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2007年1月8日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.409 Monday Edition
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●リニューアル!→ http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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●編集部より 寄稿家・菊地正俊さんの著書を紹介します。
『外国人投資家』(菊地正俊) 洋泉社 1月11日発売
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外国人投資家と一口にいっても、投信や年金基金からヘッジファンドまで様々な業態
がある。日本人投資家とは異なるその価値観、投資基準、運用手法を明らかにする!
(帯文より)
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▼INDEX▼
■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第409回】
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
□金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
□山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
□三ツ谷誠 :三菱UFJ証券 IRコンサルティング部長
□杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
□北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
□土居丈朗 :慶應義塾大学経済学部助教授
□岡本慎一 :生命保険会社勤務
□津田栄 :経済評論家
■ 『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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■ 先週号の『編集長から(寄稿家のみなさんへ)』
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Q:743への回答ありがとうございました。格差ですが、具体的には医療と教
育、それにセキュリティに切実に表れるのだと思います。たとえばあちこちで起きて
いるホームレスへの襲撃事件は、最貧困層が劣悪なセキュリティ環境にいることを浮
き彫りにするものではないでしょうか。共同体の組成の前提としての「対立」がない
日本社会は、今だセキュリティという概念になじんでいないので、格差との関連の論
議も少ない気がします。パレスチナやイラクやアフガニスタンを例として挙げるまで
もなく、世界にはフラクタルに前提としての対立があります。
文化、宗教、人種、言語、風習などの違いによる対立、またゼロサムの資源を巡る
利害の対立、さらに歴史的・地政学的な対立などが、網の目のように世界を覆ってい
ます。しかしわたしたちの社会は対立という概念が希薄なためか、往々にして他の国
や地域の「対立」に関して鈍感になりがちで、その影響は外交と世論の形成に表れま
す。対立そのものがすでに「異常事態」という社会では、冷静な議論の成立が困難
で、感情的な反応が世論をリードしていくことになります。06年のトピックスであ
り、また07年も論議が続くであろう格差の問題は、日本社会が対立という概念とど
う向き合っていくかの、試金石になるのではないかと思います。個人的には、対立は
忌み嫌うものではなく、また異常事態でもなく、思考と論議の出発点だと捉えること
が重要だと考えています。
06年はほとんど小説を書かなかった年として自分の中で記憶に残りそうです。
『カンブリア宮殿』というテレビ番組のインタビュアーを始めて、それ自体は刺激的
で面白いのですが、自分のコアは小説だと改めて思うことが多い1年でした。
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■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第409回目】
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====質問:村上龍============================================================
Q:744
07年から「団塊世代」の退職が始まるようです。団塊世代の大量のリタイアは、
どういった問題を生むのでしょうか。
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※JMMで掲載された全ての意見・回答は各氏個人の意見であり、各氏所属の団体・
組織の意見・方針ではありません。
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■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
2007年から始まる団塊世代の退職については、彼等が受け取る退職一時金が消
費に回る可能性が高いなどの要因から、最近、やや楽観的な見方が増えているように
思います。確かに、退職者が受け取る金額は大きいため、その一部が消費に振り向け
られると、現在、やや苦戦をしている消費に元気が出ることも想定されます。それは、
経済全体にとって大きなメリットになるでしょう。一方、多くの人が一斉に退職する
わけですから、それなりのマグニチュードを持った変化が起きると考えられます。そ
の中には、社会の経済活動にとってマイナスの影響を与えるファクターもあることで
しょう。
先ず気になることは、公的年金制度です。多くの人が退職によって、いずれかの段
階で給与所得者から年金受給者に変わることです。現在、団塊世代の人々の多くは、
給与所得者として年金保険料を払う立場にありました。ところが、退職によって、直
ぐにではないかもしれませんが、年金の受給者になるわけですから、賦課方式の年金
制度にとっては大きな変化が起きることは避けられないと思います。それでなくとも、
公的年金制度に対する人々の信頼は高くありませんから、今後のことが心配になりま
す。
小泉政権下では、郵政の民営化などが優先されたため、年金制度については、今の
ところ有効な手立ては見つかっていないように思われます。わが国の少子高齢化の進
