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「盧大統領、ブッシュに3回ダマされ対米不信に」
2006/11/14 18:30
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/11/14/20061114000056.html
「盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の外交ブレーン」と呼ばれる、北東アジア時代委員会の文正仁(ムン・ジョンイン)元委員長(現延世大政治外交学科教授)が、2004年の米国大統領選挙直後、国会議員らを対象に行った講演で「盧大統領は、米国のジョージ・ブッシュ大統領をまったく信頼していない。それは、ブッシュ大統領が盧大統領との約束を3回も破ったためだ」と話していたことが分かった。
京郷新聞は13日、文正仁元委員長が2004年11月4日に国会で行った「2004年米国大統領選挙の結果と韓米関係」というテーマの講演を録音したテープから、こうした内容の話をしていたことが確認されたと報じた。
当時、議員10人余りが出席した講演で、文正仁元委員長は「2003年10月18日、韓国がイラクへの追加派兵を決定し、20日にブッシュ大統領とバンコクで韓米首脳会談を開いた。その会談では北朝鮮の核問題について、ウクライナモデルで行くことと、6カ国協議を通じて多国間での書面による安全保障を行うことをブッシュ大統領が約束した」と語った。
これは、韓国政府のイラク派兵の代価として、ブッシュ大統領が盧大統領に北朝鮮に対する多国間での書面による安全保障を約束したものの、その約束を破ったということを示すもので、イラク派兵と北朝鮮の核問題の解決案がセットになっていたことをうかがわせる話だ。
なお、バンコクでの韓米首脳会談とは、第11回アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議の期間中に開かれた韓米首脳会談のことを指している。
文正仁元委員長は「(多国間での書面による安全保障案について)北朝鮮側は最初は“ふざけた冗談はやめろ”という反応だったが、2日後に立場を変え、やってみる価値はあると考えるようになった。ところが、(北朝鮮が)実際に6カ国協議に出てみると、米国が提出した案はリビアモデルだった」とし、交渉の舞台裏を明かした。
「ウクライナモデル」とは、まず安全保障と経済支援を提供し、核放棄および核拡散禁止条約(NPT)加入を導く方式で、「リビアモデル」は先に核放棄宣言をさせ、後で経済支援および関係正常化を行うことを骨子としている。
文正仁元委員長は「ブッシュ大統領が盧大統領に(多国間での書面による安全保障案を)語った際は、本心から話をしていた。(ブッシュ大統領の発言は)国務省の話を受けてしたものなのに、実行に移すときになってすべてお流れになった」と説明した。
また、文正仁元委員長は「2003年5月に韓米首脳会談を行った際、(盧大統領は)国民の反対にもかかわらずイラク派兵を決定し、米国に行って親米的発言もした。こうして米国が望むことをすべてやったのに、何か得られたものがあるのか。共同声明に盛り込まれた在韓米軍の再配置および縮小問題について、状況を見て柔軟に対応すると約束したが、ドナルド・ラムズフェルド米国防長官は一方的に交渉を進めた」と語った。
文正仁元委員長は「韓米首脳会談というものも、あちら(米国)からこれを裏付ける制度的安定性があるべきではないか、そうでなくては…(難しいと、盧大統領が考えるようになった)」と付け加えた。
結果的に3回も「やられた」盧大統領は、多くの席で「するだけのことはしたのに、もうブッシュは信じられない」「ブッシュの周辺の強硬派らのせいで苦労する」などと不満を漏らしていたことが知られている。
朝鮮日報/朝鮮日報JNS