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首領が交代した読売=日本テレビ”連合艦隊”の行方(噂の真相/1981年)
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投稿者 提供人D 日時 2006 年 12 月 20 日 22:41:45: zjIwxfdYJcbls
 

噂の真相81年9月号特集5 首領が交代した読売=日本テレビ”連合艦隊”の行方
●レポーター 太田信明
 
新聞戦争夏の陣、読売VS朝日の勝負は?
 このところ、大手紙批判は高まる一方である。とはいっても、その声を複製し、多少なりとも増幅してくれるのは、週刊、月刊の雑誌ぐらいなもので、スポンサーのつかない話のこと。電通や博報堂がお得意の、多角的マスコミ・キャンペーンとやらには、なるわけはない。それどころか、逆に、最後の頼みのつなの雑誌ジャーナリズムにさえ、竹村健一などというテレビタレントが登場したりする。業界でいう《売り込み企画》と思しき紙面が、目立っている時代なのだ。
 いわば玉石混交というべきジャーナリズムの状況だが、それでも、読売VS朝日の、拡張販売戦争の実態は、かなり表面化したようである。象徴的なのは、『宝石』誌の六、七月号の連載で、元毎日新聞エース記者の内藤国夫が、「読・朝”泥沼戦争”」を追及している。細かいようだが、本文中には「朝読戦争」とあるのに、タイトルは「読・朝」、つまり、部数が順位を決定するという世俗的法則が、編集者側からの注文となったらしいのだ。かってはだれしもが、「朝・毎・読」の順で、”三大紙”と呼び習わしていたのだから、やはり、隔世の感ありというべきだろう。
 さて、そんな「読・朝」戦争の報道に、格好の新局面を提供したのが、つぎの二つの事件である。
 本誌前号でも触れたとおり諸売新聞は六月二十九日の株主総会で、新社長に小林与三次を選んだ。ただし、代表権は、新会長の務台光雄と二人で持つ。小林は日本テレビ社長の座に十一年あったのだが、同じ日の株主総会で日本テレビ会長になり、社長を空席としたまま、新副社長の高木に代表権を譲った。このどちらも、異例の体制だから、すでにさまざまに取沙汰されている。故正力松太郎の長女の夫という、ファミリーの跡目を継ぐ小林には、義弟で読売新聞社主兼巨人軍オーナーたる正力亨との関係など、風雲急を告げる難題の数々が控えている。
 で、それを見越したかのように、朝日新聞は剛速球をぶちかました。「文字が大きくなります」という社告が出たのが、七月十三日。一段十五字を十四字にして、文字の面積は一四%増だが、字数では七%減にしかならないという。実施は七月二十日からで、準備は極秘裏に進めていたらしい。ただし、情報操作は世の習い。すでにくだんの社告以前に『週刊現代』(7・16……発売は6日)の特集にリークされている。「電通のS・P局が大がかりな調査」とあり、次週の特集でさらに「タモリまで動員」とくれば、語るに落ちたといわざるをえない。
 読売や毎日も、文字を大きくしたくて、ウズウズしている。いまでも、リード記事や社説などを8ポにしたりしている。ところが、8ポで一段十五字のところ、9ポでは十二字となり、それだけでも字数は二〇%減。行間を空けると、もっともっと減ってしまう。その悩みを突破したのが、朝日のネルソン方式。オフセット印刷で活字が写真版だから、伸縮自在なのである。そしてこの原理は、最初から分っていた。つまり、築地の新社屋建設という大計画の二段構えとして、早くから予定されていたのである。しかも同じ築地仲間の電通にS・P(セールス・プロモーション)の研究をさせておいて、いよいよ読売に小林新社長誕生と相なるや、魚河岸の消防演習よろしく、ジャージャーと冷水をひっかけ始めたのだから、朝日も仲々の策士そろいである。
 読売側の返事は、すこぶる付きで冴えない。「ええ、うちも字を大きくしてますよ。読みやすくなってますよ」、とはいうものの、「さあ、オフセットは当分無理でしょうね。いやッ、上の方で何か考えているかもしれませんがね」といった調子。トップが秘密主義の社風だけに、下の返事は投げやりにもなる。
 
