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ボストンは歴史の深い所である。かつては米国のリーダー層であったボストン・ブラーミンが出たところであり、それ故にハーバード大学もMITも存在しているのだ。
レッド・ソックスは勿論、伝統のあるチームであり、松坂はそこに歓迎されて入団したと言う事になる。
松坂の入団と今後の活躍については、日米の政治的関係を見る上においても目を離してはいけないと考えるのである。
彼が成績が上がらず早めに帰国するようであれば何のことも無いのであるが、イチロー選手の様に、また野茂選手の様に活躍する事になれば、今後の日米政治関係においてイチロー・野茂・松井よりも政治的意味合いの深い選手になる可能性も考えるところである。
これは、よい意味でも悪い意味でも、そうなるのではないであろうか。
米国内にも、日本と同じように、親日派と嫌日派がいる筈だ。
松坂大輔は日米の橋渡しをする選手に育つ可能性は秘めていると考える。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3
ボストン(Boston)は、アメリカ合衆国北東部にある都市。マサチューセッツ州の州都、サフォーク郡の郡庁所在地で、人口は約58万人(2004年)、都市圏人口は500万人に上り、メガロポリスの北端に当たる。
近辺の経済、金融の中心だけでなく、アメリカ発祥の地として有名で、英国をにおわせるような古い町並みが至る所に残る東海岸有数の観光都市としての性格を見せる。ケンブリッジ、ブルックライン(Brookline)、そしてサマービル(Somerville)といった数々の近郊小都市を含めてボストン圏(Greater Boston)と呼ばれる。
ボストン市及びその近郊には、ボストン大学(ボストン市)、ハーバード大学(ケンブリッジ市)、マサチューセッツ工科大学(同前)やタフツ大学(メドフォード市)といった著名総合大学に加え、ボストン・カレッジ(チェストナッツ・ヒル市)やブランダイズ大学(ウォルサム市)サフォーク大学(ボストン市[[ビーコンヒル (ボストン)、バンカーヒル短期大学(ボストン市)|ビーコンヒル]])等の小規模な名門大学が軒を連ねる為、ボストン圏はアメリカ一番の学術都市として知られている。ジャズの名門、バークリー音楽大学もボストン市にある。初対面の人にはどこの大学に在籍しているかを最初に尋ねる率が世界1高い都市でもある。
http://www1.doshisha.ac.jp/~syamada/boston_hp/cul_history/theme/nishikawa/bramin.htm
ボストンブラーミンの活躍
ボストンブラーミンが行ったのは、産業とその富による篤志事業だけではなかった。政治家として、時代に柔軟な政策を打ち出し、連邦議員も数多く輩出し、工業化の時代には、高率保護関税や内陸開発など、産業資本家層の要求を満たす政策を推進した。政治的指導者層のとって重要であった法律の分野でも、多くの人材を輩出し、弁護士は貿易商や繊維業株主に匹敵する地位を確立した。1817年に成立した、ハーバード大学の法学部は弁護士人脈の核となる役割を果たした。更には医学、学術、芸術の分野でも多数の功績を残した。
ボストンブラーミンは南北戦争の直前まで、巨額の富と高い社会的地位を世襲していた。支配は政治経済から文化面にまで及び、そこには一種の貴族制度が成立していた。19世紀半ばのボストンはまさにボストンブラーミンの「黄金時代」であった。
ボストンブラーミンの衰退について
ボストンブラーミンの衰退については説が複数あるため、ここで断言できるわけではない。しかし、定説として、衰退が始まったのは1878年に南北戦争がきっかけとされる。南北戦争でブラーミンの一門を担う若者が次々命を落としたことや、同族所有・同族信託基金の経営戦略時代に合わなくなったこと、綿織物工業が南部へ移っていったこと、優秀な人材が経済界・政財界から学界・文壇へ流出したこと、政界での相次ぐ敗北などがブラーミン衰退の主な構成要素である。具体例はここでは省くとするが、ブラーミンは南北戦争後、危機の時代に追いつめられ、かつての栄光にすがり社交の殻に閉じこもり、ますます閉塞性と排他性を帯びて時代に取り残され、衰退の運命をたどったのであった。ブラーミンの衰退はその大きな繁栄とは裏腹に素早く進行していった。現在でも、ボストンだけでなく、政界・法曹界・医学界・文学界など様々なところで彼らの足跡に出会うことができる。彼らの残したものはいかに後世に影響を与えてきたか、私たちは歴史の端々で感じることができるだろう。
