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記者の目:731部隊、決して世界は忘れない=山田大輔(科学環境部)
◇残虐行為、責任共有しよう−−直視回避、恥の上塗り
企画「戦後60年の原点」で、旧陸軍の生物戦部隊「731部隊」の周辺を取材した。元隊員らが今なお、重い戦争責任と格闘していることを改めて知った。それは、日本社会が総体として直視するのを避け続けてきた課題だ。
ドイツと比べてみたい。ニュルンベルク裁判(米国第1法廷)は人体実験などに関与した医師ら被告23人のうち7人を死刑、5人を終身刑とした。判決は“勝者の裁き”に終わらず、後世に影響を与えた「許される医学実験」の倫理基準(ニュルンベルク・コード)も提起した。ベルリン医師会は88年、改めてナチズムに関与した医師の責任を問う反省声明も出している。
一方、東京裁判ではソ連に対抗して生物兵器の実験成果を独占したい米国との密約で一切不問にされた。「731は“実行部隊”。教え子を隊に送り込み、試作のワクチンを送って人体実験を促した、いわば“神経中枢”であった旧帝大教官こそ罪が重い」と研究者の常石敬一・神奈川大教授(科学史)は指摘するが、そうした医学界の体制も議論されなかった。日本医師会がドイツのような声明を出したこともない。
しかし、国内で波風が立たなくても、決して風化はしない。中国で生物戦被害を調査する米カリフォルニア大のフランツブラウ教授(皮膚科学)は「731の問題から目をそらすことは、日本の医師が自ら品位をおとしめることだ」と唱え、この10月、世界医師会の場で日本の医療界に釈明を求めるという。北京で8月開かれる国際生命倫理学会も、特別テーマとして731部隊を扱う予定だ。
「命令で仕方なかったという気持ちは確かにある。でも、目の前の人は、私が手を下さなければ死ななかった」
猛毒の細菌を培養し、生体解剖に立ち会った元隊員の篠塚良雄さん(82)は、闇に葬ったままにしてはいけないと、20年以上前から体験を語り続けてきた。それでも「実行者の責任は自分にある」と認めることが何より苦しかったという。平和運動の仲間からも「加害の話は必要ない」と言われたこともあるそうだ。
同じく体験を語る元軍医の湯浅謙さん(89)も「話すな」と何度も脅された。731部隊員ではないが、山西省の陸軍病院で「手術演習」として中国人を生体解剖したという。「麻酔をせず悶絶(もんぜつ)するのを怖がっては、天皇の軍隊ではない。むしろ『仕事をした』という達成感でやっていた」と当時の空気を話す。
今聞けば異様に思える光景だが、「生体解剖した事実を多くの関係者は本当に忘れている。信じられないかもしれないが、当時はあまりに日常的で印象に残っていないのです」と湯浅さんは語った。医学実験の名の下で、残虐な行為は731に限らず、陸軍病院などでも広く行われていた。かかわった人は膨大にいたはずだが、体験を話す人は少ない。
罪の意識につぶされず、周囲の誤解や反感を恐れずに発言のできる強い人は、そうはいないのかもしれない。「反省した仲間は消毒液を飲んで自殺した。『すまん、すまん』だけでは、とどまるところがない。踏みとどまって、それしか生きる道がないというものを自分で見つけないと、彼のようになる」と話す人もいた。
普通の庶民が、議論し考える余地のない異様な空気の中で、ごく普通に「鬼」となった。「あの時もし、部下の誰かが反抗していたら。今思うとぞっとする」と率直な告白も聞いた。その「空気」に再び覆われない保証がないとすれば、戦後社会は彼らを支え、彼らから「何があったのか」を詳しく学び、その戦争責任を少しでも共有する必要があったと思う。
篠塚さんら約1100人の日本兵らは戦後、中国の撫順、太原の戦犯管理所に入れられた。職員からつばを吐かれることさえなかったという。代わりに、解剖された人の家族の手記を読むなどして「罪を知る」よう、繰り返し求められた。
大多数は免訴され、64年までに帰国した。帰国後、「中国帰還者連絡会」を組織し、戦争中の行為を語る活動を始めた(会員の高齢化で会は02年解散)が、話をするたびに「共産中国に洗脳された」と言われるという。中国側に政治的意図があったかもしれない。だが、日中両国の「敵」の扱い方を比べた時、どちらがより人間的だろうか。
戦後60年が過ぎ、戦争についての記憶は薄まる。だが、歴史から目をそらすことは、恥の上塗りにしかならないと思う。
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毎日新聞 2006年5月26日 東京朝刊
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