ワンマン支記は批判せずの競争相手(?)
 さて、その読売新聞の新トップ人事だが、この件になると、日頃の好敵手たる朝日も毎日も、サラリサラリの報道しかしない。まるで問題はないかのように思えてしまう。
 ところが、問題は大あり名古屋のコンチクショーというぐらいに、山積みしている。だからこそ、素人目にも明らかな異例の人事だったのだ。まともに論評したのは、毎日系の『スポーツニッポン』紙のみ。六月三十日号で、「あっと驚く読売・日本テレビのウルトラ人事」という六段見出しを組んだ。ただしつづけて、「長島茂雄の巨人軍復帰はあるのか」とくるのが、スポーツ紙としての苦心のしどころだ。「ウルトラC」の中心技は、なんといっても日本テレビの「社長空席」。スポニチはこのお堅い話について、こう書いた。「代表権はないものの小林氏は会長の座で実質的な権限は握るだろうし、電波事業の経営者は情報の独占的支配を避けるため、新聞と社長を兼任してはならないという郵政省の行政指導があり、巧妙というか苦肉というか”抜け穴”的措置」
 これは問題ではないか。いまなお日本国憲法に「象徴」の地位を確保する天皇制支配の歴史を見よ。武家の外戚支配を逃れるために、上皇とか法皇とかが実権を握った時代もある。すると今度は下から、将軍家による幕府支配の何百年という国柄。要は実態にあることは論を待たないはず。
 そこで内借を探ると、「あっと驚く」どころの話ではない。これが形だけにせよ、「郵政省の行政指導」を気に掛ける態度とは、とうてい思えないのだ。「読売と日本テレビの両方の社長にはなれない。立場上、高木さんに代表権のある副社長をやってもらう。印鑑を押す仕事を高木さんにやってもらい、印鑑を押さない話をわたしがやる」 日本テレビのスタジオを使って行われた小林(新)会長就任あいさつの一節である。つまり、「話をつけるのはオレ、高木副社長はハンコ番」という駄目押しの宣言である。当然、「ああまで露骨にいわないでも」という声が出る。しかし、これが人柄とあってみれば、いっても仕方ない。みんな慣れっこなのだそうだ。つづいて壇上に上った高木(新)副社長も、「温厚な紳士」といる世評そのまま。いわば「小林様々」で、今後の忠談を誓ったという。
 ところで、肝心の「郵政省の行政指導」だが、現行の「審査要領」によると、「放送局の経営支配」の有無を判断するメドは、「代表権」や「社長」の兼任だけではない。「知らしむべからず」の思想に基づき、まことに読みづらく作文されているのだが、ともかくこうある。「代表権を有する役員または常勤の役員が放送局の所有者の代表権を有する役員または常勤の役員を兼ねること」
 つまり、「常勤の役員」の兼任も問題になるはずなのである。それでは、小林(新)会長が、日本テレビでは常勤体制は振らないのか。少なくとも見せ掛けだけでもつくるっているのかといえば、これも、「またまた驚く」という大見出しつきのゴシップ。
 
ワンフロア独占のホストクラブ
 およそ大会社ともなると、株主総会で常勤役員の交代があれば、イの一番に作業開始のラッパが鳴りひびく部署がある。日本テレビでは、総務局の管理部であり、新旧役員のそれぞれに失礼がないよう、しかして葬儀屋にも負けない迅速さで、役員室の配置換えに奔走しなくてはならない。ましてやこの時は、総務局長も新取締役に任せられたばかり。ソレッとばかりに突進した。
 日本テレビの新館八階フロアは、「経営責任者用」となっている。かつては、この種のフロアに、故正力会長から、社長、副社長、専務までが同居していたもの。それが十一年前の小林社長就任以来、まったくのワンマン・フロアになっていた。のちにもふれるが、小林与三次は自ら「仕事の七割は国事」と豪語する大物振り。平社員なら百人分もあろうかというフロアを、すべて応援間にしてしまい、何組もの客を持たせては会い、会っては一席ぶち、ホストクラブのナンバーワンもかくやという御活躍だったらしい。しかし、とにもかくにも代表取締役副社長が誕生した以上、これを「経営責任者」用フロアに収容しないわけにはいくまい。かくて、浅野なにがしならぬ新重役総務局長、さ、さ、これへと新副社長を八階に御案内しようとした。ところが、あに図らんや、吉良なにがしならぬ御大将の小林(新)会長自らの御出馬。「待った。待った。それはならぬ。公式(?)な場合のみ八階を貸すが……」 これでは「代表権」も何もあったものではない。新副社長はスゴスゴと、三階の旧専務室に引き込んだという。
 だが、「ますます驚く」のだが、こんな話は読売グループでは日常茶飯事ということ。「いまは社屋が広くなったから話の規模も広がっただけ。正力会長のワンマン振りはもっとすごかった」というのだ。
 
