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JMM [Japan Mail Media]  「終わりなき外交戦争」 『レバノン:揺れるモザイク社会』  安武塔馬 
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投稿者 愚民党 日時 2006 年 9 月 06 日 20:27:33: ogcGl0q1DMbpk
 

2006年9月6日発行
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JMM [Japan Mail Media]                  No.391 Extra-Edition
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■  『レバノン:揺れるモザイク社会』 第34回
   「終わりなき外交戦争」


 ■ 安武塔馬 :ジャーナリスト、レバノン在住


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■ 『レバノン:揺れるモザイク社会』                第34回
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「終わりなき外交戦争」

○議事堂に泊り込む国会議員

 レバノン政財界の目下最大の関心事は、第五次レバノン戦争が勃発した7月12日
以来、イスラエルにより課せられている海上・空域封鎖を、いかに打破するかという
一点にある。天然資源に乏しいレバノンの経済は観光業と貿易に大きく依存している。
海路・空路がともに封鎖された現在の状況が続くと、戦後復興プロセスに与える悪影
響は計り知れない。

 国会議長でアマルの党首、ナビーヒ・ベッリは8月31日、ティール市で開かれた
ムーサ・サドル師(アマルの創設者。レバノンのシーア派の生活水準向上に貢献した
が1978年のリビア公式訪問中に謎の失踪を遂げた。現在でもシーア派レバノン国
民の間で深い尊敬を集める。イラン出身)の失踪記念大集会で、9月2日からベイル
ートの国会議事堂に泊り込み、封鎖に対する抗議行動を展開すると宣言。党派・宗派
を超えて泊り込みに参加するよう、議員たちに呼びかけた。

 一刻も早い封鎖解除は国民的な課題であり、それを求めてアクションを起こすこと
には誰にも異存はない。こうして右はLFやPSP、ハリーリ派から、左はアウン派、
ヒズボッラー、アマルの議員までが、連夜10数名ずつ交代で国会議事堂に泊り込み
を始めた。

 アナン事務総長やシラク大統領、プーチン大統領など、世界の首脳がいくら声を大
にして即時停戦を求めても、まったく聞く耳を持たずレバノンの民間標的を爆撃し続
けたイスラエルが、レバノンの国会議員が泊まり込みをやったところで封鎖を解除す
るはずはない。ハンストを提案する議員もいるが、ジュンブラートPSP党首などは
パレスチナ革命の標語「アッサウラ・ハッタ・ナセル(革命は勝利の日まで)」をも
じって、「シヤーム・ハッタ・モウト(ハンストは死んでしまうまで)」と自嘲気味
に語っている。自国の安全保障が確保されない限り、イスラエルはレバノンの国会議
員が泣き喚こうが栄養失調で死んでしまおうが、封鎖をやめない。レバノンの政治家
であればそれは誰でも知っている。

 となると、老獪な政治家ベッリが前代未聞の国会議員合宿を始めた狙いは別のとこ
ろにあるとみるべきだろう。

○緊張緩和が狙いか?

 ハリーリ前首相暗殺事件一周忌の2月14日、反シリア連合が1ヶ月以内にラフー
ド大統領を引き摺り下ろすことを宣言、政局が一気に緊張を増した直後、ベッリは各
派巨頭があまねく出席する国民対話円卓会議を提案。巨頭たちはこれに応じ、親シリ
ア派と反シリア派が街頭行動に打って出て、衝突・流血に発展する最悪の事態は回避
された。

 会議を通じて、両派の溝は根本的にまったく埋まらなかったが、各派のボスが定期
的に顔をつきあわせて協議している時に、支持者が勝手に街頭行動をやるわけにはい
かない。ベッリは円卓会議主宰という方法で、暴発寸前の緊張を緩和させたのだ。

 現在の状況は当時に酷似している。

 アウン派とヒズボッラーが求める内閣改造の動きを、反シリア連合は「シリアと結
託して(反シリア連合が議会の多数派となった)2005年国政選挙の結果をひっく
り返そうとするクーデター」、「内閣改造の前にラフード大統領が辞めるべきではな
いか」、と、厳しく批判。これに対してアウンはいかにも元軍人らしい権威主義的な
態度で、「キリスト教徒最大派閥(アウン派)を含まぬセニオラ内閣の存続自体が非
民主的だ。セニオラには辞めてもらうしかない」と、対決姿勢をエスカレートさせる
一方だ。

 ハリーリ派とヒズボッラーの相互不信も深刻だ。

 サアド・ハリーリ議員はヒズボッラーが7月12日にイスラエル兵士拉致作戦に踏
み切る数日前にナスラッラー・ヒズボッラー議長と5時間以上にもわたって会談し、
「ヒズボッラー側からイスラエルに手を出すことはない」という言質をとっている。
にも関わらずナスラッラーが「確かな約束」作戦を発動したことで、ハリーリは裏切
られたと思っている。

 ナスラッラーの側も、開戦直後にハリーリがサウジやヨルダンに同調、「無責任な
冒険主義者は裁かれねばならない」と、まるでヒズボッラーはもうこれでお仕舞いだ、
と言わんばかりの態度をとったことを忘れてはいない。ハリーリとナスラッラーの相
互不信は、いつスンニ派とシーア派の宗派紛争に転化してもおかしくない。

