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2006年9月24日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.394 Extra-Edition
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▼INDEX▼
■ 『レバノン:揺れるモザイク社会』 第38回
「羅針盤なき航海」
■ 安武塔馬 :ジャーナリスト、レバノン在住
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■ 『レバノン:揺れるモザイク社会』 第38回
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「羅針盤なき航海」
○ 「神がもたらした勝利」記念大集会
9月22日、第五次レバノン戦争で集中的な爆撃を受けたダーヒヤ(ベイルート南
郊外のシーア派地区を指す)に、レバノン各地から空前の大群集がやってきた。南部
の国境沿いの村から徒歩でやってきたというグループもある。
鮮やかな黄地に緑文字のヒズボッラー党旗が、広大な会場を埋め尽くす。レバノン
国旗やアマル、アウン派=FPMなど、戦争中にヒズボッラーを支持した諸政党の旗
やレバノン国旗も散見される。参加者数推計はメディアによってまちまちである。ヒ
ズボッラー系アル・マナール・テレビの200万人は流石にどうかと思うが、50万
人程度は居ただろうというのが大方の一致した見方だ。2005年3月14日に反シ
リア連合が殉教者広場で行った大集会に匹敵するか、それをしのぐレバノン史上最大
規模の集会だったのは間違いない。
7月12日に拉致された兵士の解放を口実に、レバノンに全面的な戦争を仕掛けた
時、イスラエル軍と米国は二週間程度でヒズボッラーを粉砕出来るとみていた。ペレ
ツ国防相ら政府と軍の首脳は、「戦争の目的はヒズボッラーの解体だ」と公言した。
ヒズボッラー・ゲリラの抵抗が意外に頑強でミサイル攻撃も一向に収まらないのを
見て、イスラエルの達成目標はヒズボッラーのミサイル攻撃能力の破壊へと引き下げ
られた。それもままならないので米国が懸命に時間稼ぎしてやったが、やはり駄目だ
った。イスラエル軍は時間切れぎりぎりになってクラスター爆弾を闇雲にバラ撒き、
4万人の兵士と強力な戦車部隊を投入してレバノン南部を蹂躙しようとしたが、何十
両もの戦車を破壊されて返り討ちにあった。こうして戦争は終わった。
それでも、イスラエルや米国、さらにレバノン国内の反シリア勢力からは「ヒズボ
ッラーは戦争に負けた」という声が止まない。曰く、「軽率な行動によってヒズボッ
ラーはレバノン国民を戦火に引きずり込んだ。ヒズボッラーへの支持は激減した」。
ナスラッラーが「神がもたらした勝利」記念集会と銘打ち、22日の戦勝祝賀大集
会の開催を決め、大動員をかけたのはまさにここに理由がある。「ヒズボッラーは勝
った。国民の支持は戦前より高まりこそすれ、決して衰えてはいない」と全世界に、
そして反シリア連合に知らしめる必要があったのである。だからこそナスラッラー本
人も、イスラエルに暗殺される危険を冒して敢えてこの集会に顔を出した。
○ ヒズボッラーの戦後構想
ナスラッラーは、「停戦後ほど無く、ヒズボッラーは軍事能力の建て直しに成功し
た。ヒズボッラーは今も20.000発以上のミサイル砲を所有しており、1982
年(ヒズボッラー誕生のきっかけとなったイスラエル軍のレバノン大侵攻が起きた
年)以来最強の状態にある」と誇り、ヒズボッラーは戦争で深刻なダメージを受け
た、とする米国やイスラエルの主張を一蹴した。
また、「涙で国は守れない」と、戦争中にアラブ緊急外相会議で涙ながらに支援を
訴えたセニオラ首相を婉曲に、しかし痛烈に批判。「ヒズボッラーは当面停戦決議を
