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2006年11月23日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.402 Extra-Edition2
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▼INDEX▼
■ 『レバノン:揺れるモザイク社会』 第48回
「白昼の閣僚暗殺劇」
■ 安武塔馬 :ジャーナリスト、レバノン在住
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■ 『レバノン:揺れるモザイク社会』 第48回
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「白昼の閣僚暗殺劇」
○ ジュマイエル工業相暗殺
ベイルートの東郊外にあるキリスト教徒地区ジュデイデで、銀色のKIAのセダン
がこっそりと発車した。
時は11月21日午後3時半、レバノン建国記念日の前日にあたる。さらに一日前
の20日夜にニューヨークでは国連安保理が開催され、ハリーリ前首相暗殺事件の国
際法廷合意文書を審議している。ラフード大統領の反対を受けて、ロシアと、アラブ
連盟を代表して出席するカタルが承認を保留、結論は21日夜に持ち越された。レバ
ノンの反シリア勢力が「安保理が国際法廷設置承認」という朗報を待ちわびる中、凶
行は起きた。
レバノンでも政治家が乗る車と言えば、たいてい黒塗りで図体が大きく、威圧的な
ベンツかボルボあたりと相場が決まっている。KIAは大衆車の中でも飛びぬけて低
価格で、体面にこだわる政治家はまず乗らない。ましてやキリスト教徒の名門政党、
カターイブ所属議員にしてセニオラ内閣で工業相を努める34歳のピエール・ジュマ
イエルがみずから運転しているとは誰も思わなかっただろう。助手席にはボディガー
ド、後部座席にも国軍所属の護衛が武装して乗り込んでいる。しかしナンバー・プレ
ートも一般車両のそれで、国会議員や閣僚の公用車ではない。そう、ジュマイエルは
「庶民」を偽装していたのだ。
今月11日から13日にかけて、ヒズボッラー、アマルなど親シリア派閣僚6名が
相次いで辞任し、セニオラ内閣は崩壊の危機に瀕していた。憲法の規定では閣僚の3
分の1が不在になったらその内閣は倒れたものとみなされる。セニオラ内閣の閣僚数
は元来、24ポストだった。そのうちサバア内相が2月のデンマーク大使館焼き討ち
事件で引責辞任している(ただし辞表は受理されていない)から、現在の欠員は7
名。あと一人欠員となると内閣は倒れ、国際法廷に関する審議も出来なくなる。「国
際法廷阻止のため、シリアは閣僚暗殺を図るのでは」という情報がかけめぐってい
た。ジュマイエルが「庶民」を偽装したのは、暗殺作戦の標的となるのを避けるため
だった。
しかし、刺客は周到かつ大胆だった。ジュマイエルのKIAが発進すると、黒いホ
ンダが後続した。ジュマイエルは追跡に気づきアクセルを踏み込んだが遅かった。ホ
ンダは急速度でKIAを追い越すとそこで急停車、車体をKIAにぶつけた。前部が
ひとたまりもなく破損し動かなくなってしまったKIAに、ホンダの後部座席からサ
イレンサー(消音装置)の付いた銃を持った男が近寄り、無言のまま20数発の銃弾
を浴びせた。男は近くに待機させてあった別の車に乗り込み、悠々と逃走した。ジュ
マイエルはほぼ即死状態で、助手席のボディガードも数時間後に病院で息を引き取っ
た(なお、22日夜現在までに捜査当局は犯行の経過を公式発表しておらず、メディ
アによって犯行の描写は違っている。この描写はサフィール紙を参考にしたものであ
る)。
○ ジュマイエル一族
大都会の真ん中で、しかも衆人環視の中起きたマフィア映画さながらの閣僚処刑劇
