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新総理 安倍晋三が受け継ぐ“妖怪”岸信介の危険なDNA(立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」 )
http://www.asyura2.com/0610/senkyo27/msg/278.html
投稿者 gataro 日時 2006 年 10 月 05 日 22:41:52: KbIx4LOvH6Ccw
 

2006年9月29日

日本外国特派員協会(外人記者クラブ)に呼ばれて、安倍政権について語ってきた。そのとき語ったことと、時間が足りなくて、用意しておきながら語れなかったことを、こもごも語ってみよう。

そもそも記者クラブによばれたのは、月刊「現代」の10月号に「安倍晋三改憲政権への宣戦布告」と題する論説を寄稿したことがきっかけである。

このタイトルはいささかおどろおどろしい(タイトルは編集部がつけたもの)が、その中身はそれほど激しいものではない(つもりである)。

そこに書いたことは基本的に、この8月15日に、東大安田講堂で開催した「8月15日と南原繁を語る会」と題するシンポジウムの紹介と、そこで私が語ったことを述べつつ、近未来の日本で起ころうとしている憂慮すべき事態を論じたものだった。

憂慮すべき事態とは何かというと、近い将来安倍政権が誕生するだろうと予測されているが(この原稿は8月20日前後に書かれた)、その安倍がかねがね、次の時代の首相がまっさきにぜひとも取り組まなければならない政治課題として、何よりも憲法改正をあげているということだった。

戦後民主主義国家の否定か肯定か

安倍は、戦後民主主義国家日本というものを、基本的に否定的にとらえ、この国を作り直さなければならないと考えている。どこを作り直さなければならないのかというと、何よりも憲法だという。ということは、憲法は国家のあり方の基本を定める根本法典だから、この国のあり方が根本的に気にくわないということである。気にくわないからこの国のあり方を根本的に変えてしまおうというのである。

どこがいけないというのか、まず出来方がいけないという。憲法は占領国家アメリカが押しつけたもので、それも1、2週間で若手官僚がデッチ上げた出来の悪いものだという。戦後日本がおかしな国になったもとは、すべてこの出来の悪い憲法にあり、これを作り直さないことには、新しい日本の出発がないというのである。

そのような安倍の考えは基本的にまちがっていると私は考えている。戦後民主主義国家日本の基本的あり方、基本的生き方は正しかったと(つまりこの憲法はいい憲法だ)私は考えている。

この憲法があったればこそ、戦後国家日本の未曾有の繁栄があったと考えている。いま憲法を改正しなければならない特段の理由はないと考えている。

各種の世論調査を見ると、最近、私のように考える人が次第に少なくなっており、むしろ安倍のように考える人が次第に多くなっていることは私もよく知っている。

しかし、どちらがまちがっているかといえば、安倍ならびに安倍のような考え方をする人々だと思う。

いまのところ、まだ憲法改正派は、憲法改正の発議に必要な3分の2の多数を占めるところまではいっていないが、単に憲法改正に賛成か反対か問うだけであれば、すでに賛成のほうが若干多いところまできているようである。

だから、ただちに憲法改正ができるというわけではないが(安倍も5年くらいの時間が必要といっている)、民主党が憲法改正賛成派と反対派に分裂して、賛成派がこの問題で自民党に合流して動くなどということになったら、憲法改正は意外に早く実現してしまうかもしれない。

このような事態をさして、私は「憂慮すべき事態」といっているのである。

解釈改憲で「戦争できない国」から「戦争できる国」へ

どこが憂慮すべき事態なのかというと、憲法改正で論議の的になっているポイントはいろいろあるが、結局は憲法第9条の問題がいちばん大きい。

9条を改正するとして、どのように改正するのかをめぐっては、自民党、あるいは改正論者の中にもさまざまな議論があって、どのようになるかはまだわからない。基本的な方向として、自衛隊を軍と認め、いま9条で否定されている交戦権を認め、日本が「戦争ができない国」から「戦争ができる国」になるという方向性ははっきりしていると思う。

そのように9条が変われば、当然集団的自衛権の行使が認められ集団的安全保障条約への加盟も認められる。その結果、日米安保条約も双務性が強いものに改められ、日本はアメリカ軍の行くところ、どこにでもついていくようになり、海外派兵が、どんどんなされるようになるにちがいない。