遵守するが、イスラエルが今のようにレバノンの主権侵害を続け、レバノン政府がし
かるべく対処出来ないのであれば、いつまでも黙っては居ない。1982年にそうで
あったように、レバノン国民が対処する」と、状況次第ではいつでもまたイスラエル
と戦うつもりであること、武装解除の意思はまったくないことをはっきりと示した。
国内政治についても踏み込んだ発言をしている。
セニオラ政権については「祖国を守る能力も、再建する能力もなければ国民を団結
させることも出来ない」と切り捨て、FPMなどヒズボッラーの盟友を取り込んで挙
国一致内閣を結成するよう要求した。
最大野党のFPMの要求に、ヒズボッラーは閣内にありながらもはっきりと呼応し
たのである。以前のレポートでも報告したように、反シリア連合はラフード大統領が
その座にとどまる限り、内閣改造に応じる意思は無い。従って、FPM・ヒズボッラ
ー連合と反シリア連合の関係は今後ますます緊張の度を高めそうだ。後述するが、こ
れまでは火消し役に回っていたアマルも反シリア連合との関係を悪化させており、政
局は抜き差しならぬ状態にはまりこむ可能性がある。
○ UNIFILとの関係
ナスラッラーはこの演説で、「次の戦争でヒズボッラーの武装解除が出来ると考え
る者が居るならば、リブニ(イスラエル外相)、ペレツ(イスラエル国防相)、アレ
ンス(同元国防相)らに聞くが良い。みんな『ヒズボッラーの武装解除を実現出来る
軍隊など地上に存在しない』そう言っているではないか」とも語っている。
武装解除が出来ないからこそ、せめてヒズボッラーが新たに武器を補給するルート
を断ち切ろう、というのが安保理決議第1701号のエッセンスのひとつだ。拡大U
NIFIL部隊をシリア・レバノン国境に展開させよという議論や、ベイルート空港
や領海を監視させよ、という議論はここから出てくる。
そのUNIFILの増派状況であるが、イタリア軍やフランス軍部隊が続々と到
着、南部に展開を開始し、20日までにその数はイスラエルが自国軍撤退の目安に設
定した5.000人に達した。このため、いったんハルーツ参謀総長は22日(ユダ
ヤ新年にあたる)の撤退完了見通しを語ったが、さすがにヒズボッラーの戦勝記念集
会当日ではまずいと思ったのであろう。完全撤退はユダヤ新年の休暇が明けるまで数
日間延期されることになった。しかしいずれにせよシェバア農地を除くレバノン領か
らイスラエル軍が出て行くのは間違いなさそうな状況である。
しかし、UNIFIL軍とヒズボッラーの関係は微妙で、一歩間違えばいつでも衝
突が起きる危険をはらむ。
22日の演説で「UNIFIL部隊は歓迎する。ただし、レバノン国軍の補佐とい
う本来の任務に徹することが条件だ」、ヒズボッラーの活動をスパイしたり、国内の
政争に首を突っ込むな、とナスラッラーはUNIFILに警告を発しているが、これ
が両者の危うい関係を象徴しているだろう。
ドイツは21日に正式にレバノン領海に海軍艦艇と兵士2.400名を派遣、ヒズ
ボッラーへの武器密輸監視の任務にあてることを決定している。これによりドイツ海
軍は第二次世界大戦以来、初めて中東に展開することが確実となった。
メルケル首相はホロコーストの記憶のためドイツ軍派遣には極めて敏感なイスラエ
ル世論を慮り、「ドイツ軍の任務はイスラエルを守るため」と言わずもがなのことを
言ってしまったために、ヒズボッラーをはじめレバノンの親シリア勢力の猛反発を招
いてしまった。
ドイツ出身のローマ教皇ベネディクトス16世の発言がイスラーム世界に巻き起こし
た怒りも、鎮静化したとは言え、完全にはおさまったわけではない。むしろ断食月
(ラマダーン、週末から始まる)を迎え、怒りが増幅される恐れさえある。
そんな中、仏、独、伊と欧州諸国が中核を担う拡大UNIFIL部隊は、ヒズボッ
ラーばかりでなくスンニ派の原理主義勢力からいつ「新たな十字軍」と見られ、攻撃
