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2006年11月4日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.399 Saturday Edition
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▼INDEX▼
■ 『from ９１１/ＵＳＡレポート』第２７５回
「中間選挙の直前予測」
■ 冷泉彰彦 ：作家（米国ニュージャージー州在住）
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■ 『from ９１１/ＵＳＡレポート』第２７５回
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「中間選挙の直前予測」
中間選挙の投票まで残すところ１週間を切りました。そんな中、民主党が押し気味
というムードに一瞬水を差した格好になったのが、１０月３１日のハロウィン当日に
起きた「ジョン・ケリー失言事件」です。２００４年の大統領候補としてブッシュに
肉薄したケリー上院議員は全国を遊説中だったのですが、カリフォルニアに寄った際
に騒動を起こしたのです。
舞台は大学生を集めた集会でした。スピーチの中で「諸君は、ちゃんと宿題をした
り勉強したりしないと、イラクで立ち往生するゾ」とやってしまったのです。この映
像はアッという間に、ケーブルニュース局などで取り上げられ、ブッシュ大統領をは
じめとする共和党の政治家たちは「待ちに待った敵失」とばかりに非難の大合唱にな
りました。「イラク駐留の兵士を侮辱した」というのです。
その結果、ケリー候補は民主党の遊説部隊から「完全に干され」たばかりか、翌日
の１１月１日には「全面謝罪」に追い込まれています。では、この発言はどうしてこ
こまで非難されたのでしょう。まず場所が問題です。演説の行われた大学というのは、
カリフォルニア州の「パサデナ市立大学」です。これは四年制の大学ではなく二年制
の短大で、基本的には郡の住民を中心に「全入」という扱いの「コミュニティ・カ
レッジ」に当たります。
短大といっても、学生の多くは短大卒の学位（というものもアメリカにはあります
が）を目指すのではありません。大学の基礎科目の単位を取ること、しかも良い成績
を取ること、そして単位と成績に基づいて四年制の大学への編入を勝ち取ること、こ
れがほとんどの学生の切実な目的なのです。
では、どういった学生が集まってくるのかといえば、高校卒業の時点で四年制大学
に行けなかった若者が中心です。彼等は学業成績が悪かったから行けなかったのでは
ありません。多くの場合は経済的な理由だと考えられます。奨学金で進学できるほど
の秀才ではないが勉学意欲はある、だが１年間に２万ドル（公立）から４万ドル近く
（私立）という費用を払えないために市立の短大に行っているのです。あるいは高卒
で就職して、その後お金をためて改めて学士号を目指している人も相当数います。
というと「底辺校」という印象を与えるかもしれませんが、基本的にこうしたコ
ミュニティ・カレッジの先生たちは熱心に教えますし、単位や成績は厳格です。マッ
ト・デイモンとベン・アフレックをスターに押し上げた『グッドウィル・ハンティン
グ』という映画で、ロビン・ウィリアムスが複雑な主人公の理解者として登場するの
ですが、彼の役柄をコミュニティ・カレッジの先生ということにしていたのが一種の
リアリティになっていました。地味な学園に珠玉のような人物を配している設定がこ
の映画では大変に成功しています。
そんなわけですから、コミュニティ・カレッジの学生は必死です。授業料も一括で
はなく、コース別になっていますから、授業をたくさん取ればそれだけ費用はかさみ
ます。仮に落第してしまうと、時間もカネもムダになってしますうのです。そんな彼
等の多くは、経済的な理由からパートタイムの仕事をしています。あるいはフルタイ
ムの仕事をしながら夜間コースに来ている学生も多くいます。
私は、このケリー発言は暴言だと思いますが、それはそうした短大生の立場を全く
無視しているからなのです。宿題をやらなかったらイラクで立ち往生というセリフに
ついて、仮に後半がジョークとして許されるとしても、前半の部分はこの場では許さ