はレバノン世論を震撼させた。カターイブの支持者は激昂し、ダウンタウンの殉教者
広場近くにある党本部や、ジュマイエルの遺体が運ばれた病院の周囲でタイヤを燃や
すなど騒然とした雰囲気になった。血気にはやる青年たちは大統領府に殴り込みをか
けよう、とさえ叫んだが、故人の父で元大統領のアミーン・ジュマイエルに制止され
た。
ジュマイエル家の出自はベイルート北東方のマトン山岳地帯の村、ビクファイヤで
ある。アミーンの父、ピエールはレバノン建国以前にカターイブ党を結成し、194
3年の独立時、1958年、1975年の内戦で大きな役割を果たした。ピエールの
長男がアミーンで、次男はこれまで何度か言及したバシールLF前司令官である。バ
シールは1982年に大統領に選出された後、おそらくはシリアの手で爆殺された。
バシールの死後、アミーンが1988年まで後継大統領をつとめたが、カターイブ
は内部分裂を繰り返し、現在ではFPM、LFの二大政党におされ、キリスト教徒の
中心勢力という地位は過去のものとなった。
しかし、アミーンの長男ピエール(祖父と同名)は歯に衣着せぬ率直な反シリア言
動により、若く戦闘的なキリスト教徒の間で人気を博していた。暗殺者の意図が、レ
バノンを内戦の泥沼に引きずり込むことにあったとすれば、ピエールは格好の標的
だったと言える。
アミーン・ジュマイエルは大統領時代にはイスラエルとの間で条約を結んでいる
(当時親シリアの民兵指導者だったジュンブラートやベッリの蜂起により、結局この
条約は破棄した)。また先日辞任したラムズフェルド前米国国務長官とも親交が深
い。このため政敵は彼に極右のレッテルを貼るが、最愛の長男の死に直面してアミー
ンが見せた振る舞いは元大統領の名に恥じぬ立派なものだった。報復を叫ぶ支持者に
向かい、アミーンは手をあわせんばかりにして、「聞いてくれ、頼むから聞いてく
れ」と呼びかけた。「内戦に引きずり込まれてはならない。ピエールは祖国のために
死んだ。どうかピエールの死を汚さないでくれ。報復してはならない。今夜はただ
祈ってくれ、ピエールと祖国のために」。
1982年9月、バシールが殺された2日後には、カターイブ(当時はLFと一体
だった)の民兵は復讐として悪名高いサブラ・シャティーラ虐殺事件を引き起こして
いる。21日にアミーンの献身的な呼びかけがなければ、レバノンは一気に内戦へと
なだれ込んでいたかもしれない。
○ 野党、出鼻を挫かれる
反シリア連合の総帥で、影の首相とも言うべきサアド・ハリーリ議員はその時、ベ
イルートの私邸「クレイトム宮殿」で記者会見を開き、国際法廷設置の重要さを論じ
ていた。
壇上のハリーリのもとにメモが差し出された。それを一瞥したハリーリの目つきが
一変する。「今入った報せだ…ジュマイエル工業相が撃たれ…殉教した。会見は終わ
りだ」そう言うなり、ハリーリは立ち上がり側近に両脇を支えられながら控え室に向
かった。
かと思うと、数分後にはホールに再び現れ、明らかにぶち切れた様子で、シリアを
非難した。この後、CNNのインタビューでもハリーリはジュマイエル暗殺にはシリ
アが絡んでいると断定している。
ハリーリだけではない。自制を呼びかけたアミーン・ジュマイエルを除き、ほとん
どの反シリア政治家はシリアの犯行と断定する声明を次々に出している。ジャアジャ
アLF議長はラフード大統領の即時辞任を求めた。
21日深夜にはカターイブ本部に反シリア連合首脳が集まり、暗殺事件後の対策を
協議する。そしてジュマイエルの葬儀を22日ではなく23日に順延すると決めた。
少しでも多くの国民が参加出来る様、準備の時間を設けたのだ。カターイブは無論、
ハリーリ派、LF、PSPなど反シリア連合の諸勢力は、猛然と活動家や支持者に動
員をかけ始めた。
葬儀は殉教者広場に程近い教会で行われる。それに合わせて2月14日(ハリーリ
元首相の命日)以来の巨大集会を開催し、全世界に向かって、そしてヒズボッラーや
