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憲法改正について思うことを少し。
先のアジア・太平洋戦争では、中国1000万、日本300万、そのほかにインドネシア、フィリピン、ベトナム、朝鮮などを含め、少なくとも2000万人以上におよぶ戦闘員、非戦闘員の命が奪われた。
日本が始めたアジア・太平洋戦争は、2000万人の人命奪い、日本の無条件降伏で終結を迎えることとなった
敗戦により日本はすべてを失った。その中には富国強兵政策のもとアジアへの侵略戦争にまで突き進む後ろ盾となった天皇制軍国主義を生み出した大日本帝国憲法も含まれる。
大日本帝国憲法は廃止され、日本国憲法(以下現憲法と表記)が成立した。現憲法の成立には米国が中心的な役割を果たしたが、日本も多くの役割を果たしている。現憲法の理念はいうまでもまく、平和主義・基本的人権・主権在民の3つである。とりわけ平和主義は、戦争に疲れた人々にある、二度と戦争はごめんだ、という心情と一致し、歓呼の声で受け入れられた。
日本が始めた戦争で死んだ2000万人の命は帰ってこないが、平和主義を掲げた現憲法はいまだ健在である。2000万人の死がなければ平和主義憲法は生まれなかった。その意味で現憲法は、アジア2000万人の血であがなわれた憲法である。
敗戦後60年以上が過ぎ、時の政府は憲法改正、特に9条の改変し、平和主義を破り捨て、世界中どこにでも戦争を仕掛けることができるようにしようとしている。プライバシー権や環境権などを名目に憲法改正を行なおうとしているが、主眼はあくまで9条の改変である。
アジア2000万人の命と引換えに得ることのできた9条を改変しようとすることは、彼らの死の意味を無に帰す行為ではないのか。
国の為に闘って死んだ兵士達の死は犬死にだったのか。闘うこともできず飢えと疫病で死んだ兵士達の死は犬死にだったのか。
強姦され、虐殺された彼女達の死は犬死にだったのか。空襲で焼き殺され、原爆で蒸発した人々の死は犬死にだったのか。
憲法9条の改変は時の政府が、おまえ達の死には何の意味もない。ただの犬死にだと宣言するに等しい。
日本人だけの死ではない、アジア2000万人の死がただの犬死にだと宣言するに等しい。
今生きてある私たちは、アジア・太平洋戦争で命を奪われた2000万人の死を犬死ににしてはならないと思う。