れないはずです。サボりたいから宿題をしないのではなく、経済事情とギリギリの時
間のやりくりの中に宿題との葛藤がある、この大学の学生の場合はそうした事情があ
るはずだからです。
このケリー発言は、とにかくありとあらゆるニュースのメディアが取り上げている
のですが、彼なりに「ジョーク」として言い放ったこの発言に対する学生のリアク
ションはほとんどの局がカットしています。「ユーチューブ」で探してみましたら、
ＣＮＮの直後の映像がアップロードされていました。この映像では、学生からは一瞬
間を置いて笑い声が起こったのが入っています。これは、リベラル中心（シュワルツ
ネッガー知事の優勢な中、敗戦が確実視されているアンジェライド知事候補派）の集
会だったので反ブッシュの文脈でのジョークには反応があったわけですが、多くの報
道ではカットされたというわけです。
いずれにしても「笑い声のカット」という操作が仮にあったとしても、話題にされ
るだけの「失言としてのインパクト」があったのは事実です。ですからケリーの弁護
は不可能だと思います。では、この失言は大きなダメージになるのでしょうか。ケリ
ーにとっては恐らくそうでしょう。前回の敗戦にも関わらず、同議員は２００８年の
大統領選に再出馬を考えていると言われていますが、今回の事件でその「目」は消え
たと思います。ですが、民主党全体としては私は影響はそれほどでもないのではない
かと見ています。
というのも、民主党の対応は明快だったからです。例えば今回の選挙で改選となる
ヒラリー・ロッダム・クリントン上院議員（ＮＹ州選出）は、自分としては支持率が
６０％を越えて議席は確実視されているのですが、即座に「あの発言は不適切ですね」
と切り捨てています。また、先週ご紹介したテネシーで激戦を繰り広げているハロル
ド・フォード候補などは発言の当日から「ケリー議員は即座に謝罪すべきだ」と言っ
ていました。
この「ケリー暴言」のダメージは大きくならない、私がそう予想するもう一つの理
由は今回の選挙が空前の「ネガティブ・キャンペーン合戦」になっているということ
です。１日のＣＮＮで、人気キャスターのアンダーソン・クーパーがいつになく深刻
な声で嘆いていたのですが、今回の選挙戦ではＴＶ広告の中に占める「ネガティブ」
の割合は共和党の広告で９１％、民主党で８１％なのだそうです。そして広告料金の
総額は１．８ビリオン（約２１００億円）というのですから呆れるしかありません。
その中では、先週お話ししたテネシーのフォード候補に対する「プレイメイト」に
よる挑発的な広告（中でも白人女性による「アナタに電話するわネ」という媚態のシ
ーンが有名になっています）が一番有名ですが、ＮＹ州の下院議員選挙では「出張中
の議員がホテルから『有料の出会い系サイト』に電話した」という「スキャンダル」
がでっち上げられて（本当は電話番号が似ている党本部にかけた際の間違い電話）Ｔ
Ｖで何度も流されているのだそうです。
そこまで悪質ではなくても、全米で民主党候補に対しては捕虜への拷問に反対した
だけで「テロリストの味方でアメリカの敵」、移民の人権を支持しただけで「国境警
備に反対し生物化学兵器テロを招く」というメチャクチャな非難が浴びせられている
のです。逆に民主党側では、共和党候補がブッシュと握手しているシーンのビデオを
探し出してきては「ブッシュと同類」とこき下ろすのが常套手段になっているという
具合です。
そんな「ネガティブ」に慣れてしまった選挙民には、パサデナでのケリー失言につ
いて、攻撃する共和党の姿勢も、あるいは防御に回る民主党の姿勢も「平凡なやりと
り」に見えてしまうのではないでしょうか。ケリー議員の発言は、私にはコミュニ
ティ・カレッジの苦学生への侮辱だと思いますが、それを大げさに「崇高な任務に命
をかけている前線兵士への侮辱」という共和党側の非難も論理としては「こじつけ」
が「見え見え」ということもあります。それに「前線が苦しんでいる」ということを
認めると、民主党の撤退論を勢いづかせることもあって、共和党としてはこの「敵失」
を契機に一気に攻勢とは行かないでしょう。
そんな中、先週以降の情勢としては民主党の下院での優勢は変わっていません。ま
た、同時に行われる知事選（改選は３６州）でも共和党州政を民主党が奪うケースが
７州ぐらい出てきそうです。三期目が禁止されているためジェブ・ブッシュ（大統領
の弟）が引退するフロリダ州も、民主党が奪い返しそうな情勢です。共和党からは
