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どうしてこうなるのか――チベットの騒乱(リベラル21)
http://www.asyura2.com/07/asia10/msg/507.html
投稿者 gataro 日時 2008 年 3 月 19 日 21:02:58: KbIx4LOvH6Ccw
 

http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-285.html から転載。

2008.03.18
どうしてこうなるのか――チベットの騒乱
―チベット高原の一隅にて(11)

阿部治平 (中国青海省在住、日本語教師)

 新華社は14日13時ころ、中国チベット自治区ラサで大規模な破壊行為が起きたとつたえた。死亡者は10人だというが、80人とかいうニュースもある。けが人はこの5倍10倍になるだろう。このニュースは中央電視台の15日7時のニュース番組でも放送された。このたびの事件に関するニュースは一方的、断片的なものが多く、写真だけが多数の民衆が参加した大規模な騒乱事件となったことをうらづけているが、事件の全体像はわからない。また血が流れ、傷つき、捕らえられる。

 多くの人にとって、チベット高原は標高4000mの氷雪と仏教のおどろおどろしい神々とロマンチックな遊牧生活の地域かもしれない。高原の風景や仏教文化への憧れは、なにかあればかれらへの共感に変わるものらしい。かつてチベット高原を横断した日本人学者がチベット人のおかれた状況に同情して、ガンジー的非暴力主義をとって自らの主張をつらぬくように説いたことがあった。だが、チベット高原は普通の人間の住む散文的な地域である。そして困ったことに、その現状は一知半解のよそのものが軽々しく発言できる状態にはない。

 中国の辺境少数民族地域にはかつて大国家を築いた民族が生きている。伝統や宗教は強固である。いま日本人がなにをか忠告するような言動は軽率である。そしてチベットのことは中国政府とチベット人だけが解決できることである。

 このことを前提に、今わかっている限りのニュースでわたしの感想を述べる。

 日本のニュースの一部に「オリンピック阻止」を目指した事件だという見出しがあるが、これはばかげている。ラサで無許可の街頭行動に出たら必ず死傷者と逮捕者が出る。なんのために命をかけて「オリンピック阻止」をしなければならないか。
 
 新華社は15日、チベット自治区当局者が「破壊活動はダライ一派が組織的、計画的に策動したことを証明する十分な証拠がある」と述べたと伝えた。ここで「ダライ一派」が策動したというのはわたしにとってはかなり疑わしい。ほんとうなら「ダライ一派」は政治方針を変えたことになる。なぜなら1989年以来「ダライ一派」は、民衆が街頭デモをやって犠牲者を大量に出すのを忌避していたように見えるからだ。

 ラサ事件の20日前、2月21日にラサから遠く離れたチベット高原の東北角、青海省黄南チベット族自治州同仁県すなわちレゴンでも、チベット系住民と治安当局の衝突事件がおきていた。ここにロンウ=ゴンパ(隆務寺)という大寺院があり、いまも数百人の坊さんが修行する。ロンウ=ゴンパでは毎年正月の大法会(読経会)モンラムが旧暦1月13日から行われ、16日には最後の行事の仮面舞踏劇チャムで締めくくる。日本の初詣と同じように、モンラムには周辺の寺院・農牧村から僧侶や農牧民が参拝する。

 事件が起きた2月21日は旧暦1月15日。日本風にいえば三が日の終わりとでもいうべき日である。「回民」の射的の屋台に酔払ったチベット人がからんだ。警戒中の警官が酔払いを拘束しようとしたのが騒ぎの発端だ。これで群衆がわっと集まってもみ合いや投石となる。短時間に群衆と警官との衝突が街路にひろがり、警察の車6輌ほどが投石で壊される。解放軍駐屯部隊が動員される。催涙弾が発射されたから群衆はますます怒る。暴徒化した連中が「回族」の商店を襲撃破壊する。なかには「チベット独立」とか「ダライ=ラマの長寿を」と叫ぶものもいる。最後に鎮圧部隊が群衆を挟みうちにして、僧侶と農牧民あわせて200人くらいを捕まえた。うち牧民二人は重態となり病院に収容された。
翌16日ふたたび大群衆が県政府のまえに集まり口々に逮捕者の釈放を求めた。ロンウ=ゴンパからは高位ラマのチャブンゴウン活仏が事態の収拾にのりだして政府関係者と交渉に当たり、捕まえられたもの全員を釈放させた。「僧侶が捕まえられては仮面舞踏劇チャムができない」ということであろう。
例年だと16日は午前10時ころからチャムが始まるが、今年は午後にようやく開催したとのこと。農牧民にしてみれば、仏の前にひざまづいて自分の来世の幸福を願い、ラマに「按手礼」をしてもらい、仮面舞踏劇チャムが例年のようにみごとに舞われ、モンラムが盛大かつ無事に終わればそれで十分である。それなのに今年のモンラムは残念なことになった。

