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2006年11月9日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.400 Extra-Edition3
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』第276回
「時代が動き出す時」
■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』第276回
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「時代が動き出す時」
本稿の時点では、バージニア州の上院票が確定しておらず、民主党が有利とはいえ、
再集計や訴訟合戦の可能性を残しています。ということは上院は民主党が51議席の
過半数を制するか、あるいは両党同数となるかという情勢です。ですが、下院は地滑
り的(ランドスライド)勝利と言って良いですし、知事選も含めて民主党の圧勝とい
う大勢はほぼ固まったと言って良いでしょう。
私は週末の段階では、有権者がここまでハッキリした意思表示をするとは思ってい
なかったのです。もしかしたら、政治不信とでも言うべき醒めたムード、あるいは
「変化などあり得ない」という諦めムードが相当程度蔓延しているのではないか、そ
んな風にも見ていたあのです。例えば何度もこの欄でお伝えした空前の「ネガティブ」
キャンペーンもそうですが、投票直前のウィークエンドに奇怪な映画が全国のシネコ
ンをパニックに陥れていたというような現象からも、そんな印象を持っていました。
その映画というのは『ボラット、栄光ある国家カザフスタンのためにアメリカ文化
を学びに行く』(以降『ボラット』と略すことにします)というギャグ・コメディ映
画です。サシャ・バロン=コーエンという英国のコメディアンが、「ボラット」とい
うカザフスタン人のTVレポーターに扮して「アメリカ文化の取材」に出かけるロー
ドムービーなのですが、内容的にはカザフスタン人は「女性を奴隷だと思っている」
とか「ユダヤ人が殺しに来ると思っている」というデタラメな設定に加えて「いかに
もスラブ的な田舎臭い英語のアクセント」を喋りながらドタバタを繰り広げるという
お話です。
全編を通じて下ネタのオンパレード、しかも宗教や人種問題をパロディにしている
ので、ある種アングラっぽいムードが漂う「過激」な作品です。配給のFOXもそん
なわけで837館という限定公開で様子を見た感じになりました。ですが、結果的に
は上映館数からすると理論上ほとんど不可能な26ミリオンという大変なヒットに
なってしまったのです。少なくともこの週末だけで300万人が見たという計算にな
るのですが、そもそもはインターネットを通じて「面白そうだ」という口コミが広が
り、バロン=コーエンの出演するTV番組の一部が「ユーチューブ」に流出するなど
の要素で、どんどん観客が劇場に押しかけたようです。
私の近所のシネコンでは、ここが郡内で唯一の公開劇場とあって窓口は長蛇の列に
なり、「○○時の回はないんですか?」「売り切れです」というようなやりとりが続
いていました。内容的には、日本で言えばビートたけし(ツービートという漫才時代)
やタモリが登場したときのようなインパクト、いやユダヤ系や中央アジア人をバカに
したような表現が露骨なのでそれ以上でしょうか。とにかく既成の価値への挑戦、つ
まり偶像破壊の衝動を笑いにしたようなカテゴリの「芸」でしょう。
娯楽としては、新しい笑いの質ではあるものの、見方によっては世界を斜めにみた
ような不健康な笑いだと言われても仕方がないでしょう。とにかく、こんなドタバタ
が流行するようでは、アメリカも「社会の劣化」が進むのではないか、そんな印象も
私は持ったのです。バロン=コーエンの「芸」にはある意味で「国家」とか「文化」
とか「人種」といった概念そのものを破壊するような知的な工夫があることはあるの
ですが、流石にこのメッセージは簡単には理解されるものではないし、とにかく「過
激なお笑い」として受けているだけ、そう見ていました。
ですが、選挙の結果、これだけハッキリした民意というものを突きつけられると、
もしかしたらアメリカの若い世代は、この『ボラット』のメッセージをかなり正確に
理解しているのではないか、そんな風にも思えるのです。粗野で好色な、そしてデタ
ラメな「カザフスタン人」の「ボラット」はどうして滑稽なのでしょう。それは自分
で自分のことが分かっていないからです。同時にその「ボラット」は、アメリカの各
地を旅することで、様々な偽善や人種差別をあぶり出して行くのです。
誇張した「アメリカ」とニセモノの「カザフスタン」に「文化の衝突」をさせるこ
