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世界に嫌われたいイスラエル
2006年7月27日 田中 宇
http://tanakanews.com/g0727israel.htm
7月25日、レバノン南部にある国連の停戦監視施設がイスラエル軍に攻撃され、国連要員4人が殺された。この監視施設は、1978年にイスラエルが最初にレバノンに侵攻してきたとき、国連がイスラエル側とレバノン側との兵力引き離しのために派遣され、それ以来30年近く、双方の軍事行動を監視してきたもので、攻撃されても反撃する権利を持っていない暫定軍である。
国連のアナン事務総長は「イスラエルの攻撃は、故意に行われたと考えられる」とイスラエルを強く批判した。イスラエルの駐米大使は、アナンの発言には根拠がないと批判し返し、アナンに謝罪を求めた。(関連記事)
私が見るところ、国連施設に対するイスラエルの攻撃は、明らかに、故意のものである。攻撃は昼間から日暮れまで6時間も続き、死者や負傷者の搬出さえ滞った。その間、国連側は、現地とニューヨーク本部で10回以上、イスラエル側に対して攻撃中止を求めたが、無視された。イスラエル軍の攻撃は、最初戦車で砲弾を撃ち、その後戦闘機が精密誘導ミサイルで空爆するという念の入れ方だった。国連施設から最も近いヒズボラの陣地まで数キロ離れており、ヒズボラを狙った攻撃が外れたものではなく、国連施設そのものを狙った攻撃としか考えられない。イスラエルは、これまでもときどきレバノン南部の国連施設を攻撃していたが、今回のは特に激しいものだった。(関連記事)
この攻撃については、イスラエルのレバノン侵攻に関する緊急の国際会議が7月26日にローマで開かれる前日に挙行されたという点が重要である。ローマでの会議では、ヨーロッパ諸国やトルコなどが主導する新たな国際軍をレバノン南部に派遣し、イスラエルとヒズボラの間の停戦を確定させる案などについて議論された。その会議の前日にイスラエルが国連軍拠点を攻撃したことは、イスラエルから国際社会への「新たな国際軍も、イスラエルの攻撃を受けて死者を出すだろう」という、国際軍を拒否するメッセージとなった。(関連記事)
▼イスラエル内部の対立
このメッセージは、NATO諸国によって構成される国際軍を歓迎しているイスラエル政府の立場と矛盾している。イスラエルは開戦当初、空軍力だけでヒズボラを退治できると考えていたが、意外と苦戦し、なしくずし的に地上軍をレバノン領内に侵攻せざるを得なくなり、侵攻と占領の泥沼に陥り始めている。イスラエル軍は7月26日、「まだ戦闘は数週間は続く」と発表した。(関連記事)
イスラエル軍は1978年から2000年までレバノン領内に進駐したが、消耗するばかりでヒズボラを倒せず、占領に失敗して撤退した歴史を持っている。イスラエル軍は、今また同じ失敗を繰り返そうとしている。(関連記事)
イスラエル政界や世論は「今回の戦争は失敗だ。ヒズボラと停戦し、NATOもしくはEUの軍隊にレバノン南部に駐留してもらうのが良い」という意見に傾いている。ここ2−3日の間に、イスラエルの新聞には、軍に対する批判も載り始めている。(関連記事その1、その2、その3)
イスラエルはこれまで、アメリカしか信用しなかった。EUやトルコはイスラエルを批判する傾向がある。アメリカが入らず、EUやトルコだけで構成される国際軍は、従来のイスラエルなら歓迎しなかったはずだ。しかし、もはやレバノンの戦況は、そんなことを言っていられないところまでイスラエルを追い詰めている。
オルメルト政権は「国連軍」だとアラブ諸国の意向が反映されるので嫌だが、EUやトルコなどで構成される「NATO軍」なら良いと表明し始めていた。NATOなら、たとえ米軍の兵士は参加しなくても、米軍が顧問格で加わり、他の派兵国の反イスラエル的な言動を抑制してくれそうだという判断らしい。(関連記事)