 この事件は朝日新聞ネットがすばやく伝えた。アメリカ政府系の「ラジオ・フリー・アジア」が情報源だ。「治安当局、チベット僧ら200人を拘束、中国青海省」「(2月)21日チベット系住民と治安当局の大規模な衝突があり、チベット僧ら200人が一時拘束された。チベット仏教の伝統祭事の参加者に警察が尋問しようとしたところ、住民らがチベットの独立を訴えながら警察隊に投石などを開始。警察隊は催涙弾などで対抗したという」

 この記事だとレゴンの事件は、いかにも民族意識に目覚めた集団の抗議行動のようにとれるが、事実の経過はそうではない。ただのケンカがその場でうまく治められず、過剰なリアクションによって騒擾事件になっただけのことである。

 だが、なぜちょっとしたケンカをうまく治められなかったか、なぜかくも多くの群衆が警察に向って石を投げて抵抗したかについては検討する価値があるとおもう。

 英「エコノミスト」記者によるとラサでも同じで、小さな破壊行為から2,3時間で暴動になっている。当局の「一部の悪人」が「計画的」にやったというのを信じても、街頭の人々がその煽動にすばやくのるのはなぜか。チベット人の多くは仏教に彩られた精神生活をし僧侶は尊重されているから、僧侶が呼びかけるとすみやかに行動に参加する傾向は否めない。だがラサでは1980年代末の街頭デモでどんな痛い目にあったか大人はみんな覚えているはずだ。

 もちろん、現状に忍耐できない人の中には、ダライ=ラマの中国政府との対話といった温和な方法に飽きたらず、直接行動を目指す「一部の悪人」がいる可能性はある。だが、たいていの人は我慢しながら日々の平安をねがって暮らしている。にもかかわらず、街頭デモなどが起こって口火をつければ大群衆の我慢がいっせいに破裂するところに問題がある。

 今回の事件はチベット人地域各地に伝えられ、反政府行動は飛火する。いまやインターネットと携帯電話の時代である。同時に寺の封鎖、チベット鉄道の運行停止など、鎮圧体制も各地で厳重になる。それとともにチベット人にはもちろん、当局側にも無縁の市民にも犠牲が出ただろう。傷つき倒れる事件の犠牲者を悲しむ。

 わたしは、チュルク系民族やチベット人によるこうした事件を知るたびに、自分がその伝記を書いた老チベット人コミュニスト、86歳になるプンツォク=ワンギェルのことを思い出す。かれは、ケ小平の政権掌握後、全国人民代表大会常務委員、中央民族委員会副主任というほとんど内閣の次官レベルにまで上った人物で、1980年代初め憲法改定時に、レーニンやスターリンの民族理論を駆使して漢人の民族問題専門家と激しくやりあったことがある。

 プンツォク=ワンギェルはレーニンによりながら、民族分離主義は民族圧迫政策の産物である。異なった民族が連合し団結するのは平等政策の結果だ。つまり多民族国家で民族平等があるなら、少数民族の激しい不満や、ひいては分離独立の主張などは起きないというのである。

 またレーニンを引いて、大民族の民族主義は攻撃的で奴役的であり、小民族の民族主義は防衛的だ。小民族の民族主義はよくないというなら、大民族の民族主義はもっと問題があるじゃないか。マルクス主義者ならばだれでも少数民族の立場に立つべきだという。漢民族地域で何かあれば、それは『騒ぎ』だというが、少数民族地域では『反乱』とされて「鎮圧」される。(1959年前後の「反乱鎮圧」の方法について)兵を用いれば、あっさりと乱を治めることができるかもしれないが、その後遺症ははかり知れない、受けた傷は治療の方法がない。

 共産主義者の最終目標は全人類の解放と世界を大同に導くことである。胸襟は必ず開かなければならず、戦略的な観点が必要だ、と。

 かれの主張は辺境少数民族の分離独立ではない。つきつめたところ清帝国以来の行政区域をあらため民族の集中居住域を自治区とし、国防と外交は中央にまかせるとしても民族地域には高度の自治を行わせるべきだということになるだろう。冷静に考えれば、今日の歴史的現実的条件下では中国から独立しようにも実現の見込みはない。亡くなった十世パンチェン=ラマもプンツォク=ワンギェルと同じ意見だった。

 プンツォク=ワンギェルにしたがえば、チベット人やチュルク系の若者が騒ぎをおこすのは、かれらの破壊行動などやり方には問題があるとしても、激しい抗議は施政のどこかに不適切なところがあるからではないかとなる。

  プンツォク=ワンギェルの主張は、いま生きているとおもわずにはいられない。



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