http://www.cc.toin.ac.jp/kika/paulownia/109/art4.html
ボストンはアメリカ建国の際に清教徒がイギリスから植民し、町をつくり産業を興し、教育を盛んにした地域です。17世紀にこの地で最初に水車を回して綿織物工場を建て綿織物を外国に輸出して富を築き、その後鉄鋼業、木工業、造船等、一大工業地に育て上げた人々がいましたが、彼らは「ボストンブラーミン」と呼ばれエリート階級を構成しました。ブラーミンはインドのカーストの中で最上級の人々の呼称ですが、ボストンでは、富裕階級の呼び名に使われたわけです。
彼らは敬虔なキリスト教徒として、築いた富は神から得たもので貧しい人々に分け与えるべきだという思想により、民衆の教育、病院や学校、図書館、博物館等の建設に使いました。アメリカで最初に義務教育制度を確立したのもボストンにあるマサチューセッツ州です。また誰でもが参加できる講座を開設して民衆の教育に努力しました。これをライシャム運動といいます。特にアイルランドから大量の移民がボストンへやって来ましたが、これらの人の教育が問題でした。皆さんご存知のトム・クルーズ主演の映画「はるかな大地」に、貧しい移民の様子が描かれています。
さて、アメリカ最古の大学であるハーバード大学(1636年)、そのほかマサチューセッツ工科大学、ボストン大学、ボストンカレジ、タフツ大学、ノースイースタン大学等の私立大学はこうした人々の努力によって設立されたものです。
こうした大学は、大学の知を広く社会に公開することが大学の使命と考え、積極的に講座を開設して市民教育に努力しました。20世紀に入り放送が始まると放送を利用して市民教育を行うことを考え、上記の6大学とボストンブラーミンが協力して公共放送を立ち上げました。これがボストン公共放送局(WGBH)で、ハーバード大学のロースクールの裏手にあります。
現在アメリカには360の公共放送局があり教育放送を中心に良心的な番組を放送していますが、WGBHはその中で指導的な立場にあります。公共放送局は運営資金を民間の寄付に頼っています。もちろんコマーシャルはありません。つまり「市民による、市民のための」放送局なのです。
こうした歴史と社会的使命を明らかにするために、私はハーバード大学のピユーズイ公文書館(ハーバード大学には48の図書館があります)やWGBH公文書館、メリーランド大学にあるアメリカ公共放送公文書館、ニューヨークのフォード財団公文書館等にお世話になりました。こうした図書館を訪ね、英文の要約をつけて私の著書を贈呈するとともに感謝の意を伝へてきたわけです。
http://www1.doshisha.ac.jp/~syamada/boston_hp/cul_history/theme/kobayashi/redsox.htm
ボストンの人々はレッドソックスの試合の結果に一喜一憂し、特にヤンキースとの一戦には、日本でいう巨人阪神戦くらいに因縁めいた感情を持つ。メジャーリーグのチームの中でも歴史あるレッドソックスはボストンの日常生活の一部に溶け込んでいるといっていいだろう。呪いを打ち破った今、ボストンはより一層レッドソックスの今後に期待している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
日本ではヤンキースが最も人気のあるチームと報道されることが多い。確かに観客動員数ではヤンキースが上回っているが、それはヤンキースの本拠地ヤンキー・スタジアムの収容人数57,545人に対して、レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークは38,805人しか収容できないためである。フェンウェイ・パークは入場券の平均価格が2006年春現在、46.46ドル(約5,500円)と9年連続30球団最高であるにもかかわらず307試合連続満員札止め状態(2006年シーズン終了時点)が続き、またビジターゲームでの観客動員はレッドソックスが1位である。そのため、アメリカではメジャーで最も人気のある球団はレッドソックスだといわれている。
ここまでやるか!『松坂劇場』 ボストンの松坂、ハーバード大とMIT講師(スポニチ)
http://www.asyura2.com/0610/senkyo28/msg/1447.html
投稿者 新世紀人 日時 2006 年 12 月 17 日 14:02:18: uj2zhYZWUUp16
ボストンの人達には松坂大輔の選手としての実力に目を向けて貰いたいものだ。
日本への余計な気遣いは無用である。特に政治的思惑は出来る限り排除願いたい。
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