とで、「自分の文化、自分の国が最高だ」という姿勢そのものが滑稽であることを暴
露してゆく、これが「ボラット」のメッセージなのでしょう。何よりもバロン=コー
エン自身(ケンブリッジ出の秀才だそうです)がユダヤ人でありながら、反ユダヤ主
義者を演じてみせるという手の込んだ芝居をしている、そのエピソードが文化的に大
きなメッセージとして26ミリオンを叩きだしたのだと思います。
ちなみにカザフスタン政府はバロン=コーエンを「祖国を侮辱した」として告訴の
構えだったのですが、これに対してバロン=コーエンは「ボラット」というキャラク
ターの名前で声明を出し「そのコーエンとかいう怪しからんユダヤ人を、我が祖国が
告訴するのは断固正しい」と言ってネタにしているのですから大したものです。そん
な中、カザフスタンでは「これで国が有名なったのだから許してやろう」という声も
出ているとか(ネット上の噂ではナザルバエフ大統領のお嬢さんがそう言っているそ
うです。真偽のほどは不明ですが)。
この映画がブログや「ユーチューブ」を通じて瞬間的に広まっていったように、イ
ラク戦争への怒り、そして共和党の腐敗への怒りも、同じようにインターネットを通
じて広まって行ったのです。確かにここ数回の選挙では保守派によるブログ活動が話
題になっていました。ネットの匿名性が「偽善的なリベラル」への罵詈雑言を増幅さ
せる、ある意味では他の国にも見られるような現象は確かにありました。ですが、今
回は911以降の愛国と戦争の時代をじっと息をひそめて見つめ続けていた若い世代
が、ネットを駆使して動き始めたといって良いのでしょう。
リベラルというよりも、新しい現実主義の登場です。愛国の熱狂からも、異文化へ
の恐怖心からも自由で、しかも自身を戯画化できる知恵と強さをもった世代とでも言
いましょうか。そうした新しい潮流がネットを通じて走り始めたのでしょう。ナンセ
ンス映画『ボラット』のヒットと、選挙の盛り上がりが同時に起きたということは、
そんな新しい時代のスピード感を示しているように思うのです。
ネットといえば、特にブログに連動して政治資金への献金が「ワンクリック」で可
能となるシステムがフルに稼働して、民主党を勢いづかせたようです。ある意味で組
合頼みの旧態依然とした選挙から、ようやくこの党は脱しつつあるということなので
しょう。では、選挙の勝利を受けて、民主党は何をするつもりなのでしょうか。とり
あえず今回選挙に当たっての民主党の選挙公約にあたる「六つのアジェンダ」を手が
かりとしてみることにしましょう。
1、ウソのない公正な政治(政治腐敗、不正への告発)
2、ホンモノの安全保障(前線に真実を知らせ、本土の保安は市町村から)
3、エネルギー政策の自立(省エネ技術の促進、温暖化問題)
4、繁栄と教育(国内の雇用創出、大学授業料減税、歳出抑制)
5、全国民対象の保健サービス
6、老後の安心(公的年金財政の健全化など)
今回の民主党の勝因の一つは、この「1」と「2」を分けたところにあると思いま
す。イラク戦争に対してヒステリックに全否定をしてしまっては、前回の大統領選挙
の二の舞になる、そんな中、イラクが争点の選挙であることは間違いないにしても、
それを二つに分けたのです。まず、一番目は不正への告発です。選挙運動の中では
「共和党の少年愛議員隠蔽」であるとか「ロビイストの不正活動」などを中心に訴え
るのですが、それが「安全保障」の中の「前線に真実を知らせよ」とか「前線の実態
を国民に知らせよ」というメッセージと重なりあうと「イラク戦争そのものが不正」
という主張を浸透させることができるのです。
最初から「イラク戦争は不正」と言ってしまえば党派的なスローガンに終わってし
まいますが、このように分けたところに有権者とのコミュニケーションが上手くいっ
た原因があるのではないでしょうか。ただ、イラク以外の内政に関しては、民主党の
できることは限られていると思います。クリントン以降の民主党は、「景気を犠牲に
して増税や福祉に走る」ような愚行には手を染めない、そんな知恵は相当に浸透して
います。ですから経済政策の上で無茶をするようなことはないと思います。
となると、選挙の結果を受けて、この変革エネルギーは軍事外交の方向転換を迫る、
その一点に集中してくるのは間違いありません。この点に関して、ブッシュ政権は大
勢が判明してから、間髪を入れずにラムズフェルド国防長官の辞任と、後継候補にロ
バート・ゲイツ(テキサス農工大学長、元CIA長官)を指名するという形で、テニ
スにたとえれば「完璧に打ち返して」きています。
ゲイツ氏は、ベーカー元国務長官の人脈に連なる人物で、民主党とも近い関係にあ
るようです。ですから、ラムズフェルド流の「軍事衛星からの情報に基づいて敵を撃
滅する」という単純な軍事ではなく、相手の文化、社会を理解した上で、その地区の
