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2007年2月24日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.415 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第291回
「規制と競争」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第291回
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「規制と競争」
ここ数日は最高気温が氷点下ということはなくなり、凍り付いた根雪がようやく溶
け出したと思うと一気に消えてしまいました。気がつくと、日照時間もずいぶん長く
なっており、思いを次の季節へと馳せることもできるようになりました。それにして
も、一月中旬に突然暖冬が終わってからの今回の寒波は大変でした。豪雪と吹雪に襲
われた五大湖地方ほどではありませんが、ここ東北部でもほぼ一ヶ月の間、ほとんど
氷点下の気温が続いたのです。
特にここニューヨーク周辺に関して言えば、この間の寒波の中でもっとも被害の大
きかったのは2月14日の「バレンタインデー」を混乱に陥れた「アイス・ストー
ム」でした。過冷却の水滴が地表に衝突した瞬間に氷結するという何ともタチの悪い
気象現象のおかげで、高速道路では事故が頻発しましたし、多くの学校はスクールバ
スの運行ができずに休校になったのです。
この「アイス・ストーム」の影響がもっとも深刻だったのは航空業界です。とりわ
け、ニューヨークの巨大空港「ジョン・F・ケネディ国際空港(JFK空港)」は長
時間にわたって滑走路が使用不能になり、各航空会社の運航がメチャクチャになりま
した。とはいえ、この一日半の「ストーム」に限って言えば、アメリカでは「この程
度」の荒天というのはそれほど驚くようなことではないのですが、今回は航空会社へ
の影響が前代未聞のレベルだったのです。
前代未聞のトラブルというのは、実は一社だけに限った現象でした。それは「ジェ
ットブルー航空」という新興の航空会社で、この一週間、この会社のトラブルについ
ては、何度も何度もニュースで取り上げられることになったのです。トラブルの内容
は確かに深刻なものでした。14日に滑走路の凍結現象が起きた時点で、多くの欠航
便が出たばかりか、翌日はほぼ全便が欠航、平常ダイヤに戻るまでには一週間を要
し、その間は運航がメチャクチャになったのです。
中でも最も非難を浴びたのは、欠航便を誘導路上で待機させた問題でした。離陸が
不可能になって、各航空会社が続々と便を欠航にしてゲートに引き返させたのに対し
て、ジェットブルーだけは「何とか飛ばそう」として誘導路に待機を続けたのです。
その結果、少なくとも9機の飛行機では8時間から9時間の間、乗客を機体の中に
「カンズメ」にしたというのです。運の悪い乗客は、9時間の「カンズメ」に加え
て、振り替え輸送便に乗るまで2日近くJFKのロビーに寝泊まりするケースもあっ
たそうです。
問題を更にこじらせたのは、同社の予約管理システムがダウンしたという事故です。
欠航が相次いで、欠航便の乗客の振り替えでほとんどの便がオーバーブック状態にな
り、しかもダイヤの乱れが何日も続く中で、システムの処理が容量オーバーになった
ようなのです。このシステムダウンのために、ただでさえ乱れたダイヤが更に混乱
し、それが何日も続くということになりました。
では、どうして問題がこの一社に集中したのでしょう。このジェットブルー航空と
いうのは創業が1999年という若い会社です。創業者で現在もCEOであるデイビ
ッド・ニールマンというのは、元々が宗教活動家でブラジルでの布教をやっていたこ
とから、人心掌握と経営のセンスに優れたユニークな経営者です。ニールマンの経営
は、単なるディスカウント・キャリアではないアイディアに富んだもので、創業から
僅かな期間で119機の機材を保有しながらJFKのターミナル6を専用で使用する
という中堅航空会社に躍り出たのでした。
今回のトラブルは、そのユニークな経営方針がことごとく裏目に出たということに
尽きます。まず、オペレーションの拠点をJFKへ一点集中していたのが致命的でし
た。全国に路線を運行しているのですが、ハブ空港としてはJFKがほとんど唯一