展速度などを考えると、制度の改革を真剣に考える時期に来ていると思います。既に、
様々な提案や指摘がなされていますが、国民全体を巻き込んだ議論をすべきだと考え
ます。
企業経営者からは、「団塊世代の退職が技術継承を阻害する可能性がある」という
指摘をよく耳にします。たぶん、企業で業務を行っている人たちにとって、こうした
問題はかなり重要なのだと思います。先日も、ある金型工場の経営者から、団塊世代
の退職が大きな問題になっているという話を聴きました。現在、20名程度で金型を
作っているが、若い人が少ないので、退職する人の技術を継承する人がいないそうで
す。
この分野は、個人的な技術がとても重要で、それを世代ごとに伝承していかないと、
今までの細かい技術の蓄積は雲散霧消してしまうと困っていました。また、コンピュ
ータのソフトの開発企業では、昔作ったソフトを修正したり、更新したりするときに、
当時のコンピュータ言語を知っている人がいなくなると指摘していました。言語が分
からなければ、ソフトを最初から全て書き換える必要があるといいます。それは、か
なり不効率な作業になるはずです。
また、中・長期的に見ると、今後の少子高齢化の進展によって労働供給が減ること
が懸念されます。団塊世代の退職は、そのきっかけになる可能性もあるでしょう。こ
れは、長い目で見ると、わが国の経済成長にとって大きな制約条件になることが考え
られます。相対的に高い経済成長を目指して労働投入量の維持を考えるのであれば、
どこかの時点では、移民受け入れの促進を検討することになるかもしれません。
団塊世代の退職によって、少しずつではありますが、社会的な変化が顕著になるこ
とが想定されます。例えば、シニア層の住宅が利便性の高い都市の中心部に集中した
り、消費者の嗜好が変化することが考えられます。その中で、最も懸念されるのは、
シニア層の格差拡大が顕在化することだと思います。わが国のシニア層は、マクロベ
ースで見ると大変なお金持ちに見えます。しかし、様々な統計を見ると、そのばらつ
きは顕著です。
つまり、お金持ちのシニアと、そうでないシニアの差が大きいのです。シニア層の
経済格差は、他の世代と比較してかなり大きく、それは、生活保護受給者の世帯統計
を見ても分かります。団塊の世代が退職することによって、彼等は退職金を受け取っ
た後、給与所得がなくなるわけですから、そうした格差が一段と顕在化することが懸
念されます。専門家の中には、そうした格差が、いずれ社会問題になるかもしれない
と指摘する人もいます。みんなが考えているよりも大きな問題に発展する可能性があ
ると思います。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
「団塊世代」の退職は、日本が高齢化社会に向かう過程で、わが国の人口構成上の比
重が大きく退職者層へ移行する段階を象徴しています。
一般的に、退職年齢と平均寿命の差が広がることは、公的年金や生活保護などの高
齢者社会保障への依存期間を増加させ、社会保障負担を上昇させるというリスクが伴
います。そのため、退職年齢者の雇用延長あるいは定年退職後の再雇用などの就労機
会の確保について、関心が高まっています。しかし、この点については、年金および
社会保障制度を担うべき若年層にとっての雇用機会との競合もあり、一概に高齢者の
就労機会の拡大を優先すべきなのかは自明ではありません。
この問題に関しては一面的な議論で容易に結論が出せるものではありませんが、今
後の社会における高齢化や格差拡大を前提とし、社会保障制度の維持を図るため制度
全体の見直しが不可避と考えられる中での検討を要するものと思います。
具体的には、高齢者層における要生活保護世帯の増加が避けられない以上、保障さ
れるべき最低の生活水準を見直し支給額を減額することが不可避となっていると同時
に、若年者層においては受給資格認定の厳格化などを通じた支給の縮小と併せて、就
労促進による自助努力の支援が不可欠となっています。そのなかで、特に低賃金労働
における若年者層と高齢者層との間での就労機会をめぐる競合、および賃金水準への
影響を検討する必要があります。
たしかに、高齢者の就労機会拡大という観点からは、多様な雇用形態や柔軟な賃金
制度の導入は有効といえます。高齢者の多くは、若年者層などとの世代間の比較では、
相対的に潤沢な金融資産に加え、不動産の保有比率の高さ、公的年金の受給資格(受
給開始年齢待ちを含む)など、生活を維持する上での賃金への依存度も低く、柔軟な
制度を受け入れる余地も大きいものと思われます。雇用者側から見ても、退職労働者
の再雇用が妥当なコストで可能であれば、彼らの持つ技量や相対的に安定した勤務実
績などが魅力的に評価される余地は十分あるでしょう。
一方で、高齢者の就労機会拡大のためとはいえ、実質的に安価な労働の供給を許す
ことが、若年者層の就労機会を圧迫することは避けられませんし、現役世代における
最低賃金の水準引き上げを困難にする、あるいは最低賃金を引き上げた場合の労働需
要の後退をより深刻なものにする可能性があります。最低賃金を低水準に維持して低
賃金労働を放置することは、低所得者の就労機会を拡大するとの議論の一方で、就労
状態にありながら貧困状況から抜け出せない階層、いわゆる「ワーキング・プア」の
拡大につながり結果的に低所得者層を形成する構造を生み出すとの議論もあります。
特に、米国での90年代からの低所得者層の生活困窮化の事例を見る限り、この間の
住宅コストの極端な上昇という特殊要因が背景にあったことは事実ですが、社会保障
給付の削減と就労促進に加えて低賃金労働の放置といった政策的な構造要因があった
ことは否定できません。
高齢者層である55−64歳の雇用率では、日本は既に欧州諸国との比較では10
%近く高い水準にあり、若年者層の就労促進の課題を差し置いて、さらに高齢者層に
高水準の就労機会を提供する必要があるのかとの議論はありえます。一方で、これら
の欧州諸国ではかつては制度的に早期退職を奨励してきたものの、結果的には意図し
た若年者層の雇用問題の改善は実現せず、これまでの早期退職奨励の政策を見直し、
現状ではむしろ社会保障負担の軽減の意図から雇用延長の動きにあります。
ただし、欧州諸国の事例については、これらの地域では既に最低賃金の水準が日米
などと比較しても十分高く、国民文化的にも早期退職の志向が強かったことなどから、
若年者層と高齢者層との間での就労機会をめぐる競合は当初から少なかったとも考え
られます。むしろ、これらの地域では若年者層と就労機会で競合するのは、被雇用者
の既得権を強く認める雇用制度の下で、現役世代の中での既存の雇用者である可能性
が強いと考えられます。
あくまで個人的な見解ですが、社会保障負担の観点からは、高齢者に就労機会を提
供することにこだわる意義は少ないように思います。年金の受給資格を含め、十分な
