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イエコノミーニッポンの家計（４）市場の新主役――生かせるか第二の財布。
2007/01/05, 日本経済新聞 朝刊, 1ページ, 有, 1732文字
昨年十一月一日。愛知県知多郡に住む会社員の佐藤邦彦（５５）は朝一番で電話をかけた。「新商品の投信、一千万円ほど買います」
この日はベトナム株に投資する投資信託の販売初日。東京の八丁堀にある東洋証券の店頭には朝九時の開店を待つ人の列。「まだ買えますか」。問い合わせの電話が鳴りやまず、本店分は即日売り切れた。
佐藤は声を弾ませる。「二十代だったころ体感した日本の右肩上がりが、これからのベトナムにあるかもしれない」。ベトナムの株価指数は十月末から二カ月で五割上昇。けん引役は日本の家計マネーを含む外国人の買いだった。
新興国に夢託す
滋賀の琵琶湖畔に住む佐竹信治（５４）は昨年、中国に十五回足を運んだ。運用資産の九割は中国と香港の金融機関に預ける。「わたしたちは年金の減額やリストラの痛みを受けた。少子高齢化する日本の未来に夢を持てない」。保有していた日本株は二〇〇五年にすべて売った。
日本の家計が買った新興国投信の純資産残高は四兆円を超えた。三年で七倍だ。雇用や年金への不安。超低金利への怒り。冷遇されていると感じた家計のお金が成長を探す。
そのお金は国内の成長の「芽」も育てる。埼玉県の岡田純爾（３１）は日本の新興市場の株式しか買わない。〇二年の上場直後に買ったマンション開発会社の株価は二十倍になった。成長性を信じ、短期売買はしない。家計による新興市場での売買シェアはいま、八割にものぼる。
家計のベンチャー投資。米国が歩んだ道だ。粉飾決算や不正経理など新興市場には問題もあり、損失を被った人もいる。それでも家計の力は新しい企業を育てる原動力だ。
かつて「脱サラ組」は銀行に資金を借りに行き、土地や連帯保証人を求められ、選択肢を減らされた。「これからは銀行を通さない家計の富が起業家を育てる」。早大大学院教授の大村敬一は話す。
資金の出し手として、家計が「新しい主役」になる時代が近づいている。キヤノンは昨年株を小口化し個人が買いやすいようにした。株は決して富裕層だけのものではない。株式の持ち合いが崩れ、企業は家計との距離を測り直す。
「個人株主は経営の最大の支援者」。キーコーヒー専務の高見勇は言う。一年半前に株主優待を変え、小口の株主にも年二回コーヒーの詰め合わせを送る。主婦を中心に個人株主は二万七千人。一九九四年上場時の十八倍だ。その個人株主たちは、ほかの人の五倍も同社の製品を買うという。
家計が株主になって企業に資金を出す。株主は消費者になり、企業の業績を向上させる。そんな好循環を強める経路が実はもうひとつある。配当だ。ここにきて増配企業が相次いでいる。米国と比べてみた。
利益に占める配当の割合を示す配当性向。日本企業は二三％。米国は三二％ある。同業種の電力でみるとどうか。東京電力の配当利回りは一・五％。米アメリカン・エレクトリック・パワーは三・六％。日本の家計が受け取った〇四年度の配当総額は非上場企業を含めて四兆九千億円。賃金総額（二百十八兆円）の「四十五分の一」。一方、米国の配当総額は賃金の「十分の一」もある。
消費支える配当
米国の家計にとって配当は消費を支える「もうひとつの財布」。日本企業は四期連続の最高益に沸くが、家計にそんな実感が伝わらない。家計が働き手として得る賃金だけでなく、投資家として配当をあてにできるようになれば、家計と企業を結ぶパイプはぐっと太くなり、消費の力も増す。
働き、蓄え、運用し、将来に備える。終身雇用が崩れた日本で、家計が資産を育てるためのインフラを整えねばならない。
ベトナム投信を買った佐藤に尋ねてみた。もし新興国の株が日本で上場していたら？ 「自分の目で見て確かめて株を買えたら、こんなうれしいことはないですよ」。世界に出遅れた日本の市場は、家計の足の速さにも出遅れている。
「成長」を探すイエコノミー。その力を想像し、解放する知恵と工夫が、日本にも要る。＝敬称略
（イエコノミー取材班）
＝関連記事５面に
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