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2007年2月3日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.412 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第288回
「世論との対話力」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第288回
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「世論との対話力」
日本では柳沢伯夫厚生労働大臣の「失言」問題が騒ぎになっているようです。海外
でも報道されていて「恥ずかしい国」であるという非難もされているようですが、ア
メリカではそれほどの騒ぎにはなっていません。例えばNYタイムスでも「外信囲み
記事」という扱いに過ぎません。
ただ、問題となっている「女性は子供を産む機械」という言葉を英語にすると
"baby-baring machine"とか"child-making device"ということになるわけで、「マシ
ーン」とか「デバイス」という「字面(じづら)」は何ともはや刺激的です。そう考
えると「余り話題になっていない」こと自体が、日本の男性政治家がこの種の失言を
しても「誰も驚かない」という予見があるような気がして何ともイヤな思いがします。
確かに柳沢厚労相は「機械なんて言ってごめんなさいね」という断りを席上では
言っていて、その意味では悪気はなかったのかもしれません。少子化の責任を女性だ
けに押しつけているという反発もあるようですが、百歩譲ってそれも下品なレトリッ
クの一種と思うことも可能かもしれません。ただ発言の主旨として「要するに合計特
殊出生率が1.5になればいい」という願望的な数字を言っているだけで、そこに具
体的な提案がまるでないことには呆れるばかりです。
これとほぼ時期を同じくして、アメリカではジョー・バイデン上院議員(民主、デ
ラウェア州選出)の失言が話題になりました。バイデン議員は軍事外交畑に通じたベ
テラン(任期6年の上院で当選6回)で、ざっくばらんな語り口はTVでも有名です。
そのバイデン議員は2008年の大統領選挙へ向けて、選挙準備委員会の発足を表明
したばかりでしたが、一言の失言で候補としての可能性は風前の灯火になってしまい
ました。
こともあろうに、民主党内で候補指名を争うことになるバラク・オバマ議員に対す
る不用意な発言をしてしまったのです。「彼は指名はムリだろう。上院に当選したば
かりで、まだ経験はない。そんな実力があるとは思えないね」というのもなかなか挑
戦的ですが、この部分はそれほど問題になっていません。
問題になったのは「彼は黒人大統領候補としては初めての本流だね。理路整然とし
ているし、切れるし、カッコイイし、クリーンだし……何だか(子供向けの偉人伝的
な)読み物(ストーリー・ブック)みたいな話だね」という部分でした。
何が問題になったのでしょう。この中では特に「クリーン」という部分です。つま
り、オバマ候補を「初めての本格黒人候補」と言うことは、過去の黒人候補たちをバ
カにしたということになるのです。とりわけオバマ候補が「クリーン」と言ってし
まっては、過去の候補が「クリーンでない」という含意があると言われても仕方があ
りません。
オバマ陣営は早速声明を出して「私としてはバイデン議員に怒りは感じないが、
ジェシー・ジャクソン師やアル・シャープトン師などの先輩候補は、それぞれに真剣
な政策を掲げて立候補したのであって、彼等のことを侮辱するのは許せない」として
います。
ジャクソン師やシャープトン師というのは、それぞれ黒人の市民運動家で、大統領
候補には何度も挑戦していますが、予備選では大きな票は取れずに最終的には有力候
補にはなっていません。ですが、彼等の努力があったからこそ、民主党としては真剣
に黒人票と向き合ってきたとも言えるし、現在オバマという「本格候補」を出すに
至ったのは事実です。その「先人」を侮辱するというのは、人種差別的と言われても
仕方がないでしょう。
中には異論もあり、CNNでは(チョイ悪という感じで売っている)キャスターの
グレン・ベックなどは「白人候補の場合は、極右でKKK支持などという人は、それ
こそクリーンじゃないとして非難されても誰も文句を言わないのに、黒人の悪口を
言ったら叩かれるというのはダブル・スタンダード」と言っていましたが、同僚のポ
ーラ・ゼーンからは「冗談じゃありません」と一蹴されていました。
どうやらこれで本当にバイデン候補の選挙戦は「数日で終わり」になりそうな雲行
きです。では、柳沢大臣にしても、バイデン議員にしても何が悪かったのでしょうか。
それは緊張感のなさということに尽きると思います。世論というのは移ろいやすいも
のです。また時には感情的にもなります。その一方で、多様性もあって、感情も理念
も一筋縄ではいかない複雑な様相を取って現れるものだと思います。
政治というのは、そうした世論と対話をするのが仕事で、その世論との対話に真剣
さを欠く人間は政治に携わるための基本的な能力に欠けると言わざるを得ません。そ
の「真剣さ」というのは具体的にどういうことを言うのでしょう。そうした問題を
扱った映画が英国で制作され、それがアメリカのアカデミー賞の作品賞候補になって
いるというのは興味深い現象です。
タイトルは『ザ・クイーン』で、エリザベス女王を演じたヘレン・ミレンがアカデ
ミーの主演女優賞候補にも入っており、地味な政治ドラマながら42ミリオンという
ヒットになっている作品です。内容はダイアナ妃の事故死の直後、世論の追悼のモメ
ンタムがどんどん走り出す中での王宮の内情を描いています。あくまで公式の弔意表
明を拒んだエリザベス女王に対して就任早々のトニー・ブレア首相が必死の説得をす
る一方、女王は伝統の守護者として言うことをきかない、ドラマはそこから始まりま
す。
これは史実ですからストーリーを申し上げても構わないと思いますが、最終的には