こうした動きの中で挙行された、国連施設に対する攻撃は、イスラエル側と、国際軍を出す計画を練っていた国際社会の側の両方に、早期停戦と国際軍の派遣を難しくさせる効果を生んでいる。おそらく、国連施設に対する攻撃は、イスラエル側の中でも、オルメルト首相やペレツ国防相の許可を得て行われたものではなく、現場指揮官の中にいる軍内の右派が、勝手に行った暴走行為だと推定される。オルメルトやペレツは、戦争の泥沼化を防いでくれる国際軍の派遣を希望しており、派遣を難しくさせる国連施設への攻撃を了承するとは思えない。
イスラエルの内部は一枚岩であるというのが従来の専門家の「常識」だったが、それはもはや昔の話である。遅くとも、2004年にシャロン前首相がガザ撤退を決めた時から、イスラエル内部は、現実的な縮小均衡をめざす政権中枢の「撤退派」の人々と、あくまでもアメリカの軍事力を活用して強硬路線を進もうとする入植活動家など「右派」(旧リクード右派)勢力とが、互いに対立が目立たないようにしながら暗闘を繰り広げている。今回の戦争は、この暗闘の一部である。(関連記事)
▼「衛兵」を求めるイスラエル
イスラエルの右派は、アメリカのタカ派(ネオコン)を頼りにしている。今回の戦争でも右派は、何とかして米軍をレバノン南部に駐留させたいと考えているのかもしれない。イスラエル軍は、レバノン攻撃を始めた初日の7月12日から、レバノンの空港や幹線道路を破壊し、レバノンの一般市民や滞在外国人の避難を難しくする戦略をとった。その後、避難路を断たれて半狂乱になるレバノン人や外国人の姿が、毎日のように世界のテレビで放映されるようになった。
すでに、レバノン国民の5分の1にあたる80万人が国内難民となり、さらに急増しそうな状態にある。その一方で、イスラエルは、国際社会がレバノン南部に運び込もうとしている救援物資の搬入を阻害している。(関連記事)
イスラエル軍は、犠牲者を運ぶ赤十字の救急車をも相次いで空爆したが、その爆撃は、救急車の天井に描かれている赤十字のマークの中心に爆弾が貫通するやり方だったと報じられている。記者(Robert Fisk)は「戦闘機のパイロットは、赤十字のマークを、狙いを定める照準として使ったのだろうか」と、皮肉を込めて書いている。(関連記事)
これらの攻撃のやり方は、故意に国際社会を怒らせようとしているかのようであるが、イスラエルがこんなことをやる目的は、おそらく、アメリカ軍をレバノン南部に駐留させ、イスラエルの防衛を担当させたいからである。イスラエルは、戦争開始と同時に市民の避難路を破壊し、逃げ遅れた外国人やレバノンの一般市民を「人質」にして、人質がいたぶられる姿を世界にテレビに放映させ、アメリカが国際社会からの圧力に耐えられなくなって軍隊を派遣してくることを待っている。
イスラエルの、特に右派にとっては、衛兵として来てもらう軍勢は、米軍でなければならない。米政界では1970年代からイスラエル系の勢力がしだいに強くなり、今やイスラエルに逆らう政治家はほとんどいない。ブッシュの次に誰が大統領になっても、イスラエルを徹底的に支持する米政府の態度は変わりそうもない。しかも、米軍は世界最強で、イスラエルの衛兵として最適である。
これに比べると、EU諸国の政府は、イスラエルの言いなりではなく「ヒズボラは悪いが、イスラエルもひどい」という態度をとっているので「衛兵」になってくれない。そもそも、EU諸国の中で、レバノン南部に派兵しても良いという態度をとっているのはイタリアぐらいで、他の国々は、ヒズボラが国際軍の駐留に賛成しない限り、危険なので派兵しないと言っている。各国とも、イスラエルの衛兵にされ、イスラエル人の代わりに殺される危険を感じている。
EU諸国は、すでにアフガニスタンに派兵しているが、アフガンではタリバンの再台頭でカルザイ政権が潰れそうになっている。EU諸国は兵力の増派を検討しているが、兵力、装備とも、すでに限界に達している。EU諸国は、レバノンに追加派兵できる状況ではない。(関連記事)
トルコは(おそらくEUから加盟を認めてもらう裏取引を条件にして)国際軍の主導役をやっても良いと表明しているが、すでにトルコ国内の世論は反イスラエルに傾いており、実際に派兵できるかどうかは心許ない。このように、NATOの国際軍の編成は、現時点で、ほぼ不可能である。