されてもおかしくない状況だ。
○ 治安機関をめぐる暗闘
武器密輸絡みでヒズボッラーと対立するのはUNIFILだけではない。反シリア
連合も自らの影響下にある治安情報機関を用いて武器の流れをコントロールしようと
しており、親シリア勢力と激しくせめぎ合う。
レバノンの治安情報機関は元来、すべてシリアやラフード大統領の強い影響下にあ
ったが、2005年2月のハリーリ暗殺事件を機に、反シリア連合が親シリア派を粛
清、自派の影響力拡大を図った。それ以来、両派は激しい暗闘を繰り広げている。
反シリアのハリーリ派は、内相ポストと、内務省傘下の内務治安部隊(ISF)を
握った。そしてISFの情報局を大幅に拡大強化し、大統領派の牙城である国軍情報
部や、公安総局と競っている。ハリーリ暗殺事件の容疑者として国軍情報部、公安総
局、ISFの元ボスたちを逮捕したのもISF情報局だ。しかし、治安機関の幹部人
事は宗派に基づいて行われるために、反シリア連合は各組織のトップを逮捕あるいは
更迭しても、その後任に自派の人材を送り込むことが出来なかった。このため、依然
としてISF以外の組織ではシリアやラフード大統領、ヒズボッラーなどの影響が強
い。
19日、反シリア系のLBCテレビの討論番組で、ジュンブラートPSP党首は
「ベイルート空港の貨物セクションを管理する公安総局がヒズボッラーへの武器密輸
に協力している」とジェッズィーニ公安長官を批判。21日、今度はヒズボッラーに
近い「アル・アフバール」紙などが「フトフト暫定内相(ハリーリ派の政治家)は公
安総局や国軍情報部の権限を縮小してISF情報局の拡大を進めている」とスッパ抜
いた。
この政争は22日になって、とうとう暫定内相が公安長官(組織機構的には内務省
の管轄下)を20日間職権停止処分にする事態へと発展する。ジェッズィーニのパト
ロンであるベッリ国会議長は激怒し、右腕のハリール議員が緊急記者会見を開き「フ
トフトは暫定内相の立場を逸脱して権限を行使している。憲法に対するクーデターに
等しい」とフトフトを激越に非難した。
今年の春には国民対話円卓会議を提唱・主宰し、第五次レバノン戦争停戦後には海
空封鎖に対して泊まり込み抗議行動を主導するなど、ベッリは政局が過熱する度に調
停役を果たしてきた。
しかし反シリア連合が停戦後たちまちヒズボッラー攻撃を強め、ブレア英首相を招
くなど、ヒズボッラーを刺激していることを、不快に感じているらしい。そこに持っ
てきて今回公安長官の問題が加わったことで、ベッリとアマル自身も中立的な立場は
維持しづらくなった。
25日にはハリーリ暗殺事件の国際捜査団のブランメルツ検事が中間報告書を安保
理に提出、月内に審議される。その後は国際法廷設置交渉も具体化していく。
武装解除問題だけではなく、国論を二分する出来事は、今後も目白押しなのである。
かつてはシリアが、そして最近ではベッリが果たしてきた調停役を誰も演じなくなっ
た場合、いったいこの国の政治はどこへ向かうのであろうか。
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安武塔馬(やすたけとうま)
レバノン在住。日本NGOのパレスチナ現地駐在員、テルアビブとベイルートで日本
大使館専門調査員を歴任。現在は中東情報ウェブサイト「ベイルート通信」編集人と
してレバノン、パレスチナ情勢を中心に日本語で情報を発信。
<http://www.geocities.jp/beirutreport/> 著作に『間近で見たオスロ合意』『アラ
ファトのパレスチナ』(上記ウェブサイトで公開中)がある。
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【編集】 村上龍
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