資産を用意することができずに高齢期を迎えてしまった層に自助努力による自立を期
待することには、そもそも限界があります。これらの層に対しては、社会保障の保護
対象として妥当な保障水準の設定と社会としてコストを負担する制度を検討するしか
ありません。
むしろ、次世代の社会に向けた長期的な課題としてより重要なのは、年金および社
会保障制度を担うべき若年層の就労機会の確保と、就労と自助努力が報われる制度作
りではないかと思われます(少なくとも、フルタイムで就労しても生活保護水準以下
の貧困状況から抜け出せないような低賃金を認めるべきではないと思います)。
もちろん、高齢者にとっての就労機会は単に経済的な側面だけではなく、本人に
とっての生き甲斐として、高齢者の生活の質という観点からも検討されるべき問題で
す。この点に関しては、「団塊の世代」などでも経済的に余裕のある層では、NPO
など非営利団体でのボランティア活動などに関心が高まっています。これは、社会へ
の貢献および本人の生活満足の向上という観点からは、非常に好ましいことです。
しかし、こうした非営利の活動が、民間の営利事業と競合する場面が必ずしもない
わけではなく、結果的に若年者層の雇用機会を奪う、あるいは所得に対して引き下げ
圧力となることも否定できません。また、同じ高齢者間でも、生活のため切実に収入
を求める人達を追いやる結果になる場合もあります。
できるだけ長く働き続けることで、社会との接点を維持し、自らの貢献を実感する
ということは多くの人が望むところでもあり、健全な志向だと思われますが、一方で
は自己中心的な面もあります。もし、ハッピー・リタイアメントが許される立場にあ
るのであれば(「団塊世代」には、他の世代よりも、その意味で恵まれた境遇の方が
少なくないと思われます)、潔く一線を退くことも貴重な決断として尊敬されるべき
ものだと思います。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
現在1年間に生まれる子供の数は100万人程度ですが、2007年にはその2倍
以上の219万人が60歳を迎えます。数年前から話題になっていた2007年問題
が実現する年に入りました。団塊世代の退職は初めての出来事だけに、影響の予測が
難しい面があります。労働力が減ることは明らかなのですが、消費に与える影響がプ
ラスかマイナスかは専門家によって意見が分かれています。私は消費に対する影響を
プラスと考えます。
マスコミや市場関係者が騒ぎすぎているだけで、実はほとんど影響がない、あって
も軽微というシニカルな見方もあります。コンピュータが突然停止し、大混乱に陥る
可能性があると言われた2000年問題も、結局何も起こりませんでした。
消費に与える影響を考える際には、団塊世代は60歳定年後も働き続けるか、働い
た場合にどれくらいの収入を得られるか、退職金の一部を消費するのか、貯蓄へ回す
のか、医療費や消費税の引き上げが予想される中で、将来不安をどのように感じるか、
大都市圏の地価や株価が回復する中で、資産効果の影響をどう考えるかなど様々な要
因を考慮する必要があります。消費=所得◇消費性向と単純化した計算式を、過去の
データから回帰分析できません。
電通のアンケート調査によると、2007年に60歳定年を迎える男性の47%が
定年後もフルタイムで、40%がパートタイム・アルバイトで働くことを希望してい
るといいます。企業側では、60歳超の事務職に対する需要は少ないものの、技術承
継のために技術職を継続雇用したいという意向は強いようです。雇用条件や労働時間
にもよりますが、定年後に働いた場合の年収は200−500万円程度が多いようで
す。
政府も昨年4月に施行した改正高齢者雇用安定法で、高齢者の継続雇用を支援して
います。同法は企業に段階的に65歳までの雇用を義務づけており、定年の引き上げ
や廃止、定年後に従業員を再雇用する制度の新設を求めています。75%の大企業が
何らかの継続雇用制度を導入したといいますが、定年の一律的な引き上げや廃止は企
業にとって負担が大きいので、再雇用が多くなっています。
1961年以降の生まれのサラリーマンは、65歳にならないと厚生年金が支給さ
れませんが、今年60歳を迎える団塊世代は、60歳から老齢厚生年金の報酬比例部
分、63歳から老齢厚生年金の定額部分が支給されます。年間の公的年金支給額(基
礎年金+厚生年金)は、生涯平均年収600万円で、38年勤務して2007年に退
職した人の場合、210万円程度のようです。不祥事から解体が予定されている社会
保険庁のホームページでは、50歳以上の人しか年金支給見込額の試算ができません
が、金融広報中央委員会のホームページでは誰でも簡易計算できます。大企業では、
公的年金に企業年金の支給(今流行の確定拠出年金も含む)も加わります。
定年時の役職にも依存しますが、大企業を退職する人の退職金は2000−300
0万円程度が相場のようです。団塊世代はバブル崩壊以前に住宅を購入した人が多く、
住宅ローンもほぼ返済し、住宅の含み損も抱えていないと推測されます。このように
考えると、逃げ切り世代ともいわれる団塊世代は、継続雇用の収入、年金、退職金、
住宅があり、子育ても終って、結構自由になるお金が多いと推測されるため、個人消
費全体の増加に寄与すると考えます。
優雅な退職生活を送れるのは大都市圏の大企業の退職者だけであり、地方の中小企
業の退職者や事業環境が厳しい自営業者には当てはまらないとの批判もあります。団
塊世代の退職が消費全体へ与える影響は終わってみないとわからない不透明さがあり
ますが、確実なのは、消費に回るとすれば、旅行や健康増進など趣味にお金が使われ
る可能性が高いということでしょう。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 山崎元 :経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員
団塊世代の退職に関しては、(1)人口の多い団塊世代がお金(退職金)と時間を
持つようになることで、「団塊消費」とでもいうべきマーケットが出来るのではない
か、(2)団塊世代が次の世代にポストと職を渡すことは次以降の世代にとってチャ
ンスであり、いいことだ、といった、些かなりともプラスの面と、(3)人口の多い
世代の引退で労働力が不足する、(4)企業内でノウハウの伝承が不十分となる懸念
がある、(5)年金(などの社会保障の)財政を圧迫する、といったマイナス面と、
両方が予想されています。
「団塊消費」に関しては、確かに、団塊の富裕層を中心に旅行や家の改築、衣料品、
何らかの学習(大学院、カルチャー教室など。両者は基本的に似たようなものです)
などのシニア向けの市場が活況を呈する可能性がありますが、団塊世代の中にも、大
きな経済格差があり、たとえば、日本経済新聞社が一昨年の12月に団塊世代に向け
