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特報
2006.10.14
多次元方程式の朝鮮半島 解くヒントは
東大・姜尚中教授に聞く
北朝鮮の核実験はその成功、失敗を問わず、日本社会に漂う感情的な「対北強硬論」に冷や水を浴びせたのではないか。世界で指折りの軍事力が密集する北東アジア。今後、各国の一挙手一投足は少しでも踏み外せば、世界大戦規模の戦争に直結しかねないと姜尚中・東大教授は語る。戦争の危険はいま足元にある。だからこそ、冷静な分析が求められている。同教授に聞いた。 (橋本誠、田原拓治)
■宣言の意味タイミング
――北朝鮮が核実験に踏み切った。その直前の三日には予告の宣言文を発表した。宣言文の意味と実験のタイミングをどう読むか。
宣言文はよく練られているが、かなり悲壮だ。外務省が国内向けに発表しているのは体制引き締めを狙ったから。最も意識する米国に対しては「核保有国として認知されたいし、今となっては必然だ」というメッセージとともに「交渉の余地があり、非核化にコミットする」と伝えている。特に「核の拡散や核兵器流出は一切しない」という部分は核関連物質や核技術の流出、移転を恐れる米国の懸念を消そうとしている。
その一方で、北朝鮮は今まで米国が武力衝突を挑んだ国で、核保有国が一つもない現実を知っている。
実験のタイミングは絶妙だった。米中間選挙前で米国内での争点化には最もよい時期。さらに朝鮮労働党の創建記念日が翌日で、中韓日をめぐる安倍外交の開始も当然、意識している。
■枠組みは 崩れたのか
――今回の実験で二〇〇三年以来の六カ国協議の枠が崩れたといわれるが。
六カ国協議は生きている。楽観論かもしれないが、今後の展開によっては北朝鮮が六者協議に復帰しないとは断言できない。
北朝鮮を含め、六者協議が死滅したと公式に言っている国はない。言ったら恐ろしいことになるからだ。六者協議は、二者、三者、四者での協議もある複合的フォーラム。その意味では米朝直接対話とも矛盾しない。六者協議がダメになったということは、すべての問題を国連に移すことであり、そうなれば破たんするのは目に見えている。
つまり、国連という表通りでことを構えれば、行くところまで行ってしまう。ところが、米国も湾岸戦争のような多国籍軍はつくれない。結局、あいまいだが実質解決できるのは六者協議の場しかないのだ。
ブッシュ政権には米朝国交正常化寸前まで行ったクリントン前政権とは対照的に、北朝鮮に対する統一的なポリシーがない。あるとすれば、金融制裁もそうだが問題を解決せず、現状を凍結するだけだった。
だが、北朝鮮には米国につきまとう理由がある。それは米国も加わった朝鮮戦争の休戦協定だ。これを変えねば、北朝鮮は国際通貨基金(IMF)にもアジア太平洋経済協力会議(APEC)にも入れない。
米国が北朝鮮の望む「相互不可侵条約」をいますぐ締結するとは思えない。
ただ、中間選挙で上下院で共和党が大幅に後退すれば、ブッシュ政権はレームダック(死に体)になる。ほどほどに負ければ、米国は二国間協議には応じず、その場合、北朝鮮はこれをしのいで次の政権に代わるのを待つ。その間に核開発を進める。北朝鮮はすでに退路を断っている。
■中韓両国の本音と行動
――今回の実験で韓国の太陽(融和)政策が失敗し、中国のメンツがつぶされたという評価がある。両国の本音と次の動きをどう予測するか。
中国にとって、北朝鮮の核保有は必ずしもマイナス面だけではない。もちろんドミノ現象で台湾や日本が核を持つことは危ぶむが、最も恐れる北朝鮮の体制崩壊を防げるというメリットも忘れてはいない。
中国が北朝鮮への食糧供給を止めたときは完全な兵糧攻めになるが、国連が制裁を決議しても、最後までこれはしないだろう。
