
たニュート・ギングリッジ元下院議長も「クリントンの不倫を追求していた時期に自
分も不倫をしていた」と告白しており、旗色が悪いことこの上ありません。そんなわ
けで、現政権にも、「次」を狙う候補たちの間でも、政局には激しい乱気流が吹き荒
れています。
さて、２３日の金曜日になりますと、司法省の問題で勢いづいた民主党は、下院で
強引に「イラク撤退決議」を採決に持ち込み、２１６（共和党の造反２名を含む）対
２１２（民主党の造反１４名を含む）という僅差で可決しています。その中では、２
００８年９月を撤退時期として指定しているのです。勿論、上院はそのまま同調する
とは考えにくいですし、仮に上院を通過しても大統領は拒否権発動を言明しています。
そんな中、来年の１月最終週から２月の第一週にかけては、従来では考えられな
かったような多くの州が、予備選や党員集会を前倒しで集中させることになってきま
した。となると、両党ともに候補者たちは、このタイミング、具体的には２月５日の
火曜日あたりを最終ゴールとして行かねばなりません。春先の乱気流が収まった時点
で、各候補は有無を言わさず全力疾走状態に入ることでしょう。そうなれば２月は
アッという間に来るに違いありません。
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冷泉彰彦（れいぜい・あきひこ）
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院（修士）卒。著書に『９・１１ あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』（講談社現代新書）
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
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