秩序形成を支援するオーソドックスな戦略戦術に戻すことになるのではないでしょう
か。恐らくは国連をもっと重視するでしょうし、ヨーロッパ諸国との関係も大切にす
ることになるでしょう。イランなどの核危機についても、冷戦末期の話し合いによる
危機管理のノウハウをまずは導入することになるのだと思います。
ブッシュ大統領は、自分の任期の最後の2年間は、ベーカーの、つまりは自分の父
の流儀に屈服することで歴史に汚名を残すのを避けようとしているのだと思います。
時代が大変なスピードで動き出しました。これに対する民主党側の反応としては、ベ
ーカー路線に協調しつつ、場合によってはチェイニー副大統領を追い落とすことは仕
掛けてくるかもしれません。ただ、ペロシ下院議長(就任が確実視されています)は
大統領の罷免には走らないでしょう。自身が言っている通り、そうなっては政治空白
になって、国全体にとってマイナスになるからです。
以降は、今回の選挙に関する雑感を箇条書き風に記しておきます。
・ロードアイランド州では、共和党は激しい予備選の結果、「勝てる候補」として
「反ブッシュ中道」のチェフィー議員を立てましたが惨敗に終わっています。有権者
は「反ブッシュ」では足りず、「反共和党」という強い民意を持っていた、という例
だという解説が多く聞かれます。
・先週まで何度かお話ししたテネシーの選挙戦では、結果的に民主党の黒人候補ハロ
ルド・フォードは敗北しました。問題になった「白人女性の下ネタ攻撃」CMは、人
種意識をくすぐったということもあるのでしょうが、「もしかしたら不純な人物かも
しれない」と宗教保守派の票をフォードから遠ざけたという効果もあったようです。
前回選挙とは全くスケールが違いますが、カール・ローブ的な戦術の成功した希な
(そして最後の)例だということでしょう。
・負けたとはいえ、フォードの善戦は全米に強い印象を与えました。それが前回初当
選して今回は応援演説のスターとなった黒人上院議員バラク・オバマの存在感と重
なって、黒人政治家への期待感になっています。宗教的にはかなり保守のオバマの登
場は、民主党の新しい潮流として注目に値するでしょう。宗教保守派の票が今回選挙
では共和党から離れて行ったようで、それが次回は民主党に戻るのではと言われてい
ます。
・注目のヒラリー・ロッダム・クリントンは圧勝でした。67%の得票というのはた
いへんな重みがあります。またナンシー・ペロシ女史が選挙を主導して大勝し、下院
議長になるだろうということから、女性が憲政上の要職に就任するムードが一段と強
まりました。そんなことから「ヒラリー大統領候補」登場へのお膳立てとしては理想
的な結果だっと言えます。ちなみに、ヒラリー効果で、NY州では知事も民主党が奪
い返しています。
・共和党ではアーノルド・シュワルツネッガー知事が56%を取って圧勝、党勢が退
潮する中でほとんど唯一の明るい材料になっています。勿論、環境問題を前面にブッ
シュに一線を画した選挙戦の成果なのですが、これも現在の大きな政局のトレンドに
連動するものだと言えるでしょう。それにしても鮮やかな勝利だったので、憲法改正
をしてでも大統領候補にという声が高まるかもしれません。
・フロリダの知事は共和党(先週の民主が有力というデータは誤りでした。お詫びの
上訂正させていただきます。ここの知事選は終始、共和党がリードしていました)で
したが、上院は民主党に行きました。またペンシルベニア、オハイオ、ミズーリなど
大統領選挙の選挙人数の大きい、したがって「バトル・フィールド(主戦場)」とな
る州を取ったことで、2008年の大統領選へ向けて民主党は意気上がるところです。
・民主党の躍進で米中が接近し、再び「ジャパン・パッシング」が起きるのでしょう
か。あるいは保護主義の台頭で日本は被害を被るのでしょうか。北朝鮮問題では日本
は議論から外されるのでしょうか。私は違うと思います。詳しくはまたお話しするこ
とになると思いますが、少なくともこうした「関係」の問題は「相互」の問題なので
すから、日本側から真剣にコミュニケーションを取れば、逆にいい関係を作るチャン
スだと思います。アメリカの民主党との「おつきあい」は、昔の小沢一郎や山崎拓と
いうような「寝業師」の隠密行動に全てを任せるというのはもう止めにして、全く新
しい開かれた日米関係を築く時期だと考えるべきでしょう。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』(講談社現代新書)
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【編集】 村上龍
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