中国が一番恐れるのは経済封鎖や臨検から偶発的な衝突が起きることで、それをどこまで防げるか。その危うさが分かっている分、中国は六者協議への復帰を必死に説得すると思う。
韓国はどうか。この間、進めてきた太陽政策の柱は軍事的な優位に立ったうえで、融和政策を進めるということ。一言で言うと「北朝鮮安楽死」政策だ。
これは甘いどころか、一見なだらかだが一番過酷な政策だ。国連制裁が課せられても、韓国が太陽政策を変えることはないだろう。
盧武鉉大統領は今、必死になって平壌との首脳会談をアレンジしているかもしれない。もともとミサイル発射がなければ、金大中氏が訪朝する予定だった。盧政権は来年でレームダックになる。やるなら今年中か来春。そのために近く、金大中氏を平壌へ派遣する可能性がある。
さらに盧政権は、米国が軍事衝突に前のめりになる状況をコントロールすることにも神経を使うだろう。戦時統制権を米国が握っていると、国連軍の名の下に朝鮮戦争をもう一回やることになりかねない。それゆえ、米国から戦時統制権の返還を求めている現在の政策を継続するだろう。
■日本は どうする
――こうした情勢下、日本は制裁の方法をめぐっても強硬論に傾きがちだ。
北朝鮮は圧力では動かない。戦時下が数十年、続いているのだ。北が核を小型化し、ミサイル搭載を可能にすれば、たとえ超大国アメリカでも手が出せない。
こうなると終わりだ。拉致問題も大切だが、優先順位が違う。核は何十万人死ぬか分からないのだから。今回の実験で多くの人が「ここまで来るのか」と息をのんだのではないか。世論と外交の溝を埋められなかったツケが来ている。
日米同盟というが、米国と日中韓の根本的な違いは地政学的なリスクだ。武力衝突になれば、後方支援にとどまらず、現実的に空中警戒管制機(AWACS)などが北朝鮮への武力制裁に加わる。そこまで想定せず、強硬にやるべしと言うのは無責任にすぎる。
この問題で、日本は落としどころを考えなくてはならない。新政権は今回の問題が政権の命取り程度でなく、国の安危にかかわるという重さを認識しているのか。日中韓で米国の過剰さを止めなくてはならない。
■世界で進む 核の拡散
――北朝鮮のみならず、冷戦的な米国による核覇権の論理は崩れ、世界では核拡散が一段と進んでいる。
たしかに戦術核や小型の核が使われ、拡散していく可能性は強い。止めるすべもない。さらに欧米は北朝鮮問題をイランの核問題とリンクしてとらえている。
これから数カ月間は「外交の曲芸」が試される。拉致問題で留飲を下げればいいという一次方程式ではなく、多次元方程式。北東アジアで戦争をすることは中東での戦争とは訳が違う。世界でこれだけの大規模な軍事力が密集している場所はない。ここで戦争が起きたら、第三次世界大戦以上のものになる。
今回は中韓と連携できたが、小泉政権だったらパニックになっていた。北東アジアには安全保障の枠組みがない。せめて東南アジアのような多国間の枠組みをつくるべきだ。北朝鮮問題は試金石。ここをクリアすれば、六カ国協議が緩やかな多国間の安全保障のフォーラムにもなりうる。
カン・サンジュン 1950年生まれ。熊本県出身。56歳。早大大学院修了。専門は政治学、西洋政治思想史。テレビ朝日「朝まで生テレビ」出演などでも知られる。著書に「在日」「マックス・ウェーバーと近代」「ふたつの戦後と日本」など多数。
<デスクメモ> 仕事柄、教授とは対照的な世界の人とも付き合う。本当に怖い人の声は低く小さい。四年前、ある講演会で韓国の融和政策を非難する言説に姜さんは「朝鮮戦争で流された三百万人の同胞の血が政策の底にある。その重みを分かって言っているのか」と反論した。あのときも今回も、彼の声は低く小さかった。(牧)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20061014/mng_____tokuho__000.shtml