て行った調査によると、現在保有する金融資産が1000万円未満が53%強だとい
います(うち500万円以下が全体の34.4%)。一方、この調査数字は、「日経
ビジネス」の昨年10月30日号の特集記事に載ったものですが、同じ記事に載って
いる「日経マスターズ」が一昨年の4月に「日経ビジネス」誌の団塊世代読者に向け
て行ったアンケートでは、退職前の準備資金が1000万円以下の人は僅かに1.4
%で、3000万円以上が全体の6割以上、5000万円以上の人が28.1%もい
たそうです。
同時期、同じ質問のアンケートではないので直接は比較できませんが、「日経ビジ
ネス」を読むような、経済力があって、経済に関心の高い人たち(典型的には大企業
の幹部社員や経営者たちでしょうか)と、新聞社による「一般」の人たちの調査との
間に、これだけ大きな差があることには、かなり驚かされました(「日経ビジネス」
誌の効果だというと褒めすぎでしょうが)。余裕のある富裕層はともかくとして、団
塊世代といえども多数派は、「時間が出来たから、さあ、自分のためにお金を使おう」
という人たちよりも、「職と収入が無くなって、将来が心配だ」と心細く思い、財布
の紐を引き締める人たちではないでしょうか。
(2)と(3)は半ば裏腹の関係にある問題です。企業側としては、当面は、年齢と
共にコストの高い団塊社員の退職にほっとしている、というのが本音でしょうが、中
期的には労働力不足を心配しているようです(日本経団連の試算では、2015年に
労働力が400万人不足という)。一方、働く側に立ってみると、より若い世代や、
就職難の人たちが、チャンスを得るというのも一面の事実ですし、現状では、労働力
が本格的に不足しないと賃金(特に月給)が上がらない構造になっているので、労働
需給の引き締まりを期待したいところです。
日本の経済を中期的に見る上では、労働力がいつから不足するか(しないか)、と
いう問題が、景気、物価、両方と絡んで、ポイントになりそうです。
(4)のノウハウ伝承の問題は、古い時代に開発されたソフトウェアの保守の継続性
などが問題視されたことがありますが、問題点の多くは、何年か前から分かっていた
でしょうし、基本的に、お金で解決できる(必要な人の雇用を延長したり、リタイア
した人を再雇用したりする)問題なので、大事には至らないように思います。
(5)も、計算上は、前から分かっている問題なので、急にどうということはないで
しょう。とはいえ、人口の多い団塊の世代の本格的高齢化は、年金や健康保険などの
社会保障財政を現実的に圧迫する姿を、少なくとも計算通りには、見せてくれそうで
す。団塊世代は、若い頃は学園紛争で学校を荒らし、長じては、年金財政を荒らして
去って行く、ということになりそうですが、後者に関しては、団塊世代の行いではな
くて、制度の方に問題がありそうです。
年齢による問題は、ある程度は予想できた問題なので、急にどうということはない
でしょうが、将来の動向には、予想できない部分があるのが世の常です。厳密な根拠
があるわけではありませんが、これから3年くらい経つと、社会の雰囲気が大きく変
わっていて、その頃にあらためて、団塊世代リタイアの意外な効果を知ることになる
のかも知れません。
海の向こうでは、昨年還暦(60歳)を迎えた俳優のシルベスター・スタローンが、
ボクシング映画『ロッキー』シリーズの続編でボクサー役に挑むようです。年齢的に
定年とはいっても、団塊の世代には、まだまだ元気な人が多いはずなので、既存の組
織のポジションは後続世代に明け渡しつつも、新たなポジションで大いに活躍し続け
て欲しいものだと思います。
経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元
<http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/>
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■ 三ツ谷誠 :三菱UFJ証券 IRコンサルティング部長
「少年マガジンの世代は熟年マガジンを生んでいけるか」
団塊世代のリタイアが生むと思われる問題としては、2007年問題として従前よ
り指摘されていた技能承継問題や、貯蓄主体であった層が所得上の余裕をなくし消費
主体に変貌することで顕在化するだろう金融貯蓄率の低下の問題、言い古された観も
ありますが、年金財政や医療保険財政逼迫の問題などが指摘されています。
それら一つ一つが、勿論一定の重みを持つ問題であることは自明ですが、団塊の世
代を考えるときに重要なのは、彼らがその圧倒的な人口ボリュームで日本の戦後社会
のライフスタイルそのものを常に作り出してきたという事実であり、彼らが企業社会
からリタイアすることで新しい老年、熟年の姿を作り出せるかどうか、にこそ注目し
たいと思います。
1947年から1949年の間に生まれた800万人、そして現在なお健在な70
0万人の人口ボリュームは、マーケットとしての圧倒性を持っています。例えば、彼
らが小学生の時代には「少年マガジン」や「少年サンデー」が創刊され、高校生の時
代には「平凡パンチ」が創刊され、大学生(ただし同年代の人口構成的には2割前後
しか存在しなかったので、本当は20歳前後とすべきでしょう)の時代にはフォーク
ブームが起こりました(膨大な世代の塊が生み出す現象としてはSMAP、特に木村
拓哉の息の長い人気を支えているものが、団塊ジュニア層であることも興味深く感じ
ます)。
全共闘世代としての団塊の世代という理解も重要でしょう。私は当時小学低学年の
児童でしたが、新宿騒乱のニュース映像から溢れていたエネルギーについては、少年
マガジンで当時連載されていた鬼太郎や矢吹丈、星飛雄馬とそのライバル、花形満や
左門豊作、オズマ(DJオズマではありません)そして伴宙太やその2人の背後で究
極的に飛雄馬と闘っていた星一徹、との大リーグボール2号、3号をめぐる闘いの記
憶と共にいまなお思い出すものがあります。
例えば少年マガジンは、もともと膨大な塊としての団塊世代をあてこんで創刊され
た雑誌だったのでしょうが、その雑誌が団塊世代に矢吹丈や星飛雄馬の物語を伝え、
それが支持されて逆にその物語に触発された世代行動を生んでいったように、重要な
のは団塊世代をあてこんで試みられる様々な供給側の努力がどのような形でかまた世
代の熱い共感の鉱脈を掘り当て、次の世代、また次の世代までに影響を与えるような
新しい物語を創出できるかどうか、ではないかと思います。
あくまで個人的な見解ですが、団塊世代が掘り当てた物語のキーワードは「青春」
であって、団塊世代は人生のそれぞれのステージで「青春」を生きた人々だったよう
に感じます。子供の頃のそれは、表出の仕方に違いはあっても、共に破滅性の高い2
人の主人公、星飛雄馬と矢吹丈の示した燃え上がり燃え尽きる青春の形であり、大学
時代のそれは四畳半フォークのような恋愛に震える青春であったり、全共闘運動に示