いま国会で、安倍首相の発議で、集団的自衛権の行使がさかんに論じられているのは、憲法を改正しなくても、憲法の解釈を変更するだけで、同じことが可能になるのではないかと安倍首相が考えていることによる。

安倍が総理に就任することが決定的となった約1カ月前に、法制局の高官(阪田雅裕内閣法制局長官)が辞任したのは、安倍のこのような行き方(解釈改憲でこのような重大事を変更してしまう)に抗議してのことだといわれている。

9条があるおかげで、日本には武器輸出禁止の原則があり、日本の産業技術は軍事利用されないことになっているが、9条がなくなったら、日本の産業のかなりの部分が部分的な軍需産業になっていくだろう。

いまは、日本の科学技術全体が、研究面でも応用面でも軍事利用の方向に向かうことがないように厳重な歯止めが二重三重にかかっている。しかし、9条がなくなったら、各大学に軍事関係の講座ができたり、防衛庁(省)の予算をもらって、軍事研究をしたりといったことが平気で行われるようになるだろう。

つまり、9条が改正されると日本の経済も、学術研究も、相当部分が軍事を中心にまわりだすということである。

経済の軍事化で失われる日本の繁栄

戦前の日本の国家予算は、平時でも5割以上が軍事目的で使われており、戦時になると、それが7割5分にまではね上がったりした。

経済の軍事化は、いったんはじまってしまうと、どんどん肥大化していき、一国の経済が軍事中心にまわりだすようになる。

冷戦下のソ連がその典型で、すべてが軍事中心で動いたため、ソ連では、民生部門にあらゆる意味でリソース(物財も人材も、資金も、資源も、エネルギーも)まわっていかなくなり、ついには国家がたちいかなくなって滅んだのである。

アメリカでも経済の軍事化が激しく進んでおり、いまでも、国家予算の約半分が軍事部門に向けられている。

あの長きにわたった冷戦の間、日本だけが、9条のおかげで、経済の軍事化の波をかぶらないですんだ。そこに日本の経済的繁栄の根幹があった。

日本はすべてのリソースを民生部門にふりむけることができたから、世界の民生品市場で日本の商品が圧倒的勝利をおさめることができた。

しかし、安倍が考えているような方向(憲法改正、経済の軍事化容認、日米安保の強化=アメリカの行くところどこでもついていく)に日本が向かってしまうと、日本は軍事立国の方向に向かってしまう。それは当然に周辺諸国に無用の警戒感、敵対感情をもたらし、これまで日本の繁栄を築いてきた日本に対していつも好感あふれる国際環境にとりかこまれていることという大切な条件も掘りくずしてしまう。そうなると、日本はこれまでの繁栄の基盤を次々に失ってしまうことになる。

安倍の外交ブレーンが堂々と語る核武装論

これが安倍政権の方向性に対する私のいちばんの危惧である。

安倍が政治家としていちばんの関心をよせているのが、憲法問題、国家安全保障問題(北朝鮮拉致問題、核・ミサイル問題を含む)である。

憲法を改正して、日本を北朝鮮に軍事的に対抗できるだけの国家にしようと思ったら、北朝鮮がすでに希代の軍事国家になってしまっているだけに、日本も対抗上、軍事に莫大な金を注ぎ込む軍事国家にならざるをえないことになってくるだろう。

そしてついには、日本も北朝鮮への対抗上、核兵器やミサイルまで持たざるをえないということになってくるかもしれない。

つい最近、安倍の外交問題のブレーンと目されている中西輝政・京都大学教授が編著者となって作った「『日本核武装』の論点」(PHP研究所)などという本まで出版された。この本に登場する論者は7人もいて、人によって、日本が具体的にどの程度の核武装をどのような手順で持つべきかをめぐって、それぞれにちがうことをいっているようだが(アメリカの核を持ち込ませるだけでよいという人から、日本は独自の核兵器を開発して独自に持つべしとするものまでいろいろ)、この本のオビにあるように、ついにこれまで日本の論壇では「タブー」とされてきた核武装論が堂々と語られるところまできてしまったのである。

安倍本人が公然たる核武装論者になっているわけではないが、安倍のこれまでの言説を仔細に調べてみると、核武装の積極否定論者でもない。

これまでも、岸内閣時代の岸自身による、「戦術核兵器の保持は、ただちに憲法9条違反とはいえない」とする国会答弁を引くという形で、ある種の核兵器保持の容認論は非公式の場で展開している。

