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「世界」四月号掲載「拡大する貧富の差と米国の戦争ビジネス」 堤未果
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投稿者 倉田佳典 日時 2006 年 12 月 12 日 14:36:54: eahs5MlcSyO0.
 

2006/04/12
世界四月号掲載「拡大する貧富の差と米国の戦争ビジネス」
        拡大する貧富の差と米国の戦争ビジネス
http://mikatsutsumi.spaces.live.com/blog/cns!53156E3DBA11B6DE!141.entry
二〇〇五年十月二十八日。
アメリカ国防総省は、イラク戦争の米兵死者数が二千人を超えたことを正式に発表した。
米国の主要ニュースの一つであるCNNの発表によると、死者数の中でも予備兵、州兵の割合は増加の一方で、今までは1000人中18%だったのが31%にあがっているという。
だがこの数字の中に含まれていないものがある。
世界中から派遣されてくる労働者の犠牲者数だ。
ブルックリンに住むフィリピン人の車整備工、ディック・ナイト(39)は、祖国フィリピンに住む従兄弟パブロ・ナイト(40)のイラクでの労働体験をこう語る。
「フィリピンの失業率は高く(二〇〇四年のJETROデータでは11・7%)、失業者と不完全就業者の合計は28%を超えている。国民の半分は一日二ドル以下で生活している中、皆貧しさから逃れようと国外に出稼ぎに行く。今貧しいフィリピン労働者のアクセスが最も多い、あの派遣会社を使ってね」
 フィリピンでトラックの運転手をしていたパブロは、新聞の求人広告でその情報を見つけた時、舞いあがるような気持ちだったという。
クウエートにある大手のケータリング会社がトラックの整備士を募集している。報酬はフィリピンで彼が稼ぐ月収の六倍。条件は二年間の契約期間だった。パブロはすぐに記載されている派遣会社の電話番号に問い合わせた。
 派遣会社は仲介料として三千ドルを要求してきた。
月収五千ペソ(約一万円)のパブロには法外な額だったが、国中の親戚や友人たち、そしてアメリカに住む従兄弟のディックからも借金をして、何とか払った。
又、身分証明書としてパスポートも渡さなければならなかった。
「今から思うと、奴らは僕が途中で逃げ出さないように、パスポートを没収したんだ」と、電話インタビューでパブロは苦々しく語った。
 派遣会社から渡された契約書には勤務地クウェートと書いてあった。
だが実際にパブロが派遣されたのはイラクにある陸軍基地だった。派遣会社に文句を言うと、拒否すればクウェート警察に逮捕させると脅されたという。
仕事内容も現地についた途端に、トラックの整備士ではなく燃料倉庫の作業員に変えられた。
一日十二時間、灼熱の倉庫内で働かされ、週七日勤務で残業代はつかない。
時給に換算すると一ドル七十セント前後だ。
就寝時間になるとトレーラーの中に、第三国から来た他の労働者たちと一緒に押しこまれた。
毎日食事の時間になると、パブロは六十度近い炎天下の中、米軍の残飯をもらうために長蛇の列に並ばなくてはならなかった。
「他の労働者たちはもっとみすぼらしかった。インドやネパールからきた連中の中には、焼けるような砂の上を裸足で歩き回っていた奴もいたよ」
イラクにいる兵士の不足を州兵や予備兵でまかないきれなくなった米軍は、ハリバートン社(ディック・チェイニー現副大統領が一九九五年から二〇〇〇まで最高経営責任者を務めた建設企業)のような民間の会社に、後方支援として戦場でのさまざまな業務を依頼している。
その業務内容は米軍基地での食料や武器の輸送や供給から、電気技師やトラックの運転手、パブロのようなそう来ない作業員や、本国から来るVIPの護衛までと、多岐に渡る。
二〇〇四年には、これらの民間会社からの派遣社員がイラク人捕虜の尋問、虐待にまで関わっていたことが判明し、米国軍事法に違反しているとして現在問題になっている。
アメリカ国内に流れるハリバートンのコマーシャルには、米軍兵士を支えることを誇りに思おう、といううたい文句が流れる。
だが、実際には派遣社員の多くは貧しい第三国からの労働者たちから成っているのが現状だ。
米軍から後方支援業務依頼は、請け負ったハリバートン社から子会社であるテキサス州の『ケロッグ・ブラウン社』に降りる。そしてそこからケロッグ社の子会社であるユタ州の『イベント・ソース社』へ、その下請けである『アラガングループ』へとおり、さらに下請けの『ガルフ・ケータリング社』が、パブロがフィリピンの求人広告で見た派遣会社にリクルートの依頼をするという仕組みになっている。