された権力や体制との闘いに殉ずる青春であったりしました(雑学的ですが、彼らこ
そが我が国に恋愛結婚を定着させた世代であったこともまた、青春が恋愛の季節であ
ることの反映だと思います)。
晩年にあたって、「青春」に拘った彼らが、次の世代にどのような物語を残してい
くのか、例えば「熟年マガジン」のような媒体が誕生し、そこでまた別の才能がまた
新しいタイプの価値観を体現するヒーローを創造できるかどうか、常務になどなって
しまった島耕作でも、国家に殉じた栗林中将でもなく、もっと別の新しい何かが誰か
から生まれえるかどうか、個人的にはそこに注目したいと思います。
三菱UFJ証券 IRコンサルティング部長:三ツ谷誠
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■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
団塊の世代の平均的イメージはこんなところでしょうか。高度成長の始まる頃に生
を受け、その真っ只中に子供時代を送りました。青春時代はグループサウンド世代で
美的感性もみがき、学生運動が盛んであった時期でもあり、全共闘世代として敏感な
社会意識も発達させました。核家族が進む中、ニューファミリー層として時代の最先
端を行く消費スタイルを確立し、ブランド消費の楽しさを発見しました。
バブルの頃は社会の中心にいて、その恩恵に最もあずかった世代でもあります。バ
ブル以前に住宅の第一次取得を終えていたことから、バブル崩壊の痛手は比較的軽く
済みました。失われた10年の不況のなか、リストラの対象となることもありました
が、大手企業のなかでは相対的な高賃金を維持し、その分若い世代の雇用機会を奪っ
たと非難されます。
今回、目出度く退職するに当たっては、これから退職する世代に比べると、経済的
に恵まれたハッピーリタイヤメントです。平均的なイメージですので、そこから下に
いる人も多いかと思いますが、総じて、団塊世代は日本経済の成長と戦後民主主義社
会の成熟の恩恵を受け、そのまま逃げ切った世代として、他の世代からうらやましが
られます。
団塊の名前の通り、この世代の人数は約700万人と人口の約5%を占め、この一
団が短期間に60歳の退職年齢を迎えることになります。これまで、年金や社会保障
の負担の問題は将来の話であったのですが、これからは、労働人口のかなりの部分が
まとめてぬけて、社会保障を支える側から、支えられる側に現実的に移行していきま
す。
世代間の不公平が具体的な標的の形をとり、支えられる側と支える側、得した側と
割を食った側に対峙する事になり、今後の経済情勢によっては、世代間の軋轢が表面
化するかもしれません。
また一方で、退職後は時間と金に恵まれて、まだまだ元気な集団が立ちあらわれる
のですから、消費の担い手として期待されることにもなります。これまで、社会の先
頭を切って消費の先端を作ってきた実績からいっても、あらたな消費のトレンドが生
まれる、サービスその他の産業の誕生を促すことになるでしょう。
企業では、高年収を維持し労働コストを高めていたわけですから、彼らの退職によ
り企業の若返りとともに労働コストの低下が進み労働需給はタイトになっていくで
しょう。いままで、割を食っていた若い世代の低賃金傾向が多少なりとも緩和される
期待も持てます。
また、まだ十分働く余力を持ち、ノウハウを身につけた退職後の団塊世代を、地域
の企業や公的活動の担い手として、活用することが考えられます。地域経済の最大の
ネックとして、人材の不足があげられていましたので、この問題を退職した団塊の世
代を使って解消しようという動きです。
団塊世代の退職は、年金や社会保障の負担をめぐる世代間の軋轢の問題をうまく回
避できれば、日本経済のいくつかの問題の解決の契機となりうる積極的な側面が多い
ということが出来ます。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
団塊世代と言うと、彼等があたかも一塊(ひとかたまり)であるような印象を与え
ますが、人間60年も生きていると、ずいぶん隊列も乱れ格差が生じるのは当たり前
のことです。元旦の朝日新聞に「個性輝く団塊」という12ページの特集がありまし
た。その中に、「団塊の世代」と呼ばれることについてどう思うかというアンケート
調査が掲載されておりました。「何とも思わない」が34%で最も多く、次いで「仲
間が多く歓迎する」が21.5%、3番目は「十把一絡げは拒否」で19.7%でし
た。興味深かったのは、同じ質問に対する「団塊ジュニア世代」の回答で、こちらに
は「十把一絡げは拒否」という回答がありませんでした。
団塊世代というのは、言葉とは裏腹にその生き方において、ずいぶんバラバラなの
ではないかと思います。まず、高校の進学率ですが、ちょうど団塊世代が高校に進む
頃に大きく変化しております。1947年〜49年に生まれた団塊世代が15歳に
なったのは、1962年〜64年です。高校進学率は、1960年〜65年までの5
年間で58%から71%へと11ポイントも上昇しております。団塊世代の最終学歴
は、3人に1人が中学卒ということになります。高校進学率が100%近い現在の感
覚で団塊世代をみることは出来ません。
映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の冒頭のシーンは集団就職でした。掘北真希演ずる
星野六子は、青森の中学を卒業し東京にやってきます。彼女は、昭和33年(195
8年)時点で15歳ですから1943年生まれ、団塊世代より少し年長です。就職先
は鈴木オート、社員は1人もいません。これはかなりリアルな設定であるとおもいま
す。こうした状況は団塊世代においてもほぼ同じでした。実際、1963年に県外就
職した中卒者の産業別就職先の4分の3は製造業で、その大部分は大手企業に労働力
を奪われた「町工場」と呼ばれる零細企業でした。
彼等の労働条件は劣悪であったと思われます。当然離職率は高く、彼等の主な就職
先であった従業員10人〜99人規模の事業所では、2年経つと2人に1人は離職し
ていたようです。昨年、『若者はなぜ3年で辞めるのか?』という本が良く売れまし
たが、ある意味では昔からそうであったといえるでしょう。いずれにせよ、2007
年にめでたく定年退職を迎える方々は、団塊世代の中でもむしろ少数派なのではない
でしょうか。因みに、私が以前勤務していた銀行には、団塊世代はほとんど残ってお
りません。銀行の場合、実質的な定年は50歳代前半です。同期から役員が出る頃に、
役員になれなかった行員は子会社や取引先に出向していきます。
人生はよくマラソンに喩えられます。マラソンも序盤こそ一塊になって走っており
ますが、ゴール近くになると集団もバラバラになってしまいます。堺屋太一氏が『団
塊の世代』という小説を書いたのは1976年です。ちょうど団塊世代が30歳を迎