バッキンガム宮殿に半旗が掲げられ、女王自身も追悼のTVメッセージを行うことに
なります。その妥協が成立するまでの心理ドラマが実に巧妙に描かれていて、なかな
かの評判です。
ブレア首相を演じたマイケル・シーンという役者も本人にソックリで、しかも話し
方も似ているので何ともリアルなのですが、実際に女王と首相の間で行われた会話は
想像するしかないわけで、この作品はドキュメンタリーとは言えないでしょう。あく
まで「こういうことだったのではないか」というファンタジー的なフィクションとし
て見るのが良いのだと思います。
ブレア夫人を演じたヘレン・マクロリーという人は外見はそれほどソックリではな
いのですが、キャラクター的には「たぶんそうだったのでは」と思わせるような演出
がされているのも興味深い点です。就任早々の、しかも久々の労働党政権を奪還した
夫妻は、女王に「親任」されること自体がそもそも不愉快だという風に描かれていま
す。「私の首相に任命します」という「儀礼的なセリフ」にも表情としてはカチンと
来る、そんな演出なのです。
それが、ストーリーが進むにつれて、ブレアは女王の「頑固なまでの保守主義」に
ある激しい決意を見て不思議な尊敬心を抱くに至る、その心理の動きが映画のヨコ糸
であり、女王は女王で世論の動向に驚きながら最終的には「このままでは君主制への
不信任が暴走する」という懸念から妥協に至るのです。これがタテ糸で、きれいに整
理してしまえば、君主と首相が必死に向き合うことで政体として世論と向いあうこと
が出来た、それが映画のテーマになっていると言えるでしょう。
エリザベスという人は、第二次大戦中は従軍の技術者として軍事車両の修理を担当
していたそうで、自動車の運転には相当な自信があるのは事実だそうです。これを反
映して、映画の中の女王も、ダイアナ騒動から孫の二王子を守るために御料地にこ
もって狩猟を続けたり、一人でランド・ローバーで荒れ地を走るというようなシーン
があります。
やがて女王はムリに浅い川の流れを突っ切ろうとすると、クルマはスタックして立
ち往生してしまいます。女王がスッと下車してシャシーの下を覗き込むとシャフトが
折れているのです。「あらあら困ったわ」とすぐに携帯で侍従に助けを求めるのです
が、その女王の視線にふっと見事な角を生やした鹿が勇姿を現します。その時、二王
子でしょうか、狩人の近づく気配がすると、女王は鹿に「お逃げなさい」という目配
せをするのです。
その鹿の運命については映画をご覧いただくとして、堂々とした姿を誇りながらハ
ンターに追われている鹿というのは女王に取っての君主制の運命を暗示しているのだ
と思います。また荒野を走り続けて故障したローバーは女王自身なのかもしれません。
こうしたシーンは勿論フィクションでしょうが、人物の描写として非常に成功してい
ると思います。
またブレアから「女王陛下はどうしてそこまで頑固でいらっしゃるのですか。それ
は余りにも若くして即位されたからですか」というセリフがあり、女王が「そうかも
しれませんね」という反応を示す部分なども、英国の保守的な人々の女王に対する愛
着が出ているように思われます。エリザベスという人は元来は王位継承の可能性は低
かったのですが、伯父であるエドワード8世が「王冠をかけた恋」のために退位して
父ジョージ六世が即位するというハプニング、更にその父の早世によって27歳で即
位しているからです。
それにしても、英国王室の内情を描いた映画がこれほどまでにアメリカでヒットす
るというのは、どう説明したら良いのでしょう。作品自体が良くできているというこ
とも勿論あります。また君主制を捨てて出発したアメリカの人にとって、自国にはな
い制度だからこそ、君主制に関心があるということもあるのでしょう(その意味で、
アメリカ人は日本の皇室にも興味を示す人が多いのです)。
ですが、この映画の中のエリザベスとブレアという人物が示す、世論に対する真剣
な姿勢というものは、ファンタジーにしても人々の琴線に触れるものがあるのでしょ
う。この映画の描いているドラマがどこまで「事実」であるかは全く分かりません。
ですが、君主制に賛成の人にも、反対の人にも映画のテーマについては伝わるものが
あるのだと思います。
公選で選ばれた元首と、世襲君主の大きな違いは、世襲君主は終身制で任期がない
という点です。勿論、絶対王政の時代にはそれゆえに無謀な政治も行われたのですが、
現代のようにメディアを通じた世論が発達した時代では、世襲君主は在位している限
り世論の支持を失うわけには行きません。そのギリギリの状況から来る真剣さという
ものは、実は公選で選ばれた代議員や元首にも必要なのではないでしょうか。
世論への真剣さということでは、一連の「タウン・ミーティング」の問題も同じで
しょう。ある政策に対して予想される反論を取り上げて、反論を誠実に受け止めつつ
政策の正しいことを主張し、理解を求める、その姿勢が欠落して「ただやればいい」
というのもお粗末ですし、そもそも世論の理解というのは国会での与野党による賛否
両論の応酬の際に、それぞれが世論を背負って真剣勝負を繰り広げる中で進むのが本
当でしょう。
その意味で、柳沢大臣やバイデン議員は明らかに真剣さを欠いていたと言わざるを
得ないと思います。ところで、今回の件でポイントを稼いだと思われるオバマ候補で
すが、2日の金曜日にはNYタイムスに「母親が白人で父親がケニア人のオバマ氏は、
最終的には黒人票を取れないとの調査結果」という「アンチ・オバマ」の記事を載せ
られてしまっています。
タイミングも含めて意図的な記事としか思えませんが、いずれにしても大統領選へ
向けての候補者選びというのは、こうした「批判」も含めてあらゆる試練に耐えて、
世論との対話力が試されるプロセスだと言えるでしょう。そのプロセスを通じて、時
には「大化け」する候補も出てくる、この辺りに大統領選の意義があるとも言えます。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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