このように何層にもなっているシステムは、雇用側に非常に便利に出来ている。米軍は下請け会社に関しては、最低賃金の保障ラインを決めていないからだ。
「自分の月収は六百ドル(約七万円)で、時給に換算すると七ドル(約八百円)だったが、倉庫内で一緒に働いていたシーラ・レオーネから来た労働者は、月に$150(約一万八千円)しかもらっていなかった。週七日、日に十二時間の労働時間から計算すると、時給46セント(約60円)だ。それでも、本国で稼げる収入を考えたらこんないい話はないと、派遣会社はまるで福祉でもしてやってるような偉そうな態度を取ったらしい」とパブロは言う。
 現在ハリバートンやその下請け会社のような民間軍事請け負い会社は、世界中に五百社以上あると言われている。
ハリバートン社が米軍からの依頼を受けるようになったのは一九九二年。米ソの冷戦終了に伴う米軍の縮小に反比例して、このような会社が少しずつ成長していった。
業界での競争に勝ち残るために彼らが取るコスト削減の戦略は、ターゲットをより生活水準の低い、貧困国の人間へと向かわせてゆく。
 派遣社員がスカウトされる主な国は、パブロの出身国であるフィリピンを始め、シーラ・レオーネ、スリランカ、パキスタン、インド、ネパール、バングラディシュなど第三国にしぼられる。
「ひどいのは賃金だけじゃない、防備もお粗末なものだった」
パブロの話によると、労働者たちには米軍のようなヘルメットも防弾チョッキの類も一切与えられず、危険に関する説明もされなかったと言う。
「イラクの武装勢力が発砲してくると、米軍は常時装着しているマシンガンで応戦したり、防弾チョッキで身を守る。だが自分たち派遣社員はどうしたらいいかわからずにぼおっと突っ立っているだけだった。丸腰で戦闘地帯にいるのと同じ状態だった」
 米軍兵士が武器を持たずに危険地域に入ると、軍法会議にかけられるが、暫定政府(CPA)は民間の軍事請け負い会社に対しては、武器の所持制限を設けている。
 軍事訓練を受けたことがないパブロたち派遣社員は、イラク行きが決まった時に、会社側から『自分の身は自分で守れ』と言われた。
彼らはアメリカ側で働くゆえに敵とみなされ、反米武装勢力の格好の標的になる。
パブロの目の前で、同僚の労働者たちが武装勢力からの攻撃や自動車爆弾でどんどん死んでいった。
満足に食事が取れず、昼は灼熱の気温下での労働、極寒下の夜は暖房のないテントで就寝するうちに病気にかかり死んでゆく労働者もいた。
米軍兵士は基地内で支給されるペットボトルの水を飲んでいたが、労働者たちは現地の水道水を飲むように言われた。
米軍が使用する劣化ウランの影響で放射能汚染された水である可能性が高かったが、労働者たちに選択の余地はなかった。
水道水を飲み始めて四、五日たった頃から、パブロは原因不明の下痢と激しい嘔吐に悩まされた。
だが現地の医者は白い錠剤を処方してくれただけで、何の薬であるかの説明もなかった。パブロは言われた通り錠剤を飲んだが、下痢は止まらなかった。
だがそうやって彼らが死んでも、その数は米軍が国防総省に報告する戦死者数の中に入れる義務はない。
ジョージア州にあるNPO,『イラク同盟軍犠牲者統計(Iraq Coalition Casuality Count)』の発表によると、一般市民犠牲者二百六十九人のうち、第三国からの労働者の数は三分の一以上を占める百人以上となっている。
そしてこの中には未報告の犠牲者数は含まれていない。
二〇〇四年の八月には、ネパール人を含む十一人の出稼ぎ労働者が武装勢力に誘拐され、処刑された。処刑場面はインターネットで流されたが、犠牲者の家族に対しては、米軍も派遣会社も、そして米国政府も責任がないとして一切対応をしなかった。
現地でヒンドゥー教徒の労働者が牛肉を扱わさせられたり、イスラム教の労働者が残飯の豚肉を食べさせたりしていたという報告を労働者たちから受けて、動き出した政府や非政府機関もある。
インドやフィリピンの政府はアメリカの国防総省に対し、労働者の不当な扱いについて調査をするように要請しているが、やはり下請けにつぐ下請けという複雑で多層な仕組みのせいで、現場での詳しい労働状況までは届いていない状況だ。
一八三一年三月。北アフリカ戦線での自国兵士の死者数増加対策の一つとして当時の国王であるルイ・フィリップは『外人部隊』を作り出した。
国籍も宗教も過去の経歴も一切問われることなく、だが戦場での死は自己責任とみなされる外人部隊に、パブロは戦争ビジネスの『捨て駒』である自分たち第三国労働者の境遇を重ねあわせる。