「こうなったら各州の州議会を死守するしかない」という声も聞こえてきています。
知事選の中で共和党に勢いのあるのは、カリフォルニアですが、ここではシュワル
ツネッガーが環境問題を前面に押し出してブームになっており、独自路線というとこ
ろでしょうか。民主党は敗色濃厚の中で、現職との差別化にためには「イラク政策を
中心にかなり左にシフトした遊説活動」を強いられています。ケリー失言の背景には
そんな要素もあるのだと思います。
しかし何と言っても国政に対する重みということでは上院です。こちらもますます
拮抗という状態になってきました。今回のケリー暴言以降の雰囲気を正確に反映した
世論調査は出揃っていませんが、この時点であえて「予測」をすると、このまま行け
ば上院は５０対５０の同数になる、現時点ではそう申し上げておくことにしましょう。
仮にそうなった場合には、憲法上自動的に上院議長を兼ねるチェイニー副大統領の１
票（両党同数の場合のみ有効）の重みが利いて、とりあえずは共和党の優位は変わら
ないことになります。
いずれにしても、各州での上院のレースは興味がつきません。現時点では、次の五
つの州に注目するのが良いと思います。まず、私の住むニュージャージーですが、６
年前に勝っているジョン・コーザイン（民主）が知事に就任するに当たり議席をボブ
・メンデス議員に譲りました。その結果、メンデス議員は現職でありながら今回初め
て選挙の洗礼を受けることになります。これに対して共和党は元知事の息子であるト
ム・キーンという候補をぶつけています。メンデス議員の周囲に汚職があったのと、
メンデス議員がヒスパニック系ということ、キーン候補の父親が有名なことから、一
時は共和党がリードしていましたが、人種差別的なネガティブ広告などが嫌われて
「ブルーステート」らしく民主党が盛り返しています。
中西部といえば共和党の牙城ですが、その中でも共和党の優位が続いたモンタナ州
では異変が起きています。現職のコンラッド・バーンズ候補が支持を落としているの
です。最初はロビイストのジャック・アブラモフとの関係で信用を落とし、更には深
刻な山火事に当たって他州から応援に来た消防団員に対して、実際は鎮火の功労者で
あるのに「役立たず、税金泥棒」というような暴言を吐いてしまったのです。この問
題を引きずる中、反ブッシュのムードも加わって、８月以降は民主党のジム・テスタ
ー候補の優位が固まっています。このモンタナには、ケリー暴言事件を受けて早速
チェイニー副大統領が飛んでいます。「それじゃあ、イラクで戦っている兵士は宿題
をやらなかったというのか」とジョークを飛ばして意気盛んでしたが、それでもバー
ンズ失言の穴は埋まらないでしょう。
ということで、最終的にこの２州は民主党という予測が大勢を占めています。仮に
そうだとすると、ここまでで非改選を入れて、民主４９、共和４８となります。そこ
で、全米の焦点は否応なしに、テネシー、バージニア、ミズーリの３州に集まってく
ることになります。三つのうち共和党は一つしか落とせない（これで５０対５０）わ
けで、もしも二つを落とせば民主党が５１になって上院をコントロールする（憲法上
副大統領の１票は入りません）ことになります。
さて、この中では先週お伝えしたテネシーはどうやら共和党がじわじわ差を拡大し
てきているようです。何ともやり切れない話ですが、セクシーな白人女性を使った広
告をニュースで見て初めて「そうか、民主党の候補は黒人だったんだ」と気づく中間
層が出てきている、その票が共和党に流れているのでしょう。フォード候補は必死の
挽回を図っていますが、ここは共和党が取りそうです。
一方バージニア州ですが、２００８年の大統領候補と目されたジョージ・アレン議
員（共和）は、ここへ来て意外な苦戦が続いています。民主党のジム・ウェブ候補と
は世論調査ではほとんど差がありません。アレン議員はやり手の上院議員であり、
ウェブ候補も海軍出身の大物とあって、他州の選挙戦とは違って、がっぷり四つに組
んだ論戦が続いています。
中でも、テロ容疑者への拷問の可否について、アレン議員は「水攻めとか拷問一般
には反対だが、睡眠妨害とか大音響で音楽を聴かせるようなテクニックは防衛のため
には必要」と言い切り、「拷問を肯定しては自軍兵士が捕虜になった際に復讐される
危険がある」という軍出身のウェブ候補と対立しています。
ただ、この州でも「ネガティブ」はあり、アレン議員は「アメリカ原住民（イン