マスコミ《独占集中》の開祖は元A扱戦犯
 今回の日本テレビ「社長空席」という珍シフトも、「故正力の発明のサルマネにすぎない」というのが、事情通社員の説明である。
 正力は戦後二次にわる読売争議で、「共産党から日本を守った」と自画自賛していた男だ。しかし本音は自分可愛さに他ならない。A級戦犯として巣鴨プリズン入りする時にも最も心配だったのは、読売新聞を「乗っ取られる」ことだった。ただし、本人がいってるような意味、つまり「共産党に云々……」というのではない。レッキとした資本主義国アメリカの占領下で、そんなことが実現するはずはなかった。「日本赤化云々」は、子供だましの誇大宣伝にすぎなかったのである。正力が本当に恐れたのは自分の留守中、実力のある新聞経営者に読売を奪われることであった。もちろん、資本主義的秩序の中で、という意味だ。だから、留守役社長には根っからの文筆人で、しかも老令の馬場恒吾を頼んだ。案の定、馬場社長の下でも主導権争奪戦は続いた。何故か新聞連盟に出されていた務台光雄も、この時期、復社に身体を張っている。
 馬場社長が高齢を理由に辞任した後、読売には「社長空席」の状態が続いた。いわずもがな正力の差し金である。正力は、釈放後も「公職追放」の身であり、読売に正式の役職を持つわけにはいかなかった。だが、実権は握りしめ、のちに「社主」という独特の座を確保した。そして晩年まで、「社長空席」のまま、読売新聞グループに君臨した。しかもその時には、日本テレビを創立し、その社長ともなっていたのである。
 新聞社と放送局のトップ兼任禁止いわゆるマスコミ独占集中排除に関わる行政指導は、何のことはない、最初から実質的に犯されっ放しなのだ。
 日本テレビはNHKと張り合って、日本で第一号のテレビ放送予備免許を獲得した。その時に正力が放った鬼手の数々は、語り草となっている。ワンマン吉田茂首相や佐藤エゴ作電気通信相と結託した政界工作もすさまじく、いまだに、日本の電波行政を混乱の極に陥しいれたままという破壊力。ともかく、マスコミ独占集中云々の国会討論もあらばこそ、何の法的規制も定めずに、一片の申し合せ程度の行政指導で、テレビという強力なマス・メディアが開放されてしまったのだ。
 ただし、ここには「共同責任」という問題がある。日本テレビ創立の発起人には、正力松太郎(関東レース倶楽部会長?!)と並んで、村山長挙(朝日新聞社会長)、本田親男(毎日新聞社社長)、安田庄司(読売新聞社代表取締役)が名を連ねていたのだ。発起人会の座長をかって出た藤原銀次郎は、戦争中の商工相と軍需相の歴任者。元王子製紙社長で”製紙王”と呼ばれ、新聞界の黒幕、戦前からの「用紙統制」に名を借りる言語操作の共犯者だ。角度を変えてみると、この発起人会は、いわば、言論界の元戦犯勢そろいの場であった。
 ともあれ、既成のマスコミ機関の最右翼たる《朝・毎・読》三大紙が、テレビ利権にツバをつけ合った。それどころか、「新聞とテレビの兼営には言論の独占集中排除の立場から問題がある」と発言した電波監理局長の浜田成徳を、つるし上げたりしたのである。
 正力はたしかに、鼻つまみの憎まれ者であった。しかし、たまたま「関東レース倶楽部会長」というヤクザな肩書きしか持たなかった正力は、新聞界出身のエースとして、民放テレビの支配に先鞭をつけたのである。そして、独占集中問題のほとぼりがさめた頃には、読売新聞の社主をも兼任して、グループ支配の既成事実をつくってしまったのた。
 