 一歩政局の舵取りを間違えれば、いつどこで発火するかわからないような危険な状
況なのである。

 本来なら、ベッリは再び円卓会議を招集したであろう。しかしナスラッラーが地下
潜伏を続ける現状では、円卓会議の再開は到底無理だ。そこでベッリが考えたのが、
「国会議員合宿」作戦だったのではなかろうか。各派所属の議員たちを呉越同舟で国
会議事堂に缶詰にし、封鎖解除のための作戦を連日協議させる。そうすることで、普
段ならば口も聞かない関係の議員同士の間に、人間的な信頼関係や友情、連帯感が生
まれ、相互の立場を理解しやすくなるだろう。

 初日の2日は、犬猿の仲のLFとFPMそれぞれのナンバー2、アドワーン議員と
カナアーン議員が議事堂内部の同じ部屋で泊まった。2人が個性的でワンマンなそれ
ぞれの上司……ジャアジャアLF議長とアウンFPM党首……のことを愚痴り、そう
か、貴君も苦労しているんだなあ、と互いに慰めあう光景が目に浮かぶようだ。ベッ
リの狙いが真実、緊張緩和にあるのだとすれば、さすが「火消し役」のあだ名にふさ
わしい妙案と言える。

○カタル航空機の「封鎖破り」

 そんな中、3日にカタルの国営航空会社、カタル航空は、空路封鎖を破ってイスラ
エルの事前承諾なく、アンマンを経由することもなく、ベイルート空港に直接乗り入
れる商業便を再開させると宣言。翌4日にドーハから実際に142人の客を乗せてベ
イルート空港に航空機を着陸させた。ベッリ議長やサファディ運輸・公共事業相は各
国の航空会社に対して「イスラエルの許可を得ずに、ベイルートに向けて直接飛行機
を飛ばすよう」要請していたが、それに応えた第一号機となった。

 ヒズボッラー系のアル・マナール・テレビも含め、レバノンのテレビ各局はこれを
敢然たる封鎖への挑戦だ、壮挙であると絶賛、後に続くように他の航空会社に呼びか
けている。

 しかし、他ならぬレバノンの国営航空会社の中東航空も、これまでのところ「封鎖
破り」はやらずに、すべてのフライトをアンマン経由で飛ばしているのだ。カタル航
空が最悪の場合は撃墜される危険を冒してまで本当に「封鎖破り」をやったのかどう
か。

 イスラエル紙「イディオト・アハロノット」電子版は、「カタル航空は人道支援物
資の搬送という目的で既に1週間前に今回のフライトの許可を申請、イスラエル側が
許可している」と報じているが、おそらくこれが真相だろう。なお、カタルはイスラ
エルとの間に通商代表部を交わしている。

 ペルシア湾岸の小さな首長国カタルは汎アラブ、反米、反イスラエル姿勢で日本で
も有名になった衛星テレビ局アル・ジャジーラのスポンサー。しかし上述したように、
イスラエルとの間に外交関係を持ち、イラク戦争では米軍の本部基地を受け入れるな
ど、米国、イスラエルとの関係も良好だ。

 にも関わらず、と言うべきか、それとも、それ故に、というべきなのか。第五次レ
バノン戦争において、カタルは大きな役割を果たした。まずはアラブ連盟を代表する
非常任理事国として、カタルは安保理を舞台にレバノンの立場を徹底的に擁護。イス
ラエル寄りの米仏停戦案を、レバノン政府の意向に沿って修正する上で大きく貢献し
た。

 停戦発効1週間後の8月21日には、外国元首としては初めてハマド・ビン・ハリ
ーフェ・アール・サーニ首長がレバノン訪問を果たし、ダーヒヤの被災地区を視察。
この時には西側諸国や国連がボイコットするラフード大統領を敢えて訪問、ハリーリ
派(セニオラ首相)ばかりではなく、ラフード、ヒズボッラーからも熱烈な歓迎を受
けた。

 ストックホルムのレバノン復興支援国会議では一国としては最高額の財政貢献を約
束。さらに4日には、アラブ諸国としては初めて拡大UNIFIL部隊への2〜30
0人規模の派兵を表明している。

 東にイラン、西にサウジと言う大国に挟まれ、西側寄りの立場と汎アラブの立場を
両立させるカタルの外交は、ほとんど曲芸的とさえ言える。しかし、可能な限り敵を
つくらず、敵対する国のいずれからも最大限の利益を引き出すことが外交の要諦であ
るとすれば、カタルがやっている手品のような外交は、ある意味で理想の外交術とも
言える。

 対決の様相を深めるイランと米欧との間に挟まれて、日本は今後難しい外交を求め
られるが、カタルの巧みな遊泳術はその際に参考になるかもしれない。

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安武塔馬(やすたけとうま)
レバノン在住。日本NGOのパレスチナ現地駐在員、テルアビブとベイルートで日本
大使館専門調査員を歴任。現在は中東情報ウェブサイト「ベイルート通信」編集人と
してレバノン、パレスチナ情勢を中心に日本語で情報を発信。
<http://www.geocities.jp/beirutreport/> 著作に『間近で見たオスロ合意』『アラ
ファトのパレスチナ』(上記ウェブサイトで公開中)がある。
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】   <http://ryumurakami.jmm.co.jp/>
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