「違うのは、自分たちの入りこんでいるこのシステムが、巨大なビジネスであるというところです」
予備兵及び州兵の招集が思うように行かない米軍にとって、民間軍事請け負い会社に業務を依頼することは、大幅のコストカットが実現するだけでなく、アメリカのイラク派兵に反対を唱える同盟国との軋轢対策にもなり、一石二鳥になる。
二〇〇五年五月。米軍はハリバートン社に米軍からの奨励賞及び七千二百万ドル(約八十六億円)のボーナスを与えると発表した。
ハリバートン社の行っているイラクでの米軍支援の質の高さと、愛国的業務に対しての感謝の意を表明したものだった。同社は後方支援業務に関して米軍と十年間の契約を結んでいる。
ハリバートン社の傘下では現在約四万八千人の労働者が働いているが、そのうち第三国からの出稼ぎ労働者は35%を占めている。
だが派遣社員のリクルートは第三国だけではない。
テキサス州のダラスに住むマーク・ジョンソン(29)は、同州のタンパで行われた派遣会社の就職説明会に参加した。
派遣会社はやはりハリバートン社の子会社であるケロッグ・ブラウン社で、説明会の会場には『同胞を支援する崇高な業務』『アメリカ政府を支えながらガンガン稼げ』など色とりどりの文字がかかれたプラカードが飾られていた。
だが、パブロたちのような第三国労働者の状況と違い、対象がアメリカ人の場合は初めからストレートな説明がされるとマークは言う。
「嘘がない、といえば聞こえはいいですね。国内で健康保険や大学費用などをえさに誇張した勧誘をする米軍リクルーターと比べて、こちらは全て初めから条件をテーブルに出される。国内の労働者たちの扱いについては組合が関与してきますから、そのせいでしょう」
会場では数人のリクルーターが入れ替わり立ち代り出てきて、就業条件の説明をする。
派遣先はイラクかアフガニスタンであること。
現地では武装勢力の攻撃で死ぬ可能性ももちろんあること。
就業時間は日に十二時間、週に七日。休暇は四ヶ月ごとに十日間与えられる。
現地の基地内での労働現場が映し出されたビデオが上映された後、リクルーターは言った。
『もし貴方がたが現地にある化学兵器や放射能系の武器によって死亡した場合、本国の家族のもとへは帰れなくなります。現地で火葬されますから』
全ての就業条件についての説明が終わると、最後に給料の話になる。
『驚きました。最初の年だけで八万ドルが約束されるというんですから』
 マークを初め会場に集まった就職希望者のほとんどが、国内で不景気のあおりを受けて失業中か、でなければ借金を抱えていた。
結婚して妻と息子を抱えたマークは地元の食料品店のマネージャーをしていたが、月収千五百ドルにも満たない給料では、借金は膨れあがる一方だった。
マークはテキサス大学を卒業している。
大学の学士号保持者でもそんなに苦しいのか、という私の質問にマークは言った。大学に行ったがゆえに負債を抱えたのだと。
アメリカでは大学の授業料が90年代に比べ50%値上げされており、費用を払いきれない学生たちは学生ローンを利用する。
アメリカ教育省のデータによると、ローンを利用する学生たちが卒業時に抱える借金の額は平均して二万七千ドル(約三百三十万円)で、一九九〇年の数字と比べて三倍に増加している。
学生たちはその他食費や文具、教材などはクレジットカードで支払い、現在アメリカの二十代の若者の抱えるクレジットカードの借金額は平均して一人につき四千ドル(約五十万円)前後になる。
利用する学生の中で、それらの借金が卒業までに返済不可能なレベルに達するのは全体の39%だという。
それに比例して大学卒業者の収入そのものも下降している。大学を出た二十代の男性の収入は前年に比べ平均で3.5%減少している。
不景気に加え、人材雇用の波が賃金の安い第三国にどんどん流れるために、大学を卒業していても国内での就職状況はますます厳しくなっている。
給料が下がっているだけでなく、通常は保障される健康保険やその他の諸手当を出さない会社も年々増え続けている。
現在アメリカの若者は、平均して収入の四分の一をクレジットカードで出来た借金の返済にあてているという。
『学生ローンで出来た借金の他に、私には十歳の息子がいるんです、』とマークは言う。
『息子は大学に行く費用がなかったら軍に入隊すると言うかも知れません』
二〇〇四年十月。ブッシュ政権は911テロ後に入隊した米軍兵士には新たに最大827ドル20セント(約九万九千円)の学費援助をするという法案を通した。
