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日本における高句麗史研究の第一人者は、東潮氏で誰も異存はないでしょう。
数年ほど前にお会いした時に、「中国では高句麗史は中国の一地方の歴史と扱われているが、韓国では高句麗史は我が民族の歴史であり、中国の一部ではないと反発している。韓国人は東北地区(旧満州)で、ここは元々我が民族の土地だなどと言って、中国から顰蹙を買ったりしている。東さんは、どうお考えですか?」と尋ねたことがありました。
彼の答えはふるっていました。「韓国に呼ばれると、必ずそれ(高句麗は中国の一部か、韓国か)を聞かれる。その時は、高句麗は高句麗であって、中国でもなく、韓国(朝鮮)でもない、と答えている。」
これはなかなかの名言です。 韓国人は日本人に踏絵を踏ませようとする傾向が強いのですが、それに対する言い返し方として参考になるものでした。
私でしたら、高句麗の北半分は中国、南半分は韓国でしょう、高句麗の歴史も半分づつ仲良く分けあったらどうですか、などと茶化して怒らせることでしょう。
http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/22/1812668