える頃でした。今の団塊ジュニア世代よりも少し若い。朝日新聞のアンケート調査に
あるように、まだその頃なら「十把一絡げ」でも良かったのかもしれません。しかし、
今や彼等を団塊世代と呼ぶことの弊害の方が大きくなっているのではないでしょうか。
バラバラになった彼等が、世代として纏まった行動をとるとは考えにくいと思います。
ところで、「団塊世代」の影響については、議論そのものが、その時々の景気状況
に影響されがちです。以前、「2003年問題」という悲観論がありました。東京に
巨大オフィスビルが次々に完成することから、オフィス供給が過大になり、賃貸料が
急落するという懸念です。当時、団塊世代の退職がオフィス需要の減少につながり、
需給が一層悪化すると言われたものでした。しかし、景気回復を背景に空室率が低下
すると、こうした悲観論も影を潜めました。一方、2005年後半の株価上昇局面で
は、団塊世代の大量退職による人件費の減少が企業業績にとってプラスになるといわ
れました。しかし、2006年の半ばに消費が低迷すると、一人当り人件費の伸び悩
みが悪材料視されました。景気が悪い時には「団塊世代」の悪材料としての側面が、
景気が良い時には好材料としての側面が強調されがちです。その意味では「団塊世代」
がどのような文脈で使われるかと言うことで、その時々の空気が読めるという面はあ
るでしょう。
今回のご質問は、「団塊世代の大量のリタイアは、どういった問題を生むのでしょ
うか」でした。おそらく「団塊世代の大量リタイア」を所与として考えるべきなのか
という点から本当は議論すべきなのでしょう。もっというと、団塊世代という言葉を
今もって使うことが妥当かどうかも考えるべきかと思います。
JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一
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『若者はなぜ3年で辞めるのか?』城 繁幸・著/光文社新書
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4334033709/jmm05-22>
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■ 土居丈朗 :慶應義塾大学経済学部助教授
我田引水的な話から始めると、団塊世代の大量退職は、我が国の大学では07年か
らは始まりません。多くの大学で定年が65歳前後(大学によっては70歳のところ
も)であるためです。多くの民間企業や官公庁で、団塊世代の大量退職を期に様々な
形で変革が起こりえそうですが、大学においてそうした変革が起こるのは約5年後と
なりそうです。「大学全入時代」が始まるまさに今日、改革が待ったなしの状況であ
るにもかかわらず、こうした定年の設定も一因となってこの先5年ほど劇的な変革が
容易でない状況が続くことは、大きな時間の損失になりかねません。大学は早くから
定年をより高い年齢に設定していて、その点では民間企業よりも先進的だったのです
が、人口構造の変化(少子化)の時期が不幸にも早く訪れたためにそれが逆にアダと
なる恐れがある状況です。
欧米の大学ではしばしば定年制がありません。学者は生涯現役で定年は不要という
発想が背景にありますが、単に定年制がないだけの話ではありません。定年制がない
のと同時に、給料も成果連動となっているわけです。これが、我が国の大学と大きな
違いといえます。
この話は一般論的に敷衍できる話ですが、我が国においてしばしば用いられている
年功序列賃金、勤続給、勤続年数に対し幾何級数的に増える退職金制度を残したまま、
定年制を廃止したり定年を延長することは、所得再分配効果(年齢とともに生産性が
下がった人に対して高い給料を払う)はあったとしても、資源配分の観点からは非効
率的なものです。事実、我が国の主要な産業においては、平均的にみて、ある年齢を
超えると労働生産性が低下するにもかかわらず年功序列賃金体系などで労働生産性よ
り高い給料を受け取る構造が認められます。これは、私も委員の1人として議論に参
加している産業構造審議会基本政策部会の第5回配布資料の参考資料「労働に関する
参考資料・分析結果」にわかりやすく紹介されています。
<http://www.meti.go.jp/committee/materials/g61218cj.html>
その詳細は、川口・神林・金・権・清水谷・深尾・牧野・横山「年功賃金は生産性
と乖離しているか」Hi-Stat Discussion Paper Series No.189
<http://21coe.ier.hit-u.ac.jp/research/discussion/2006/pdf/D06-189.pdf>
にあります。まさに、勤続年数が浅い若年労働者が高い生産性を上げながらも給料を
より低く抑えることによってそうした高給を支えるという構造、いわゆる「人質モデ
ル」が我が国では健在なのです。こうしたネズミ講式の仕組みは、少子化・人口減少
時代には持続不可能です。もし定年延長を積極的に進めるならば、労働(の限界)生
産性に比例した賃金体系(業績連動型賃金)も劣らぬほど積極的に導入してゆかなけ
れば効率的になりません。
団塊世代は、昨今議論されている定年延長の恩恵には浴せない形で大量退職するこ
とになるでしょうが、再就職する際には、ラチェット効果として、定年退職直前の給
料からさほど劣らない給料が得られるなら再就職しようとするが、かなり劣る給料な
らば再就職に躊躇するということがあって、高齢労働者の雇用のミスマッチが生じる
ことになるとすれば、それは年功序列賃金の悪しき因習に引きずられた現象といわな
ければなりません。今後、団塊世代の大量退職後に起こりうる高齢労働者の雇用のミ
スマッチ(ひいては、高齢者の失業率の上昇)に対しては、そうした問題が生じてい
ないか注視する必要があると考えます。
私は、基本的には、他の寄稿家の方々が述べておられるように、団塊世代の方々に
はこれから悠々自適の老後を送って頂きたいという気持ちを持っています。その意味
で、団塊世代の方々が職場から抜けられた後は若い世代がそれを補うべく努力してゆ
き、職場の世代交代を大胆に進めることが日本経済全体にとって活路が開かれると考
えます。
慶應義塾大学経済学部助教授:土居丈朗
<http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/>
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■ 岡本慎一 :生命保険会社勤務
団塊の世代の退職が経済全体に与える影響は、考えられているより小さいと思いま
す。例えば、団塊の世代の大量退職で企業の労働コストが大幅に下がり生産性が向上
するという見方がありますが、劇的な変化は期待薄です。企業は、その需要量に合わ