だが、入隊しても米軍兵士の初年度の給料は年収一万五千二百八十二ドル(約百八十七万円)であり、実際の大学費用にはとても足りず、結局帰国してから大学に入学してもクレジットカードの借金に頼らざるをえない状況だ。
そして同政権の予算カットによって、二〇〇五年度には八万四千人分の大学奨学金が削減された。公立大学支援予算の減額は授業料を50%上昇させ、中流の労働者たちは子供を大学に行かせることがますます困難になった。
さらに同年、低所得者向けの医療扶助制度予算カットのでせいで百五十万人がその資格を失い、又国内で新たに七十五万人の子供たちが健康保険を失っている。
リクルーターの説明によると、現時点でケロッグ&ブラウン社に登録している派遣社員の数は五万人から六万人、同社は平均して週に二百人から三百人の派遣社員をイラク及びアフガニスタンに送っているという。
説明会が終わった後、マークは迷うことなく登録手続きを取った。
『私だけではありません、会場にいるほとんどの人間が登録用紙に書きこんでいました。確かに労働条件は決していいとは言えません。だけど私たちアメリカ人も追いつめられているんです。ブッシュ政権は失業保険や健康保険をカットし、奨学金受給者の枠を縮小している。。私の妻は今二人目の子供を身ごもっています。医療費はあがる一方なのに、うちには健康保険がないんです。今、このイラク派遣の仕事を逃したら一生借金から逃れる手立てはありません』
 派遣社員として就業するにあたって、米軍のイラク侵攻についての考えなどはどう影響しますか?という私の質問に、マークはこう答えた。
『そこがこの仕事のいい点と言えるかも知れません。ケロッグ&ブラウン社は、登録する私たちの政治的見解などは一切業務とは関係ないと言うんです。例えば私は個人的にはわが国のイラク侵攻には反対でした。ブッシュ大統領の政策も最悪だと思う。ですがこの仕事は私にとってあくまでも貧困から抜け出す素晴らしい機会、これ以外に借金返済の道はもうないんですから』
 米軍のイラク駐留に賛成する者、サダム・フセインが911のテロに関与していたと信じる者、あくまでも反戦を主張し、イラク戦争は理由のない暴力的侵攻だとして撤退すべきだと考える者…。
 各々の政治的立場に関わらず、貧困から逃れる唯一のチャンスとしてイラクでの仕事を与えるこの派遣システムは、政府の方針に反対する力を作り出さずに効率よく戦争を維持させている。
ディック・ナイトは、従兄弟のパブロのような低賃金労働者は今後も増加の一方をたどるだろうと語った。
彼らのような労働者を出来るだけ安い費用で見つけてきて戦場に派遣する民間軍事請け負い会社の間で、イラク戦争は『ゴールド・ラッシュ』と呼ばれているという。
二〇〇六年一月二十日の朝日新聞に、日本国内の所得格差の拡大が上昇している事実を政府が『見かけ上のものだ』と否定しているという記事が載っていた。同誌によると、二〇〇四年に経済協力開発機構(OPEC)が発表した所得分配の不平等を表すジニ係数は、日本における貧富の差がアメリカについで拡大しつつあることを示しているという。
フリーターの増加やIT企業の利益上昇率、高齢者への保険金値上げなど、日本国内でも貧富の差は着実に広がっている。
イデオロギーではなく拡大する貧富の差が、自国で搾取され貧しさに苦しむ弱者たちを『低賃金労働』という名の商品に変える。
舞台がイラクから別の場所に変わり、メディアに現れる憎むべき敵の顔が新しくなり、街頭で叫ばれるシュプレヒコールの内容が、挙げられるプラカードの悲惨な写真が変わったとしても、今やはっきりと二層になりつつある世界市場で、顔のない低賃金労働者たちの需要は尽きることなく、戦争ビジネスを、一部の富める者たちの懐を潤わせ続けてゆく。
イラクから帰国したパブロから現場での話を聞いたディックは、現在マンハッタンにある非政府機関『インターナショナルアクションセンター』に問い合わせ、パブロの体験と、イラク戦争の裏側で何が行われているのかを告発するセミナーを行っている。
『どんなに反対の声があがっても、政治家たちは戦争をする。国籍に関係なく、市民は弱者だからだ。でも私たち市民にとって、あきらめることはすなわち負けを意味する』
イラク戦争反対をかかげる平和活動家の中には、どんなに頑張っても国民の声は届かないと途中で挫折してしまう人たちも少なくない。だが政府は事実を知った市民がそれを伝え、立ちあがることを何よりも恐れている。
毎日のニュースの中で、戦争によってどれだけ沢山の命が、環境が、文化が犠牲になったかを知っても、決して絶望してはいけないのだと、ディックは語る。

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