安倍は、自分の祖父である岸信介を政治家として最も尊敬していて、岸を自分が目指すべき政治家像のモデル像として岸のことをたびたび語っている。

特に、60年安保のときの岸のイメージが強烈だったらしく、その前後の岸の話を繰り返し語っている。

そのころ、国会も首相官邸も、岸の私邸も、「アンポ反対」を叫ぶ大群衆に日夜取り囲まれて、石を投げられ、火がついているものをなげつけられたりしていた。それに対して、岸がいささかもひるむことなく堂々たる姿勢をくずさなかったところを、安倍も、子供時代に肉眼で見ているので、自分もあのように自分の信念を曲げることなく闘いつづける政治家でありたいと思ったなどと述べている。

安倍は信念の人なのである。

しかし私は、安倍のそのような頑固な信念は、むしろ、国家を危うくする恐れがある信念だと思っている。

戦後民主主義社会の根幹をなす枠組みを全否定

さて、先の、月刊「現代」に寄せた論説の最後のところで、私は次のように論じている。

岸が生涯かけてやろうとしていた政治目標として、安保改定とならんで自主憲法の制定があったが、その目的を果たせないうちに、岸は総理の座を去った。父の安倍晋太郎も憲法改正をめざしていたが、総理になれないうちに、世を去った。祖父も父もしようとしてできなかったことを、いずれ自分がやりとげたいと安倍はかねて語っていたが、間もなくそれを可能とする政治的ポジションにつこうとしている。これほど強い憲法改正への執念は、親子三代のDNAのしからしめるところといったらいいだろうか。

安倍は血脈において岸信介と安倍晋太郎のDNAを受け継ぐ者だが、血脈としてのDNA以上に、政治的DNAも受け継いでいるといってよい。

安倍の政治的見解は、ほとんど戦後民主主義社会の根幹をなす枠組みを全否定しようというもので、いわば南原繁が作ったものをすべてぶちこわしたがっている人といってよい。

私は血脈としては南原のDNAを受け継ぐ者ではないが、南原の書いたものを沢山読めば読むほど、この人は本当に大変な人だったと尊敬している。あの時期にこの人があったればこそ、我が日本国はいまこのようにあることができるのだと思っている。読めば読むほど、この人の書くものに大いに共鳴するところがあり、自分は精神的にこの人のDNAを受け継いでいるのではないかと思うくらいだ。

岸信介のDNA vs. 南原繁のDNA

時代は間もなく岸信介のDNAを受け継ぐ者と南原繁のDNAを受け継ぐ者とが本格的に対決しなければならない時代を迎えつつあるような気がする。

南原のDNAを受け継ぐ者とは、一言でいえば、戦後日本国の基本的あり方に高い価値を認める者である。教育基本法前文にある、「個人の尊厳を重んじ」、「真理と平和を希求する」、「個性ゆたかな文化の創造をめざす」ことが大切だと思う者である。

安倍は、憲法改正のほうはいずれやるつもりでいるものの、すぐにはできないと考えており、5年ぐらいかけてやると明言している。その代わり、教育基本法の改正のほうは、すぐにでもやるつもりだとこれまた明言している。

私は、教育基本法もまた憲法とならんで、日本が誇るべき法律だと思っているが、それについては、また機会をあらためて書きたい。

そして、ここまでに書いたようなことは、外人記者クラブでは、新発足した安倍内閣をどう評価するかという論点からかなりの時間にわたって話したのだが、それについても、また機会をあらためて書くことにする。


立花 隆
評論家・ジャーナリスト。1940年5月28日長崎生まれ。1964年東大仏文科卒業。同年、文藝春秋社入社。1966年文藝春秋社退社、東大哲学科入学。フリーライターとして活動開始。1995-1998年東大先端研客員教授。1996-1998年東大教養学部非常勤講師。2005年10月-2006年9月東大大学院総合文化研究科科学技術インタープリター養成プログラム特任教授。

著書は、「文明の逆説」「脳を鍛える」「宇宙からの帰還」「東大生はバカになったか」「脳死」「シベリア鎮魂歌—香月泰男の世界」「サル学の現在」「臨死体験」「田中角栄研究」「日本共産党研究」「思索紀行」ほか多数。近著に「滅びゆく国家」がある。講談社ノンフィクション賞、菊池寛賞、司馬遼太郎賞など受賞。



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