で、特に整備の機能をここに集中させていたのです。低コストで確実な整備を行うと
いうことで、平時には経営効率を高めていた戦略なのですが、JFKが閉鎖されると
全国の路線網がダウンするという脆弱性を露呈したのです。
また、大手の航空会社を様々な意味で束縛している労働組合がありません。組合の
ある会社ですと、拘束時間の労使協定が厳格に決められていて、準備時間とフライト
時間に加えて9時間の誘導路上での待機などということはあり得ないのです。労使協
定によって自動的に早期に欠航の判断が下るということもなく、またJFKから便を
出さないと戻りの便の「機材繰り」が不可能なことから「とにかく飛ばしたい」とい
う判断を続けた結果が9時間の「カンズメ」となったようです。
またニールマン会長がブラジルに縁のあるためか、ブラジル製の「エンブラー19
0」という小型機を多数保有しているのですが、これはアメリカでは珍しい機材のた
めに、JFKのジェットブルーの整備工場でしか点検ができず、ここがダウンしてい
る間は、このタイプの飛行機を使った便は全便欠航が数日間続いたというトラブルも
ありました。
更に営業活動もユニークで、この会社は基本的に座席を旅行代理店には出さないの
です。直販がほぼ100%で、中でも80%がオンライン予約で販売をしているとい
うのがセールスポイントでした。ですが、結果的に「異常事態」が続く中、ご自慢の
独自システムはダウンしてしまったのです。大手の航空会社、例えば破綻前のユナイ
テッドの旧法人などが何十年もかけて積み上げてきた予約+運航システムと違って、
小回りは利いてもシステムの頑丈さという点ではダメだったということになります。
更に乗客の怒りを買ったのは、JFKに泊まり込まざるを得なかった徹夜組への対
応です。チケットの条件に「天候等の不可抗力による欠航に対しては代替便以外の補
償はしない」とある通り、ホテルはおろか食事券も一切出さないという姿勢は大きな
批判を浴びました。ただし、この問題に関してジェットブルーだけではなく、ここ数
年、各航空会社がどんどんサービスを削っている部分に他なりません。
そんな中「顧客離れ」を避けるためにニールマン会長は「ジェットブルー乗客の権
利の章典(ビル・オブ・ライツ)」という声明を発表し、今後はゲートを離れて3時
間以内に離陸できない場合は一旦ゲートに戻る、あるいは遅延時間に応じて補償金を
払うなどの改革姿勢を見せています。オーバーブッキングで搭乗できなかった場合は
千ドル(約12万円)の補償金というのですから、ある意味思い切った方針ではあり
ます。これを受けて株価の暴落という事態は当面回避されると共に、この「権利の章
典」制定については他社も追随する動きを見せており、ジェットブルーの企業イメー
ジは崩壊せずに済む可能性も出てきています。
もっとも、この「権利の章典」については昨年末頃から消費者団体がワシントンで
法制化へ向けてのロビー活動を行っていたので、その呼称も含めてニールマン会長の
オリジナルではありません。であるとしたら、このジェットブルーのトラブルを契機
に法制化が進むのか、というと必ずしもそうではなさそうです。アメリカの航空会社
は原油高と価格引き下げ圧力の中で(日本を含む各国もそうですが)ギリギリの合理
化を行っており、欠航時の宿舎提供などというコスト要因が法制化されることには抵
抗が激しいのです。
では、こうした問題について政策の介入する余地はないのか、というと必ずしもそ
うではありません。例えば、メガキャリアと言われる巨大航空会社の場合は、経営の
苦況から脱するために大規模な合併を模索しています。ですが、これに関しては独占
禁止法の規制の網が機能してなかなか実現させていないのが現状です。
どうして独占禁止法の規制が厳しく機能しているかというと、仮に航空会社の大合
併が行われてしまうと、それぞれの路線を独占する会社が出てきてしまうからです。
競争があれば価格が低く誘導されますが、独占ということになるとコスト高をどんど
ん価格に転嫁することが可能ですし、そうなると観光などの不要不急の乗客は減るか
もしれませんが、どうしても必要なニーズを満たすだけのサービスを提供することに
して、高価格を一方的に設定できれば航空会社は利益を高めることができます。そし
て消費者の利益は全体として損なわれるからです。
こうした航空会社をめぐる問題に関しては、規制緩和の是非という観点から語られ