ディアン）を侮辱した」と非難されていますし、ウェブ候補は、大昔に「海軍には女
性士官は不要」と言った過去を非難材料にされています。アレン陣営は「ウェブ候補
は女性差別主義者」という強烈な「ネガティブ」キャンペーンを張っていて、それが
一定程度の効果を上げているというのですが、いずれにしても、このバージニアは
「完全に拮抗」と言えます。
もう一つのミズーリも完全に横一線と言って良いでしょう。ここではヒトＥＳ細胞
の研究の是非という価値観論争が争点になっています。現職のジム・タレント候補は、
当初は研究予算に賛成していたのですが、選挙戦に入ったところで突如研究への反対
を表明しています。どうやら宗教保守派の票を当てにして変節したようで、そこを民
主党候補のクレア・マッカスキル候補に「突っ込まれて」いるのです。
パーキンソン病と闘病している有名な俳優のマイケル・Ｊ・フォックスが登場した
のは、そのマッカスキル候補のＴＶ広告に他なりません。難病克服のためにもヒトＥ
Ｓ細胞の研究を進めるよう訴える中、身体の震えを隠さないフォックスに対して、右
派のラジオＤＪで有名なラッシュ・リンボーが「（身体を揺するのは）クスリのせい
か、それとも演技じゃないのかねえ」と発言して大騒ぎになったのです。このフォッ
クス＝リンボー論争の効果で、世論はマッカスキルに支持をシフトしているようにも
見えますが、依然として全く差がない状態です。２日にはブッシュ大統領がタレント
候補のテコ入れにやってきましたが、メディアからは、その「ブッシュ効果」はプラ
スと出るのかマイナスになるのかは、全く分からないという反応です。
激戦の五つの州に関しては、ニュージャージー、モンタナは民主党、テネシーは共
和党の優位というのが現在の情勢です。そして、バージニアとミズーリは全くの拮抗
状態なのですが、あえて勢いから判断するとバージニアは共和党で、ミズーリは民主
が僅差で勝利、ということで両党は５０議席対５０議席の同数というのが、投票を火
曜日に控えた時点の私の見方です。選挙の詳しい結果と、今後のアメリカの政策への
影響などは来週お伝えする予定ですが、現時点で言えるのは選挙戦を通じて生産的な
政策論争はほとんど見られないということです。
例えば、ＭＳＮＢＣではフロリダ州の上院議員候補２名の公開討論をＴＶ放映して
いましたが、圧倒的優位の伝えられる民主党のビル・ネルソン候補（現職）が「イラ
クは分割して連邦化するだけではダメです。スンニ派のヨルダンとサウジ、シーア派
のイランといった周辺国、更にはイスラエルも含めた当事国が参加して安全保障の枠
組みを作らなくては安定しません」というような正論を述べても、共和党のキャサリ
ン・ハリス候補は全く議論に乗って来ないのです。
そして自分の出番になると、ハリス候補は「とにかくテロリストを勝たせては大変
なことになるんです。アメリカがまた攻撃されてしまいます。断固として叩くべきで
す」ということをヒステリックに叫ぶだけでした。この恐ろしいまでの「論点の噛み
合わなさ」こそ、今回の選挙を象徴するものだと思います。ネガティブ・キャンペー
ンがここまでエスカレートすることとと合わせて、アメリカの民主主義に、いや、そ
れ以前にアメリカ文化におけるコミュニケーションのスタイルに深いところで崩壊が
始まっていると言っても過言ではないでしょう。
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冷泉彰彦（れいぜい・あきひこ）
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院（修士）卒。著書に『９・１１ あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『「関係の空気」「場の空気」』（講談社現代新書）
<http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4061498444/jmm05-22>
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】 <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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