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もうひとつの祖国・北朝鮮 第1回 〜韓国人ジャーナリストの見た中朝国境〜  Asia Press Network
http://www.asyura2.com/0610/asia6/msg/651.html
投稿者 Kotetu 日時 2006 年 11 月 28 日 00:30:41: yWKbgBUfNLcrc
 

 二年前の記事で、やや古いが、北朝鮮と他の4国との関係はあまり変ってない。

 激動してるのは、日朝関係の、それも政治面だけではないかと思う。貿易は、政治情勢を避けてとおってると思います。

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金ヘギョンもうひとつの祖国・北朝鮮 第1回 〜韓国人ジャーナリストの見た中朝国境〜

 韓国で生まれ育ち、5年前に来日してジャーナリスト活動を始めた私にとって、もう一つの祖国=朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が、いま一体どうなっているのかは、非常に大きな関心事である。
 北朝鮮の人々が、どうように暮らし、何を考え、何を望んでいるのかは、同じ民族として、また将来の南北統一を考えた時、決して他人事ではない。
 近年、日本のメディアは北朝鮮に関する膨大な量の情報を流し続けている。だが、その報道のどこまでが真実なのか、私には正直なところよく分からない。
 はたして北朝鮮内部でどのようなことが起きているのか?自分の目で確かめるため、この8月、私は中朝国境を25日間歩いた。

 中朝国境の都市・丹東
 8月上旬、北京から列車で14時間かけて、遼寧省の南東部にある丹東を訪ねた。丹東市は、鴨緑江(全長約790キロメートル)を挟んで北朝鮮の新義州(シンウィジュ)と向き合う国境の都市だ。

 丹東と新義州を結ぶ鴨緑江大橋(中朝友誼橋)は単線の鉄道と道路が併設されている。平壌(ピョンヤン)を出発、新義州を通過して中国の首都・北京に向かう国際列車がここを走り抜けていく。また、ここは戦前、日本から傀儡国家・満州国に入る通過点でもあった。下関から釜山へ船で行き、列車でソウル、平壌を通って、新義州を越えると、丹東(当時は安東)から先は、満州鉄道に連なっていたのだ。

 現在、人口約70万人の丹東市には、長年北朝鮮と貿易をしている漢族や朝鮮族が多い。中国側の税関の周辺に行ってみると、北朝鮮に向かおうとしているトラックが列を作り、左胸に金日成(キム・イルソン)バッチを付けた人々が大勢集まっている。ほとんどの人が、黒や紺色、褐色の上着やズボンを身に付けており、遠目にもその地味さですぐ北朝鮮の人々だと分かる。

 目の前で北朝鮮の人々と直接に対面したのは初めてだが、声をかけることはなかなか勇気のいることだった。朝鮮戦争の休戦から50年以上が経った今でも、韓国人の私と彼らの間には、互いに声をかけることもはばかられる、心理的な`壁`が存在していることを実感した。

中国に出てきている北朝鮮の人々
 勇気を出して、新義州行きの列車を待っている、北朝鮮の人らしき2人の年配の女性のところに行ってみた。
「おばあさんは、どちらに行くんですか?」
 そう質問するだけでドキドキする。
 「中国に住む親戚を訪ねてたの。今から朝鮮の家に戻るんだよ。あなたはどこに?」
 いきなり逆に質問を受けて戸惑った。‘私は韓国から来たんです。お会いできて嬉しいです’と言いたいところだが、警戒されてしまうと思い、韓国人であるとは言えなかった。私ははぐらかすように、彼女が北朝鮮に持ち帰る大荷物について尋ねた。
 「お土産いっぱいですね。何を持って帰るんですか?」
 私の朝鮮語はソウル言葉である。同じ朝鮮語でも、新義州地方や中国の朝鮮族の言葉とは、アクセントや抑揚がずいぶん違う。彼女は私の言葉の訛りが少し気になるようだったが、手にした荷物について嬉しそうに説明してくれた。
「これはテレビ。中古だけどカラーだよ。こっちは傘の束で、親戚に配るもの。これは布団。これはテーブルクロス。それから…」彼女の話は止まりそうになかった。

 この場所で彼女に、韓国人記者という身分を明かして話を続けることははばかられた。北朝鮮行きの列車を待つ税関区域には、中国の公安(警察)も多いし、北朝鮮側の監視の目がどこで光っているかわからない。韓国人記者と話していたことが、後に彼女にどんな不利益を及ぼすかわからない。もっと詳しい話を聞きたかったが、周囲の目がきになって私はその場を早々に離れることにした。

 丹東に住んでいる韓国人たちによると
「北朝鮮の人に好奇心で話かけてみたが、皆返事もしない。食堂などで彼らと出会っても、向こうはなぜか目を合わせようともしない」という。
 <韓国人と接触してはならない>という、有形無形のさまざまな圧力が、中国に出てきた北朝鮮の人々にかかっていることを、改めて感じさせられたのだった。

北朝鮮と行き交うモノと人
 鴨緑江の鉄橋を走る丹東発新義州行きの列車は、親戚訪問や個人貿易している人々でぎっしり詰まっていた。人とモノを運ぶトラックやワゴン車なども往来は頻繁で、私が見た限り、10分間に20台ほどが往き来していた。

 しかし、奇妙なことに気がついた。北朝鮮に向かうほとんどの大型トラックには、物が溢れるほど積まれているのに、北朝鮮から中国側に入ってくるトラックは空っぽのものが多いのだ。北朝鮮に向かう車の荷は梱包されていて、中身が何なのかはっきり分からない。

 丹東で10年間、北朝鮮と貿易をしている中国人の男性によると、北朝鮮から輸入されてくるのは、各種水産物や鉱物、漢方薬の材料が多い。逆に中国から持って行くものは、中古テレビ、冷蔵庫、化粧品、衣類、建築資材などが大半を占めている。北朝鮮の貿易業者とは、中国から持ち込んだ携帯電話を密かに使うか、ファックスで連絡を取りあっているという。

 数ヶ月前に新義州を通って北朝鮮に行ってきたばかりで、これから北朝鮮に居住しようとしている韓国系アメリカ人に会った。彼は新義州の状況について次のように語ってくれた。

「新義州の人たちは他の地域と比べると、中国が近いために外部情報も多くて、いろいろ知っている。親戚訪問で訪れる中国人も多いから、物不足もそれほど深刻ではない。日本のテレビが伝えているような、相変わらず飢えに苦しみ、体制の言うことは何でも聞く機械のような異常な人々、ではない。北朝鮮は少しずつだが変っている。10年後は目に見える成長があると思う」

 丹東を発つ前日の夜、新義州を見渡せる高台の錦江山公園にのぼってみた。ネオンが輝く丹東と対照的に、新義州は街灯らしき灯りがいくつか見えるだけだった。そこで今何が起きているのだろう。走っていって自分の目で確かめたいが、今の朝鮮半島の現状はそれを許してくれない。韓国人である私にとって、北朝鮮はもう一つの祖国だ。その国が今どんな状況に置かれているのか冷静に見つめたいという気持ちが、ここに来てもっと強くなった。

Posted at 2004年10月05日. 01:14
http://apn.on.arena.ne.jp/2004/10/post_77.html

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