★阿修羅♪ > 戦争86 > 355.html
 ★阿修羅♪
先軍政治の問題とは何か?
http://www.asyura2.com/0610/war86/msg/355.html
投稿者 パルタ 日時 2006 年 11 月 24 日 19:39:52: BeExvDE2jO5d2
 

もっと平等を!
革命軍事会議と赤色陸海軍のすべての幹部活動家への手紙
トロツキー訳/西島栄

   すべての兵士は、最初のブーツ一式、最初のオーバーコートがまず指揮官に与えられなければならないということを理解している。なぜなら、最悪の場合には、コートもない裸足の赤軍兵士が小屋にとどまっていることができても、指揮官は常に戦闘位置についていなければならないからである。
 しかし、自動車が、疲れた赤軍兵士の目の前で、ピクニック気分の遠出に使われたり、兵士が半分はだしでいるときに、指揮官がけばけばしく着飾ったりする場合には、そのような事実は、赤軍兵士の間で憤激と不平をもたらさないわけにはいかない。
 特権は、それ自体、ある場合には不可避である。繰り返すが、それは当分の間、必要悪である。しかし、これ見よがしに特権に甘えることは、悪であるというだけでなく、犯罪である。そして、赤軍兵士の多くは、任務の必要性によるやむをえない特権がどこで終わり、特権の濫用がどこから始まるかを、非常によく理解している。
 とりわけ軍隊にとって士気を阻喪させ解体的な性質を持つののは、確立された規則や指令や命令を侵害することと結びついた特権の濫用である。何よりも、酒や女性等々をともなうパーティがそれにあたる。
 この種の現象はけっして例外ではない。ほとんどの赤軍兵士はこのことを知っている。彼らは部隊で口々に、「司令部で」行なわれているどんちゃん騒ぎについて――もちろん、しばしば誇張した形でだが――語っている。戦闘で敗北した場合、一般の赤軍兵士はしばしば指揮官らによる行きすぎた放蕩生活を――根拠がある場合もあれば、ない場合もあるが――理由にする。加えて、退却する際、疲れ切った半分はだしの兵士たちは、司令部や輸送列車の中に、多くの女性がいるのに気づく。
 休暇の問題もまた大きな役割を果たしている。共和国革命軍事会議は一度ならずこの問題に多大な注意を払って論じてきたが、そのたびに、赤軍兵士のための規則的な休暇システムを導入することはまったく不可能であるという結論にいたった。明らかに、この問題を決めるルールは、一般兵卒にも指揮官にもコミサールにも等しく適用される。しかしながら、誰にとっても、とりわけすべての赤軍兵士にとって秘密でないのは、指揮官とコミサールが、出張と称してしばしば休暇をとっていることである。たとえば、師団兵たん部の副代表が妻の訪問を受けると(それ自体、規則違反なのだが)、彼女を家まで送り届けるために、7日間の公務出張を取得する。しかし、兵たん部の赤軍兵士の中には、もう3年も家族と顔を合わせていない者がいるのだ。
以下略
トロツキー・ライブラリー
http://www.marxists.org/nihon/trotsky/より抜粋転載

食糧政策と土地政策の根本問題
(ロシア共産党(ボ)中央委員会に提出された提案)
トロツキー/訳 西島栄
【解説】これは、戦時共産主義が真っ盛りの1920年2月に、トロツキーによって中央委員会になされた提案であり、ネップ政策の先取りといわれている。穀物徴発制度が行き詰まりつつあったこと、農村が荒廃し、プロレタリアートの階級脱落が進んでいたこと、食糧生産が衰退しつつあったこと、農民の不満が高まり、それが危険な水準に達しつつあったこと、これらは、この時期すでにかなり認められつつあったが、ボリシェヴィキの中央幹部はこのことに目を閉じて、これまで通りの方策を支持していた。その中にあって、各地方を実際に回って見聞していたトロツキーは、幹部の中ではいち早く深刻な事態になっていることを感知し、以下のような提案(徴発制をやめて累進所得現物税に置きかえること)をしたのである。
 しかし、この提案は中央委員会で4票しか獲得せず、採用されなかった。とりわけレーニンは強く反対した。この提案には自由市場の復活については何も言われていなかったにもかかわらず、トロツキーは自由取引主義者と批判された。穀物徴発制の廃止は、結局、1年後の1921年3月の第10回党大会まで待たなければならなかった。1年間のロスは深刻な結果をもたらした。地方での大規模な農民反乱(とりわけ悲惨な結果をもたらしたタンボフ県のアントーノフの反乱)、そしてクロンシュタットの反乱をもたらし、ソヴィエト政権の政治的・道徳的権威を著しく下げ、政権の独裁的性格は不必要に強化されることになった。
Translated by Trotsky Institute of Japan