ることが多いようです。例えばジェットブルー航空の欠航のために散々な目にあった
人は、法律による何らかの規制や救済があれば良いと思うでしょう。またダイヤが正
常な状態のジェットブルーで旅行ができた人は、安価なチケットの恩恵を受けること
になるわけで、規制緩和を歓迎するかもしれません。そうは言っても、航空ビジネス
というのは何よりも安全が重要な要素ですから、安全管理面での規制に関しては何も
なくて良いという人は少ないでしょう。
独占禁止法に関しては、例えば今問題になっていることとして、全米をカバーする
衛星ラジオの統合問題があります。アメリカは国土が広いために「ワンセグ」という
ようなきめの細かいことは不可能なので、静止衛星からデジタル信号を一気に送信す
るビジネスが立ち上がっています。ですが、現在あるシリウスとXMという大手2社
は、巨額のマーケティング費用と、コンテンツの権利料に押しつぶされそうになって
おり、合併を模索しています。
ですが、仮に両社が合併してしまうと全国規模の独占になるわけで、価格競争もマ
ーケティング面での競争もなくなってしまいます。そうなれば消費者の権益は侵害さ
れるというわけです。似たような問題としては衛星放送TVの問題があります。また
地上のケーブルTVの場合は配信用のケーブル網のインフラを二重三重にはできない
ため、原則は一地区一社ですが、独占を許す代わり価格は認可制になっています。
自由な競争は必要です。その一方で消費者の権利を守ることも必要でしょう。運輸
業の場合などは、安全面の規制はゼロであってはならないはずです。また、消費者を
保護する余りに各企業の経営体力が失われるようなことがあっては、産業の活力はな
くなってしまいます。
では、規制緩和と市場主義が至上というのが極端なら、保護船団方式の疑似社会主
義も極端なものとして、その中間を目指せば良いのでしょうか。問題はそう単純では
ありません。そもそもこうした問題は中間とか、足して二で割るというような単純な
発想では上手くいかないのです。各産業には各産業の特性があり、経済合理性の機能
する部分と、人命の尊重など経済に優先する価値観に抵触する部分を持っています。
またその価値観自体が時代によって流動的であったり、社会によっては複数あったり
するのです。
そんな中、規制と競争をどのように機能させてゆくのかは、非常に難しい問題だと
思います。それでも、アメリカの場合は企業も消費者も政府も弁護士も、経済という
ゲームに参加しているそれぞれの「プレーヤー」が思い切り自己主張する中で、手間
暇をかけ言葉を尽くして、その場その場の結論を出す、そのような活力は維持されて
いるように思います。それは、アメリカの文化が先進的だからでしょうか。そうでは
ないと思います。ただ、この独占禁止という考え方を広めた最初の人物が非常に才能
にあふれた人間であり、今でも彼のバイタリティが遺産として残っているということ
は言えるかもしれません。
それは第26代合衆国大統領のセオドア・ルーズベルト(愛称はTR)という人物
です。TRという人は、日本では日露戦争の和平を仲介した「恩人」とされていた
り、同時に台頭する日本と太平洋の覇権を競うために合衆国海軍の強化にも取り組ん
だ人物として知られていると思います。TR自身が米西戦争の英雄であることも含め
て、軍事外交に強い大統領というイメージがありますが、同時に内政に関しても絶妙
のバランス感覚を持ったアイディアマンでした。
TRの取り組んだ内政上の最も大きなテーマは、独占資本との対決でした。全国の
鉄道網が完成すると共に激化した競争を回避するために、主要な鉄道会社は合併によ
る強大化により価格形成のイニシアティブを取ろうとした、そんな時代にあって、T
Rはこれに果敢に挑戦して行ったのです。鉄道会社が強大化して行くことは、とりも
なおさず利用者である商業経営者と消費者の利益に反する、そう信じたTRは独占禁
止法の適用を求めて法廷と政治の場での闘争に臨んだのでした。
当時のTRは共和党に属しており、この時期の共和党は初期の保護主義的な傾向を
脱して、今と同じような「自由放任主義」の党となっていたのでした。このためTR
の戦いに対して立ちはだかった敵は、自分の与党のベテラン政治家達だったのです。
そこでTRが使ったのは「劇場型政治」の手法でした。新聞を通じて「独占資本の
悪」への関心を社会的に高めてゆき、自分は大企業と戦う正義の味方だというイメー
ジを売り込んでいったのです。こうした手法を通じて、反独占の活動に成果を挙げた