アウン派など野党に向かい、「レバノン国民の多数派は国際法廷を支持している。シ
リアは裁かれねばならない」と声をあげるつもりなのだ。
シリアに父を殺された(ことを疑わぬ)ハリーリとジュンブラート。弟と長男を殺
されたジュマイエル。シリアの手で11年間地下牢に閉じ込められたジャアジャア。
反シリア連合首脳は、シリアと戦い続ける決心を再確認した。
ジュマイエル暗殺事件で割をくったのは、倒閣のための街頭行動に踏み切る寸前
だった野党の側だ。ヒズボッラーそしてラフード大統領など親シリア勢力とアウン派
は一様に暗殺を非難する声明を出している。しかし「暗殺の背後にはシリアが居る」
と考える反シリア派は、ラフードやヒズボッラーが本当にシロかどうか疑念を深めて
いる。野党がいま倒閣行動を起こすと「やはり野党の真の狙いは国際法廷を妨害し、
シリアを守ることなのだ」という与党=反シリア派の主張を証明するような格好に
なってしまう。
それを避けるには当面ジュマイエルの喪に伏し、目立った行動を控えるしかない。
もし本当に暗殺はシリアの犯行で、ヒズボッラーはシロだとすれば、ヒズボッラーの
首脳は「シリアが余計なことをしてくれた」と歯噛みしているのではなかろうか。
いずれにせよ、ここまで街頭行動というカードをちらつかせながら与党を少しずつ
追い詰めてきた野党は、いったん受身に回らざるを得なくなった。
○ 「アサド政権の棺の釘」?
セニオラ内閣と与党への追い風はニューヨークからも吹いてきた。セッション2日
目にロシア、カタル両国は保留を取り下げ、安保理は国際法廷設置を承認、レバノン
政府との合意調印をアナン事務総長に委任したのである。
今後、レバノン国会が合意文書を3分の2の議員の支持で承認すれば、ラフード大
統領がセニオラ首相と連名で署名、合意は公式にレバノン政府の承認を得たことにな
る。ベッリ国会議長あるいはラフード大統領の反対により、このプロセスが完了しな
い場合は、安保理は新たな決議を採択、レバノン政府が関与しない純然たる「国際法
廷」を設置すると予想される。いずれにせよ、ハリーリ前首相暗殺事件の容疑者が法
の前で裁きを受けることは、ほぼ確実な情勢となった。
22日に本拠地ムクターラで記者会見を開いたジュンブラートPSP党首は、「国
際法廷妨害のために今後もシリアはセニオラ内閣閣僚の暗殺を図るだろう。しかし何
人殺されても、レバノン人は屈しない。暗殺はアサド政権の棺に打ち付ける釘になる
だけだ」と語っている。国際法廷設置に向けた動きが軌道に乗った以上、必ずやアサ
ド政権の中枢にメスが入り、政権崩壊につながるという観測である。
しかし、イラク情勢もパレスチナ情勢も日に日に混迷を深め、どちらの国でも米国
がシリアの協力を仰がざるを得ない状況に陥るかもしれない。その際、あくまでも米
国はシリアを断罪する道を追及するのだろうか? それとも、1990年にそうした
ように、イラクにおけるシリアの協力と引き換えに、レバノン問題ではシリアに譲歩
するということにはならないのであろうか?
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安武塔馬(やすたけとうま)
レバノン在住。日本NGOのパレスチナ現地駐在員、テルアビブとベイルートで日本
大使館専門調査員を歴任。現在は中東情報ウェブサイト「ベイルート通信」編集人と
してレバノン、パレスチナ情勢を中心に日本語で情報を発信。
<http://www.geocities.jp/beirutreport/> 著作に『間近で見たオスロ合意』『アラ
ファトのパレスチナ』(上記ウェブサイトで公開中)がある。
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【編集】 村上龍
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