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http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2007/01/post_f176.html
◎統制色たっぷりの民放番組
フジテレビの「スタメン」という爆笑問題が司会をしている番組に、映画・
「それでも僕はやってない」の周防(すお)正行監督がゲスト出演していた。
周防監督は言っている。映画化に三年もかけて最も疑問に思ったことは
裁判制度であると。なぜこういうシステムが何の疑問もなく残っているの
か、なぜ日本の裁判所は立派に違いないとみんなが思っているのか不思
議であると。周防監督の目の付け所は、被告がほんとうにやったのか、実
際は誰がやったのかではなく、日本の裁判制度、つまりは法廷そのものの
有り方への疑念である。
http://www.at-s.com/html/cinema/movie_topics/soreboku/061212.html
我々は裁判において、有罪か無罪かのアウトプットだけを見てわかった
気になっている。しかし、私自身も実際の裁判を傍聴して感じたが、裁判過
程、公判過程が非常に重要であることを痛感している。このあと、植草さん
の第二回公判における検察側尋問の速記録を本ブログに掲載するが、そ
の中に「私服」という重大な言葉が出てきていることは、植草さんの事件が
通常の痴漢冤罪の範囲を超えて、国策捜査による事件のでっち上げを予
想させるものがある。
ところがである。検察官も弁護人もこのキーワードを重要視しなかった場
合(今回はそういう感じがあるが)、尋問の方向は通常の痴漢事件の展開
を行うだけである。しかし、傍聴している人間が証言の中にこれは重要だと
思える表現や言葉を発見した場合、事件の真相が非当事者の立場から見
えてくる場合もあるだろう。しかし、テレビや新聞報道を鵜呑みにしていた場
合、そのようなことは決してありえない話である。
このように公判中の証言録は、通常そのままの形で出ないわけであるか
ら、傍聴は重要である。そこで例の爆笑問題の番組に話を戻すが、これま
でに爆笑問題の太田は植草氏を茶化すのが好きだったが、今回はひと言
も植草さんについては触れなかった。タイトルが「それでも僕はやってない」
という映画が注目を浴びているならば、当然、現在進行形で行われている
植草さんに言及してしかるべきである。植草さんも痴漢を否認したまま、異
常に長期間、勾留され続けているわけだから、この作品と明らかにシンクロ
しているのである。
ところが番組ではいっさい植草さんの話は出なかった。ゲストの宮崎哲弥
はあるテレビ番組(You Tube動画で見られる)で激高しながら、植草氏は病
気なので治療する必要があると息巻いていたが、この番組では、その件に
いっさい触れずに、日本における人質的な自白制度は遅れているというよ
うなことを言っていた。たとえ否定的な見解でも、宮崎は植草さんの事件に
言及するのが自然であると思えるが、なぜかだんまりを決め込んでいた。
http://www.youtube.com/watch?v=JhgFeMPtwOU
(わずか四ヶ月前、この番組の中で宮崎哲弥は植草氏を病的常習者であ
り治療する必要があると強弁している)
おい!宮崎哲弥よ、そこまで日本の裁判制度を批判するなら、その間違
ったシステムに植草さんも巻き込まれていることをなぜ指摘しないんだ、お
前は。
私は番組の構成自体に植草問題を徹底的にスルーするという統制がか
けられていることを確信した。今の日本では植草問題は隠然たるタブーに
なっているのである。
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