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携帯強要された協和会手帳
朝鮮人抑圧を示す証拠
協和会といっても知らない人が多いと思う。協和会は解放以前に在日朝鮮人用につくられた官制団体である。戦争が激しくなるとともに在日朝鮮人が多くなり、また、強制連行が始まった1939年に全国すべての都道府県に結成された。強制連行労働者を含めて日本にいる朝鮮人すべてを会員にした組織で、会員すべてに持つことを義務づけたのが、上に揚げた「協和会会員章」だった。
手帳には写真が貼られ、本籍地、日本国内の住所、職業などが記載され、本人確認の手段になっていた。「君が代」、「皇国臣民ノ誓詞」、「会員章所持者心得」が書かれている手帳は30頁あり、飛行機献金、国防献金などの記録も書き込めるようになっている。こうした手帳は日本人とされながらも治安対象になっていたことの証明であり、「愛国心」の度合いを測る道具になっていたのである。この手帳がないと故郷との往来ができず、度々あった臨検などで警察に拘留された。
この協和会事務所は警察署内に置かれて、特別高等警察課内鮮係が幹事に、署長が支部長になっていた。寄留届け以外の行政事務は警察が担当だった。たとえば日本国内在住者の創氏改名は協和会=警察署が担当した。
協和会という名の下で日常的には神社参拝、国防献金の集金、女性に対する和服着付け教室、日本料理講習などの行事が行われた。日本国内でも朝鮮人が着る白服に墨を塗るなどの行為をやったが、これも協和会で行った。
協和会には指導員が置かれたが、これに日本語が判る地域有力者の在日朝鮮人が就かされた。特高警察が指名するから断れなかった。断ると留置されたりした。戦後、協和会の指導員をしていた人が朝鮮人連盟や民団の幹部になったりしたが、責めることはできない。協和会手帳は全国で数点が確認できるのみだ。戦時下に行われた朝鮮人抑圧の具体的証明書として歴史的には貴重な資料である。
在日コリアン歴史資料館調査委員・樋口雄一=在日朝鮮人運動史研究会代表
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在日コリアン歴史資料館調査委員会
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Eメール zainichi100@hotmail.com
http://www.mindan.org/sidemenu/sm_hundred_02.php
<コメント>
外登証はガイジンなら当然という論調に対する反証ですね。
大日本帝国は、日本人を除く自国臣民=植民地人に、植民地人証明書=良民票を携帯させたのであります。
それがめぐりめぐって、今の外登証になるわけですね。