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教育基本法改正背後に潜むもの
立花隆氏に聞く
安倍政権が教育再生にかける執念はすさまじい。その中核となる、「愛国心」や「公共の精神」を盛り込んだ教育基本法改正案は、「最優先」の掛け声とともに、早ければ来週にも衆院で可決されそうな勢いだ。これほどまでに急ぐ理由はなんだろうか。何か企てがあるのではないか。作家で評論家の知の巨人、立花隆氏に意見を聞いた。 (聞き手・橋本誠)
――安倍政権が教育基本法改正案可決を急ぐ真意は。
安倍首相は、日本の戦後レジーム(体制)を変えたいのだろう。根本は憲法を改正したい。戦後世代は皆、改憲を望んでいるかのように(彼は)いうが、実のところはそうではない。ただし彼は違う。岸信介(元首相)の孫だからね。岸氏は安保条約改定で、特別委で議論打ち切りの動議を出し、衆院本会議もあっという間に通した。警官を動員し、一度にやってしまった。自宅をデモ隊に囲まれた中で、祖父がいかに毅然(きぜん)としていたか、安倍首相は記憶している。安保はその後も役立っており、北朝鮮問題でも米国が日本を守っているとか、そういう発想しかない。
――教育基本法の改正は憲法改正のためなのか。
大日本帝国憲法時代は、国体を根付かせるために教育勅語という当時の教育基本法を作った。親孝行をしろとか、天皇に忠義を尽くせとか、命令を並べていた。天皇のために命をささげる国家になったのは、国民にそういう教育を幼少から繰り返したたき込んだからだ。
戦後新憲法ができたが、国民のマインドが一挙に変わるわけはない。制度を根付かせるために教育の力が必要と、新憲法とペアをなす形で作った法律が教育基本法だ。世界の普遍的な価値の下に憲法を作り、日本全体にしみ通らせるのが目的だった。前文で日本国憲法に触れ、「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」とした。
憲法改正に必要な三分の二の議席を衆参両院で得るには、憲法を正しいとする教育基本法を変えなくてはならない。「将を射んと欲すれば、まず馬から」という発想であり、憲法改正の地ならしだ。教育基本法の改正もまた、自民党の悲願だった。
しかし、教育基本法に書かれている普遍的価値とは、フランス革命などの歴史の積み重ねから、国家より上にある価値として人類が築いたものだ。憲法と並ぶような重要な法律なのに、中身のちゃんとした議論もされていない。長くて五年、短くて数カ月の時の政治政権が簡単に変えるようなものであってはならない。
――政府案の感想は
びっくりしたのは格調が低いこと。全然ありがたくない。役人が書いたつまらない文章だ。教育基本法をただちに変える必要は全くないと思うが、変えるとしても、まだ民主党案のほうがいい。
――政府案には「伝統」や「公共の精神」など道徳的な言葉が出てくる
当然のこと。いちいち法律で決めて、下の下まで、教科書をこう変えなくてはいけないとか、上からの命令で、下の方の具体的な教育行為の手足を縛るやり方は戦前の教育だ。
かつて岸氏らは教育の世界のシステムの空気を変えようとした。最初にやったのが僕が高校生のころに始まった教師の勤務評定。校長が先生の評点を付け、上の命令で下を支配する構造に変えていった。
今、教育の問題がたくさん起きている。履修漏れの原因は、ゆとり教育が非常に悪い形で始まった八九年の学習指導要領改定にある。今は世界史を全く習わず、ナポレオンも知らない連中が出てきている。
――そういう問題は本来はどうやって変えていくべきなのか。
教育基本法を作ったときの文部大臣の田中耕太郎氏は「教育が国家に奉仕することが目的とされ、共産主義の国もファシズムの国も教育が国家の奴隷になっている」と戦前の教育を語った。世界人権宣言には「教育は、人格の完全な発展と、人権、基本的自由の尊重強化を目標としなければならない」と、教育基本法と同じことが書いてある。
教育勅語のように国定の徳目を列挙し、子供にそれが最高善とたたき込む考えは国家の越権行為だ。教育は世界人類が人類共通価値を次の世代に伝える行為全体を言うのであって、国家以上に長い生命を持つものだ。ヒューマニズムを基本としなければならない。
――改正案には「わが国と郷土を愛する」が盛り込まれている。
理念にとどまる限りは目くじらを立てるものでもない。ただ、日の丸掲揚で起立しないとどうするなどと、具体的な教育内容を押しつけていくことが悪い。文部科学省がすべてを支配する体制にしたいということだろう。
隠された争点は、個人が上位にあるのはけしからんということ。公共心とは、国が決めたことを守れということだ。将来徴兵制ができて、また戦争に行きなさいとなったとき、米国のような良心的忌避の権利が認められるだろうか。日本人のマインドには、何もかもお上が決めたら従えという全体主義の傾向がある。
――政府は「いじめ」「必修漏れ問題」などを「今の教育は崩壊している」と教育基本法の改正に結びつけているように見えるが
それは明らか。教育の問題のすべてが教育基本法が悪い、という空気を醸成しているのが見え見え。しかし教育基本法を変えれば、全部良くなるわけではないし、そうしていけない。教育基本法をそういうふうに使い、例えば「国を愛する心」に、点数を付けてどうのこうのという話になってしまう。
――来週にも採決と言われている。
それが問題だ。なぜ、そんなにあっという間に決めるのか。昨年の総選挙で自民党が圧倒的な議席を得て、今ならかねて懸案の法律があっという間に通るからという理由でしかない。米国のアイゼンハワー大統領が来るまでに安保条約を通そうとスケジュールを組んだ岸氏と同じだ。この後の政治展開はますます心配。安倍首相はますます祖父に近づいていくのではないか。
■改正案前文
我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。
我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。
ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓(ひら)く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。
■現行法前文
われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
<デスクメモ> 中高生時代を振り返ると、本当に反抗的な子どもだった。授業中は机の陰で小説本を広げていたし、それにも飽きると河原で寝ていた。しかし学校は嫌いじゃなかった。青臭い平和と自由と平等の教育を心の中で信じていた。あのとき「奉仕」や「愛国心」を強要されていたら、もっと暴走していただろうな。(充)
立花 隆(たちばな・たかし) ノンフィクション作家・評論家。1940年長崎県生まれ。東大在学中から執筆活動を始め、「田中角栄研究」「日本共産党の研究」「農協 巨大な挑戦」「文明の逆説」「宇宙からの帰還」など幅広いテーマで著書多数。東大大学院情報学環特任教授。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20061110/mng_____tokuho__000.shtml
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