天皇制秀才官僚が卒先して法網くぐり
 テレビと新聞の系列づくりや、その間の電波利権あさりに関しては、かの刑事被告人、田中角栄の暗躍が目立つ。しかし正力は、角栄の師匠のエゴ作からも、「先生」と呼ばれていた。何の先生かといえば、いわずと知れた権力犯罪。汚職・疑獄のすり抜け術である。それも戦前派だから傍若無人。京成電車の乗り入れにかかわる東京市ぐるみの疑獄では、ついに入獄。それでも平然と、「何万円か(いまなら何億円)もらったよ」と人前で豪語。読売新聞の経営にはその種の闇資金ありと書かれたりした。だが、その「大」先生の前職が警察官、それも東京帝大独法科卒の高級官僚で、警視庁警務部長にまでなったことがあるというのだから、恐れ入った話だ。当然、ドロボウの始まりというウソをつくのも上手な方で、教え挙げればきりがない。NHKとテレビ免許で争い、「民放は広告主に左右される」といわれると、こう切り返した。「スポンサーのつくのは三時間だけで、あとの三時間はつかないんです、テレビジョンでは。よいスポンサーがついても、しろうとの人が誤解しとるようには、それによって左右されない」(『週刊朝日』五四・七・二〇)
 現状はいわずもがな。「三時間」はスポンサー抜きと「しろうとの人が誤解」しているすきに、既成事実づくりはドンドン進んだ。「法科」出身のエリートなら、たとえば「放送時間の半分は広告抜き」という法規制なしには、何の約束もできないことは、百も承知のはずである。念のためにいっておけば、法科出身とは「法網くぐりの専門家と心得よ」ということだ。夢々気を許してはならない相手なのである。
 さて、読売新聞(新)社長の小林与三次は、その正力大先生に見込まれて、長女の婿となった男。どこが眼鏡にかなったのであろうか。ともかく、この小林も東京帝大独法科卒。おまけに、司法・行政の両高文試験に、在学中に合格とある。当時は最強力官庁の内務省にはいり、熊本県警務課長、京都府警防課長と、警察、消防・防空関係をひとわたり。戦時中には悪名高い隣組づくりで「非国民」狩りをシステム化、「かしこくも……」という演説をぶって歩いていた。いまでも、すでに一端を紹介したようなスタジオ演説をおっ始めると、とどまる所を知らないという。この長広舌癖は、正力松太郎にも務台光雄にも共通していたから、いわば近年、読売新聞社社長の特別資格なのかもしれない。
 小林は、自治省事務次官という高級官僚の最高位を極め、住宅金融公庫副総裁で天下り高給と退職金の分配にあずかり、正力ファミリーの本家入りを果たした。だがかつての国会答弁を《円月殺法》などとおだてられ、得意満面で、つい本性を露わしたこともある。「こっちのほうが、よけい物も知っておるし、ツボも知っておるけれども、どうにかして言葉尻をとらえられんで、うめえこと片づけれるかということしか、答える方は考えていないんだよ……。うまいことそらし、かわし答弁やるんだよ(笑)。最後には、こっちも、何を言うたかわからなくなる」(『財界』七六・四・一)
 答弁の相手の国会議員だけではなく、国民をナメるのもはなはだしい話ではないか。そして同じ極意は、いまもマスコミ操作にいかされているのだ。
 読売新聞百年の伝統、よみがえる由なしか もちろん、まずは内部固めが先決。ファミリーへの《大政奉還》などというオジンくさい話だけでは、だれも相手にはしてくれない。「合理化はやる。しかし、クビは切らない」これが、読売新聞小林(新)社長の第一声だという。朝日のネルソン計画を追わねばならない立場。同じような大量人べらし、腰痛症大量発生、百数十名提訴といわれる職場闘争の処分事件、そんな実例を目の前にして、予防線を張っているのだ。しかし、十年前の日本テレビでも、クビは切らぬといいながら、三百人もの希望退職、中高年いびり出しをやってのけた。読売新聞ラウンドも、そう甘くはあるまい。「今の危機状況は、ことばはおかしいが、一つの”天佑”だと思っている」(『潮』七四・三)というのが、例の石油ショック騒ぎに当っての、小林語録の典型だ。日本テレビの業績についても、「落ちるところまで落ちた方がええ」とぶちまくったもの。あのB29猛爆下に隣組づくり、防空頭巾の尻をたたいてまわった神経が、そのまま続いているらしい。読売でも、《鬼畜》朝日のネルンンじゅうたん爆撃を奇貨として、さそやお得意の《危機突破》演説に精を出すことであろう。
 その際、心やさしきマスコミ評論家諸氏が、なかなか触れず、しかも最重要な問題を指摘しなければなるまい。それは他でもない、ギネスブックの部数世界一に輝く読売新聞には、やはり、世界のニッサン・トヨタのそれには及ばぬとはいえ、御用組合の伝統がある。しかも、戦後も戦後、一九四六年の第二次読完争議でたたかれて以来だから、日本的企業別組合の最古参格。わずかに印刷現場の青年層が時折ハッスルするものの、一〇〇%子会社の報知での大争議では、組合旗を金庫にしまって、デモ参加も不許可。当然、「新聞と放送の系列化反対!」などは、組合の課題として仮上げはしない。企業別主義も徹底していて、大阪読売や西部読売(読売興業新聞部)が、形式上の別会社だといわれれば、ハイッといったかどうか、ともかく組合も別々なのだ。これでは、電算機時代の「合理化」に、労使対等の話し合いは難しかろう。ましてや、あのヤクザ拡販問題などに、取り組めるはずもない。
 しかし、御用組合も三十五年とは、「社員」一同チト辛抱のしすぎでは、の声もある。小林社長の下でも、世界に類例のない専売店方式を、労使一体で守り続けていく気なのだろうか。なにッ、そちらでもギネスブックを目指しているのだとッ。
(文中敬称略)

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