ばかりか、生鮮食品の安全基準や食品の内容表示の義務化など消費者保護の政策も打
ち出しています。
ではTRは供給側の敵で、消費者の味方だったのかというと、必ずしもそうではな
いのです。経済活動の基本は自由競争の活力にあると信じた彼は、産業社会の力を最
終的に奪うような政策は採りませんでした。「世論に対しては戦う姿勢を見せなが
ら、実際の政策では企業活動を殺すことはしない」そんな絶妙なバランス感覚がTR
の真骨頂だったのです。後年、自身が後継者として指名したタフト大統領は実はその
あたりは逆で「世論には何も訴えない一方で、鉄鋼会社の分割などをバカ正直にやっ
た」として、TRは「自分の後継者の選択は間違っていた」として共和党を離党する
に至るのです。
こうした経済政策だけでなく、国立公園制度を整備して自然の保護に努めたり、大
統領公邸を「ホワイトハウス」と名付けて権威を高めたり、自分のニックネームであ
る「テディ」という名前のクマのぬいぐるみを広めてみたり、TRという人は何とも
不思議なキャラクターでした。そうしたアイディアマンぶりと共に、強硬で積極的な
外交と軍事政策も含めて、TRという人は現実主義と理想主義の混在したアメリカ政
治を代表する人物として近年評価が高いのです。
企業活動に対して規制を行うのか、自由に放任するのか、という問いには実は決ま
った答えはありません。一つ一つの局面においての最善手はあっても、理想状態とい
うものはあり得ないからでもあります。規制と放任の間を振り子のように行ったり来
たりすればバランスが取れるというものでもありません。では、どうすれば最善手が
打てるのかというと、自由競争が生み出す活力を信じると同時に、消費者としての庶
民の利害を自分のものとする感性も持っている、いわば正反対の感覚を同時に抱え込
んだ発想法が必要なのでしょう。これに加えて、現実的な合理主義と、現場感覚に根
ざした常識的な知恵の集成を持っているということも必要です。
今回の航空業界の問題、そして衛星放送ラジオの問題についても、極端な案でもな
ければ無責任な折衷案でもない、現実的な解決がとりあえず模索されているのだと思
います。日本でも、労働法制の問題をはじめ、賞味期限の問題や、高速バスの安全の
問題、ひいては企業買収の規制緩和の問題など、様々な問題が山積しています。どの
問題も、実は非常に複雑な利害が錯綜しており、現実的なバランス感覚が求められる
のでしょう。アメリカの社会制度は、色々な点で世界のお手本にならなくなってきて
いるのですが、独占の禁止と活力ある自由競争を実現するために、常に膨大な労力と
知恵を動員しているシステムは、まだ諸外国にも参考になるレベルにあるのだと思い
ます。
(追記)今週のその他のニュースに関して簡単に触れておきましょう。
まず、チェイニー副大統領の外遊に関してはほとんどメディアでは扱われていませ
ん。部下の機密漏洩事件の法廷が最終段階に来ていて、その問題から逃げるための訪
問だという批判をすると相手国(日豪)に失礼になるし、かといって日豪との間で具
体的な問題があるわけでもない、そんな中でニュースの価値はないと判断されたよう
です。朝鮮半島情勢に関して安倍=チェイニー会談で「援助への慎重姿勢」が話合わ
れたことも、日本国内向けの演出と判断されたのかほとんど報道されていません。
ヒラリー・クリントンとバラク・オバマの各選挙陣営の間で、中傷合戦がにわかに
熱を帯びましたが、これは選挙戦が前倒しになっている証拠でしょう。お互いに「勝
てる候補であるか?」という問題を叩かれるプロセスはどうしても通過しなくてはな
らないテーマに違いありません。そうした舌戦に突入したということは、とにもかく
にも選挙戦が「待ったなし」になっているということだと思います。むしろ、共和党
を含む他の候補の出遅れ感が目立つ、今のところはそのような印象があります。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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JMM [Japan Mail Media] No.415 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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