 地主の土地は農民に引き渡された。あらゆる政策は、多くの馬を持ち広い播種面積を持つ農民(クラーク)に対立している。他方では、食糧政策は、(消費基準量を越える)余剰の没収にもとづいて立てられている。これのおかげで、農民は自分たち自身に必要な規模でしか土地を耕作しない方へ追いやられている。とくに、3頭目の雌牛を余剰として没収する法令は、実際には、雌牛の密殺、肉の投機的な投げ売り、酪農の荒廃をもたらしている。その一方で、都市の半プロレタリア分子は、いやプロレタリア分子でさえ、農村に住みつき、そこで自分たちの食糧生産を始めている。工業は労働力を失い、農業では自給自足の食糧生産の数が増大している。まさにこれによって、余剰の没収にもとづいた食糧政策の基礎は掘り崩されているのである。今期における食糧の調達がかなりの成果をおさめているとすれば、それは領土の拡張と食糧調達機構のある程度の改善によるに相違ない。ところが一般的に言えば、食糧資源は枯渇のおそれがあり、いくら徴発機構を改善しても、それを食い止める助けにはなりえないであろう。経済のこうした崩壊傾向との闘争は、次の方法によって可能となる。
 1、播種面積の拡大や耕作の改善がやはり利益をもたらすよう、余剰の没収を、一定の比率での控除によって置き換えること(ある種の累進所得現物税)。
 2、郷や村のレベルにおいてだけでなく、個々の農家のレベルにおいても、農民へ引き渡される工業生産物の量と農民が供出する穀物の量とがいっそうよく照応するようにすること。
 地元の工業企業をそれに引き込むこと。農民が供給する原料や燃料や食糧の支払いとして、部分的に企業の工業生産物をあてること。
 3、供出量に対する義務割り当てを、播種面積や耕作規模全般に関する義務割り当てで補うこと。
 4、ますます広範に、ますます正しく手際よく、ソフホーズを建設すること。
 最初の2つの項目は、クラークに対する圧力を若干弱めることを意味する。われわれはある限界内に彼らをおいておくが、食糧生産を行なっている農民の水準までは引き降ろさない。 
中略
 いずれにせよ、食糧ノルマにもとづく均等徴発や、供出の際の連帯責任制、工業生産物の平等分配といった現在の政策が、農業を衰退させ、工業プロレタリアートを分散させるものであり、国の経済生活を決定的に台無しにするおそれがあることは、明白である。
トロツキー・ライブラリー
http://www.marxists.org/nihon/trotsky/より抜粋転載

今の北朝鮮の問題はロシア革命直後からすでに始まっていたと言える。トロツキー派が勝った場合、スターリン派が勝った場合よりも集団化は若干遅れただろうが、ソ連経済は破綻しても、崩壊度はより軽減されたと思う。ロシア革命からソ連崩壊後までに最悪な人々が主導権を握っていったと思う。北朝鮮がこれ以上人民に無茶な負担をかけないよう祈るばかりである。

 次へ  前へ


  拍手はせず、拍手一覧を見る

▲このページのTOPへ       HOME > 戦争86掲示板

フォローアップ:

このページに返信するときは、このボタンを押してください。投稿フォームが開きます。

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。