せた労働力を確保するために、既に新卒採用を増やしたり、中途採用を積極化したり
しています。団塊の世代の退職は労働力の移動に過ぎず、マクロ的な大きな変化(良
い変化も悪い変化も)をもたらすことはないでしょう。
しかし、年齢構成が大きく変化する事は、ミクロ的には大きな変化をもたらし、そ
れは企業にとって大きなチャンスにもなるはずです。例えば、団塊の世代と今までの
高齢者との間には大きな違いがあることに注目してみましょう。
団塊世代は1960年代から70年代にかけて青春時代を過ごしました。当時は急
速に自動車の普及率が上昇した時期です。2004年末での60〜64歳男性の運転
免許保有率は89.7%に過ぎませんが、55〜59歳男性の運転免許保有率は94
%にも達します。更に女性の免許保有率を比べると、60〜64歳49.8%ですが、
55〜59歳では65.7%に跳ね上がります。高齢者、特に女性高齢者に対してア
ピールできる優しい車をつくることが、国内自動車販売の低迷脱出の鍵になるかもし
れません。
また、ITの分野でも団塊世代とこれまでの高齢者との間には大きな違いがありま
す。平成17年の『情報通信白書』によれば、50〜59歳のインターネット利用率
は66%に達していますが、60歳以上では26%に過ぎません。団塊世代は会社で
パソコンや電子メールを業務として使いこなしている世代です。その固まりが、退職
後に自宅でインターネットを使って、様々な消費活動を行い、行政サービスを受ける
事になります。高齢者に優しいインターネット環境をつくることができた企業や自治
体には大きなチャンスが生まれるでしょう。自動車やITは一例に過ぎません。いわ
ゆる「アクティブシニア」への対応の正否が、多かれ少なかれ今後の成功の鍵を握る
と予想されます。
年齢構成の変化は企業活動に変化をもたらすだけではなく、地域格差に影響を与え
る可能性があります。高齢者を代替するために都市部において若年労働力に対する需
要が膨らめば、一層の都市集中と地方の過疎化が進展するかもしれないからです。限
られた財政の中で、地方の衰退を食い止め、更に発展させていくには、地方分権をす
すめ、地域の個性にあったサービスを提供できる仕組みをつくる必要があります。地
方は経済的に都市部と競争するのではなく、豊かな自然や高齢者に優しい行政サービ
スなど、経済活動以外の豊かさで都市部と競い合っていくことになるでしょう。
人口動態の大きな変化は、日本経済全体というより、その構成に大きな変化をもた
らします。この変化は企業や地方自治体にとって大きな試練であるとともに、大きな
チャンスです。創意工夫で少子高齢化社会や人口減少社会をきっと乗り切れるはずで
す。
生命保険会社勤務:岡本慎一
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■ 津田栄 :経済評論家
日経の記事によれば、今年から3年余りで退職される団塊の世代は約670万人、
その8割が企業や官公庁に勤務するサラリーマンといわれています(ただ、この67
0万人という数字は、人口推計によるもので、当時の出生者数は厚生労働省の統計で
は約800万人で、定年までの死亡者数がみえていないので、正確な団塊世代の数字
は分からないのが実情です)。
さて、この670万人を前提に、この半数が男性とみると、サラリーマンは270
万人前後、大半の女性は専業主婦でしょうが、一部(統計として約3割強)はやはり
働いているとして350万人〜400万人が勤労者といえましょう。そこで起きるこ
とは、団塊世代の大量退職、すなわち高度成長期後からバブル期まで日本経済を世界
2位まで押し上げ、その成長を支えてきた一方、その後の経済低迷に苦しんだ勤労者
がこの3年間で一斉に職場から消えることです。
まず、プラス面ですが、団塊世代の大量退職で雇用過剰感が緩和し、解消すること
です。悪化していた雇用環境が改善し、最近の新規雇用の回復につながっています。
また企業にとってみれば、高い賃金を払ってきた団塊世代が退職することで、人件費
の減少につながります。定年延長や再雇用でそのまま雇用が継続されても、賃金が抑
制されますので、企業の固定費は減少することになるはずです。
また、一番期待されているのが、団塊世代が受け取る退職金が、旅行や趣味、カル
チャースクールなどの消費に向けられることです。あるいは、資産運用に向かうとい
う予測もあります。確かに、団塊世代の先輩で、退職したら海外旅行に行くとか、株
式や債券、投信あるいは海外に投資するという人もいます。その面で個人消費を引き
上げ、投資を拡大する要因になりえるかもしれません。
一方、起きる問題は、まず、大量退職により労働人口が減少することです。しかも、
少子化も加わって、今後労働力の不足は続くのではないかと思われます。もちろん、
IT技術の進展や効率化・生産性の向上により、大量退職しただけの人数が必要では
ありませんが、それでも労働力は足りなくなることは確実であり、その点で、長期的
に日本経済の成長率の低下につながる恐れがあります。
次の問題は、彼らの持つ技術・スキルや知識、経験が一旦途絶える恐れがあること
です。改正された高年齢者雇用安定法が昨年4月に施行され、65歳までの定年引き
上げか、継続雇用制度の導入か、定年の定めの廃止のどれかの措置を企業は義務付け
られたことで、定年退職者に雇用機会を提供して、この技術・スキル、知識、経験を
継承し、彼らの能力を生かす道ができました。
それを見越して、最近企業は定年退職者の定年延長や継続雇用を一部進めており、
団塊世代の退職予定者はこの制度により企業に残り、技術・スキル、知識、経験を継
承することができますから、それほど心配する必要はないかもしれません。ただ、団
塊世代で事務職を中心としたホワイトカラーには再雇用するほどのスキルや技術、知
識、経験は持ち合わせておらず、定年後の再雇用問題は付きまとうとみられます。
また、再雇用は、具体的、客観的な基準のもと、賃金、労働時間、待遇などの労働
条件を話し合って合意したなかで行われるもので、企業の義務ではありませんし、子
会社やグループ企業への出向や派遣という形態をとる場合もあります。それでもこの
制度の導入で可能性が広がったといえましょう。
この定年延長や雇用継続などの制度の導入の背景には、後ほど述べる年金制度の改
正とリンクしており、団塊世代の年金支給開始年齢の引き上げによる将来の生活不安
に対応した面があります。その意味で、企業が再雇用する場合に賃金を低く抑えすぎ
ると、団塊世代の定年退職予定者の生活不安が緩和されないかもしれませんので、そ
の点で注意してみていかなければならないように思います。
再雇用で問題になるのは、若年層の雇用を圧迫するのではないかという恐れですが、
最近の新規雇用の復活にも見られるように、雇用過剰感が緩和し、全体的に労働力の
不足が将来問題になりますから、それほど圧迫要因になるとは考えていません。ただ、
