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□議論も許されない?「日本核保有」のタブー [諸君!]
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20061101-01-0703.html
2006年11月1日
議論も許されない?「日本核保有」のタブー
北朝鮮外務省の報道官は言った。
「国連の制裁決議は、我が共和国に対する宣戦布告だと考えるしかない。……断固糾弾し全面排撃する」
そのセリフ、前にも二度ほど聞いたことがある。「瀬戸際発言」も、手持ちの語彙がだんだん尽きてきた。発言前によく考え、いま少し激越な言葉を遣ってはどうか。
もう一人、厳しい発言をした人がいた。
「われわれの勧告に耳を貸さない北朝鮮に、国際社会の強烈な反応を知らしめる必要がある」
これは中国の胡錦濤が、北京を訪ねた山城屋の女将こと参院議長・扇千景に言った言葉である。「強烈な反応」は、日本領事館にデモをかけることを指す言葉じゃなかったの?
将軍様の国はつい先日まで「われわれは核を持つ意志もなければ力もない」と言っていた。胡さんとこは、昔から「朝鮮半島非核化」が国是だそうだが、そのくせにロシアと組んで安保理で厳しい米提案に強烈抵抗した。みなさん、言うことと行いが食い違いすぎる。もっと気を付けてほしい。
自民党の中川昭一政調会長が民放の番組に出て「日本の核兵器保有について議論はあってもいい」旨のことを言った。むろん大騒ぎになった。唯一の被爆国である日本に、そんなことを言う政治家がいようとはと被爆者、平和屋は天を仰ぎ、論説委員はイキり立ち、安倍晋三首相や塩崎恭久官房長官はあわてて火消しに回った。政府は非核三原則を守る、議論の余地はない、というのだった。
だが、中川は、べつに「核保有を考えるべきときが来た」と言ったのではない。議論してもいいんじゃないかと言っただけである。民主党の鳩山由紀夫幹事長は「議論自体も日本国民として許されない」と非難した。
鳩山は気がつかないらしいが議論というのは皮肉なもので、「議論してはならない」ということ自体が、一種の議論なのである。議論すらしてはならないと言いながら、彼は議論の輪の中へ入っている。そもそも「議論をするな」は「考えるな」とイコールであり、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」を保障する日本国憲法二一条に反する。
日本人は「不磨の大典」が好きである。いくら磨り減らそうとしても磨耗しない法律。大日本帝国憲法がそうであったし、日本国憲法も同じである。平和憲法を議論するのは、長年日本のタブーだった。実は昔の教育勅語、軍人勅諭も同じであり、戦後の教育基本法と非核三原則も同じく不磨である。
淀みに浮かぶうたかたを見て、かつ消えかつ結ぶ無常を観じる日本人が、書いたものには鉄筋コンクリートのような永久不変を望む。不思議な心理である。
北朝鮮が核実験をした。実験データを基にして弾頭を作るだろう。そのことが「周辺事態」でなくて何なのか。インドが核武装したとき、パキスタンは直ちに実験して核武装した。以来、抑止力が働いて両国間に大規模な武力衝突がない。実はこう書くこと自体が、議論に参加しているのである。
原爆の惨禍は、広島・長崎の郷土名物ではない。人間には想像力があるから、われわれは詩により小説により写真によってピカドンのもたらした災厄を被爆者と共有している。だが現にどこまでも暴走してゆく北朝鮮が周辺にある。もしアメリカが十分に守ってくれなければ、自分で自分を守るしかない。核保有を議論することは、人の道に外れた犯罪行為か? もしそうなら、深夜ひそかに少人数で集まり、灯を暗くし声をひそめて議論しようじゃないか。
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日本核武装論を嗤う [ビデオニュース・ドットコム]
http://www.asyura2.com/0610/senkyo27/msg/1053.html
投稿者 white 日時 2006 年 10 月 31 日 23:57:17: QYBiAyr6jr5Ac
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