雇用問題は、この10数年の景気低迷で企業が新規雇用を手控えた結果、契約・派遣
社員やパート・アルバイトなどの非正規社員に甘んじている20代後半から30代ま
での若年層にあります。これは将来の経済・社会の不安定要因でもあり、政府や企業
による、最低賃金の引き上げ、正社員と非正規社員の制度上の格差解消などのほか、
技術・スキル取得や能力開発のための支援が欠かせないといえ、そこで、団塊世代の
協力も必要といえましょう。
また、企業や政府(中央・地方)の観点で言えば、問題になるのは、団塊世代の大
量退職に伴って発生する40兆円とも50兆円とも言われる膨大な退職給付(退職金)
の負担でしょう。多くの企業は前もって引当金の積み立て、退職給付金の引き下げな
どでこの問題に対処していますが、財務省財務総合政策研究所によれば依然東証一部
上場企業でも半数近くが対処不十分な状況で、財務リスクがあるといわれますので、
その他の中小・零細企業に至っては、対応できていない可能性もあります。そういう
点では、企業収益の低下リスクを抱え、最悪倒産リスクも考えられます。
政府では、団塊世代の公務員の大量退職は、膨大な財政赤字を抱えて、さらなる財
政悪化要因になりえます。特に、地方公共団体では、余裕資金がないため、退職金の
ために債券を発行してその資金を調達するところもあり、一層、財政悪化につながる
恐れがあります。来年度は、順調な景気拡大で税収増を見込んでいますので、この懸
念が杞憂に終わればいいのですが、思うような景気拡大につながらなかったときの地
方財政悪化リスクは念頭に入れておく必要がありましょう。
この団塊世代の大量退職で起きる最大の問題は、年金等の社会保障関係費の増大と
いえます。年金改革が不十分なため、公的年金に対して不安がある中で、団塊世代の
大量退職により、年金給付負担は急増し、確実に年金財政は悪化する恐れがあります。
たとえ年金の支給開始年齢の引き上げが行われても5年後には満額支給されることが
確実となれば、それ以降の負担は相当なものといえましょう。ましてその何年後かに
は健康保険や介護保険の受給者としても社会保障関係負担を急増させます。
また、前述した多額の退職金については、大企業の従業員や公務員などごく限られ
た団塊世代の話であって、前述したように退職金を用意できない都市部の中小・零細
企業や地方の企業の従業員(割合的には大多数)にはあまり期待できないのではない
でしょうか? その意味で、全体で推計してこんなに退職金が団塊世代に支払われる
といっても、現実にいくら支払われるのか分からず、また多くの団塊世代は多額の退
職金を受け取ると一概に言えず、退職金にも相当の格差があると見たほうがいいよう
に思います。ましてや、最近の生活保護受給高齢者の増加に見られるように、将来の
生活不安を持つ団塊世代は、予想外に多いのではないでしょうか?
その他、問題になるのは、もし消費に退職金や貯金が回されることになれば、家計
の貯蓄率がさらに低下する可能性があります。また株式や海外投資に回ることもあり
えます。そのとき、日本国債や自治体発行の債券(地方債)が国内消化されない恐れ
がでてくるかもしれません。その時は金利上昇を招き、財政悪化に拍車をかける懸念
があります。また、団塊世代のホワイトカラーの大量退職で、オフィス需要が低下す
る可能性があり、特に地方都市は、少子化・人口流出でさらにオフィス需給の悪化が
見られるかもしれません(それは、地方のデフレが止まらないことを意味します)。
もう一つの問題は、政策投資銀行の藻谷氏によれば、団塊世代が生活利便の高い都
市部、特に首都圏に偏在していることです。彼らが退職後地方にUターンしなければ、
東京などの都市部の団塊世代の高齢化により、地方に比べて福祉負担が急増、土地住
宅の需要減少につながり、急速に都市経済の活気が失われていく可能性がありえます。
もちろん、地方においても、団塊世代の退職、高齢化で、地方の過疎化、需要減少に
よる経済低迷が一段と進むことは予想されます。また、その意味で、都市部と地方の
経済格差は一向に縮小しない可能性があります。
このように団塊世代の大量退職によるプラス・マイナスを考えてみると、一時的に
日本経済を拡大させることがあってもその先は負担や悪影響で衰退させるリスクがあ
ります。もちろん、その影響は単純ではなく複合的なものであって、予想を超えた結
果になると思います。また、この世代の意思と行動によっても結果は変わってきます。
結局、彼らの退職後の問題や結果は、本当のところ、5年先、10年先でなければ明
確にならないように思います。
その点で、団塊世代は、退職後自分のことに退職金や年金を使うことで残りの人生
を楽しんで、「食い逃げ世代」として若年世代から疎まれるよりも、むしろ、今後未
来の日本を背負う若年世代のために、NPO法人やボランティアなどの活動を通じて
社会貢献を図ったり、東京などの都市部と地方のニ地域居住をしながら、地方を活性
化するために自分の持つスキル・技術、知識や経験を生かすなどして、尊敬される世
代として活躍されることを望みます。
経済評論家:津田栄
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■■編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:744への回答ありがとうございました。年末年始は箱根で過ごしました。快
晴の日が多く、富士山がずっと見えていました。先週のこのエッセイで「06年はほ
とんど小説を書かなかった年として」と書きましたが、それは勘違いで、けっこう書
いていました。小説をほとんど書かなかったのは『半島を出よ』を上梓した05年で
す。どうしてそんな勘違いをしたのか、わかりません。
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Q:745
自民党の中川秀直幹事長はテレビ番組で「ホワイトカラー・エグゼンプション」の
導入について慎重な意見を述べたようです。
<http://www.asahi.com/politics/update/0107/002.html>
わたしはまず「ホワイトカラー・エグゼンプション」という制度の名称を正確に日
本語に訳して欲しいと思いますが、労働時間の裁量制を巡る問題をどう考えればいい
のでしょうか。
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村上龍
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JMM [Japan Mail Media] No.409 Monday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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